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August 2004

2004.08.31

アテネ五輪で抗議活動

チベット人権団体が騒ぎ 閉会式前の五輪会場

 【アテネ29日共同】AP通信によると、アテネの五輪スタジアムで29日の閉会式前に、2008年の北京五輪開催に反対する活動を行おうとしたチベットの人権団体のメンバー6人が警官隊と小競り合いになる騒ぎがあった。けが人はなかった。
 6人は五輪マークに5発の弾丸跡を付けた旗を広げ、スタジアムに向かって行進、阻止しようとした約20人の警官隊ともみ合いになった。
 警官隊が旗を押収したが、6人は「中国はチベットを占領、人権を侵害しており、五輪を開催する資格はない。国際オリンピック委員会(IOC)の代表に訴えたい」と座り込んだ。しかし、IOCの当局者が現れなかったため、約3時間後に退去した。
(共同通信) - 8月30日4時14分更新

もうひとつ。

アテネ五輪:閉会式 チベット支援の活動家が「抗議」、小競り合いに

 中国チベット自治区の分離・独立を支援する活動家6人が29日、閉会式が行われた五輪スタジアムで、08年北京五輪の開催に抗議しようとして警察と小競り合いになった。6人は、弾丸で五つの穴を開けた黒い旗やチベットの人権状況に関する報告書を所持していた。【成沢健一】
毎日新聞 2004年8月30日 東京夕刊

 なんていう団体なのかとか、ギリシア在住のチベット人っているのかな、とか、チベット人がアテネまで行くお金は持ってないだろうからヨーロッパ人の活動家なんだろうなーとか、そんなことも考えるわけですが。
 閉会式の、張芸謀演出の「歓迎北京(Welcome Beijing)」パフォーマンスはなかなか面白かったですけどね。北京でのオリンピック開催に関するチベットがらみの感想は3年ほど前に書き散らした(リンク先の8月12日付)ので今回は略。

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2004.08.30

「風の王国」

31379392.jpg 電車移動の間にライトノベル「風の王国」(毛利志生子/集英社コバルト文庫)読了。
 文成公主をヒロインに持ってきた古代中華ロマン。唐の皇帝に連なる複雑な生い立ちの少女が、政略結婚で吐蕃へ嫁ぐことに。謀略と活劇あり、剣と魔術あり、素性の分からぬ男と2人きりのサバイバルあり……なアクションと淡い恋愛ストーリーです。あとがきに「古代チベット(周辺)」とあるように、物語の舞台は長安から吐蕃へ至るいにしえの青蔵公路。ラサ出て来ないし。
 作者は仏教系大学でチベット史やチベット語も学んだことがあるそうで、当時の歴史背景や人物もかなり調べ、史実から大きく外れないよう気を配った印象を受けました。李世民や李道宗など唐側の登場人物、トンミ・サンボータやクンソン・クンツェンなど吐蕃の有名人物だけでなく、ガル・ドンツェンとかディ・セル・ゴントゥンなどの脇役もすべて文献に残る実在の人物です。ま、マニアックだなあオイ。真面目すぎて冒頭部なんか“設定小説”になっちゃってる感もありますが、それも歴史小説っぽさがにじみ出て、好きな人には好きなテイストかもしれません。熱心なファンの多い作家さんのようです。
 詳しくは→ Amazon bk1
 ……しか~し!! 宝鏡がない、日月山のエピソードがない! どうしてだあ!?
 「日月山(ド・ニンデ・ラ/小説中では「赤嶺」「ドニデラ」)」というのは当時、唐と吐蕃の境界とされた峠(3520m)。文成公主はこの峠で、チベットくんだりへ嫁がねばならない運命を悲しみ、はるか長安を望んで故郷を思った後、唐から持参した守りがたみの宝鏡を投げ捨てて迷いを断ち切り、馬に乗って吐蕃へと下った――という伝承が残る。
 現在は西寧から青海湖へのルート上にあり、青海湖観光とセットになった中国っぽさバリバリの観光名所。宝鏡が二つに割れて落ちたとされる場所に日亭、月亭というほこらが立てられ、観光客が山のように押し寄せてます。私も、チベットがどんな場所なのか、文成公主がどんな女性なのか知る前に、観光ツアーで行っちゃったくらいだからなぁ。ただ単なる観光客だった私でさえ、止むことなく吹きつける強風のなか、目の届く限り広がる荒涼とした山並みに、あの山をすべて越えた向こうにチベットがあるんだ、というわくわくした気持ちと、漢民族の世界はこのへんで終わりだろ、という寂寥感を同時に持った、そんな場所ではありました。
 作者としては、長安を懐かしみめそめそ泣いてるエピソードが不要だったのかも知れないけど、そこは脚色次第。峠からの景色に世界の広さを感じ「吐蕃を気に入った」と叫ばせたっていいし、宝鏡が妖しであったことを覚り投げ捨てたってことにしてもいい。小説のように、峠で戦闘が起こり、脇役女性かヒーローの身を護るためにヒロインが宝鏡を使い投げつけたことにしてもいい。1200年前のことを現実に残る観光地とリンクさせる絶好の小道具だと思うんだがなぁ、もったいない。
 それから仏教。
 文成公主は“蛮国”チベットへ文明と仏教をもたらしたとされる女性。なんせラサの中心ジョカンの本尊のジョウォ(釈迦牟尼像)は文成公主由来とされ、ラモチェゴンパ(小昭寺)を建てたと伝わる。とすれば、小説のヒロインとしても、気丈で明るくおてんばなのと同時に、仏教哲学に裏打ちされた聡明さを持ち合わせ、時折みせる厚い信仰心と慈悲の心で吐蕃の王子に影響を与えるような設定があったら魅力的だったのではないでしょうかね。史実にも沿うし。史実では唐から後で取り寄せたことになっているジョウォだって、お輿入れの時に持参していることにしたっていいと思うんだよなぁ。旅の行列に護らなければならないお宝がある、しかもそれが秘められた力を持ってる、なんてのは定番でしょー(笑)。
 それから“吐蕃の魔術”。
 仏教の広まる前のチベット。山や湖に神が棲むと考える土着の精霊信仰が力を持ち、呪術師や占い師が活躍してたんだろうなー。う~ロマンだ。ここはひとつ、適当にありがちな人物造形(“黒ずくめの”とか)にせず、体系化される前のボン教を想定して、チベットならではの呪術をやってほしいです、ゼヒ(小説中ではなぜか、唐の魔術師が出てきて、吐蕃の魔術師は出てこなかったような気がする。伏線の持ち越しなのかしら)。
 風俗習慣にしても同じ。「峠にオボを祀る」「峠を越えるとき神を称え道中の安全を祈る」な~んてことは、仏教伝来以前からチベットにあった風習だと考えられるわけで。酒杯に口をつける時に天と地に酒滴を指で蒔いて捧げる仕草をさせるだけで、長安と異なる異国情緒が出るのになあ。
 あるいはもうリアリティにこだわらず、思いっきりぶっとんでほしい(空を飛ぶとか火を噴くとか)ところなんですが。つっても、ミラレパは空を飛ぶんだから、チベットでは「ありえる話」だったりするわけで(笑)。
 と、最後まで読んで書名をネットで検索したら、第2巻が今月発売予定になっておりました。続くんだ!
 …ってことは、どうなるんだろ?
 (以下、ネタバレ……というか史実を含みます)
 歴史では、文成公主の夫となったクンソン・クンツェンは新婚3年にして早世、一度王位を息子に譲っていた父ソンツェンガンポが再度即位して、文成公主は父王の后となるんだよね。さらにそのソンツェンガンポも数年で…。異国に嫁ぎ寡婦となった孤独な女性、といえばいえるんだけど、「風の王国」ではどう料理してくれるのか。歴史を無視してクンソン・クンツェンと2人で活躍してくれても素敵だし、悲劇の中、後ろ盾なくしても独りで生きる強い女性を描いてくれてもオッケーどんとこい。なんせ後世にわたり「白菩薩(ターラー)」として敬愛される女性だもん。ちょっと期待してみたり。

 (9月29日追記) 続編を読んだ感想を9月9日付にアップしました。

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2004.08.28

衝動旅

 来月の勤務を調整したところ、中旬に1週間ほど連休が取れそうなことが判明。
 ……1週間……1週間……。
 「再来週なんですけど、×日のエア・インディアって空席ありますか?」
 あれ? どこに電話してるんだ私?
 「ありますよ。仮予約入れておきましょうか?」
 「……お願いします」
 あれ? 何お願いしちゃってんだ!?
 「ビザの代行なんですが…」
 「通常料金での受付は2週間前までなので、明日が締めきりなんです。パスポートと写真を今日中に発送してくだされば、月曜日まで待つことは可能ですが…」
 「あ、分かりました、そうします…」
 あれ、何を分かっちゃってるんだろ?
 あら、宅配便出しに行っちゃったよ(←パスポートは常に持ち歩いている)、私…。
 こういうのも「衝動買い」って言うのか、どうなのか。

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2004.08.24

地球のうた

ヒーリングカフェ「地球のうた」DCP_06191.JPG
 22日に県庁前広場の「上州の夏祭り」をのぞいたら、テント出店してビールやチャイを販売されていたのでご挨拶。変わらずお元気そうで、でさすが地元の人らしく、仲間やお知り合いが代わる代わる顔を出し、一般客もひっきりなしでとてもにぎやか。忙しそうだったので挨拶しただけですいません。
 昨年10月、「ぐんま文化の日」のイベントで知り合って、「一度行きます」と約束……したんだけどまだ行ってない、宮城村にある自然食レストランです(申し訳ない)。なので、「群馬のチベット」のカテゴリに入れてみましたが、どの程度チベットらしさが漂っているかは不明。とにかくオーナーの女性は大のチベット好きなのは間違いありません。

 飲食メニューにある「チベタンブレッド」はゼヒ試してみないとなー。アムド・パレなのかムスリムがよく売ってるタイプなのか。行ったらまた報告します。 

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2004.08.23

外野からのオリンピック

 開会式も終わってもうあまり書く気はなかったんだけど、オリンピック雑感など何点か。
 毎日、朝起きたら「○○選手がメダル!」とニュースが踊っているここ数日、凄いなあ、と単純に驚いてます。「なぜ日本は強いのか」って、そりゃ個々の選手本人の努力が実ったんでしょうよ、「日本が」頑張ったわけじゃなく頑張ったのは選手だよ、と言いたくなったり、金メダルが当然のような一種異様な雰囲気のなかで敗退した柔道選手の父親が、テレビカメラや応援団の前で「期待に添えず申し訳ない」と土下座までした姿に、何か苦い物飲み込んだ気分を味わい関係者のプレッシャーを思ったり、まあいろいろ考えさせられます。
 コイン形の模型を積み上げるNHKのパフォーマンスもあまりいい気持ちがしないんですが、それでもいくぶんホッとしているのは、主に日本の過去の記録が比較対象になっていて、他国と比べてメダルの数が多い少ないという報道にはなっていないこと。ま、米国や中国とはダブルスコアで競争になってないし、人口も選手層も環境も体制も違うから当然といや当然なんですが、良かった。選手個人の努力の積み重ねの結果であって重みも価値も1つ1つ異なるメダルが、単に数値として比べられるのには耐えられないので、「あと○個取れば○国を抜いて世界一になります」とかはやってほしくないんで。中国じゃ「我国がメダル競争で美国を1つ上回りました」とかやって国民感情煽ってそうだけどな…。(と書いてる横で日本テレビの番組が日中韓のメダル数を比べて日本を持ち上げてた……やるなよ)
 応援席も楽しいです。日本からの応援団が少ない競泳の予選で、選手団がそろいの振り付けでパフォーマンスしてるのも良かったし(選手村で応援の練習もしたらしい!)、「マグロ一筋」のオリジナルTシャツもイイぞイイぞと思ったし、男女サッカーには浴衣姿が目立っていい感じだったし。日の丸ハチマキに「神風」「大和魂」てのは、やりすぎるとヤバ気なものを感じましたが。そういえば、金銀の羽織(?)に金色の山高帽、派手な扇子で1人踊るおじさん(テレビから映りそうな席に陣取る目立ちたがりの名物一般人らしい)には、見てはいけないものを見てしまったような気も……。あまり恥ずかしい格好はしないでほしい、と思ったわけですが、オーストラリア選手の応援席が映ったら、体を緑と白に塗り分けカツラを被り、角のついたかぶり物をつけた集団が奇声を発していたので(笑)、どの国にもいろんな人はいるもんだとちょっと安心したり。
 今回あまりオリンピックで不快な気持ちになってないのは、アナウンサー絶叫系の中継やタレントが騒いでるだけの番組が減ったからか、「主役」となる選手がたくさん生まれ、特定の選手に話題が集中していないためか。そもそもあまりテレビ中継を見ていないしな。
 ……とダラダラ書きましたがここまでが前振り(すいません)。
 中国は大丈夫なのか、という話題です。
 先日話題になった、アジア杯での日本に対するブーイングは、取り上げられ方にも日本の反応の多くにも日本政府のコメントにも中国の反応にも、なんか多方向にすっきりしないものを感じてはいるんだけど、うまく整理できてません。単純に「中国人はなってない、サイテー、遅れてる」とも思えないけど、「日本はバッシングされるだけの理由があることを自覚すべき」なんても思えないというか。
 ただ「愛国心」と「特定の国攻撃」は違うはず。スポーツの応援として最低限のマナー(グラウンドにごみを投げない、負け試合でも最後まで観戦する、スタジアム外で暴動を起こさない)は必要だろうし、ホスト国を務めるならボランティアを含め一般市民を巻き込んだ対応が必要になるでしょうね。
 いまさらちょっと不安になったのは、以下のコラムを目にしたからでした。アテネ五輪の女性特派員が現地から書いているコラムだそうです。「eico」は記者の筆名だと思う。
 [前線コラム]アテネ五輪前線記者eico:「日本の国技」

[前線コラム]アテネ五輪前線記者eico:日本の国技
 2人はもつれあい、1人はもう1人の体の上にしっかりと覆い被さっている。じわじわとうごめき、力を使い果たした彼女の両手をつかみ屈服させ、彼女の太ももと尻を引き倒し、命がけで押さえつけ……
 おいおいおい、よだれと鼻血を出している読者の皆さん、これはポルノ小説の冒頭部ではありませ~ん! 先に拭いておいてね!?
 告白します。あらゆるスポーツについて私は畏敬の念を抱いていますし、あまねくスポーツ選手に対して私は尊敬する気持ちを持っています。どんなスポーツ競技も、すべて多くの人がたくさんの艱苦と汗水と引き替えにしてきたもの。いかなるスポーツであっても、故意におとしめるような評価をすることなどできないと思っています。
 しかしです……女性、それはいつも心を喜ばせ目を楽しませるものにより魅力を感じるもの。これって本性でしょ。
 というわけで、私には、どうしてこれほど分かりづらくみっともないスポーツが堂々とオリンピック公式種目に選ばれていて、しかも1つの相当重要な競技種目として認められているのか、どう考えても分かりません。
 女子柔道78キロ級決勝に負け、会場に入り目を向けると、全員が日本人。膏薬の旗を振り回し、日本の国歌を歌い、さらにひどい人になると、日本の芸者みたいに扮しているようで、顔は真っ白く、真っ赤に口紅を塗り、パタパタと音のする下駄で館内をむやみやたらと走り回っている。別の者は滑稽な道化者の帽子をかぶり、頭を揺らすたびに鈴を鳴らして一人で悦に入っている。一組の老夫婦がいて、伝統的な和服を着て、普段自分の家の畳の上で座ってるのと同じように、姿勢正しく観客席に座っている。
 認めておくと、私は過激なほうです。そのいわゆる「一衣帯水」と言われる隣国に対して、いささかの好感も持ってません。この日本の国技とされる柔道競技について、ことさらにあれこれ目障りなものを見たのでした。
 しかしそれにしてもオリンピックは全世界の人民のスポーツの聖典であり、全世界の人民の前で披露されるもの。だったら、私たち大多数の観客の審美眼に合致するような種目を捜してこれないもんなんでしょうか?
 たとえば飛び込み。水に入った瞬間、しぶきは花びらのように跳ね上がり、選手は藍色のプールに消えていく。たとえば体操。地面の上に、器具の上に、優美な体躯がの伸び広がる。たとえば陸上競技。銃声が鳴り響くと、チーターのようなたくましく敏捷な影がコースの果てに消えていく。例えば、例えば……。……どの種目と比べたところで、2匹の肉虫がケンカしてるようなのに比べれば、どんなに美しいか分かるってもんじゃない?
 優劣だって、いろんな表現方法で決めるべきでしょう。そうじゃない?
  (編集 雨)(※原文中国語。試訳はうらるんたなので間違い勘違い等ありえます)

 まあ、若い女性がぶっとんだことを書くのをウリにしているコラムのようですが(別の回では泊まっているホテルがいかに狭くベッドが小さいかということをひたすら書いていた)、特派員がこのレベルだと他は推して知るべしというか何というか(日本の国技って一般的には相撲だったよね!?)。さらに、こういう内容のコラムを期待して、喜んで読む中国人が一方にいるんだろうな、ということにも、いやーな気分になったり。「産経抄」読んでるのと同じ気分(あれも精神的ダメージ受ける…読んじゃうけど)。
 15年以上前であればすべての記事媒体が政府の統制下にあったので、政府批判の記事も載らなかったけれど、政府の政策にそぐわない記事も載らなかった(中日友好が政府の方針であれば日本批判は載らない)。なんでもアリになったことは喜ぶべきなんだろうけど、「自浄作用」のようなものがあるかというと、謎だなあ。

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2004.08.22

ニュースの季節

 産経新聞1面にポタラの写真が!(※Web上では記事見当たらず)と思ったら、夕方のTBSニュースでもチベットが。「中国外務省が組織した外国人取材団に参加、ラサなど各地を訪ね(略)」(産経新聞)とあり、ほとんど毎夏の風物詩と化したチベット記事掲載のシーズンになったようです。
 TBSでもデプンの大タンカ開帳が映っていましたので、ショトン祭観光シーズンに合わせた訪問スケジュールだったのかもしれません。
 チベット、ダライ・ラマ人気衰えず

shoton.jpg 中国のチベット自治区では中央政府の手厚い支援を受けて、各地で開発が進められていますが、人々の信仰心は変わりません。祭りのシ-ズンを迎えた区都ラサを取材しました。
 ラサの郊外、夜明けを迎えた山寺に仏教徒たちが集います。斜面に吊るされた巨大な仏の絵が見え始めると、辺りが大きな歓声に包まれました。
 チベットでは今も独立問題がくすぶっています。中国当局は、インドに亡命中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世を分裂主義者として批判、寺院などにその写真や肖像画を掲げることを認めていません。
 「ダライ・ラマが独立の主張を放棄せず、祖国の民族大団結の破壊をあおるなら、彼の写真や画を掲げてはいけません」(ラサ市 肖白 副市長)
 その一方で、金と人を投入する支援体制を組み、各地で大規模な開発が進められています。経済の発展こそが政治面での人々の不満を和らげることにつながるとの認識からです。 しかし、開発が進んでもラサをチベット仏教の聖地とする人々の信仰心は変わりません。
 祈りを捧げるチベット民族の敬けんな信者たち、そして、中国の国内や海外から訪れる観光客の姿が一日中絶えることはありません。 ダライ・ラマは今も精神的な支えになっていると言います。
 寺の中にある僧侶個人の住居スペースです。こちらの部屋の中には、公の場所には飾ることができないダライ・ラマの写真も置いてあります。
 撮影はできませんでしたが、懐に忍ばせた写真を見せる信者もいました。ダライ・ラマの衰えない人気振りを垣間見ることができました。(21日 18:42)
 産経新聞もほぼ同じトーンで、自治区共産党幹部のコメントを引用しつつ、「ダライ・ラマの写真を隠し持っている人はいた」という内容でした。
 7~8年前に朝日新聞が「禁じられているダライ・ラマの写真を手にする僧侶」とキャプションつけて顔出ししちゃったのから比べれば、名前を仮名にしたり写真は後姿にするなど多少気を配っているようですが、中国政府にも気を遣ったのでしょう、「チベット人」「チベット民族」ではなく「チベット族」だし、「ドルジェさん」ではなく「ドージィさん」(中国語当て字のピンイン読みと思われる)で、“チベットの記事が載った”というより“中国政府に批判色の強い記事が載った”という色合いを感じました。

 さて、新聞やテレビにはこの季節、なぜこんなお仕着せのチベット記事が流れるのか――について。
 それは前述の通り、中国外務省が外国メディア向けに「チベット訪問ツアー」を組んで希望する媒体の記者をチベット旅行に招待するから……なのですが、背後にはもう少し「チベットならでは」の、じゃあなぜそんな旅行にメディアが乗らざるをえないか、という事情があります。
 外務省主催の「外国人取材団訪問ツアー」では、最初から「チベットの発展ぶりを紹介します」「人心は安定し、物資は豊かになり、共産党政策は支持されています」という方向づけの上でメディアを案内するわけですから、中国政府にとって都合の悪い場所や人物がセッティングされることはありません。そんな、現実の表層しかなぞれない大名取材に参加したって意味ないじゃないか、と言いたくもなります。ただ、その辺がチベットの複雑なところで、自治体や観光局が外国メディアをあごあしつきで接待して記事化してもらう「パブリシティ記事」とは異なる事情があります。
 中国で、特派員として赴任した記者は最初から政府の監視下にあります。北京の場合、基本的に、新聞社・通信社の北京支局は指定された外国人公寓(外人専用マンション)に入居させられ、特派員もその中に居住。取材で北京市から外に出る場合は公安局(情報局だったかも)に事前申請が必要で、公安は訪問先に取材内容を事前に連絡、「取材の便宜を図る」ことになっています(←要するに「日本の新聞がこんなことを聞いてくるからこんなことを答えろよ」と指示する、ということ)。申請せずにアポなし外出をしても、ホテルに泊まったり飛行機に乗る時点でパスポートやビザの番号から身元が照会され、結局は公安にチェックされることになります。
 中国報道において、記事の基本である「当事者への直接取材」がほとんどなく、中国メディアの引用であったり、「関係筋からの話」をソースとした政治的憶測記事が多いのは、そうした事情があるのでした。さらに、チベットなど政治的に微妙な問題を抱えた地域への事前申請は、出したとしてもなんだかんだ理屈をつけて先延ばしにされたりして、実際には実現しないのが現実だそうです。
 つまり、メディアの中国特派員は、チベット自治区に「入ること」自体が困難だということです。(もちろん、政治は北京で動いており、情報も北京に集約されますから、北京を離れることに積極的でない記者のほうが多いと思います)
 そういう情勢のなかで、外務省側から「チベット訪問をアレンジします」と打診されたときに、独自の取材ができるかどうか、どれだけ現実に迫ることができるかどうかはとりあえず二の次三の次として、報道機関として「とにかくチベット現地に入り、映像や写真の素材を自社資料として押さえる」ことが重要と判断し、訪問団に加わるメディアは多いんじゃないかと思います。(で、記者を派遣した以上、費用対効果の問題として記事化される……と。)
 中国報道の現場を知っている訳ではないので、ほとんど想像ですけど悪しからず。

 ……んでまぁ、取材に燃える“心ある記者”は、「“チベットの現実”を取材しなくては」とやっきになって、随行員が寝た後夜の町に抜け出してみるとか、今回の産経新聞でもあるように、セラ寺の坊さんやパルコルの土産物屋で「ダライラマをどう思うか」と街頭突撃取材を試みたりするわけですが、……うらるんた個人的には、大メディアの北京の記者があまりガンバらないほうが、なんてちょっと思ったりします(すいません)。
 間違いなく監視下の取材。最近の中国当局は、記者の行動をあからさまに制限するよりも、“泳がせて”どう行動したかを追跡しているようで、記者が何をしたかよりも、その記者と接触したチベット人がどんな行動を取ったかがチェック対象になっているとのこと。外国人記者が珍しげに尋ねまわった、率直で単純な質問が、接触した現地のチベット人たちを後で窮地に陥れることがなければいいが……などと思うのでした(申し訳ない)。
 記事によると、産経の記者は土産物屋で「ダライ・ラマを…」と口にしたとたん「(その名前を)口にするな」と制止されています。英語や中国語など、周囲の人間に聞かれて分かる言葉でおおっぴらに突撃インタビューしている様子が目に浮かびます。「クンドゥン」「ギャワ・リンポチェ」などチベット語の単語を使うだけでも状況は違ったと思うんだけどね(^^;)。
 仏教やダライ・ラマに関することであればあるほど、信心深い人であればあるほど、チベット人は嘘がつけません。嘘をつくことは仏の教えに反するからです。「写真を持っているか」「ダライ・ラマを支持するか」と尋ねられれば、たとえ監視され、聴かれていると分かっていても「持っている」「支持する」と応える人はいると思います。それは、取材記者が敏腕だったとか、ダライ・ラマの写真所持はけっこうオープンなんだ、ということを意味するのではなく、それだけチベット人の価値観や倫理観の根底に触れる重い質問なんだ、と分かってもらえるといいのですけど。
 中国留学中、私がチベット人から聞いた話が人づてにメールで伝わり、あるメディアに引用されたことがありました。名前も所属も住所も匿名での引用でしたが、後日、私は日本人留学生のひとりに非常に強く抗議されました。「不用意すぎる。聞いた話を他に漏らしたり利用するなら、あなたにはチベットの友人を紹介できない」という抗議でした(その日本人からチベット人を紹介されたことは抗議の前も後もありませんが)。今そのことをこうやって書いても、読む人にピンとこないと思います(私自身既にピンと来なくなっていますし)が、重要なのは、私の行為や引用内容が不用意だったかどうかではなく、その日本人留学生が抱いた恐怖心や猜疑心、「常に何かに見つめられ周囲にびくびくしながら身辺を守り暮らす」感覚はチベット人の誰もが感じている見えない圧力であり、現実に間違いなくチベットに存在するのだ、ということ。特殊な社会だ――と改めて思います。

 ところで、中村さんの日記(8月13日)によると、取材ツアーがチベットに入っていた(と思われる)時期、パンチェン・ラマ11世(ノルブ少年=中国認定の方)などチベットのVIPが続々と自治区入りしていたとのこと。新華社は報じていたし、そっち方面(ノルブ少年へのインタビューとか)を取材してくれたら良かったのになあ、突撃インタビューよりそっちこそ「国外の大手メディアだからこそできること」なんだけどな、などと思ったものでした。

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2004.08.19

きっかわ

 うぉ! きっかわが映ってる~!
 職場のテレビで同級生の顔を見つけてびっくり。
 しかもかなり場違い(?)な番組で。だってNHK「ご近所の底力」だよ? なんできっかわが「都心の住宅地、渋谷区本町でお年寄りの詐欺の被害に悩むご近所さん」やってるんだ(笑)。いや確かに渋谷区在住だったと思うけど、その映り方はきっかわ、まるで一般人じゃん(笑)。
 きっかわは、高校時代から自分で脚本書いたりしてちょっと違うオーラを出していた、「職業・女優」となったかっこいいー同級生なのでした。(「きっかわ」は高校時代のあだ名。ま、吉川晃司とか一世を風靡してたしね)
 『役』としてご近所さんを演じているのか、頼み込まれて出演したのか、そもそもこの番組の『ご近所さん』にギャラは発生しているのか……NHKもやること奥が深いなあ~。あんまり驚いたのでつい書いちゃいました。金沢の舞台を見に行ったのを最後に、もう10年くらい会ってないけど、とりあえず元気そうでよかったなー。東京に近くなったことだし、また舞台見に行くね。

(8月22日追記)
 ……と19日に記載して20~21日に外泊、3日ぶりに自宅に戻ったら、きっかわから封書がっっ。なんですかそのタイミングは(汗)。
 所属する劇団の公演「半変化束恋道中」の案内で、なかに一言、「○○ぴー、東京に来たまえ!!」。(※「○○ぴー」は私のあだ名)
 シンクロニシティなのか、きっかわがネットをチェックしているのか、いや彼女のメアドは携帯だしちべログ見たんならその旨書いて突っ込み入れて手紙くれるだろうから、やはり単に偶然が重なっただけと見るべきか。タイミングって怖いな~。公演行けるかなあ?

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2004.08.17

チベットアニメ?「金玉鳳凰」

中日韓でアニメ映画を共同制作へ 「金玉鳳凰」

中国・日本・韓国の3国が3億円を共同投資するアニメーション映画「金玉鳳凰」プロジェクトが正式に調印され、このほど、シナリオ製作の段階に入った。同映画はアジアの三大アニメ大国それぞれの得意分野を結集する初めての映画。市場の共有も見込まれる。
ストーリーは中国の蔵族(チベット族)の民話を元に構成する。監督には、かつてアニメ「名探偵コナン」の劇場版を手掛けた日本人監督を起用。韓国と中国はそれぞれの得意技術を生かして製作を担当する。中国側による具体的作業は上海美術電影制作廠が担当する。
現在、3国の製作スタッフがシナリオの作成と修正を行っている。映画は2006年の年末年始に中日韓で同時上映される予定だ。(編集MM)
「人民網日本語版」2004年8月12日
 チベットの民話「金玉鳳凰」……?

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2004.08.16

(覚え書)「ご主人のためオムレツでも研究を」

(8月22日の日記に関する覚え書き)
 「産経抄 2004年8月16日」

 アテネ五輪の開会式は印象的だった。スタジアムの中央にエーゲ海を思わせる青い水面が広がり、幻想のギリシャ神話の世界が次々に展開。その水があっという間に引いていき、やがて神々の降臨のように日本に二つの金メダルがもたらされた。
 ▼古代オリンピックのギリシャでは、競技の勝利者は本人の才能や精進で勝つのではなく、神に選ばれたものに神が味方するから勝ったのだとされた。しかしソクラテスなど哲学者がでた紀元前五世紀ごろから、神のおかげでなく人間の努力で勝つとされるようになったそうだ。
 ▼柔道女子48キロ級谷亮子選手も、男子60キロ級野村忠宏選手も、ともにケガを克服し、生身の肉体で極限の力と美を発揮した。間違いなく本人の努力だったが、神が選手の上に降りたような活躍に見えたのはギリシャという場所柄のせいかもしれない。
 ▼「たをやかの アスクレーピアス/君がひとみの、耀(きら)めきは/凪(なぎ)の日和か。/人みなを恋の舟路へ/さそうてやまぬ」「薄紅(うすべに)の 花さうびともなりたしや/手づからとりて/雪をなす 君が胸わに/飾りたまふと」(呉茂一訳『ギリシア・ローマ抒情詩選』岩波文庫)。
 ▼前人未到の三連覇をなしとげた野村選手は、奈良の柔道一家に生まれたが、小さいころは体も小さく、体力もなく、柔道は弱かったという。それが超人的な働きをし、日本に通算百個目の金メダルをもたらした。この秘密はどこにあったのだろう。
 ▼谷選手は「柔道着を脱げば主婦を百パーセント務めたい。アテネが終われば、料理の勉強もしたい」と語っているそうだ。五輪の競技はこれからだが、谷亮子にとってアテネは終わった。これからはご主人のために、人間的な料理のオムレツでも研究して下さい。
(引用元:Sankei Web/元記事が削除されたりアドレス変更の場合もあります)

 一流のアスリートだろうが第一線のメダリストだろうが、「結婚している女性」のカテゴリに入っただけで「料理上手になってご主人に尽くしてね」とオチをつけられるのが産経抄の世界であります(とほほ)。
 谷選手の場合、「谷亮子になります」と会見し、世界に通用するビッグネーム「タムラリョウコ」に未練はなさ気で(オリンピックに通称名使用出場が許されるのかは知りませんが)、「タムラでも金、タニでも金」と新たな動機付けにもってっちゃった強者なので、新聞雑誌の無記名コラムに何を書かれようとにっこり笑っていそうで救われますけどね。
 上司と友人に1人ずつ、期せずして「毎日何が書いてあるか楽しみ」と言っていて、この2人は突っ込みを入れて斜め読み的に楽しむため愛読しているようですが、そうじゃなく素直に正面から「そうだ! その通り!」と膝を打っている人たちのほうがたくさんいるんだろうな……。

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2004.08.15

中国代表にチベット選手はいるか

 中国のオリンピック代表選手一覧を見つけてみました(要中国語フォント)。
 あとこのへん「2004アテネオリンピック TOMスポーツ」(こちらも要GBフォント)にも写真付きの選手紹介がありました。おお、ようやく見つかった。
 1番目のは公式サイトではなく、どうも中国(香港?)の個人の方が開いているblogのようです。時代は変わってるんだなあ。2番目のは広告会社のネット新聞かな? 写真も充実してます。
 さて、中国の代表選手団にチベット人がいるかどうか、ですが、明らかにチベット人とわかる名前(卓馬〈ドルマ〉とか巴桑〈パサン〉とか)は見あたりませんでした(ちょっとがっかり)。もちろん、趙なんとかとか楊なんとかとか、漢人っぽい名前になってるチベット人もいるので、まったくいないとは言い切れませんけど。
 中国の人口比率でいくと94%が漢人なので、選手が400人いたとしても376人は漢民族、ってことになって当然なんですが、じゃあ24人少数民族がいるか、というとそうでもないもんなあ。がんばれチベット人。
 それで名単(名簿)を眺めていたところ、えーと例えば、摔跤(レスリング)の艾力努尓選手賽音吉雅選手は、アイリーヌル(エリノール?)選手、サインジャヤ選手という感じで、ウイグル人、モンゴル人という響きがします。サインジャヤ選手は内蒙古シリンゴロの出身と書いてあるし。拳撃(ボクシング)の哈達巴特尓選手、哈那提-斯拉木選手は「ハタバートル選手」「ハナティ・ジャラム選手」で、ハタバートルは明らかにモンゴルの名前、ハナティ・ジャラムはイスラム系ですね。田径(陸上)にもイスラム系らしい阿拉坦-嘎達蘇(アラタン・カダス)選手、籃球(バスケットボール)にはモンゴル人らしい巴特尓(バートル)選手がいますなあ。バスケットのバートル選手、姚明選手の次に名前が載ってるよ。身長210センチだって。うわー。
 加油(がんばれ)! とちょっと屈折した応援の仕方をしてみたりして。

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2004.08.14

オリンピック終了

 うおぉショーック……!!
 疲労のあまりTVつけてスタンバイしたまま意識が消え、はっと目が覚めた時には開会式中継終わってたよ……。
 いいですよねぇ、オリンピック。競技にはほとんど興味ないけど、大好きです、五輪。はい、開会式が。うらるんた的にオリンピックは開会式の入場行進に始まり入場行進に終わるモノ(……4年前にも同じようなことをどっかで書いてるので「うらるんたのその話は何度も聞いたよ」という人にはすいません)。それがあぁ、よだれたらして目が覚めたら全部終わってた…。
 午前中、録画放送があったので、出勤した職場で仕事しつつ必死になって見ましたが。
opening.jpg 聞いたことのない国の人が、数人の小さな選手団でも、胸張って、旗を掲げて、堂々と歩いてくる姿が好きです。民族衣装万歳です。
 子どもっぽいと笑われるかもしれないけど、世界はこんなに広くて、いろんな人がいろんな場所でいろいろやってるんだ、ってことに素直に感動します。なんか涙出てきます(職場だっつーのに)。自宅で見れてたらオイオイ泣いたこと必至っす。
 (既に国名は忘れてるけど)国名の入ったタオルを両手で広げて笑顔でアピールしていた選手団とか、ユニフォームのポロシャツに肩から斜めに国名を大きくプリントしていた選手団とか、「ここに我あり」ってことをアピールできる喜びをひしひし感じました。女性旗手が片手でぶんぶんと国旗を振り回していた選手団もあったなあ。
 アフガニスタンの女性選手の民族衣装、とても綺麗でした(あの列の中に日本人コーチもいたんですってね)。韓国と北朝鮮の合同入場行進も涙モノ。初回の驚きこそ薄れたけれど、今では合同が当たり前のように見えて、「ああ一緒なんだ、そりゃそうだよね、同じ言葉を話すんだもんね、……あれ、いまだに別の国なんだっけ、どうしてほかのことも一緒にできないの?」なんて思えてきたりして。
 インド選手団は男性全員がターバン巻いていたような。「あんたら全員スィクなんか!? インド人=ターバンっつー固定観念をここでまた全世界に広げちゃっていいんか!?」と激しく画面にツッコんだり。
 ブータン来ないのかなブータン、と不安になった頃、ゴとキラ姿の小さな集団が入ってきてまた感激。ネパールは女性選手がジャケットの下にサリーを着ていたように見えましたな。アップにならなくて残念。ベトナム選手団は意外にフツーだったな。ミャンマー、モンゴル、台湾、カンボジア、スリランカ、ベリーズは見逃しました。
 ジュートのような布で巻きスカートにした選手団(あれも民族衣装らしい)も格好よかった。激しく上半身裸の選手もいたような。そう、格好いいといえば全体的にアフリカからの選手団! 白やピンクや黄色など原色や明るい色のヒラヒラした服がなんでああも似合うのか。ため息です。
 オーストラリアやアメリカなど大選手団を送り込む大国にはあまり関心ないほうなんですが(服装もありきたりだし)、アップになった選手1人1人の顔を見ていたら、アジア系アフリカ系ヨーロッパ系いろんな表情があって、ああこんなのもいいな、と今回ちょっと思いました。ところでイタリアはしゃぎすぎ(笑)。
 という感じで、私が楽しみにしていた4年に1度のイベントは今日既に終わっちゃった、ああ良かった、という話でした。
 202の国と地域……、んで、いつも裏返しのように思うのは、そこでさえ「自分たちの帰属意識」を大きな声でアピールできないマイノリティグループがいるんだ、ってこと。どんなに頑張って練習しても、現在の情勢で、チベットの旗が翻ることはないんだよな、……クルドとかチェチェンとか、世界にはそういう思いを抱えた人たちもたくさんいるんだよな、……などということで。世界って広くて多様で素敵でちょっと悲しいな、などと考えると泣けてくるオリンピック開会式なのでした。感傷的ですいません。
 でも! インドのナショナル・サッカー・チームにバイチュン・ブティア選手(シッキム人らしい)がいるように、中国やネパールにもチベット人(チベット系)選手がいるかもしれない。選手名鑑でも見られれば何かの参考になるんだけど……
 というわけで、中国の代表選手の名前一覧なんかがどっかのインターネットに転がっていないかな、名前と出場種目、出身地(省)なんかが一覧になってるのないかな、と、ちょっと検索してみたんですが、見つかりそうになくて挫折。日本語サイトにはありえなさげ。英語は眠くなるのでせめて中国語で……なんて思うんですが。もうちょっと探してみようかなあ。

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2004.08.13

チベットに、最初の自治区クラスの近代的刑務所を(人民日報西蔵版)

チベットに、最初の自治区クラスの近代的刑務所を

チベット自治区刑務所は受刑者に対し、自力による更生をこの上なく重視している。学校、図書室が設けられると同時に教育係も配置され、受刑者に対し教養・知識の学習、職業技術のを講習・訓練を行い、さらには社会意識の教育を行い、毎年受刑者にたいする教育の時間は500時間を超えている。刑期を満了して釈放されるときは大多数の受刑者は1つか2つの専門技術を身につけることになっている。
1997年以来、チベット自治区刑務所は6000万元余りの資金を投入し、受刑者の生活環境の改善及び教養・知識学習などの条件の改善を行っており、刑務所全体が様変わりした。チベット自治区刑務所は、近代的・文明的な刑務所に築き上げることを目指し、いろいろな面で努力し、審査では50に及ぶ項目で中国司法部「近代的・文明的刑務所評価細則」の条件をクリアしており、8月5日に、チベット自治区司法庁に「チベット自治区近代的・文明的刑務所」の称号を授与された。チベット自治区刑務所は区都ラサ市の北はずれのザチ村に位置し、1960年に建てられたもの。
「チャイナネット」 2004年8月13日
 (人民網日本語版から引用)
 ……だそうです(よく分からないのでコメントできないけどメモ代わりに)。「ザチ」は「ダプチ」の中国語当て字ピンイン読みでしょうね。

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2004.08.11

ラサのショトン祭は毎年8月18日固定に(新華網)

 ラサのショトン祭は毎年8月18日固定に(新華網)

拉薩市のショトゥン祭は今後毎年の8月18日に固定開催へ(西蔵日報より)
 12日開かれた2004年拉薩市ショトゥン祭での記者会見で、今年から、拉薩市のショトン祭は毎年の8月18日に固定して催されることが分かった。
 拉薩市のショトゥン祭は1994年から拉薩市政府の主催で開催され、今年すでに10周年となる。これまで、ショトゥン祭の開催日はチベット暦に基づいており、毎年のショトゥン祭の開催日は西暦と一定の一致がなく、時に早く時に遅くなり、部外者は適切に日程を掌握する方法がなかったため、観光客の呼び込みや商店の売り出しに力が入れられないという影響が出ていた。このことから、ショトゥン祭をチベット地域の経済・社会発展を促進する重要なブランドとするため、もっと良くそのブランド力を発揮できるよう、拉薩市人民政府を通じ、今年から、デプン寺の大タンカ開帳がチベットの伝統暦に即して(つまりチベット暦の毎年6月30日に)行なわれることを除き、拉薩市政府の主催する“ショトゥン祭”の一連の活動は、すべて毎年8月18日に開催されることになった。
 聞くところによると、今年の拉薩市ショトゥン祭のテーマは“新しい拉薩、新しいショトゥン”だという。伝統的なチベット演劇(アチェ・ラモ)の演技、歌と舞踊、馬術、「雪頓之夜消夏晩會(ショトゥン祭の夏の夜を楽しむナイトパーティ)」、デパートなどの展示即売会、経済や貿易面での企業誘致や商談会意外にも、今年のショトゥン祭は「ショトゥン祭教育会議」、「“動感拉薩”大規模モーターショー」などの活動がある。(白娟 董正剛)
新華網 西蔵頻道8月12日より。翻訳はうらるんたのテキトー訳なので間違いあるかもです)
 マジですかい!?>毎年8月18日
 そもそも「消夏晩会」(ナンマのことか?)だの「商貿展銷(デパートなど商業貿易業者の展示即売会)」だの言ってる時点で、それはショトゥンと激しく違ってる気がするんですがっ。
 外国人や金持ち中国人を効率的に呼べるよう、祭のスケジュールを西暦で一定させてしまえ、ということだと思うんだけど(それもそもそもかなりムチャだけど日本では既にかなり行なわれていることだしね)、「デプンのタンカ開帳はチベット暦で行なう」ということは、タンカは開帳してもノルブリンカは開放されずアチェ・ラモはなくリンカできない、ということなの? 家族でお寺参りしてコルラして弁当を広げて夏の1日を楽しむ、というチベット人の生活のリズムを激しく無視した決定だと思うんですが?

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2004.08.09

伊香保のジェクンドゥ

 「名湯・伊香保温泉は『水道水』だった!」(週刊ポスト8月20・27日号)のあおりで休暇潰れる。
 酷暑の伊香保温泉街を汗まみれで歩きつつ、温泉入るために歩く温泉街は楽しいけど、仕事絡みだとこんなに空しいとは、などとブツブツ。
 ……と、歩きながら、「おっ、カムじゃん」と一瞬頭に浮かんで「!?」。なぜここでチベットを連想する? 暑さでイカレたか?
 振り返って周囲を見回したら理由はすぐ分かった。
DSC_01121.JPG ←ジェクンドゥだ!
 ちなみにこの旅館、「タマキ」と読みます。タマキ、タマキと言われても玉樹(ユィシュ)とは思わなかった次第。そうかここがタマキなんかー! 私は泊まったことありませんが伊香保でも雰囲気のある宿と評判で、現伊香保町長(の家族)の経営でもあります。今回、加水・着色を告白してたけど。

 ところで昨年11月、インドから一時帰国中のルンタ代表T嬢と伊香保温泉に来たことがありました。
 水シャワーしかないインド暮らしから戻って一番の贅沢は大きな湯船とたっぷりの温泉、ということで、群馬を訪ねてくれたT嬢と「ここまで来たらやっぱり温泉行こう!」と盛り上がり、当日予約を受けつけてくれた旅館への1泊2日。源泉近くにある露天風呂と、伊香保グランドホテル付属の「スパ・グランド」(既に潰れてて今はないけど)、温泉旅館の3本立て。旅館は外壁を改修中でシンナー臭かったけど、新設したばかりの展望露天にも入り、接客は親切でまあ満足してたんですが……
 えーそうです……そこは「ホテル銀水」……思いっきり水道水の旅館でした。とほほほ。
 今思うと、入湯税取られたかどうか、風呂に成分分析表が貼ってあったかどうかは定かじゃないんだけど、部屋の案内には「白銀の湯」の源泉の説明があったような気がするし、どこにも「ここは温泉ではありません」という断りはなかった。旧来の伊香保の源泉(茶褐色のほう)ではないことは承知の上だったけど、安かったけど、それでもちょっとあんまりだ(泣)。やっぱ「騙された」という気分は消えないよ~…。
 伊香保の旅館はもともと半数以上がニセモノ、泊まる人間の不注意だ、と言う人もいるけど、地元の私はまた違う旅館に来れるけど、九州は黒川温泉の地元からはるばる来てくれたT嬢になんて謝ればいいんだよう(号泣)。

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2004.08.08

高山村

DSC_00581.JPG 仕事で高山村の「ぐんま天文台」へ。
 天文台ってのは星空を見るためにあるんだから、街の明かりが影響しない、山に囲まれた場所にあるんだろう、くらいは思っていた。しかしそれにしても想像以上の山だった!(携帯の電波も通じない!)
 写真は敷地内に再現された古代インドの日時計・星時計設備「ジャンタルマンタル遺跡」(←実物知らないけど。ジャイプールにあるらしいです)。その向こうには夕暮れの微妙な色合いを帯びた山の稜線が何重にも浮かんでいて幻想的だったんですが、もやが濃くてうまく映ってません(残念。それにしてもひでー写真だな)。
 尾根から見下ろすと、山のふもとごとに点在する集落の、斜面に張りつくように並ぶ家々の明かりがぽつぽつと見えて、「これは……」と感激するくらいデジャヴュ。
 ちょっと山がちな風景を見たくらいで「チベットのよう」と口にするのは、単なる僻地ってだけで「日本のチベット」と呼称するくらい意味のないことだとは思うんですが、百戦錬磨のルンタのN氏さえ阿蘇で「まるでチベット」と感激していたそうなのでお許しを。山の谷間に散在する集落を尾根からいくつも一望する眺めは、ティンリーの峠を越えてニェラムからコダリ(ネパール側)へ下る街道やシッキム、ダラムサラからマナリーへの風景なんかを思い出し、ああ旅に出たい、と叫びたくなりました。

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