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July 2004

2004.07.28

眼を大切に

 明るいところで瞬きすると、目の前を黒い小さいもやがスッと横切るように見えて、ずいぶん前から気になっていました(耳悪くなったら次は眼かよ、みたいな)。
 それをようやく思い立って、眼科へ検診に。
 「視界に黒いちらちらしたものが飛ぶんですけど何かの異常でしょうか?」
 「まぁほとんどは気にすることはありませんが、網膜裂孔や網膜剥離、葡萄膜炎など失明に至る病気の可能性もないわけではありませんから、ちょっと見てみましょう」
 瞳孔の開く目薬をさされて、両まぶたを閉じない状態に固定された上でものすごい明るいライトで照らされたり(眼の中の血管が視界に映ったぞ! ホラーだった)などか~な~りひどい目に遭って、最終的宣告。
 「ん~まあこれは『飛蚊症』といって、硝子体がゼリー状から劣化して……まあ単純にいうと老化現象です。年取ると誰でも起きます。慣れてください」
 ……老化現象! (それはそれでガーン)

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2004.07.24

講演会無事終了!

 講演会「群馬チベット交流秘史」、無事に開催することができました。
 スタッフが午後1時に会場設営に向かったところ、既に来場者が待っていた状態(ひえ!)。追加の椅子を出して60人の会場が満席になり、最初の挨拶はアワアワ。申し訳ないです。
 講師の江本嘉伸さん、遠くから駆けつけて下さったゲストのタシさん、リンチェンさん、車で送迎して下さったOさん、Nさん、実行委員長MASSさん、京都から来て下さったKさん、直前のメールのお願いに快く助っ人して下さったMさん、Tさん、Sさん、本当にどうもありがとうございました。そしてDMや告知を見て足を運んでくださった方々、本当にありがとうございました。
 ☆本日多忙にて画像など詳細は後日書き足します。すいません。

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2004.07.17

夜中のグリーンカレー

 連休を前に、職場から人が減っていく。夏だな~、と妙なところで感じ入ったり。
 私は既に平日に休み消化したので、この週末は出勤。休みを前にした上司から、明日、明後日の段取りについて散発的に問い合わせがあり、それが今日の締め切りと重なって、まだ明日以降のことなんて考えられないよ~状態。そこにMASS氏からも「明日(保治郎講演会の準備を)何かしなくて大丈夫?」と連絡をもらい、せっかく声掛けてもらったのに、何が必要か頭の中が整理できず「えーっと…(絶句)」(すいません)。明日のことは明日考えよう。
 夜中11時過ぎ、カレー――「CoCo一番」系ではなく、スパイスの効いたビシッとしたキッツイのが――食べたくなり、国道17号沿いで深夜まで営業しているアジア風居酒屋「ココボンテーブル」へ。出迎えのウェイターさんが手を合わせて「シン・チャ~オ」と照れながらつぶやく怪しい儀式(*)のある店だったのに、いつのまにかその儀式がなくなっていた。言われる方も恥ずかしい風習だったので、なくなってホッとしたような、ちょっと残念なような。

(*)アジアっぽさを演出するパフォーマンスだったらしく、メニューに「挨拶は何語でしょう!? 店員に聞いてみてネ!!」などと書かれてた。“シン・チャオ”はたぶんベトナム語のつもりだったんだと思う。でも、ベトナム語って挨拶する相手の年齢や性別によって挨拶言葉を言い分けなければいけない(中国語で言えば「ニーハオ」の「ニー<あなた>」の部分にあたる言葉が「お兄さん」「お姉さん」「お嬢さん」「おじさん」「おじい様」に変わると思ってくだせぇ)ので、えらく難しいところから持ってきたモンだ、タイ語やインドネシア語やヒンディー語のほうが楽だろう、などと思っていたものです。
 巻き添えくった同僚、「夜中に17号通るたびに気になってた店なんだけど、入ったのは初めて。なかなか凝った店じゃないですか」。
 それに対して「これまで2回来たことがあるんだけど、その時は26時まで営業してたのが、いつのまにか閉店時間早くなってんすよね。ヤバいのかな、店……」などとぶつぶつ言いつつ、何気なくテーブルの上のポップを裏返したら、
「8月16日で閉店いたします。長らくありがとうございました」の文字が。
 が~~~ん。世の中は無情だ。大企業の景気がよくなったと言ったって、庶民の店はどんどん潰れてるぞ。夜中にゲーン・キョワーン(グリーンカレー)食べられる店を返せ~~!

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2004.07.16

DM発送

 県女性会館に料金支払い。
 1週間後でもあるし、館内にフライヤーを置いて欲しいと頼んだら「もう既に他の案内がたくさんあるし、公的施設なので料金を徴収する集まりはちょっと」と断られる。500円でも料金集めたらダメ、とは、税金使ったイベントか、スポンサー企業が既についてる宣伝イベントに限られてしまうんじゃ……と思いつつ、一昨年の広島とは違って「チベットは政治的だからダメ」と言われなかったぶんマシか、と考える。
 夜は宴席終えて勤め先に舞い戻り、手帳や名刺ファイルを手繰ってDM作成。
 名刺ファイルは、以前はオモテ(仕事用)とウラ(ルンタ用)を分けてたんだけど、だんだん混ざってきて自分でも訳わかんなくなって、前橋転勤を機に分冊するのをやめてしまってます。効率悪いけど、「この中にある」ことさえ分かっていれば、根気よく捜せばいつかは出てくるもん(←それじゃダメなのかしら)。
 昨年の「ぐんま文化の日 市民活動見本市」で住所を交換した人などを中心に、できたのは15通くらい。添え状をつけて送り元住所書いて封緘するだけ……といえばそれだけなんだけど、24時間営業の前橋中央郵便局へ行って投函を終えたら午前2時を回ってました。明日中に配達されるといいなあ。この調子だと、DM発送の続きは明日の深夜になりそう。
 MASS氏より、新聞社から問い合わせを受け、FMぐんま出演が決まった、との伝言。

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2004.07.15

広報依頼配布

 仕事の合間を縫ってチラシを増刷(やっとの思いで30枚コピーできた)、スキャンした画像をカメラのキタムラでデジタルプリント。自分のインクジェットプリンタで出すと載せてもらうときにモアレがかかるかもと思ってわざわざ写真屋に持って行ったのに、周囲がかなりフレームアウトして矢島保治郎の頭が切れた。店員にちゃんと「全身入りますよね」って確認した上で依頼したのに。ちょっとイライラする。
 告知依頼文と講演会の開催案内を地元メディア各社へ配布。何本か電話が掛かって来てしまったが、私は対応できないことを伝えてMASS氏へ問い合わせを振る。載せてもらえますように。
 日本山岳会群馬支部、(財)国際交流協会などにはまだ連絡取れていません。大学関係もまだ。仕事を終えて作業したかったけど、14日は送別会、15日は打ち上げと同僚のお祝いの宴席が……。
 なにもかも後手後手に回ってます。

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2004.07.13

21票

 参院選終了。
 県選管が最終的に発表する「確定票数」というのがあって、比例代表の内訳(非拘束名簿の1人ずつの票数)なんかも当たり前ですが、全部出ます。
 Rickey君は……と思って確認したら、21票でした(>立候補してることを把握する前に期日前投票しちゃったので、私は票入れてません、ゴメン!)。
 21票……。
 Rickey君の友人が群馬に21人いるのか、コスタリカ&ラテンアメリカ関係者の票なのか(いやそれじゃ少なすぎるか)、映画「軍隊のない国」のファンとか……とにかくよく分からないけど、その微妙な数字に「この21人でオフ会でもしてみたい」と思った私。はっはっは。
 24日のイベントは目標50人。Rickey君の得票以上の人数を集めねばなりません、って考えると50人ってすごい数字かも。ひえー。

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2004.07.10

急病の日本人観光客に軍ヘリ出動

 夏です。チベット旅行のシーズンです。
 強行軍は避け、体調に注意してお出かけ下さい。
 (その前に「行きたい~~!」と叫ぶ私がいますが)
 急病の日本人観光客に軍ヘリ出動

  西蔵(チベット)観光中に急病となった日本人女性・三田恭子さん(63)を乗せたヘリコプターが6日夜、新疆ウイグル自治区の喀什(カシュガル)空港に着陸した。三田さんは喀什第1人民病院に搬送され、現在は危険を脱し回復に向かっている。
三田さんは6月末に西蔵観光に参加したが、阿里(アリ)到着後に食道出血を起こし、危篤状態に陥った。応急処置がとられたものの、現地の厳しい自然条件と限られた医療水準のため、危険な状態が続いた。このため観光団の責任者は、救急センターを通じて中国政府に救援を要請。7月1日夜に新疆軍区陸軍航空部隊のヘリが緊急出動した。しかし、急激な天候悪化のために、やむなく中途着陸。この間にも三田さんの病状再悪化の情報が入り続け、乗組員には焦りがつのった。5日午前になり、天候がやや回復。陳殿起機長はぎりぎりの視界の中で飛行を決断し、三田さんを無事に搬送した。(編集NA)
「人民網日本語版」2004年7月9日

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2004.07.08

電脳チベット Delay Lama

 「チベットの電脳化」ではなく「電脳チベット」。(チベットの電脳化だとチャンタン高原に光ファイバー引いちゃいそうなので)
 風来坊さんところで紹介されてた電脳超高速マニコルなんか最たるものですが(爆笑させていただきました……しかもHDD開けて検証しちゃってるし)、スペル間違えて検索かけたら(恥)こんなのがひっかかってきました。bo1.jpg
 「Delay Lama」 ↓画像と日本語説明はここから引用

 2002年5月に公開され世界中で大反響を巻き起こしたVSTインストゥルメント。音楽関係以外のホームページでも紹介されるほど。プラグインを立ち上げると坊主のアニメーションが立ちあがり、演奏に合わせてお経を唱えているかの如く歌い出す。これまでリリースされたVSTシンセの中でも個性、音ともに 際立っています。
 み、見てみてえ……。(笑)
 このへんにも言及あり(このblogが先に見つかりました)。
 コンピューター音源の楽器の一種(シンセサイザー?)だそうです。
 洗面器片手に「盥(たらい)・ラマ!」というのはチベット系定番おやじギャグですが(←誰が言うんだよそんなダジャレ!)、「Dalai (Lama)」と「delay(エコー音)」の語呂だけでこんなフリーソフトを作っちゃったオランダの学生(らしい)もかなりオヤジ入ったチベ好きなのでは……。
 引用した説明文にもあるとおり02年公開で既にとても有名な音源らしく(公式サイト行くとキャラクターTシャツその他まで紹介されてる!)、私が知ったのが遅いだけなので、いまさら感がある人にはすみません。

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2004.07.07

宣伝座礁気味…?

 講演会宣伝のため、MASS氏を前に立て県庁記者室でのレク(説明会)を企画。「じゃあ有休を取る」と快諾してくれた氏に、参院選後の早い時期に日時設定を、と幹事社に打診してもらう。氏より「7/12もしくは13の昼過ぎに資料を12部持っていくようにとのことです」と連絡。あれ、それは“レク”ではないのでは。
「資料配布だけってことになったんですか」
「向こうからそう言われたので」
「なら、わざわざ有休取ることないですよ。私が何かのついでに持ってっときます」
 というわけでレクはお流れ。
 レストランやアジア雑貨店、古書店など興味関心のありそうな人が集まる店へのフライヤー配布まったく進まず。日頃のネットワーク構築が足りないなあ、と今になって反省。というより、前橋のどこにそういう「通」の集う店が……? と考えて、8~11日に「前橋七夕まつり」があることを思い出し、氏が商店街振興会に知り合いがいると言っていたことも思い出し、フライヤー配布ブースに混ぜてもらえないか聞いてもらう。氏より「飲食店などに置いてもらうことはできるがあまり動かないから置いても意味がないと言われた」との連絡。自分の知人ではないしなあ。
 「MASSさん的には頼み込むべきと思います?」
 「うーん…」
 「…なら止めましょう」
 という次第で商店街ルートも実行に移す前に沈没。まずいよ、結局どこにも動けてないじゃん。
 夕方閉庁直前、ずっと持ち歩いていた書類をNPO・ボランティア支援室に駆け込み持参。書式が正しいかどうか確認してもらって受理してもらう。今回は隣接して記入欄が設けてある「事業費」「委託対象費」「事業収入」がどういう関係にあるのか(特に2番目と3番目が差し引きになるのか別枠になるのか)分からず質問。支援室にはちらしも置いてもった。深夜コピー取りに行ってよかった。
 氏より「今この時点で人寄せってしなきゃいけないもんなの?」などと言われぎゃふん(死語)となりながらも、とりあえずは選挙選挙で慌ただしくどうにもならない日々。

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ちべ縁結縁

 今年の植村直己賞を受賞した冒険家、安東浩正さん。
dscn04811.JPG (わー有名人だー、とミーハーに「写真撮ってもいいですか?」と聞いたら「どうぞ」のこと。横から長田幸康さんに「blogに載せるんですか?」と突っ込まれ、「いやいや個人的に…」と答えてたら、横から「僕はどこに出されてもべつに構いませんよ」と鷹揚にお答えいただいた〈さすが冒険家!←あまり関係ない〉のでご紹介。)
 安東さんのオフィシャルサイト 荒野のサイクリスト The Cyclist in the Wilds
 (こっちはミラー?旧url?)
 著書に「チベットの白き道 冬期チベット高原単独自転車横断6500キロ」(山と渓谷社、1999年)。
 元雲南大学留学生で、へちゃさんご夫妻(現在中国旅行中)から「同学が本を出した」と名前を聞いてました。でもまぁ山の人だし冒険の人だし(私は高いところに登らない「地の人」危険を冒さない「易きの人」です)、会う機会はそうないだろうな~、と思っていたら、やっぱ世の中って狭いものですねえ。
 なんと半ズボン姿。同学年ですよ、私と。冒険家は違うよなあ。思わず「自転車なんですか?」と尋ねたら、「よくそう聞かれるんですけど、日本じゃあまり自転車には乗らないんです」と笑われた。
 「自転車好きだと思われるんですけど、自転車は旅の手段なんです。自分の足で思うように海外を旅したいと思ったら自転車が最適だっただけで」
 沿道の村人や遊牧のチベット人に、どこから来たんだ、どこまで行くんだ、と尋ねられ歓迎される様子が目に浮かび、ああいい話だなあ、と思いました。

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2004.07.06

粛々とメール書き

 気が付いたら7月も1週間が経とうという状況に。講演会までいくらもない、やばい、とはっと気が付き、周辺の知り合いに当日の手伝いを頼むやらMLにイベント案内を流すやらのメール書きを明け方まで。
 改めて考えてみたら、イベントのタイトル案など講師の江本さんに「まかせる」と一任を受けたまま詰めてなかった。タイトル確定させなきゃ告知メールも流せない。ダメじゃん。もうだらだら内輪で話し合ってる余裕はないので独断専行することにする。素案としてウェブにも載せていた「チベット・群馬交流秘史~チベットから来た花嫁(仮題)」は“チベット”がカブるので却下、代案をあれこれ。サブタイトルには「元祖バックパッカー矢島保治郎」や「冒険家・矢島保治郎と妻ノブラー」なども考えていたけど、保治郎のネームバリューがいまひとつ(河口慧海や多田等観ほどではないような)なので「花嫁」を生かす方向で考える。
 「ラサから来た花嫁」…『ラサ』でぱっとイメージ思い浮かべてもらえるだろうか。群馬の人にとってラサとは日典ラサだっりしないだろうか(笑)。(補足※日典ラサ:群馬県内に5カ所も展開している葬祭場の県内大手です。群馬にはラサが5つもあるのだ)
 「ヒマラヤから来た花嫁」……個人的にネパールから日本の山間部に嫁いできたじゃぱゆきさんちっくなお見合い結婚を描いたテレビドキュメンタリーで同じようなタイトルを見たのでなんとなく忌避。
 字面を眺めているうち「~から来た」も冗長な気がして、「ラサからの花嫁」にしてみる。「ラサの花嫁」とすると「瀬戸の花嫁」のもじりっぽくてイイかも? との考えも一瞬浮かぶ(実際結婚したのはラサでだし)が、ラサが地名だと知らない人にとって意味不明になると困るのでそこまで短くするのはやめる。……という経緯でサブタイトルは「ラサからの花嫁」になりました。勝手に最終決定してすいません。
 メールに載せて流したURLもタイトルが「仮題」のままでは格好悪いのでWebも手直し。「内容は変わる場合も」の注意書きも削る。
 粛々と画像入れたチラシを作成、カラーペーパーに100枚ほど印刷。しかしこの状況でいつどこに配るんだ…。
 明け方にメールを流して半日のうちに、ダラムサラで医療支援をしていたアムチから「診療日なので手伝えません」、同じく留学から帰国中のメンパから「チベットに行くので手伝えません」との連絡。SFTのM女史から「手伝えます」との返事をもらって感涙。

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2004.07.05

選挙は身近になったのか

 思い立って期日前投票をしてきました。市役所に用事もあったしね。
 平日昼間だったけど、意外ににぎわってました。
 低投票率が予定調和的になってきてる参院選ですが、仕事絡みで日々"関係者"に接していると、皆さん関心のある人(というか生活賭かってる人)ばかりだもので、世の中の関心が高いやら低いやらさっぱり感覚が分からなくなってきています。実際の世の中って参院選とはそんなには関係なく動いてるよなあ、例えばルンタ関係者が選挙に……なんてありえんもんな、などと思っていた先日。
 金沢時代の古い知人から、選挙公報ハガキが送られてきました。
 「近江町市場近くのライブハウス『メロメロポッチ』店主が立候補しています」
 ルンタ・プロジェクトもかつてブース参加した「金沢アースデーフェスティバル」の実行委で、金沢での「ガイアシンフォニー」上映会などにも係わっておられたようです。おおー。いるんじゃん、関係者~。
 ……などと思った同じ日。
 とある南米系の掲示板をたまたま眺めていたら、「コスタリカ研究の○○さんが出馬している参院選で…」(大意)の記述。○○さんって立命館大学のRickeyさんではないですか?
 今を遡ること5年前、ルンタ・プロジェクト日本事務局を始めたほんとに初期の頃。なにをしていいやらわからず、「私はこんなことしてるけど」と知人に誘われて「中南米と手をつなぐ会」(京都)のグアテマラ報告会に。そこで「今度とりあえずフリーマーケットに参加してみることにした」と話したら「手伝ってもいいよ」と言ってくれたのがコスタリカ留学前のRickeyさんで、寒風吹きすさぶ野洲川の河川敷で、フリーマーケットの店番をやらせてしまったこともありました。
 そのRickey氏が参院選出馬!? コスタリカ大学院はどうしたの!? 博士論文は!? 慌ててウェブをチェックすると、うわー、いたー!! しかもなんか茶髪ロン毛になって、ジャケットとか来て、印象変わってるし~~!! つーかメロポッチ店主と同じサイトに載ってるじゃないですか、なんで気付かないかなあ私。
 ……というわけで、仕事上の付き合いを無視して、「知り合い」「知り合いの知り合い」を辿っていったとしても、意外や政治に携わろうとする人たちが身近にいるものだなぁ、選挙も身近になったもんだなあ(←いやそれはあんた個人的にだけなんじゃ)、という話でした。
 ちなみにもっと濃いチベット関係では、ダラムサラ留学中のI氏も、参院選出馬したパーラを手伝うために休学して緊急帰国、選挙事務所入りしておられます。政治的に中立的立場のルンタですが、うらるんた自身は国会議員さんが一会員として会費を振り込んでくださっていたりすると「ありがたいな~」とか思っちゃう単純なところもあって(笑)、I氏パーラからもご寄付いただいたこともありまして恩義を感じてるので、選挙区も違うし何もできませんが、良い結果が出るといいなあと思ってます。
 やっぱり政治とか選挙とか、ごく普通の人が出馬したりして、かなり身近になってきてるのかしら? それとも、単に私自身が歳を取っただけで、ある程度の年齢や社会経験を重ねた人であれば浅かれ深かれなんらかの政治的なものとまったく無縁でいるなんてことはありえないのだ、というだけのことかもしれませんが。

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2004.07.04

米寿と長寿を祝う会

DSC_01161.JPG 某所にて「野元甚蔵さんの米寿と長寿を祝う会」。
 1939年から約1年間、ダライラマ14世が即位した当時のチベットに滞在、今年数えで88歳を迎える野元さんが法王誕生レセプション出席のため上京されたのを機に、在京のチベットや山関係者がお祝いしようという集いでした。発起人の「地平線会議」世話人の江本嘉伸さんを中心に、写真家、研究者、作家、登山家、冒険家、TVディレクターその他もろもろ、私がここに混じっていていいのか? な豪華な顔ぶれ。テーブルにはチベットでお祝いの席につきものの煎った青裸麦の大盛り、バターで練ったツァンパ、柔らかく煮たトゥマ、カプセなどが並ぶ中、野元さんから、チベットからの脱出行や帰国当時の思い出など、当時の話もうかがい、ケーキを切りカターを贈って長寿と健康を喜びました。
 ずっと農業にかかわってこられ、現在も自宅の畑で野菜を作る日々という野元さん、「お若いですね」という声に「見た目は元気かもしれんけど体はあちこちガタが来とるです。今年法王事務所から祝賀パーティの招待状をいただいたもんで、これはなんとか行かな、今いかんといつどうなるか分からん、と思って来たとです」とのこと。チベットの今昔話に花が咲き、「ぜひもう一度今のチベットに」「次は白寿を祝わないと」と盛り上がるなか、「そうですね、なんとしても白寿を迎えてまた皆さんにお礼申し上げんと」と宣言して頂きました。
 それにしても江本さんが「人間兵器」と紹介するブレーン6人の働きぶりはすごい! 会場の設営から受け付け、場が和んだ頃に料理を運び、飲み物を準備し、野元さんにお祝いのファイルを用意したばかりでなくデジカメの写真をその場でプリントし、印刷物をつくり、かゆいところに手が届く活躍ぶり。野元さんももちろんですが、江本さんのご満悦ぶり(失礼!)も印象的でした。
 私は法王レセプションには出席せず帰宅(別にご招待もいただいていない)。
 仕事を兼ねるという名目をつけて無理矢理参加した面からはちらっと敗北感漂った部分もありました(そもそも初対面で短時間では信頼関係もないしどだい無理だとは分かってるんですな)が、野元さんの穏やかで控えめなお人柄と、ご家族の愛情が伝わってきて、とても暖かな気持ちになった会でした。私も元気だそう。

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2004.07.01

おもてなしと顔合わせ

 7月に入りNiftyのblog無料サービスが終わり、契約を最も安いタイプに変えたため、長文の項目を作っても途中で省略して「続きを表示する」形にすることができなくなり、全部だらだらとトップに表示されるようになっちゃいました。読みにくいけどすいません。あと日付の移動も不可能に。今後、話題と日付が前後することがあるかもです。
 とまあ、そんなことは置いておいて。
 遠方からのチベット関係者を迎え、地元の知人とともに県庁31階で顔合わせを兼ねて夕食。慌ただしくも貴重なお話をうかがい、感謝感謝で別れました。30年ほど前に4年くらい前橋にいたことがある、というその人に「前橋にもいい所があるねえ」とお褒めの言葉をいただき、……とはいえココしか適当な場所を知らないので、うわあ次はドコへお連れしよう、と内心冷や汗。
 もーなんとかの一つ覚えのように、誰かが来たらとりあえず県庁31階で食事しているというていたらく。話のネタにもなって話題にも困らないし、駐車場もたっぷりあるし。親もルンタ代表も既に連れて来ちゃってる。次はどうするんだろう。

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