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2004.08.22

ニュースの季節

 産経新聞1面にポタラの写真が!(※Web上では記事見当たらず)と思ったら、夕方のTBSニュースでもチベットが。「中国外務省が組織した外国人取材団に参加、ラサなど各地を訪ね(略)」(産経新聞)とあり、ほとんど毎夏の風物詩と化したチベット記事掲載のシーズンになったようです。
 TBSでもデプンの大タンカ開帳が映っていましたので、ショトン祭観光シーズンに合わせた訪問スケジュールだったのかもしれません。
 チベット、ダライ・ラマ人気衰えず

shoton.jpg 中国のチベット自治区では中央政府の手厚い支援を受けて、各地で開発が進められていますが、人々の信仰心は変わりません。祭りのシ-ズンを迎えた区都ラサを取材しました。
 ラサの郊外、夜明けを迎えた山寺に仏教徒たちが集います。斜面に吊るされた巨大な仏の絵が見え始めると、辺りが大きな歓声に包まれました。
 チベットでは今も独立問題がくすぶっています。中国当局は、インドに亡命中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世を分裂主義者として批判、寺院などにその写真や肖像画を掲げることを認めていません。
 「ダライ・ラマが独立の主張を放棄せず、祖国の民族大団結の破壊をあおるなら、彼の写真や画を掲げてはいけません」(ラサ市 肖白 副市長)
 その一方で、金と人を投入する支援体制を組み、各地で大規模な開発が進められています。経済の発展こそが政治面での人々の不満を和らげることにつながるとの認識からです。 しかし、開発が進んでもラサをチベット仏教の聖地とする人々の信仰心は変わりません。
 祈りを捧げるチベット民族の敬けんな信者たち、そして、中国の国内や海外から訪れる観光客の姿が一日中絶えることはありません。 ダライ・ラマは今も精神的な支えになっていると言います。
 寺の中にある僧侶個人の住居スペースです。こちらの部屋の中には、公の場所には飾ることができないダライ・ラマの写真も置いてあります。
 撮影はできませんでしたが、懐に忍ばせた写真を見せる信者もいました。ダライ・ラマの衰えない人気振りを垣間見ることができました。(21日 18:42)
 産経新聞もほぼ同じトーンで、自治区共産党幹部のコメントを引用しつつ、「ダライ・ラマの写真を隠し持っている人はいた」という内容でした。
 7~8年前に朝日新聞が「禁じられているダライ・ラマの写真を手にする僧侶」とキャプションつけて顔出ししちゃったのから比べれば、名前を仮名にしたり写真は後姿にするなど多少気を配っているようですが、中国政府にも気を遣ったのでしょう、「チベット人」「チベット民族」ではなく「チベット族」だし、「ドルジェさん」ではなく「ドージィさん」(中国語当て字のピンイン読みと思われる)で、“チベットの記事が載った”というより“中国政府に批判色の強い記事が載った”という色合いを感じました。

 さて、新聞やテレビにはこの季節、なぜこんなお仕着せのチベット記事が流れるのか――について。
 それは前述の通り、中国外務省が外国メディア向けに「チベット訪問ツアー」を組んで希望する媒体の記者をチベット旅行に招待するから……なのですが、背後にはもう少し「チベットならでは」の、じゃあなぜそんな旅行にメディアが乗らざるをえないか、という事情があります。
 外務省主催の「外国人取材団訪問ツアー」では、最初から「チベットの発展ぶりを紹介します」「人心は安定し、物資は豊かになり、共産党政策は支持されています」という方向づけの上でメディアを案内するわけですから、中国政府にとって都合の悪い場所や人物がセッティングされることはありません。そんな、現実の表層しかなぞれない大名取材に参加したって意味ないじゃないか、と言いたくもなります。ただ、その辺がチベットの複雑なところで、自治体や観光局が外国メディアをあごあしつきで接待して記事化してもらう「パブリシティ記事」とは異なる事情があります。
 中国で、特派員として赴任した記者は最初から政府の監視下にあります。北京の場合、基本的に、新聞社・通信社の北京支局は指定された外国人公寓(外人専用マンション)に入居させられ、特派員もその中に居住。取材で北京市から外に出る場合は公安局(情報局だったかも)に事前申請が必要で、公安は訪問先に取材内容を事前に連絡、「取材の便宜を図る」ことになっています(←要するに「日本の新聞がこんなことを聞いてくるからこんなことを答えろよ」と指示する、ということ)。申請せずにアポなし外出をしても、ホテルに泊まったり飛行機に乗る時点でパスポートやビザの番号から身元が照会され、結局は公安にチェックされることになります。
 中国報道において、記事の基本である「当事者への直接取材」がほとんどなく、中国メディアの引用であったり、「関係筋からの話」をソースとした政治的憶測記事が多いのは、そうした事情があるのでした。さらに、チベットなど政治的に微妙な問題を抱えた地域への事前申請は、出したとしてもなんだかんだ理屈をつけて先延ばしにされたりして、実際には実現しないのが現実だそうです。
 つまり、メディアの中国特派員は、チベット自治区に「入ること」自体が困難だということです。(もちろん、政治は北京で動いており、情報も北京に集約されますから、北京を離れることに積極的でない記者のほうが多いと思います)
 そういう情勢のなかで、外務省側から「チベット訪問をアレンジします」と打診されたときに、独自の取材ができるかどうか、どれだけ現実に迫ることができるかどうかはとりあえず二の次三の次として、報道機関として「とにかくチベット現地に入り、映像や写真の素材を自社資料として押さえる」ことが重要と判断し、訪問団に加わるメディアは多いんじゃないかと思います。(で、記者を派遣した以上、費用対効果の問題として記事化される……と。)
 中国報道の現場を知っている訳ではないので、ほとんど想像ですけど悪しからず。

 ……んでまぁ、取材に燃える“心ある記者”は、「“チベットの現実”を取材しなくては」とやっきになって、随行員が寝た後夜の町に抜け出してみるとか、今回の産経新聞でもあるように、セラ寺の坊さんやパルコルの土産物屋で「ダライラマをどう思うか」と街頭突撃取材を試みたりするわけですが、……うらるんた個人的には、大メディアの北京の記者があまりガンバらないほうが、なんてちょっと思ったりします(すいません)。
 間違いなく監視下の取材。最近の中国当局は、記者の行動をあからさまに制限するよりも、“泳がせて”どう行動したかを追跡しているようで、記者が何をしたかよりも、その記者と接触したチベット人がどんな行動を取ったかがチェック対象になっているとのこと。外国人記者が珍しげに尋ねまわった、率直で単純な質問が、接触した現地のチベット人たちを後で窮地に陥れることがなければいいが……などと思うのでした(申し訳ない)。
 記事によると、産経の記者は土産物屋で「ダライ・ラマを…」と口にしたとたん「(その名前を)口にするな」と制止されています。英語や中国語など、周囲の人間に聞かれて分かる言葉でおおっぴらに突撃インタビューしている様子が目に浮かびます。「クンドゥン」「ギャワ・リンポチェ」などチベット語の単語を使うだけでも状況は違ったと思うんだけどね(^^;)。
 仏教やダライ・ラマに関することであればあるほど、信心深い人であればあるほど、チベット人は嘘がつけません。嘘をつくことは仏の教えに反するからです。「写真を持っているか」「ダライ・ラマを支持するか」と尋ねられれば、たとえ監視され、聴かれていると分かっていても「持っている」「支持する」と応える人はいると思います。それは、取材記者が敏腕だったとか、ダライ・ラマの写真所持はけっこうオープンなんだ、ということを意味するのではなく、それだけチベット人の価値観や倫理観の根底に触れる重い質問なんだ、と分かってもらえるといいのですけど。
 中国留学中、私がチベット人から聞いた話が人づてにメールで伝わり、あるメディアに引用されたことがありました。名前も所属も住所も匿名での引用でしたが、後日、私は日本人留学生のひとりに非常に強く抗議されました。「不用意すぎる。聞いた話を他に漏らしたり利用するなら、あなたにはチベットの友人を紹介できない」という抗議でした(その日本人からチベット人を紹介されたことは抗議の前も後もありませんが)。今そのことをこうやって書いても、読む人にピンとこないと思います(私自身既にピンと来なくなっていますし)が、重要なのは、私の行為や引用内容が不用意だったかどうかではなく、その日本人留学生が抱いた恐怖心や猜疑心、「常に何かに見つめられ周囲にびくびくしながら身辺を守り暮らす」感覚はチベット人の誰もが感じている見えない圧力であり、現実に間違いなくチベットに存在するのだ、ということ。特殊な社会だ――と改めて思います。

 ところで、中村さんの日記(8月13日)によると、取材ツアーがチベットに入っていた(と思われる)時期、パンチェン・ラマ11世(ノルブ少年=中国認定の方)などチベットのVIPが続々と自治区入りしていたとのこと。新華社は報じていたし、そっち方面(ノルブ少年へのインタビューとか)を取材してくれたら良かったのになあ、突撃インタビューよりそっちこそ「国外の大手メディアだからこそできること」なんだけどな、などと思ったものでした。

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Comments

2年位前の在北京日本人記者ツアーの旅程表をみたことがありますが、
・自治区副主席とかのエラい人との会見
・ラサビール工場とかの経済発展万歳的サイトの見学
・あとは観光みたいなの(ポタラとか)

最近はショトンとかギャンツェの競馬祭とかのイベントに合わせて開催されているようです。

Posted by: あさだ | 2004.08.22 at 06:29 PM

>あさださん
 日程表(笑)、なるほど。ありがとうございます。
> ・自治区副主席とかのエラい人との会見
> ・ラサビール工場とかの経済発展万歳的サイトの見学
 楽しそうですよねー、私も「経済発展万歳的サイト」見学したい……そういう機会はまずないでしょうが。
 記事で推測する感じでは、林芝(ニンティ)に行ってるみたいです。最近観光で売り出しているんでしょうか、ニンティ。でなければ、何を見学したのか(近代的農場? 木材工場?)気になったりしてます。

Posted by: うらるんた | 2004.08.24 at 01:29 PM

> ・ラサビール工場とかの経済発展万歳的サイトの見学

で、行ってみたら、工場ではゴキブリが這い回ってたらしいです。

外国プレスツアーでは色々行ってるようです。
昔はヤンパーチェンの湯泉とかの記事もありましたし。
あとはラサ近郊のビニールハウス農場とかもあるかもしれません。

Posted by: あさだ | 2004.08.24 at 10:28 PM

 チベットにもいますか、ゴキブリが!
 北京では見かけず、成都で初めてソレの中国語(ジャンラン、と発音します)を学びました。北海道にはいなかったらしい(現在は北限が北上して北海道にもいるらしい)ので、寒いところにはいないもんだとばかり……。そうか、チベットは緯度的には亜熱帯なのか…。
 カンボジアあたりでは、手の平くらいのばかでかいのが緩慢に這っていて、却って不気味でしたが、チベットのソレは大きいんでしょうか、小さいんでしょうか…(とこわごわ聞いてみる)。
 あ、あとサーバーの不調(?)で多重投稿になっていたのは勝手に消させていただきました、すみません。

Posted by: うらるんた | 2004.08.25 at 03:23 PM

「外交部、外国記者のチベット取材を企画、実施」
http://j.peopledaily.com.cn/2004/08/25/jp20040825_42749.html
人民日報日本語版にこんな記事になっていました。青蔵鉄道工事現場はちょっと見てみたいです。

Posted by: うらるんた | 2004.08.26 at 07:50 PM

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