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2004.08.30

「風の王国」

31379392.jpg 電車移動の間にライトノベル「風の王国」(毛利志生子/集英社コバルト文庫)読了。
 文成公主をヒロインに持ってきた古代中華ロマン。唐の皇帝に連なる複雑な生い立ちの少女が、政略結婚で吐蕃へ嫁ぐことに。謀略と活劇あり、剣と魔術あり、素性の分からぬ男と2人きりのサバイバルあり……なアクションと淡い恋愛ストーリーです。あとがきに「古代チベット(周辺)」とあるように、物語の舞台は長安から吐蕃へ至るいにしえの青蔵公路。ラサ出て来ないし。
 作者は仏教系大学でチベット史やチベット語も学んだことがあるそうで、当時の歴史背景や人物もかなり調べ、史実から大きく外れないよう気を配った印象を受けました。李世民や李道宗など唐側の登場人物、トンミ・サンボータやクンソン・クンツェンなど吐蕃の有名人物だけでなく、ガル・ドンツェンとかディ・セル・ゴントゥンなどの脇役もすべて文献に残る実在の人物です。ま、マニアックだなあオイ。真面目すぎて冒頭部なんか“設定小説”になっちゃってる感もありますが、それも歴史小説っぽさがにじみ出て、好きな人には好きなテイストかもしれません。熱心なファンの多い作家さんのようです。
 詳しくは→ Amazon bk1
 ……しか~し!! 宝鏡がない、日月山のエピソードがない! どうしてだあ!?
 「日月山(ド・ニンデ・ラ/小説中では「赤嶺」「ドニデラ」)」というのは当時、唐と吐蕃の境界とされた峠(3520m)。文成公主はこの峠で、チベットくんだりへ嫁がねばならない運命を悲しみ、はるか長安を望んで故郷を思った後、唐から持参した守りがたみの宝鏡を投げ捨てて迷いを断ち切り、馬に乗って吐蕃へと下った――という伝承が残る。
 現在は西寧から青海湖へのルート上にあり、青海湖観光とセットになった中国っぽさバリバリの観光名所。宝鏡が二つに割れて落ちたとされる場所に日亭、月亭というほこらが立てられ、観光客が山のように押し寄せてます。私も、チベットがどんな場所なのか、文成公主がどんな女性なのか知る前に、観光ツアーで行っちゃったくらいだからなぁ。ただ単なる観光客だった私でさえ、止むことなく吹きつける強風のなか、目の届く限り広がる荒涼とした山並みに、あの山をすべて越えた向こうにチベットがあるんだ、というわくわくした気持ちと、漢民族の世界はこのへんで終わりだろ、という寂寥感を同時に持った、そんな場所ではありました。
 作者としては、長安を懐かしみめそめそ泣いてるエピソードが不要だったのかも知れないけど、そこは脚色次第。峠からの景色に世界の広さを感じ「吐蕃を気に入った」と叫ばせたっていいし、宝鏡が妖しであったことを覚り投げ捨てたってことにしてもいい。小説のように、峠で戦闘が起こり、脇役女性かヒーローの身を護るためにヒロインが宝鏡を使い投げつけたことにしてもいい。1200年前のことを現実に残る観光地とリンクさせる絶好の小道具だと思うんだがなぁ、もったいない。
 それから仏教。
 文成公主は“蛮国”チベットへ文明と仏教をもたらしたとされる女性。なんせラサの中心ジョカンの本尊のジョウォ(釈迦牟尼像)は文成公主由来とされ、ラモチェゴンパ(小昭寺)を建てたと伝わる。とすれば、小説のヒロインとしても、気丈で明るくおてんばなのと同時に、仏教哲学に裏打ちされた聡明さを持ち合わせ、時折みせる厚い信仰心と慈悲の心で吐蕃の王子に影響を与えるような設定があったら魅力的だったのではないでしょうかね。史実にも沿うし。史実では唐から後で取り寄せたことになっているジョウォだって、お輿入れの時に持参していることにしたっていいと思うんだよなぁ。旅の行列に護らなければならないお宝がある、しかもそれが秘められた力を持ってる、なんてのは定番でしょー(笑)。
 それから“吐蕃の魔術”。
 仏教の広まる前のチベット。山や湖に神が棲むと考える土着の精霊信仰が力を持ち、呪術師や占い師が活躍してたんだろうなー。う~ロマンだ。ここはひとつ、適当にありがちな人物造形(“黒ずくめの”とか)にせず、体系化される前のボン教を想定して、チベットならではの呪術をやってほしいです、ゼヒ(小説中ではなぜか、唐の魔術師が出てきて、吐蕃の魔術師は出てこなかったような気がする。伏線の持ち越しなのかしら)。
 風俗習慣にしても同じ。「峠にオボを祀る」「峠を越えるとき神を称え道中の安全を祈る」な~んてことは、仏教伝来以前からチベットにあった風習だと考えられるわけで。酒杯に口をつける時に天と地に酒滴を指で蒔いて捧げる仕草をさせるだけで、長安と異なる異国情緒が出るのになあ。
 あるいはもうリアリティにこだわらず、思いっきりぶっとんでほしい(空を飛ぶとか火を噴くとか)ところなんですが。つっても、ミラレパは空を飛ぶんだから、チベットでは「ありえる話」だったりするわけで(笑)。
 と、最後まで読んで書名をネットで検索したら、第2巻が今月発売予定になっておりました。続くんだ!
 …ってことは、どうなるんだろ?
 (以下、ネタバレ……というか史実を含みます)
 歴史では、文成公主の夫となったクンソン・クンツェンは新婚3年にして早世、一度王位を息子に譲っていた父ソンツェンガンポが再度即位して、文成公主は父王の后となるんだよね。さらにそのソンツェンガンポも数年で…。異国に嫁ぎ寡婦となった孤独な女性、といえばいえるんだけど、「風の王国」ではどう料理してくれるのか。歴史を無視してクンソン・クンツェンと2人で活躍してくれても素敵だし、悲劇の中、後ろ盾なくしても独りで生きる強い女性を描いてくれてもオッケーどんとこい。なんせ後世にわたり「白菩薩(ターラー)」として敬愛される女性だもん。ちょっと期待してみたり。

 (9月29日追記) 続編を読んだ感想を9月9日付にアップしました。

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Comments

・・・るんたさん!このネタで小説書いて!!

Posted by: 風来坊 | 2004.09.04 at 12:58 AM

史実に忠実であれば、ネパールからのティツィン王妃はどう位置づけるのか、という問題はないんでしょうか。
あと、チベット人のお妃もいたらしいし。

王様の寵愛をめぐっての中・ネパ・地元チベットの妖術合戦みたいな展開でしょうか。
それじゃVシネマ「大奥」とかでやりそうなネタだな。

ところで、率直なご意見を伺います。
私は30台末期のオトコですが、「集英社コバルト文庫」を買うことは世間的に許される行為でしょうか。ご見解如何。

Posted by: あさだ | 2004.09.04 at 01:19 PM

しかし小説となると【五木寛之】さんの同名の本もあるし、ハーレクイン風に、旅の途中のロマンをでっち上げ【虹色の風の王国へ】でどうですか。【蒼色】は静御前、義経伝説で使われているらしいし。僕の役割は女より酒が好きなだめなヤツで良いです。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0801.html

Posted by: 酔鬼 | 2004.09.04 at 02:13 PM

 「文成公主」は自治区"解放"50周年記念の大河TVドラマになっていて、豪華キャスティングとチベットロケをふんだんに盛り込んだ映像が見られます。(以前、成都でVCDセットを探したのですが見つかりませんでした)
 珠玲さんの「文成公主」紹介↓
http://zhuling.cool.ne.jp/xiangbala/wcgz/wc_index.htm
>風来坊さん
 ご、ごめんなさい…
 (誰かに「読んでガタガタぬかすくらいなら自分で書きやがれ」と怒られる~、と思ってたんです……平に平にご容赦)
 私ゃ人から聞いた話や事実さえ過不足なく書けずに日々反省してるヘタレです……フィクションなんてとてもとても(涙)
>あさださん
 そうそう、ティツィン王妃は嫉妬深かったらしいですし、公主には吐蕃大臣との密通疑惑(!)もあったりして、さぞや権力と欲望渦巻く性愛ドラマが……って、それじゃライトノベルにならないです~(泣)。浮気アリではハーレクインにもならないような。やっぱりVシネマですか(^^;
 ところで購入についてですが、コバルト文庫や講談社ティーンズハート、角川スニーカーなどの並ぶ棚は私でも立ち入りにかなり勇気を要する一角でして、購入・購読自体より、その過程で植草○秀元早大大学院教授のような嫌疑がかからないかという懸念が…(←冗談です~^^;)。あと、棚の広さの割に出版点数が多いので、超人気作以外は数カ月経つと返品されたりして手に入りにくいんです。店頭で女子中高生の間をうろうろして恥ずかしい視線に耐えたあげく目当ての本が見つからず手ぶらで離れる、というのは精神的ダメージが…。チベもの収集おたくとして入手をお考えなら、アマゾンあたりのネット通販が無難かと思います(^^;)。実は私も、群馬の本屋では2巻が見あたらず、bk-1に発注しました。
>酔鬼さん
 小説の同名タイトルはまあジャンル違いならギリギリ許容範囲かな、と思います。本歌取りの意図も特にないようですけど。チベットを描くのに「風の王国」はいい題名だとも思った(ナウシカの"風の谷"を想起しました)んですが、小説中に特に描写はなかったので、タイトルがどう生きてくるのかも今後に期待してます。

Posted by: うらるんた | 2004.09.05 at 01:24 PM

文成公主のドラマVCDは、中国のネット書店「当当」で買えます。
20枚セットで特価120元。送料は+70%だったかな。
http://www.dangdang.com/product_detail/product_detail.asp?product_id=495998

コバルト文庫てとてっきり「やおい」小説ばっかりかと思ってました(笑)。amazonで買うと、あとでトップの「こんにちは、あさださん おすすめ商品です」のところで、しばらくはその関係本がどかどか並ぶ、てのが次の障害でしょうか。

Posted by: あさだ | 2004.09.05 at 05:26 PM

タイトルは重要ですね。【虹色の...へ】であれば、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫と章立てして、公主がロマンスのため酔っぱらいの護衛の隊長(僕の役)を毎回「腰元の李娘娘に酒を持たせて酔いつぶさせ」こっそり抜け出すというストーリーも考えたんですがね、ぜひ再考をお願いしたい.【小説家・うらルンタ】さんのペンネームも考えておきます.

Posted by: 酔鬼 | 2004.09.05 at 07:37 PM

>あさだ様
 20枚組120元! 目の前にあったら間違いなく買う値段かも。しかしどうやって注文して支払うんでしょうか中国のネット通販。カード決済などしようものなら不正コピーされてしまいそうで怖いなぁ(←偏見)。次に中国行くのはいつになるだろう私。
 コバルト…私が読んでた頃は赤川次郎とか氷室冴子(ジャパネスク)とか新井素子が書いてたんですが…あー、そういえば某「炎のミラージュ」など長編シリーズも軒並み「やおい」化したみたいだし、時代なんですかね~…。しかし"チベットでやおい"を成立させるとすれば舞台は僧院になるんでしょうか(←何書いてんだか訳分からなくなってます、すいません)。
>酔鬼様
 「風の王国」というと現在、五木寛之というより、韓国の漫画を原作にした同名のオンラインネットゲームが大人気のようです。古代朝鮮の三国時代を舞台に高句麗王が主人公となった架空歴史ファンタジーだそうで、「風の王国」ってそういう系統の物語につけやすい題名なのかもしれませんね(^^;

Posted by: うらるんた | 2004.09.09 at 05:37 AM

http://www.dangdang.com
既に私は3回位使ってます。支払いはクレジットカード。
突然300万円の請求が来た、なんてこともないです(笑)。
船便だと1ヶ月くらいで到着。
日本の中国書専門店でもあるようですが、1万円近くしてるようです。

8月半ばにラサ行ったときには成都で両替する時間がなく、仕方なく中国銀行のATMでキャッシングして、ホテルもカード払いでしたが、もう請求が回ってきました。
昔は2~3ヶ月かかってたものですが。


>>"チベットでやおい"

僧院での状況は河口慧海師とか西川一三先生の本に書いてありますが、書いてあるところをみると、どうも「やおい」というより、もろ「ハードゲイ」というか(展開自粛)。

Posted by: あさだ | 2004.09.09 at 09:48 PM

上州風子 さん(翔ぶ女・ルンゴムパ 裏ルンタさまのペンネームに決定)【藤田スケール】ってご存知?

今日の地下鉄の吊り広告に【女性が読む】がメインキャッチで『風の殺意・おわら風の盆』西村京太郎さんの小説が出ていました。
http://www.bunshun.co.jp/book_db/html/7/45/42/4167454262.shtml

で、「風の殺意」をGoogle でみるとこれもゲームがある。
http://kazesatu.kt.fc2.com/

風の ... ゲームやスリラーに似合うのか、風の又三郎がまず出てくるけど、そういえば昔の台風は女性だった。

Posted by: 酔鬼 | 2004.09.10 at 05:19 AM

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