« 「次元上昇グレートマザー」 | Main | サンデー毎日グラビアにチベ記事 »

2004.04.16

イラク日本人人質事件と"ボランティア"

 「人ごとじゃないでしょ?」と人から言われたりして、確かにいろいろ考えることもあって何か書かなきゃならないような気もしていたんですが、書き出すと長くなるのでなかなか時間がありませんでした。(事態が動いている間に反応してしまうとその後もずっと追いかけないといけないような気もしたし、TV紙媒体ネット上すべてそればかりでお腹イッパイだったし)
 とりあえず、最悪の事態は免れて一段落、ということになったので。(とはいえ日付見ていただいてのとおり書き始めたのは16日ですが現在既に22日。書いてるうちに事態は変化するし、もうイヤ)

 今回、ボランティア活動目的の女性が人質になったことで印象に残ったのは、彼女が「フリーランスのボランティア」であった、ということでした。

よみうりテレビ「ウェークアップ」(4月10日)記載北海道出身の*****さん、34歳。これまで、インドやカンボジアなどでボランティアを行ってきた**さん。去年4月、単身でイラクに渡り、住む場所がなく路上で生活する子供たちを支援していた。NGOなどの団体には入らず、日本で自らアルバイトをして貯めたお金を元に、ボランティア活動をしていた高遠さん。現地の子供たちからは、「**、**」と、親しまれていたという。(原文実名)
 ボランティアなんて元々フリーターじゃないか、何が違うんだ、と思われるかも知れませんが、「組織」に属して動いているかどうか、というのはけっこう大きな違いだと思う訳です。というのも、誘拐され人質になるに至った直接的素因である「4月6日に」「(空路ではなく)陸路で」「バグダッドへ向かった」ことと、彼女が個人で行動していた、ということはけっこう関係するように思えたので。
 女性は、自分で稼いだり友人知人から寄せられた支援金を持って現地へ渡り、個人的なネットワークを通じて物資を配っていたのでしょう。そりゃぁ最も草の根的で、制約を受けず、フットワーク軽く、余計な経費をかけず効率的に"一番やりたいこと"のために動ける手段だ、とは思います。
 組織に所属するのは、組織の活動方針に沿って行動するということ。例えば、学校建設のための支援金を預かって渡航した人が、現地到着後、目の前で浮浪児がひき逃げされるのを目撃したとしましょう。お金がないと病院で治療を受けられません。周囲は皆見て見ぬふりです。「なんてひどい所なの」と憤り、「この子を助けなきゃ」と思っても、いま手にしている多額の現金はあくまで学校建設のためのお金ですから、その子どもの治療費に勝手に流用するわけにはいかない訳です。まぁこれは極端な例え話だけど、海外支援の現場では実際に起こりうるケースだと思う。日本で募金した人達にとってみれば、学校を建てることに賛同して寄付したお金なわけで、教育支援以外の目的に使われた、となったら「詐欺だ」と感じて当然だろうしね。また「偶然目の前にいたから恣意的に助けるのか」「同様に治療を受けられない他の多くの貧困児童をどうするのか」という議論も交わされるでしょうね。
 でも、個人として貯めたり預かったお金であれば、「学校は半年先でも作れるけど1人の命を救えるのは今私だけ」「私がこの子を救いたいと思った、その何が悪いの」という思い切りだけで、目の前の事態にお金を使えます。組織への活動支援金でなく「○○さんの活動に使って」と受け取った寄付金であれば、帰国して「かくかくしかじかで子どもの手術代にお金を使いました」と報告すれば、出した人達(友人知人)は納得してくれるはずです。
 また、組織が大きくなれば、その弊害として動きは鈍くなりがち。最も極端なケースとしては、現地で行うアクションについても日本からOKを受けないと動き出せないという例も。例えば、インド北部(例えばレー)で活動している時に同じインドの南部(例えばナグプール)で大地震が起きたとしましょう。「なにかしなければ」と考えたとしても、組織としてレーにいるのであれば、まず日本に連絡をとり「ナグプールに行きたいのでレーを空けます」と許諾を得る必要があるわけで(レーでの支援活動のために現地にいるんですから当然ですよね?)。許諾を得るにも、ナグプールでどんな支援をするのか、災害支援にどのくらいのお金を使っていいのか、レーでの活動が滞らないためにどうすればいいのか、をすべてクリアにしてからでないと出発できないはずです。対して、個人でレーに滞在してるのであれば、立場としては観光客と何ら変わらないわけですから「ちょっとここの活動ストップ! 私ナグプールに行く」と言い残して翌日には飛んでいけるんです。フットワーク軽く、というのはこうした側面を指します。
 あと思うのは、組織で動く、ということは、何かあった時の責任の所在が組織に対して掛かる、ということなんじゃないかということ。NGOやNPOを特別視すると混乱するけど、小さな民間企業を想像したらどんなもんでしょ。どこかで社員なりアルバイトなり現地採用アルバイトなりを動かす際には、現地での安全確保なり現地でのそいつらの行動はその企業の責任下にあると思うんだよね。人質になるまでいかなくとも、「あんたのところの人間がゴミ捨てて困る」とか「あんまり肌の露出した服着るなって言ってやってくれ」とかさ。
 フリーでなければイラクに行けない、などということはなく、イラクでも、JVCやAMDA、ピース・ウィンズ・ジャパンなどの有名どころ、JEN(ジェン)など日本のNGOも数多く活動しています(参考リンク)。バグダッドに常駐スタッフを置いている団体もあったはずです。でも、誘拐されて人質となったのは、そうした団体のスタッフや組織のメンバーではなく、個人で活動している女性、フリーのカメラマンと、高校卒業したてのフリーのNGO活動家、つまり3人とも個人行動している人達ばかりでした。
 なぜ、彼女(たち)はバグダッド入りするのに陸路を選んだのか。なぜ、4月6日に出発したのか。
 拘束に至った直接の要因は結局、そのへんに集約されると思うんですが、どうなんでしょ? 往路、危険を冒して立ち寄る必要のある町があったとは思えません。現地の物価は分かりませんが、想像するに、端的に「安かったから」だと思います。でもいくらタクシーとはいえ1人でチャーターしたら結構な値段。2人でもまだ高い。ところが、そこそこ割り勘できる3人が揃ってしまったんじゃないか……と思うんです。
 以下は想像です。3人のうち数人は、今行くかもう少し待つか、迷っていたかもしれません。でも、3人のうち1人でも「出発する」「今こそ行かなければ」と言い張ったとしたら。この人を逃したら次に割り勘出来る人数がいつ揃うか分からない。だいたい、バグダッドに行くために貯金はたいてここまで来たのに、アンマンで無為に日々を過ごしていてもお金と時間の無駄だし、来た意味がない。この前も陸路で大丈夫だったし今度も大丈夫だろう。バグダッドに入ってしまえば友人もいるし歓迎してくれるし安全。……そう考えたとしても無理はないと思います。(いや、海外旅行でもありがちなシチュエーションではありますが。)乗り気でない残りのメンバーも、「じゃあ」と決断してしまったんじゃないかと思います。
 もし3人のうち誰か1人でも組織に属していれば。
 バグダッド事務所のスタッフと電話でやりとりできれば、「ファルージャで100人以上死んでる。外国人への感情が悪くなり、誘拐が続発している。ファルージャが落ち着いて高速道路が使えるまで待つべき」など、リアルタイムの情報が得られたはず。あるいは、編集プロダクションなり出版社なりから「安くても現地にたどり着けなければ意味がない。陸路はやめて空路をつかえ」とリスク回避を厳命されたかもしれません。最後は、「お金がなかったこと」「情報がなかったこと」が直接の要因になったのじゃないか、と思うのでした。
 さらに付け加えるなら、今回、人質事件が発生した後に日本国内で起こったさまざまな2次的事態。そうした部分へのリスクマネジメントとしても、組織は必要であったのではないか、とも思いました。(長くなったし書ききれないので続きはまた後日。)

|

« 「次元上昇グレートマザー」 | Main | サンデー毎日グラビアにチベ記事 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22378/455338

Listed below are links to weblogs that reference イラク日本人人質事件と"ボランティア":

« 「次元上昇グレートマザー」 | Main | サンデー毎日グラビアにチベ記事 »