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2005.01.22

チベットサッカー悲願の海外遠征

 久しぶりに何も予定の入っていない完全休日。
 こういう日をどう過ごすかで人間の向上心みたいなモノが量られる気がするんだが(体を動かしに行くとか勉強するとかルーティン外の仕事に取り組むとか)、さらにはそれ以前にやらなきゃならないことがヒマラヤ山脈状態になってる気もするんだが(洗濯とか整理整頓とか掃除とか掃除とか掃除とか年賀状書くとか←オイ)、あと1時間寝よう…もう後ちょっとストーブの前に……と引きこもり。ダメ人間っす。
 引きこもりつつ「チベットサッカー 悲願の海外遠征」(制作・デンマーク/2003年)。原題は'The Forbidden Team'。>しもつかれさん本当にありがとうございました。
 内容の紹介はチベットハウスのニュースリリースとかぷちチベ(バックナンバー)とか。2001年6月に行われた、サッカーのチベット代表チームとグリーンランド代表チームの試合のドキュメントです。制作の背景については「清水満のデンマーク報告1(2003年9月)」にも。
 試合そのものがデンマークの映画制作学校(ホイスコーレ)のプロジェクトで、ドキュメンタリー制作を前提に行われたもの。思い出すのはオランダのプロデューサーがブータンとモントセラトの試合を仕掛けて映画にした「アザー・ファイナル(The Other Final)」で、オランダとかデンマークらへんの国(←うっわーむちゃくちゃアバウトな……ごめんなさい)の人ってサッカーとチベットが好きなのかもー、なんて思ったり。
 ただ単に「試合をする」だけなら、予想されるトラブルを避け、グリーンランドの代表選手をチベット難民キャンプに連れてくればいい話。それをせず、あえてデンマークで試合を開催したことで、国籍を持たない難民たちが海外に出ること、背中に「TIBET」と染めたユニホームで試合をすることにどれだけの意味があるのかが浮き彫りにされる。インドのID発行が間に合わなかったり、書類の不備でデンマークビザが降りなかったり、中国大使館がデンマークで試合を開催しないよう圧力を掛けたり――さまざまな場面で語られる「ただサッカーの試合がしたいだけなんだ」「これは政治ではない、スポーツなんだ」という言葉からは、却って皮肉にも、現実には誰もが政治や国籍や国家のパワーバランスの枠内にいて、たまたま自分が強者の側だったからそれを意識していないだけだ、とか、スポーツの試合でユニホームに背負うものはアイデンティティなんだ、ということを考えさせられます。
 その他、ちべオタのしょーもない感想をいくつか。
・ダラムサラ唯一のサッカー練習場、と紹介され、デンマーク人コーチが「まるで戦場だ、使えるのは半分だけだな」と酷評してたのはたぶんTCV(チベット子ども村)アッパー・ダラムサラ校のグラウンド。(後ろに特徴ある6角形のハウスが映っていた。)あそこはグラウンドのド真ん中を地元のインド人や牛が横切っていくし。あれは「難民学校がグラウンドを作る前から放牧する牛の通り道(けもの道?)になっていて、牛が歩くルートは変えられないため」と聞いたんだけど、真偽は知りません。
・試合前に皆でお経を唱えて瞑想する、とか、フィールドに入って対戦する相手にカタを捧げる、とか、たぶん「アザー・ファイナル」でもやっていて、うわぁチベット仏教徒のお約束だ、とツボ。これで試合が強かったら「少林サッカー」の世界に(ならないならない)。
・チベットサッカー協会会長が「これを空港で見せると笑われるんだ」と話していた黄色い表紙の冊子はインドのレジデンス証明(IDと呼ばれているかな)。「チベット難民であり、インド国内の××に居住することを許可する」というだけの書類で、××はダラムサラだったりムンゴットだったりマナリーだったり。常に携帯しなければならないし、1年ごとに更新しなければいけないし、勝手に別の町に移動してもいけない。管理するインド政府側からすれば「好き勝手に移り住んで勝手放題されちゃ困る」ってことなんだろうけど、チベット人側からしたら不自由極まりないのは事実。ルンタレストランでも、南インドのお寺を出ざるを得なくなってダラムサラに来て、ルンタで働くことになったのはいいけれど、IDの書き換えをして来ていなかったってことが後から分かり、デリーに出頭(?)してる……なんて出来事もありました。ちょっと姿が見えないなと思って聞くとIDのためにカトマンズまで行っているらしい、なんて話はよく聞きます。あれは国連難民高等弁務官事務所まで行ってるんでしょうか(難民であるという証明を取り直すために?)。インド生まれの難民2世と、本土から来た1世のIDの扱いも違うとか。複雑でよく分かりません。
・ラストのダライラマ14世がめちゃめちゃオチャメ。着るんか? 着るんか!? と一瞬びっくりして、何してんだよー、銭湯帰りのオヤジじゃないんだからよー、と突っ込んだ。やっぱり講演会行かなきゃかな。
・2002年の日韓W杯当時(もっと後だったかも)、チベット代表ユニホームのレプリカネット販売などで「チベット代表チームなるものもあるらしい」という噂はしてたんだけど、こういう背景があったとは。そういや昨年1月に新宿のチベットハウスでもらった英文パンフ、改めて見たら「Tibetan National Football Association」と書いてあった。うわ、これじゃん!
・04年8月にダラムサラ行ってぶらぶら散歩中、TIPAグラウンドでサッカーしてる集団がいた。皆どこかのレプリカのユニホームを着ていて、ロナウドが2人も3人もいたりしたけど、中に1人「Wangyal」と明らかなチベット名がプリントされた人がいた。「あれって自分の名前?」「妙に本格的だねぇ~」なんて見物してたんだけど、もしかして彼は元チベット代表だったのかも!?

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