« November 2004 | Main | January 2005 »

December 2004

2004.12.31

死刑判決のチベット高僧減刑か

 チベット人高僧の死刑執行期限近づく(Save TENZINキャンペーン)の続き。

チベット独立派を減刑  【北京30日共同】新華社電によると、中国四川省の地方裁判所は三十日、チベット独立を目的に爆破事件を計画したとして昨年一月、執行猶予二年付きの死刑判決を受けた僧侶が、終身刑に減刑される見通しであることを明らかにした。  僧侶は同省のチベット族自治州出身の通称「テンジン・デレク・リンポチェ」氏(54)。独立派の農民が、チベットの独立を呼び掛けるビラを配布したり地方政府施設を爆破した事件にかかわったとされる。執行猶予期間の服役態度が良好だったことが評価されたとしている。

 Linka経由の引用(Fさんいつもありがとうございます)で、新華社(日本語)とか新華社(中国語)とか共同Newsからソースが見つからない……。YahooNewsでもまだ引っかからないのでソース元リンクは見つかり次第、ということで。

 年末ですがまだ仕事してます。

| | Comments (4) | TrackBack (1)

2004.12.27

地震とか津波とか極秘映像とか

 情報が届かないのはそこで何も起きていないからではなく、外に向けて情報を出せるような状態ではないから……などと感じることがある。新潟県中越地震でも、小千谷、長岡などからの中継ががんがん流れる一方、川口町や山古志村の被害が伝わったのは丸1昼夜経ってからだった。
 インドネシアのスマトラ島沖地震津波被害。Uzoさんも書いているけど、地図から地形をみると、どう考えてもミャンマー沿岸には津波が行くよなあ、という感じなのだが、被害情報は全く出てこない。バングラディシュも。
 現地の知人は一時帰国中だからよかったけど、現地滞在中だったらその家族なんかは大騒ぎになっていたかも。心配性だし。福井県沖で座礁したナホトカ号の重油が富山県岸には行かず新潟に漂着したように、津波が湾内を無視して外洋に出て行った……なぁんてことはなさそうだもんなあ。
 Uzoさんは「通信社情報によると10人ほどの犠牲者」と書いていて、知人も「ゼッタイ津波来てるって。よく分からないけど3人死亡という話だけど。」
私「何そのやけに具体的で細かい小さな数字は」
知人「そう。3人ですんでるわけないよね
 数日経ったら情報が入ってきてスリランカ並みの惨状、緊急救助隊はスリランカやモルジブやプーケットに出払っている、なんてことになりませんように。あと国全体がガンジス河口状態のバングラディシュも。
  ◇
 帰宅してテレビをつけたらテレビ東京「ワールドビジネスサテライト 中国13億人 富への欲望」

経済成長が続く中国。資産数千億円の大富豪「新富人」も誕生している。人々は人民元パワーでブランド物を買い漁り、政府は国の威信を賭けたプロジェクト「チベット鉄道」建設を極秘に進めている。カメラが捉えた標高5,000メートルの高地を走る夢の列車とは。
 極秘だったのか、というツッコミは既に「I Love TIBET!」の掲示板でかるまさんが入れていますが(笑)。
 チャンネルをザッピングしていたら、ちょうど雲南省の松茸長者のチベット人(番組では「チベット族」)女性が普通話でしゃべっているところだった。カメラは怒江リス族自治州、青蔵鉄路工事現場、と移り、「厳しく報道規制して極秘裏に進めている鉄道工事現場で、試験走行する客車の映像を捕えることに初めて成功した!」んだそうだ。ツッコむところなのかどうなのか、風邪気味で疲れているのでちょっともう分かりません。「鉄」の人にはすごい貴重な映像だったりするんでしょうか。えーと、人民日報のWebとか中国西蔵新聞網(青蔵鉄路工程建設)とかチェックすると、列車の写真も含めいろいろ載ってますー。

| | Comments (2) | TrackBack (2)

2004.12.18

from BALI

(There are not Japanese IME)
Shigoto demo Vacation demo naku oya no settai ryokou desu(chotto tsukare ga...).
[ "Repeater" de nai gaikoku ] (=except INDIA & CHINA) ha hisashiburi de shinsen kamo.
Kecak Dance wo minagara shukuo to kanko ni tsuite nantonaku kangae mashita. shourai Tibet ha BALI no you ni natte shimau no desyou ka. (BALI no youni nareru nara mada happy. to iu ki mo shimasu ga)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.16

NHKでダライ・ラマ

 どうしたんだNHK。今週はNHK的にチベット週間かなんかなのか?
 昼過ぎ、視界を何か見覚えのあるものがかすめ、「!?」。
 がばっと振り仰ぐとテレビにダライラマ法王の静止画像。これか! 「ダライ・ラマ14世」のテロップつき。どうしたんだ、何があったんだ(←音声は絞っているので内容は分からない)。法王に何事か起こって臨時ニュースでも流れているのかと思って一瞬ハラハラした。
 画面が戻ると女性タレントが。「スタジオパークからこんにちは」の映像だったらしい。ゲストの女性が木内みどり女史と分かり、ああなるほど、何かチベットやダライ・ラマ法王の話をしたのだ、と合点。ノルブリンカ・インスティテュートの日本側サポートをしていて、今年6月、自ら奔走してジェツン・ペマ女史の初来日講演を実現させた方です。
 それにしてもなんか私ってばNHKであれ見たこれ見たとまるで回し者みたいだ(^^; 単に職場でNHKが一日中点けっぱなしになっていて、今日は昼間から会社にはりついて仕事をしていただけですすいません。
 で、職場のテレビは(仕事のジャマだから)音声絞ってるので、何を話してるか分からなかったんですが、どんな話をしていたんでしょうか。インドに逃れてくる難民の子どもたちが……とか、そんな話までしていたのかしら。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.15

NHKドラマでチベット

mandala0 「チベットの砂曼荼羅をご存知ですか」
 うおぅ~びっくりした。職場のテレビからそんなことを言われるとは思わなかった。
 NHKのドラマ「アイ’ムホーム 遙かなる家路」。
 (右の画像はドラマとは関係ない画像。作り終えた砂曼荼羅を壊しているところ、だと思う。デモンストレーションっぽいですな。検索したら出てきたよくわからない英語サイトから拾ってきました、ごめんなさい)
 なんかよく分からないけど時任三郎がカウンセリングを受けていて、その医者(知らない役者)が自分で描いたとゆう砂曼荼羅(ガラスケース入り)を見せて、「砂曼荼羅はこの世の儚さ、人生の儚さをあらわしているのだそうです」などと無常を語っていた。「それは先生が?」「チベットで教えてもらいました。時々自分で描いています」なんて会話があったような気がする。やや間があって、医者がいきなりガラスケースをひっくり返し、5色の砂がざあああっと流れ落ちて(ガラスケースの中に入っているのでテーブルは汚れない)、色が混じり合わさってただの灰色の砂だまりになった。
 うーむしかし「チベット」という言葉の響きのもつ影響は誠にすごいもので、それまで、明日までにとうてい片付きそうにない仕事のこととか、私が上司と話していた話題に横からキレて割り込んだ(と私には思えた)同僚に言われたこととか、じゃあどうしたら良かったんだろう、自分自身は今日は目の前の仕事で手一杯でそこまで気を回す余裕がなかったしそもそもどうでもいい事と思っていたけれど、本来は私がそこまで気を配るべきだったんだろうか、私が悪いんだろうか? ――などとあれこれ考えていたものが、フッと抜けてしまった。そう。日々の仕事なんて、描いては崩し描いては崩す砂曼荼羅みたいなもの。既に崩した砂曼荼羅は取り戻せないし、他人の怒りは他人のもので、私が介入できる感情ではない。……いやまぁこんなんはここに書くことではないけど。
 ドラマの話に戻ると、砂曼荼羅のシーンが終わった後も、何かよくわからないけどネパールネパール言っている。時任三郎がネパールに赴任することになって、語感から受けた印象ではあまり行きたくないらしい(違っていたらすいません)。ネパールいいじゃん行けばいいのにネパール、私なら二つ返事で行くぞネパール、などと思いながら、仕事は家に持ち帰ることにする。あ~、砂曼荼羅ちょっと多すぎないか?

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2004.12.14

ダラムサラの治安/ロサルのダラムサラ旅行/ホテル予約

 タイトルに単語を羅列したのは、冬休みの旅行シーズンでこういう検索が多くなるかもしれないなーと思って、検索にかかりやすくなるんじゃないかな、とやってみました。質問メールいただいて返事を書いたので、FAQ代わりになるかもしれないと思い、内容をちべログにもコピペしておきますー。
 えー、こんなメールをもらいました。

Subject: はじめまして
来月上旬頃からダラムサラ入りする予定の○○と申します。
友人から、ダラムサラに行く道中が危険(盗賊が出る)と聞き、
ちょっと不安です。
実際のところ、どうなんでしょうか?
お答えいただけたら幸いです。

返事はこんな感じで。
 ○○さま、はじめまして。
 うらるんたこと××です。
 インドですので、夜中に一人歩きしても安全、などとは言えないのが現状ですが、バスやタクシーや列車が襲撃されて強盗に遭う、という話までは聞きません。
 デリーからダラムサラまでの道中は、ヒッチハイクの一人旅など無謀な行動をしない限り大丈夫ではないでしょうか。(列車での移動であれば乗車の際にコンパートメント付近に気を配る、バスならダラムサラのマクロードガンジまで連れて行ってくれるかを確認して乗る、など、通常の海外旅行と同じようにふるまえば大丈夫だと思います。)
 あとはダラムサラ滞在中ですが、マクロードガンジは外国人滞在客も多く、夜遅くまで開いている店もあって深夜でもそこそこ明るくて、つい日本と同じように振る舞ってしまいがちですが、マクロードガンジをちょっと離れると、街灯もなく真っ暗な山道が続いています。また、ダラムサラは貧困なヒマーチャル・プラディシュ州にありながら、金持ちの観光客(観光が出来る人はそれだけで金持ちです)が押し寄せるいびつな構造の上にある場所で、さまざまな人が引き寄せられています。ダウン・ダラムサラ(ダラムサラ市内でもマクロードガンジを30分ほど下った平地部に広がっている街)に滞在している人などが、女性1人で真っ暗な山道を歩いて下っていて、強盗に遭った、とか、危険な目にあった、などの話は私も聞いたことがあります。
 お友達がおっしゃる「ダラムサラへの道中」というのはどこからダラムサラへの、どんな交通手段でのことをさしておっしゃっておられるのでしょうね。
 ダラムサラ自体は、デリーやコルカタなどインドの大都市に比べればずっと落ち着いた穏やかな街で、部屋の荷物は盗賊よりもサルに気をつけないといけないくらいです(笑)。(窓から手を伸ばして食べ物などを持って行ってしまいます。ゲストハウスによっては、窓という窓に鉄格子がはまっていて驚かれるかもしれませんが、客を閉じこめたり泥棒よけのために鉄格子を入れているのではなく、サルよけです。)
 ただまあ、日本も含め、完全に安心できる安全な場所というのはありえないので、常識と節度のある行動で自らの身を守ることは必要になってくると思います。
 どうぞよい旅を!
 するとこんな返事(1通省略)が届きました。
Subject: マクロードガンジのホテル
大変申し訳ありませんが、
マクロードガンジにあるホテル、押さえておいてもらえませんでしょうか?
(February ** - March **)
それから、宿泊料金は全部でいくらくらいになりますか?
○○
 一応、こんな返事を返しておきました。
 ○○様
 ルンタの××です。メールありがとうございました。
 マクロードガンジはホテルがたくさんあるので、どこも一杯で泊まれない、ということはないと思います。(○○さんがどんなクラスのホテルに泊まろうとされていらっしゃるかが分からないのではっきり言えませんが。)
 申し訳ないのですが、ルンタでは旅行代理業務はやっていないのです。ごめんなさい。
 ルンタ・ハウスにはドミトリー(5人1部屋の相部屋、シャワー共同)もあるのですが、ロサルの時期は学校が休みになるため、親戚がなくて寄宿舎に入っている子供たちがグチュスムの知り合いを頼ってルンタ・ハウスに大量に押しよせるので、外国人旅行者を受け入れる余裕はないと思います。里親さんが里子さんに会いに来られるケースはまた別ですが…。
 ダラムサラ旅行の手配であれば、「風の旅行社」ロサル時期のツアーも催行しますし(これ以上いないだろうというガイドも付いています)お勧めです。個別の手配にも応じてくれます。
 メールで手配依頼が可能な現地の旅行会社であれば「ポタラツアー」が良いと思います。元々は亡命政府が運営(現在は民営化)していた旅行会社です。
 ホテルの名前や宿泊料金の相場(変動があるのであくまでも参考程度にしてください)はチベット・ハウス(ダライラマ法王東京事務所)のサイトに紹介されています。ダラムサラガイドホテル紹介もあります。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

2004.12.12

カラオケで歌うチベット

 職場の忘年会でカラオケボックスに入った。
 以前は知り合い同士でカラオケに行くこともあったけれど今はそういうこともほとんどなくなって、実際、群馬県のカラオケボックスは初体験。
 「BBサイバーダム」という機種の入っている部屋だったんだけど、驚いた&感動したのは、外国語曲だけで1冊、厚さ600ページくらいの歌本があったこと。「すげーっすげーっ」と中国語曲を端から端まで眺めてしまった。五佰とか動力火車とかF4とか周杰倫とか張恵妹とかとにかく豊富。「11、12月の新譜」なんてページもあった。流行りの曲もどんどん追加されてるってことなんだろうか(最近の中国の流行を知らないので入ってても分からないけど)。
 こ、これはもしかしたらもしかして、自分の知ってる歌も……!? 
 知ってる歌……ってのは容中尓甲とか徳欽旺姆とか亜東とか、つまり中国本土で人気のあるチベット人歌手の歌う、「在那草地上」とか「青蔵高原」とか「香巴拉并不遥遠」とか……ここで列挙してもしょうがないけど中国語(元歌がチベット民謡だったりチベット語のものも多いけどここでは「カラオケの中国語曲」なので)でチベットを歌った歌である。
 ――なかった。……まあ当然とは思うけど……(しょぼん)。
 それでもこれだけ厚い歌本なんだから何かないかなあ、といじましくページをめくっていたら、歌手名のところに「西蔵民歌」という文字が! すごいっ、マジかよヤルじゃんBBサイバーダム!! 
 しかし喜んだのも一瞬。その曲名ときたら、「青裸美酒献給毛主席」
 なんだよそれー(怒)! そんな歌入れるなよ(知らない歌だけど)。
 そんな歌のどこが「西蔵民歌」なんだよ! 民歌ってのはなあ、市井の民草の間で伝承され歌い継がれた歌を(略)。(※ただし中国では人民が共産党を称えるいわゆる「革命歌」「人民歌」みたいなのを「民歌」ということもあると思うので、BBサイバーダムは悪くないと思います)
 あぁ、歌ったらチベットの映像が画面に流れてくるような、そんな「もろにチベット」な歌ってないものでしょうか。イスタンブールあたりの(?)気分に浸れる「異邦人~シルクロードのテーマ」とか、パキスタン北部ペシャワールあたりを想定しているはずの「ガンダーラ」みたいな。「月凪」は歌える気がしないし、「Lhasa」はチベットあまり関係なかった気がするし、「シャングリラ」ってサビの歌は電気グルーヴと中島みゆきにあるけど(探せばもっとあるかも)やっぱりチベットって雰囲気じゃないし……。
  ◇
 書きかけで「下書き」のまま放置されていた10月26日のエントリーをアップ。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2004.12.07

酷似する書籍

 石濱裕美子先生の「オカメインコの森」巻頭言でも触れられています(もったいないですが巻頭言は新しいお言葉がくだされると差し替えられます)が、11月末にこんな本が出版されたようです。tangotyou.jpg
 日本語のチベット語訳(会話例文ではなく単語)と仏教用語集(日本語)というちょっと変わった取り合わせ。「世界を旅する単語集シリーズ」とありますが、他言語の既刊本はないようです(同じ著者が違うシリーズ名でアラビア語単語集を出してますが)。
 「世界を旅する」んなら必要なのは単語じゃなく旅行用会話だろう、とか、「チベット豆知識」としてチベットが紹介されてるんだけど、“中国全図とチベット自治区”としてチベット自治区だけ囲んだ地図をのっけたうえに「チベット自治区はウ・ツァン(中央チベット)、カム地区(東部チベット)、アムド地区(北東チベット)の3つに大別され」などというおい喧嘩売ってんのかな記述があったり、その隣に「チベット自治区の区分」としてガリ、シガツェ、ラサ市、ロカ、ニンティなどと中国政府の行政区分をただ載っけてみている(この時点で既に図と記述が矛盾している)とか、もう本文(単語集部分)にたどり着く前につっこむ気力も萎え萎えになるすっごい本です。「言語・文化の背景を知る『仏教用語集』つき」(表紙あおり文)てのも意味不明で、チベット仏教の解説ならまだしも「西方(さいほう):西方浄土のこと。また極楽浄土のある方向」「作務(さむ):禅宗で、自給の僧院生活に必要な日常作業のこと」なんちゅう語彙のどこが“チベット言語・文化の背景を知る”ことにつながるのかと(略)。
jisyo.JPG ま、チベット語が分からない私には本文(単語集部分)を見ても何がなにやらさっぱりなので前書きや付録のほうで頭を抱えてみた訳ですが、チベット語の分かる人はもっと(略)なようです。
 右は2003年に刊行されたチベット語辞書(チベ日/日チベ)辞書。つまりまぁ今旬のニュースでいえばこっちが元ネタの“なっち状態”なのではないか……という話。「単語集」と日本語索引だけみていても、「そ」…「僧が肩にかける布」「僧が下半身に付ける布」「僧が着るベスト」と、一字一句同じ項目が。「僧衣」「僧院」などの一般用語ならまだしも、こんな説明文みたいな日本語が全文一致してしまうのはあまりにも安易すぎってゆうか(ううむ)。
 辞書をつくったチベット人は辞書づくりの苦労を振り返って「チベットで小学生が使っている国語(チベット語)の教科書を取り寄せて、そこに出てくる単語を全部書き出して、小学生レベルのチベット語を網羅するように考えて作った」と言ってました。早々にチベ語を挫折したうえゼロから作る苦労を知らず、完成した辞書を見たとき「えぇっ例文が全然ない~、これじゃ初心者の役には立たんじゃん」などと密かに思っていた自分を反省致しました。
 しかし何だ、そのときも話題になったけど、チベット語って便乗○○○本が出るほど購買層のパイが大きな分野だったんでしょーかね……なんて。個人的にはどうせ何かを○○るんだったら「Say It in Tibetan: Conversations in Colloquial Tibetan」(Paljor Publications /Norbu Chophel)あたりををまるまる日本語にしてくれたほうが……(コラコラコラコラ!!)(ま、ヨコのモノをタテに、英語を日本語にする程度の手間も掛けられないのが○○○なんでしょおね)

| | Comments (3) | TrackBack (2)

2004.12.05

アムネスティの「国際人権デー」パレードに参加した

DSCN10801.JPG 国際人権デー(12月10日)に合わせたアムネスティ・インターナショナル日本のイベント「人権パレード2004」に行ってきました。
 大型低気圧一過のパレード日和(?)。知り合いの掲示板で「雨がやんだらチュバで」と宣言しちゃって、パンデン(本来は既婚女性が着ける)まで揃えてにせチベット人に。ウツァンのチュバにカムモ(カム女性)のシャモ(毛皮帽子)という、見る人が見たらヘンな格好でした(ごめんなさい)。
 チベットの人権擁護をアピールするために集まったのはチベット人3人、日本人5~6人。kikuのKさん、DNSJのNさん、毎年参加してるというMASSさん、挨拶しそびれた女性お2人、私……という顔ぶれでした。人数では他の団体に完全に負けてましたが(^^;)、団体として数えたらルンタ入れて4団体超えるし(!?)、チベット人2人と知り合えたのが嬉しかったです。それと、ポカラさんや静岡のKさん他、チベット支援を通じて知り合った方の多くは主催者側としてパレード運営に携わっていて、これまでいかにアムネスティから助けていただいているかを実感したりも致しました。
DSCN10781.JPG ←チベット問題をアピールする「チベット問題を考える議員連盟」世話人の牧野聖修衆院議員(民主/マイク持ってる背広姿)。ビルマ民主化問題などにも超党派で関わってるそうで、自己紹介&PRしつつバランスよく各問題に触れていました。臨時国会終えたばかりの多忙な中、現職議員が現場まで来るってなかなか出来ないよなあ、本気なんだなあと思う次第。背後の2人は「人数が少ない分せめて格好だけでも派手に」とチベット旗を振る日本人サポーター。
 パレードは――語弊のある言い方かもしれませんが――とても面白かったし、興味深かったです。
 えーと覚えているだけでも、不当解雇を訴えた労働組合の日本人支援組織∇ゴビンダさん(東電OL殺人事件で殺人罪に問われているネパール人)の冤罪を訴える人たち∇ビルマの民主化を求める在日ビルマ人の組織(ビルマ民主化同盟?)∇クルド難民組織クルディスタン∇バングラディシュのジュマ民族活動家を支援する人たち∇法輪功∇ビルマのロヒンギャ民族の人たち∇入管に拘束されているイラン難民ジャマルさんを支援する人たち――などなど。
DSCN10901.JPG ←芸達者というか気合いが入ってるというか、中国政府の拷問を再現・実演する「法輪功」の人々。コワイよ~。皆さん中国人で、北京語が飛び交っていました。写ってない右手指の爪の1本1本には竹串が刺されています(リアルすぎて自粛!)。そもそも中国公安の制服とか電気棒とか見覚えありすぎて演技にも関わらずマジびびりましたって私。
 このへんやや事態は複雑なのですが、チベット問題と同様、中国政府に対する働きかけではあるのですけど、法輪功の人たちがチベット問題のアピールに関心を示すことはなく、こちらから法輪功の人たちに特に話しかけることもありませんでした。「にせチベット人」に扮すると、なんか“中国人全般”に対して不信感とか警戒感が芽生えちゃうんだよね。なんでだろ。で、向こう(法輪功の中国人)にとっても、「信教の自由」と「チベットは中国の一部」は矛盾しないだろうし、そもそもチベットについて考えたこともないかも知れないしな。
 ちなみにビルマの人たちのグループは3団体くらいあって、「国民民主連盟」と「ビルマ民主化同盟」と「ビルマロヘンギャ協会」のロヒンギャ民族の人たちは、間に別の団体をはさんできっぱり別れてデモ行進してました。あるいは同じような感情があるのかもしれません。(それにつけても、4団体計9人しかいないチベット人&サポーターとの差よ!!)
 その他、デモ参加のグループで印象に残ったのは、大麻の個人使用解禁を訴える「カンナビスト」(「日本の大麻取り締まりは公権力による人権侵害」と主張していた)、なんか遠慮がちにしていた「北朝鮮は日本人拉致被害者を返せ」の人たち(団体名不明。家族会だったらもっと前に出てきて強く主張したらよかったのに)、「高校生に言論の自由を」と1人きりでプラカードを掲げていた若者……などなど。
 アピールも様々で、ビルマ語と日本語を交え規則正しくシュプレヒコールするビルマ国民民主連盟の人たち、これでもかこれでもかと写真や横断幕を連ね音楽を流して歩く法輪功の人たち、かと思えば、赤黄緑の布を頭や体に巻きつけたクルディスタンの人たちは陽気に歌い叫びながら濃~くアピール。クルド人ってこんな人たちなのか(知らなかった)。ううむ世界は広く、解決できていない問題に満ちている、んでもってごく氷山の一角ってだけでもこれだけの人がどこかで何かやってるのか、などと感じ入ったのでありました。
DSCN11311.JPG
 パレード終了後はTSNJ(チベット支援グループのネットワーク)の会議に参加。11月にシドニーで開かれたアジア太平洋地区チベット支援組織国際会議(ワークショップ)の参加報告ほか検討課題いろいろ。旧知のO氏、食事をご一緒するのは初めてのKさんご夫妻と韓国料理で夕食、最終の新幹線で帰宅。
  ◇
 RENK東京さん「人権パレード2004」参加報告がありました。(12月9日追記)

| | Comments (3) | TrackBack (0)

2004.12.04

「空耳アワー」でチベット

 深夜、テレビを流しっぱなしにしていたら、「チベットか」「チベット関係ねえな」と聞こえてきて「!?」。
 「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」コーナーだったんだけど、一瞬、本物の空耳かと(笑)。なんせただテレビがついていただけだから、それまで何があったのかさっぱり分からない。コーナー最後に安斎肇氏が「チベットからも(投稿)歓迎です」みたいなことを言っていたので、間違いないチベットだ、ととりあえずネットをあちこち検索。
 分かったのは、「チベットのラサから」「(空耳アワー常連投稿者の?)(怖がりの?)金子君」が旅先から投稿したものらしい、ネタは洋楽でチベットと関係なかったみたい、……ということでした。
  ◇
 後日、I Love TIBET! のかるまさんにこの話をしたら、「常連? 誰がチベットに行ったんだろー。タカハシ君?」。かるまさんってあちこちマニアックと思ったけど(韓流ドラマに詳しいこともこの時知った)、流石。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

2004.12.01

「ラジオ深夜便」でチベット・梅里雪山

 仕事帰り、カーラジオから「今夜ははチベットの……」と流れてきて、思わず車を方向転換。まっすぐ家に帰らずそのへんを走り回りながらラジオを聴くことに。NHKの「ラジオ深夜便」「聖なる山のふもとから アンコール」。写真家の小林尚礼さんがカワカブ(梅里雪山)を語る、という蕃組。初出の時に聴き逃したので、この日は3日回目を再放送でしたが、1回だけでも聴けて良かったです。
 カワカブ巡礼を3回したこと、3回目の巡礼は慰霊のためだったこと、急変する山の天気、巡礼者たちの厚い信仰心――など。巡礼の途上、切り立った山肌が四方から迫ってくる場所があり、威圧感と圧迫感と荘厳さと神々しさに、まるで「登ってはいけない」と気圧された――というようなことを話していたのが印象的でした。かつて未踏峰登山隊の一員で、その頂を征服しようと試み、山仲間を雪崩で失った元登山家がそんな気持ちを抱くのか……などと思いながら聴いていました。
 ところで、初出の放送は台風21号や新潟中越地震で延期になったりしたのですが、この日も語りが始まってすぐ、北海道で震度3の地震があって放送中断。地震や災害と縁のある(?)方なのかも(不謹慎ごめんなさい)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« November 2004 | Main | January 2005 »