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2005.05.05

ジンガロの「ルンタ」雑感(ねたばれなし)

 並びながら、演目を見ながら、思い出していたのは、チベット寺院で開かれるチャム(仏教モチーフの仮面舞踏劇)や夏のショトン祭の出し物アチェ・ラモ(チベット・オペラ)、それからまだ見たことはないんだけどチベットの草原で開かれるタギェ(ホースレース)。
 もう十数年前のことになるけれど、バックパッカーだった頃、アムドのクムブム(中国名:塔尓寺)でチャムを見たことがある。
derong(←画像はインターネットで拾ったもの。カムのお寺らしいです)
 いつ始まるのかなんて誰も知らなくて、朝から三々五々、魔法瓶のチャスマ(バター茶)とパレ(平たく焼いたパン)を布に包んだお弁当を持って、一家でお寺へ出かけて、前庭の「ここだ」と思うあたりに陣取って、おしゃべりしたりお茶を勧め合ったりしながらひたすら待つ。日が高くなり、お昼を過ぎても、ひたすら待つ。時々、練習なのか準備なのか、本堂の中から「ブォー、ブォッ!」なんて低音のドゥン(チベットホルン)の音が聞こえると、みんなぴたっとおしゃべりをやめて本堂の出入り口にそわそわと注目するんだけど、やっぱり何もなくて、また知り合いにお茶を勧め出す。「まだかよ」なんてイライラしてるのはカメラ持ってる外国人(私含む)だけ。
 待ちくたびれて眠くなったころようやく始まるんだけど、最初は小坊主が髑髏の面をつけてチティ・パティの踊り。あまり上手じゃなくて、伴奏も坊さんがタルそうに叩くンガ(湾曲したばちで叩く大太鼓)だけしかなくて、ぐるぐる回ったりステップ間違えたりして、やっぱりみんなパレかじったり隣をつっついたり数珠繰ってぶつぶつと真言唱えたりしながら、のんびりムードで劇は進む。
 やがて動物や見るからに怖そうな悪鬼の仮面が出てきては引っ込み、出てきては引っ込み、踊りは単調だし音楽というほどのものもないし、もう飽きてきたころに(外国人の集団とか既に引き上げていたツアー客もいた)、ようやく金ぴかの衣装と冠をつけた仏教の守護尊が登場。
 とたんに、さっきまで居眠りしたり茶をすすったりしていたおばあちゃんたち、どわーっと必死に前の方に詰め寄って、五体投地しながら頭を差し出すのね。衣装の裾を翻しながらぐるぐると回り踊るその守護尊の衣装の裾で、自分の頭をなでてもらおうというわけ。身を乗り出してしゃがみこみ、低くカメラを構えてた私のズボンが後ろからぐいぐい引っ張られるので振り返ると、さっきカプセ(揚げ菓子)をくれたおばあちゃんが、カメラじゃなくて頭を出すんだ、私と一緒にこうやれ、と身振り手振り。
 ――低く頭を垂れる老人たちの頭上をかすめるきらびやかな衣装をスローシャッターでアオリ気味に撮ったら絵になるかな、なんて計算にもならない計算をしていた自分がちょっと恥ずかしくなり。
 分かりました、と素直におばあちゃんに従って頭を突き出した。うつむいているから見えないけど、すぐ近くまで踊り手が回ってくる足音がして、がさがさ、と固い感触が頭の上を通り過ぎていった。顔を上げると、おばあちゃんが自分の頭を自分でなでながら顔をしわしわにしていて、私に向かって「それでいいんだよ良かったねえ」と言いたげにうなずいてくれた。……チベットっていいなあ、とまた思った、そんな出来事。
  ◇
 無理難題ではあるし私がちゃんとした劇場芸術に疎いってこともあるけれど、やっぱり、弁当持参でお茶なんか飲みながら、気のあった仲間としゃべりながら、のんびり楽しむチベットの芝居見物が好きだ。タギェを見に行ったことはないけど、きっと、皆チャン(酒)なんか飲みながら、馬がいい動きをしたら拍手や歓声で賞賛するし、乗り手がカタ拾いに失敗したら「もう1回やれ!」とかはやし立てて、朝から晩までダラダラと祭が続くと思うんだよなあ。
 座るところを決められて、飲食禁止で、咳払いもくしゃみもできない空間で、隣と「今の良かったね」なんてささやくこともできない(ちょっと反応したら前の席の人に睨まれてしまった)、ぴりぴりした雰囲気のなか緊張して見てたら(ちょっと寝たけど)、肩もこったしどっと疲れた…。
 そりゃやっぱ、チベットの空気をステージでどれだけ演出しても、本物にはかなわないしなり得ない、というか。
 チャムなら僧院の坊さんたちに勝る踊り手はいないし、場所は舞台のステージより寺院がふさわしい。そして何より、観客として周囲を取り巻く人たちの信仰心や世界観など、すべてを含んだところに成立しているのがチベット文化でありチベットの芸術で、衣装と音楽だけ持ってきてもチベットそのものにはならないんだな、と改めて考えたり、しました。
 そんなわけで、舞台芸術とかアートをまるで解さない勘違いチベット者としての感想は終わりです。

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Comments

チベットからは思いっきり離れてしまいますが…。

守護尊の衣装の裾で頭を撫でてもらう、の場面、学生の時、善光寺に立ち寄ったら偶然あじゃり様(←変換してくれない…)の行列に会い、お数珠で頭を撫でてもらった感激を思い出しました。

―「取材」のたぐいは向かないなぁ、自分(^^ゞ。

Posted by: 苦沙弥 | 2005.05.07 at 03:23 AM

あじゃり→a砂利 うわっうちのATOK16も変換してくれない! 「しゅみせん」が「趣味線」になっちゃうのは気付いてましたが。「しゃみ」もダメなので、苦沙弥さんのお名前も、コピペしない時は「くろう」変換→一字削除→「すな」変換→「やよい」変換→一字削除、というプロセスを踏んでます。(^^)
しかしコレはなんですか、仏教用語拡張辞書とかあるんでしょうかね。(ちなみに「顔文字辞書」というのもあって、面白半分に「有効」にしちゃったらものすごくうっとおしいことに。「泣く」「偉い」「怒る」「困る」などの一般動詞・形容詞に、いちいち何種類もの顔文字変換候補が…訳わからん)

Posted by: うらるんた | 2005.05.08 at 03:14 AM

「仏教用語拡張辞書」!わはは!こりゃ少なくとも「顔文字辞書」よりは欲しいです!(何に使うんだよ自分・爆)でも、これJIS4水まで普及するか、或いはユニコードが普及するか(て、ユニコードていまだによく分からんのですが)して、もっと使える漢字が増えないとあかんでしょうね(^^;。
「顔文字辞書」のことは富士通ユーザー用のサイトで読んだことはありますが、自分の場合顔文字は、使う(気に入っている)パターンが決まっているので、PCの場合は手入力です。携帯電話は「かお」で変換するようにしていますが(好きな形でデフォルトに入っていないものは登録して)。

因みに自分の名前は、「く」→「しゃ」→「や」と、1文字ずつ変換していました(爆)。「すな」で「沙」が出るって、うらるんたさんに言われるまで気がつかなかった(^^ゞ。「み」だと、旧字「彌」は出るけれど「弥」が出ないんですよねぇ…。そのせいか、「クサヤ」と間違える人が結構多い(泣)。

Posted by: 苦沙弥 | 2005.05.10 at 03:24 AM

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Tracked on 2005.05.09 at 11:32 PM

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