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November 2004

2004.11.19

コンビニ郷土料理

okirikomi.JPG 今日の夕ご飯。
 最近、このあたりのセブンイレブンで売られているアルミ鍋入り煮込みうどんです。
 「お切り込み」というのは群馬の郷土料理で、地域によって「おっきりこみ」と詰まって呼んだり、伊勢崎のほうでは「にぼうとう」と言ったりもするらしい。同じ群馬でも、「ほうとう」「にぼうとう」と呼ぶ地域の人は「お切り込み」が意味不明だったりするんだそうです。(それで商品名にカッコして“ほうとう”と注釈がついているのかも。)
 もともとは家庭料理で、ありあわせの根菜や野菜を味噌で煮込んだ鍋に、自家製打ちたての生麺を直接放り込んでぐたぐたに煮込む、すいとんと煮込みうどんの中間にあたる(?)料理のようです。全国的に有名な山梨の「饂飩(ほうとう)」とまったく同じものなのか違うのかは、山梨の方のほうとうを食べたことがないので知りません。
 群馬の料理といってもそもそもが家庭料理なので、前橋市内のレストランなんかではまずメニューにはありません。「お切り込みを食べに行きたい」となったら、妙義や榛名方面の街道沿いにぽつんと建つ田舎茶屋みたいな郷土料理の専門店まで足を伸ばさないとダメみたいです(よって、まだお店で食べたこともありません)。各地にチェーン店やフランチャイズのほうとうレストランが林立しているらしい山梨とはだいぶ違い、謎につつまれた料理ではあります。
 で、そんなマイナーな料理がいきなりセブンイレブンに登場したので驚いた訳ですが。
 これは「群馬の郷土料理が全国デビュー」ってことになるのかなあ。それとも、群馬県内のセブンイレブン限定商品なんでしょうか。謎だなあ。
 

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2004.11.18

複数買い(違う)

 仕事帰りに「なんでもいいから活字がほしい」気分になった。
 とにかく風呂につかって読み捨てられる小説を(>ごめんなさい)。新古書店の営業時間内ならそっちで100円棚を物色するんだけど、もうとっくに閉まっている時間なので、コンビニで。
 金沢の地名がついたタイトルの推理小説が目にとまった。金沢には3年半いたので懐かしい。金沢か……なにもかもがなつかしい……な気分で購入して帰宅。
 そういや金沢って観光名所のせいかやたら「ご当地もの」が多く(ま、金沢とミステリといえば、『ゼロの焦点』からの“古典”でもありますが)、在住当時から本屋には地元が舞台の小説その他が1コーナーに集められていたよな、本多の森の階段が殺人事件の現場になる小説を読んだなあ~、……などと思い出しながら風呂に湯を張り、カバーをへがした小説本をふやかせながらダラダラと読んでいたら、3分の1くらい進んだところで、
 ――本多の森の階段で被害者が死んだ。
 あれ? ちょっと待て? もしかして、読んだのってこの小説!? これ新刊じゃないの!? なんでコンビニに置いてあるの!?
 奥付をひっくり返したら「1992年新書判初版」。がーん。
 うっわー……たいした内容でもない(>ごめんなさい)小説を2回読んじゃった……。なんつー時間と金の無駄……。
 それよりもっと衝撃的だったかもしれないのは、一応最後まで読んでみたけど、粗筋もトリックも動機も登場人物も、つまり「本多の森の階段で人が死んだ」というところ以外、ひとつも記憶に残っていなかった、ということでした。とほほ。

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2004.11.17

入国拒否すか

 再度のビザ申請却下。
 なんか超大物気分つーか(←悔しまぎれ)。
  ◇
 現地のホテル(ホテル日航ヤンゴンとかタンテ・バガンとか超高級ホテルばっか!)も全部予約済みなのに、日本語ガイドもタクシーもチャーターする超豪華旅行なのに(号泣)。ガイドだって通訳だって念仏宗の集団キャンセルでヒマになったらしいじゃんかようー。

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2004.11.15

ネットサーフィン

 トラックバックを辿って知人のブログへ行き、そこのコメントやトラックバックを辿ってブログのサーフィン。
 関連事項が連鎖するのでなかなか楽しいです。
 そこで辿っていった「ヤスキンガム宮殿」。旅好きの大学生(たぶん)が素直にみずみずしい日々の感想をつづっているなかなか好感の持てるBlogで、プロフィルをみると同郷人ということもあり、へぇーへぇーと過去ログを漁っていたのですが、「旅の途中で・・・。」(2004年11月15日)には「うん?」。

 そのうちの3月頃に訪れたシルクロードの途中にある、トルファンという中東の少し大きい都市を訪れたときのことです。
 町の中心などは発展していたのですが、バスに乗って山間部の村を訪れてみると、隣国のカザフスタンやタジキスタンに近いということもあって、アメリカの空爆の傷跡が所々に見てとれました。。。

 クンジュラブを無理矢理越えてアフガニスタンに入ったならともかく(密出国としてもそんなルートあるんかな?)、中国のシルクロード、とあるから、トルファンは間違いなく吐魯蕃(中国語表記)のことで、だとしたら、どう考えてもこれはありえない(^^;)。アメリカが中国領内を空爆、なんてことが事実だったら、目も当てられない事態が起きてますがな今頃……99年のユーゴスラビア空爆でアメリカ空軍が中国領事館を誤爆した時にもあれだけの反米抗議活動(政府黙認)が起きたんですから……。
 とまあ時としてそういう「ええっ」という解釈もあったりするわけですが、気になるのは、じゃあ彼はいったい何を見て「米軍の空爆だ」と思ったのか、ということ。
 歴史の流れの中ムスリムに顔を塗りつぶされた古代の仏教壁画か、あるいはそれらをさらに破壊し尽くした文化大革命の傷跡か、とも思ったのですが、同行の女性がショックで泣き崩れるほど荒廃した病院や学校、あふれる物乞い、片足を失った子どもたち……という文脈にはどうもあてはまらない。
 彼はトルファンでいったい何を見たのでしょうか。
 言うまでもなく、ウイグル自治区は「東トルキスタンイスラム運動」が独立を目指している地域。中国政府は東トルキスタン支持派をアルカイダと関連するテロリスト団体と喧伝、9・11後にいち早くアメリカの掲げる「テロとの戦い」を支持して、アルカイダ掃討を錦の御旗にウイグル地域への締め付けを厳しくしているわけですが……もしかして、中国政府による武力弾圧や民族粛正が実際に……!? ((((ガクガク)))
 なんだか謎めいていて怖くなってきました。

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2004.11.10

チベット人高僧の死刑執行期限近づく(Save TENZINキャンペーン)

 今年9月に訪ねたダラムサラは、街中に「Save TENZIN」のステッカーやポスターがあふれていました。
 インターネットカフェの出入り口扉、土産物屋の窓ガラス、通りかかる車のリヤウインドー……。英語やチベット語だけでなく、ヘブライ語のステッカーまでありました(日本語はなかった)。リンポチェの大きな横顔を図案化したTシャツもありました。「グチュスム」の英語クラスを訪ねたら、生徒の1人が背中に大きく僧侶の顔をプリントしたTシャツを着ていた(※)のが印象的でした。
 ※一般的にチベットでは、人物のリアルな肖像、しかもリンポチェなど偉い人の肖像はTシャツや絵はがきにはしないそうです。汗やシミで汚れたり、間違って裏面にスタンプを押されたり、食べ物をこぼしたりしてしまうからでしょう。ダライ・ラマ法王の写真はありますが、絵ハガキはまずないようです。なので、かなりデフォルメされてるとはいえ、顔や名前がプリントされたデザインに驚きました。「その人、リンポチェだよね?」と聞いちゃったくらい。そして、それだけ事態はせっぱ詰まっていて、とにかく何かしたいんだ、というチベット人達の意気込みを感じました。Tシャツを着ていたグチュスムの生徒は、カムの出身だといい、どっかに消えたと思ったらすぐに私を追いかけてきて、釈放を訴える英文のチラシをくれました。
  ◇
 「グチュスムの会」のイシ・トグデンさんは「今年は忙しかった」とヨーロッパで開かれたチベット人権キャンペーンの写真を見せてくれました。昨年末3カ月間と今年3月から5月までの3カ月間、英仏独を始めノルウェー、デンマーク、スイスなど、ヨーロッパ各地を講演して回ったのだそうです。
 その写真のどれにも、「Save Tenzin」の文字が大きく写っていました。デモや街頭アピールの様子もありました。
 ……逮捕(02年7月)からだいぶ経つよな。今頃どうしたんだろう、と思った私。「健康を害したのか?」と聞くと、「死刑を執行されるまでの猶予期間である2年間がもうすぐなのだ」と言われ、あっそうか、と恥じ入りました。
 この年(2002年)、中国政府はテンジン・デレク・リンポチェらに死刑判決を下したり、アバ(アムド)のキルティ・ゴンパに対し宗教活動を制限するなど強硬策を取る一方で、尼僧のガワン・サンドルさんら長期拘留中の有名政治囚を何人も釈放し治療名目での渡米を認めるなど、緩和策と思われる決定も下していました。逮捕当時、まさかほんとに死刑にはしないだろう、と甘く考えて、そのままほとんど忘れていたのでした(ごめんなさい)。
 ……日本ではそんなに話題になっていないぞ?
 まずいんじゃないかやっぱり、などと考えつつ帰国してきたのでした。
  ◇
 キャンペーンについての個人的な覚え書きは以上です。
 当時、既にSFTやCFTなどの海外組織がキャンペーンを実施していたので、日本語で概要を書いてリンクするくらいのことはしなきゃ……と思っているうちに時間はどんどんたち、アムネスティ・インターナショナルが動いたのでアムネスティ日本でもキャンペーンが始まり、TSNJ(チベット支援ネットワーク日本)から、何ができるか、どうすればいいかも含めた非常にまとまったサイトが公開されました。何もできなくてごめんなさい、というしかなくて申し訳ないのですが、裏ルンタのページでは、ぼちぼちと過去の記録やニュースを掘り返しつつ、経緯やバックグラウンドを補足していきたいと考えています。(今はまだ残骸みたいなのしかありません……ごめんなさい。)
 というわけで、冤罪の疑いが非常に強いにもかかわらず死刑執行が近づいているテンジン・デレク・リンポチェとは何者なのか知りたい方、また「Save TENZIN!」キャンペーンに賛同する方、興味を持たれた方は以下へお越しいただければ幸いです。↓
 TSNJ緊急行動:チベット人僧侶テンジン・デレク・リンポチェの死刑執行中止をもとめる緊急行動にご協力ください。

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2004.11.06

コンサート「黄金の華(セルキ・メト)」

techung01.jpg チベット人の友人から誘われてチベット人ミュージシャンのコンサート「黄金の華」へ。「チベット人の間でとても有名で、TCVにいた頃皆が聴いていた歌手です」と言われ心動き、急に休みがついたので無理矢理上京。このところ血中チベット濃度が低下中で低血チベ状態だったし。
 新宿のお寺が会場と聞いて、なぜか一人勝手に野外コンサートだと思いこんだ私。セーターにマフラーまで装備して、ものすごい厚着で出かけたのに、着いてみたら立派なホールでした。着いたら既に満席で後方には立ち見がびっしり。眼鏡も曇る熱気! チベット人が多数、知人の姿もちらほら。誘ってくれた友人以外に、さささんと地元のMASSさんもいらしてました。
 コンサートは、TIPA(Tibetan Institute of Performing Arts 亡命政府チベット舞踊芸術学院)出身で米在住のテチュンさんとチミ・ユドゥンさん、日本人ダムニェン奏者タシ・クンガさんの歌と演奏。チベット音楽というとちょっと前までは声明やお寺でお経とともに演奏される仏教楽器(ギャリンとかカンリンとか)が中心でしたが、チベット・フリーダム・コンサートが日本でも開催されたあたりから民間音楽が増えてきた感じ。今回は、1920~1930年代にラサで人気を集めた伝説的なダムニェン奏者の作曲した曲を中心にした、とのことでした(詳しくない私にはもちろん知らない曲ばかり)。
 チベットで、歌は生活とともにあります。私が思い出すのは、サムイェ郊外で冬に備え牧草を刈り取る人たちに出合った時、1人がダムニェンを演奏して歌を歌い、皆が唱和しながら刈り取った草を積み上げていた仕事歌。歌声に惹かれて近寄りながら、「なぜこの人だけ遊んでるんだろう? うたなんか歌って」と思った私のバカだったこと。それから、ダラムサラで過ごしたロサル。歌いながら酒を勧められ(チャンシェ=酒の歌)、歌い終わるまでに杯を空けないともう1杯飲まなければいけない! 酒が弱くドツボにはまった私とN氏は、何度その美しい節回しを聴いたか……。そしてそれから、成都の西南民族学院(現在は大学)の週末、どこからともなく集まってくるチベット人学生たちの踊りの輪……。
 演奏がどんどん速くなる「ソナム・パンゲ」、「オムマニペメフム」のリフレインが入る「チム・ゲー(ディの歌)」……テチュンさんのダムニェン演奏はダイナミックで、曲のサビには足拍子が入り、床を踏みならしてリズムをとります。チミ・ユドゥンさんは歌いながら腕を交差させ、たおやかな振り付けで体全体で表現。
 ああ、野外コンサートだと思いこんだ理由が分かった気がする。これってやっぱり、一緒に体を動かしステップを踏んで楽しむものなのに違いない(>決めつけですが)。チミ・ユドゥンさんの手振りが会場から自然に沸いてくる音楽なのに違いない。っとまあ、そんな気分にさせてくれる楽しい演奏でした。
techung02.jpg 弓で弦を弾く「ピワン」(中国楽器の胡弓の古いタイプに含まれるらしい)を演奏しながらオリジナル曲「シュエカンセン(Snow Lion of Peace)」を歌うテチュンさん。二胡などは一般的に椅子に座り、膝で楽器を固定してソロで奏でますが(だから女子十二楽坊の集団立ち弾きは驚かれた)、テチュンさんのピワン演奏は、立て膝をついてワイルドに弾き鳴らし、間奏では腰だめにピワンを抱えてタテヨコにスイングさせながら回り踊ったもんね! かっ、格好いいっ。もうほんと、ステージが狭くてもったいなかったです。
 やはりここは「女子十二楽坊」に対抗して「ぽもちゅぐににゃむしぇ」(女性+12+みんなで音楽/正しいチベ語なのかどうかは知りません)を結成してもらうしかないのではっと。テチュンさんはCMO(China Music Orchestra/YMOをカバーしたイケ面ギャミ民族音楽バンド)の真ん中とってる揚琴奏者よりカッコイイしステージアピールも上だ!
 伝統音楽もいいけど私のような素人にはずっと聞き続けているのは辛いので、もちっと現代風にビートなぞ入れて、BEGINのウチナー音楽とかディック・リー(古っ!)の曲みたいなの作ってくれないかな、とかね。
 終了後は友人が隣り合わせた日本人女性2人をナンパ(!?)+TCV出身のチベット人留学生2人とその友人でダラムサラで1年弱チベ語を学んだ仏教の専門家+MASSさんの計8人でお茶。チベット話尽きず。さらに4人は流れてインド・パキスタン料理「カラチ」。店主はパキスタン出身ということですがヒンディー語もぺらぺらで、チベット人2人はヒンディー語にシフト。日本人同士と友人は日本語、私以外の3人はチベット語、たまに4人全員で英語、注文はヒンディー語という怪しいテーブルになりました。キポチュン(楽しかった)。

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