« October 2005 | Main | December 2005 »

November 2005

2005.11.23

From Dharamsala

ダラムサラのネットカフェからです。
今日11月23日はチベット暦9月25日、「ラパブ・ドゥチェン」という祭日(というか仏教のお祭りの日)で、「釈迦がいったん天にいって亡くなった母親に会い再び地上に戻ってきた日」。ひたすら盛大にお香を焚きまくる日で、皆で早起きしてリンコル、サンを燃やし新しいタルチョを張ってきました。朝の日差しの中、ルンタをまきまくってるチベタンがカッコよかった(紙ルンタ買えなくてやれませんでした)。
ちょうど水曜日の朝にあたり、長寿祈願の歌を歌いツァンパをまくところにも居合わせることができました。
今回タイミングがすごくて、ナムギャル寺をのぞいたら声明が聞こえ、なんだろうと思ったら完成済みの砂マンダラが。ラパブ・ドゥチェンに合わせチューキョン(護法尊)の一つデーキョン(だったかな)の砂マンダラだそうで、明日護摩焚きがあるそうです。ナムギャル寺の声明はさすが言葉がぴったりそろっていて聞きごたえあります。
ニントブリン(障害者施設)、ノルブリンカ(工房&観光施設)のついでに尼僧院のドルマリンに寄ったら、ここでは観音菩薩の砂マンダラを制作中でした。同行者も「尼さんが砂マンダラを作るのは珍しい」と感心。いいものを見せてもらいました。
TCVにも行って里子の近況も尋ねたしクショラにも会えたしアニ・ガワン・ワンドゥンにも会えたし、なんだかやたら忙しいです。まだ土産のひとつも変えてません。Blog更新もできなくてすいません(もうできない気がする)。
  まだ肝心な用件もいくつか(今日はラパブ・ドゥチェンの祝日でチベット人のオフィスが軒並み休みで、インフォメーションオフィスにもグチュスムにもまだ行けていないのでした)。あと2日しかないです。ある意味日本にいるとき以上に忙しい(←時間に追われるって意味ではなく、やりたいことこなしたいこと目の前で起きることが充実しているって意味で)ってどうなんだ。いいのかわるいのか。
取り急ぎ。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

2005.11.16

ダラムサラ準備その3

 ダラムサラに向けてその3。
 成田行きリムジンバスの切符を購入。3時間半~4時間くらいかかるので、正午発の国際線のチェックイン(午前10時)前に空港に着くには午前4時50分のバスに乗る必要がある。これだけは千葉の船橋に住んでいたころが良かったなあ。京成線の通勤快速で成田まで数百円、乗り継ぎなしで40分くらいだったもん。しかしあの当時はお金がなくて、成田から30kmくらいのところに住んでるのに、わざわざ18切符で大垣行き夜行に乗って大阪まで行って「鑑真号」乗ってたけどな。
 滋賀も関空まで遠くて面倒くさかった(だけど「びわこ空港」はいらねえだろ、と思う。もう企画ごと潰れたけど)。推進派は「神戸空港が実現すれば関空に隣接してない県で空港のないのは滋賀だけになる」みたいな言い回しで煽ってて何だそりゃ、だったなぁ。群馬にも空港なんかないけど、「あったらいいな」とか「作ってはどうか」なんて話さえ聞かないところがいいです(空港作りたがる根拠って、要は東京との距離なんだろうね)。
 で、成田が遠いとどうなるかというと、飛行機に間に合うか乗り遅れるかどうかのデッドラインが午前4時50分に(^^)。
 その他は今日も買い物。ほうじ茶入手。メール書きはかどらず。英文でメール書くのを思い浮かべただけで気がなえて先送りにしている間にあと数日になってしまった。こんなん書いてるのも現実逃避。すいません。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.11.15

ダラムサラ準備その2

 ダラムサラに向けてその2・スーパー編。
 ダラムサラの日本食レストラン「ルンタ・レストラン」に持っていく食材を買いに、仕事を終えた深夜、隣町の24時間営業の「マックスバリュー」へ。しかしなんだかいまひとつ値段が高い。焼き海苔500枚(全形10枚入り50袋)、粉わさび4kg…とかだからけっこうな分量で、単価の差が全体額にはねかえるんだよなあ。お茶の葉も100~150gの小袋しかない。深夜スーパーって生鮮食料品は高いけど保存食関係は安価になってると思ったんだけど…。
 業務用調味料なんかはもしかしたら「ドンキホーテ」にあったかも、あそこならこの時間でもまだ買い物できる、と高崎方向へ取って返し、ヤンキー群れる黄色い店へ。焼き海苔は特売品を発見。お茶はマックスバリューのほうが安かった。ううむ。
 どっちでも見当たらないのが粉わさび。ヱスビー食品の35g入り缶詰しか見当たらない。そんなん4kg分ったら100個以上買わなきゃならないじゃないか。
 粉わさびはいったん保留して帰宅。インターネットで商品検索してみたら、ちゃんと「業務用1kg入り・350g入り」ってのがある。そうだよこれが欲しいんだよどこで売ってるんだ作ってるんだ、と製造会社概要をみたら、なんと県内の企業だった! どこに流通してるんだ!

 <11月16日追記> 上記の製造会社に電話して「御社の製品どこで小売してますか」って聞いたら、なんと代引きで送ってくれるとのこと。送料ケチるなら取りに行くところだけど、太田はちょっと遠い(宇都宮に行くときの通り道ではあるけど)。電話してみるもんだー! 感謝!

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2005.11.14

ダラムサラ準備その1

 ダラムサラに向けてその1・郵便局編。
 ルンタ・プロジェクトは金銭管理のほぼすべてを郵便局に頼っております。「郵便振替口座」という、お金を安く振り込んでもらえるけど引き出しにくい口座と、出し入れしやすい通常貯金の2つで管理。振替口座は、振り込む人にも郵便局に行ってもらわなきゃならなくて申し訳ないんですが、おろす私も、窓口が開いてる時間に専用の払い出し用紙に書き込んで登録済みの印鑑持ってカウンターに並ばないといけません。都合、通常預金への移動は年に数回になっちゃいます。ダラムサラへの資金移動もリアルタイムではやってないので、一定金額をまとめて移動して、それまでの過不足を清算、って感じですか。郵政民営化とかはまあどうでもいいんだけど、ネットバンキングやってる人が増えて(←つうか自分が始めてみたら便利だった)、一定条件下なら振込み手数料無料、なんてサービスが普及すると、「銀行振り込みはできないんですか」って聞かれそうで、今後考えどころかも。郵便貯金のホームサービス(インターネットサービス)での振替口座振り込みって、別に手数料無料になるわけじゃないよね。
 まー今後のことは置いといて、中央郵便局の窓口。
 貯金関係の手続きは有無を言わさず番号札で並ばされます。書く書類が何種類もある(残高照会を書面で申請して払い出す金額を確認した後で払い出し申請書を出す。残高がいくらあるかくらい端末で確認して教えてくれりゃいいのにとも思うんだけどね)んだから、先に総合受付か何かで書類だけくれればいいのに。20分ほど待たされて窓口に呼ばれ、用件を告げると、申請用紙を出してきて「記入してください」といわれ、順番は次の人に。ああ、やっぱり。なんかこういうお役所っぽい時間のムダがイヤ。
 次に払い出し申請。振替口座の残高のうち、1000円以下の端数を残して206万円払い出すことに。グチュスムへの寄付口座はちょうど1万円だったので全額払い出す。「200万円以上のお取引は本人確認が必要になりましたので」と言われ免許証を提出。ルンタ名義の貯金通帳を出して、大金なので現金で出さずここに入金してほしいと依頼。
 後は数分待って通帳持って帰るだけ…のはずが、なんかここから長くなった。
 窓口に呼ばれたので行くと、「この貯金通帳は住所変更が済んでいないので入金の取り扱いはできません」とのこと。「今住所変更しましょうか?」と聞くと、団体名義で作っている貯金通帳なので、団体の規約や定款が必要だとか。
 「会報とパンフレットなら残部が車に積んでありますけど、それではどうですか?」
 「『規約』や『定款』と表題に書いてある書類でないとだめなんです。どうしますか」
 どうしますかも何も、払い出しに来てるんだから、通帳の名義はまた別の問題でしょ。なら現金で払い出してください、と依頼し、また待つこと十数分。なんだか様子がおかしい。カウンターの後ろのほうで、私の払い出しを受け付けた女性局員が、男性局員に「だから最初からそう言っておかないと……」などと叱られている。何だ何があったんだ。いいから説明してくれ。男性局員も、女性局員を叱ってる暇があったら直接私に対応したらどうなんだ。ほかの客もういなくなっちゃったじゃん。
 さらに待たされて、戻ってきた女性局員が私を呼ぶ。
 「すいません、振替口座の住所変更の時にこちらの局で団体規約か定款を確認したという記録が残っていないんです」
 「大津中央局で口座作るときに提出してますよ」
 「それが……住所変更の時に確認したのではないかと思っていたんですが…」
 「払い出しは別に現金でいただいて構わないんですけど」
 「いえ、それが、定款の確認がないと200万円以上のお取り扱いはできないということに、平成15年から変わりまして……。改めて、団体の趣意書と規約を窓口に持ってきていただいて、そのときに貯金通帳の住所変更もして、お手続きしていただけますか」
 と女性局員、奥に引っ込みかける(既に及び腰)。
 おい待て。 
 「200万円以下なら可能なんだったら、払い出し金額を200万円にしますから、200万円を現金で払い出してください。そう何度も昼間に郵便局に来て並べないので。今日はお金を払い出すために来てるので、払い出せる限度額を受け取って帰りますから」
 「あ、はい」
 ルンタ的には振替口座から貯金通帳への移動が206万円か200万円かというのはそう大きな違いじゃないんだって。郵政公社には大きいのかも知れんが。それより、インドに出発する20日までに振込口座の残高の一定額を貯金口座に移すことのほうが重要なんだって。それこそ郵政公社には関係ない話だけど。
 払い出し書類の金額を訂正したら、ものの数分で現金が出てきた。
 最初から「規約の確認が取れないので200万円以下の払い出しに限定されます」って言えばいいのに。
 封緘ついたままの札束にはちょっとびびったけど、そのまま郵便局内のATMに直行。
 ATMで(2回に分けて)ルンタ名義の貯金口座に入金して、本日の任務完了。住所変更がどうだろうとATMには関係ないわなあ。「窓口で受け付けられませんが機械ならできます」って言えばいいのに。
 もうなんで、自分で機械に入れりゃできることが「住所変更がなされていないのでできません」とか「団体規約や定款がないと住所変更できません」とか言われたり、金額を6万円減らせば(ってことはつまり、200万円以下数回に分割すれば)できることを「書類を出し直してくれないとできません」ってことになるのか。何が出来ないかじゃなく、(この条件で)何ができるか、を教えてほしいよ。
 100歩譲って、実態のない怪しいトンネル団体をスルーしてマネーロンダリングに使われたり脱税に加担したりってことがないように、団体確認を厳密に行ったり取り扱い金額を制限してる、というなら分かるんだけど、それなら「数回に分ければ払い出しOK」とか「機械ならできる」とかの安易な抜け道を残すのはおかしくないか。
 ああ疲れた。15分程度で終わる出金・入金作業のつもりが、1時間以上かかった。かたぎの会社員してたら郵便局振替口座の管理ってムリなんじゃないだろうか(いや一応私もかたぎの会社員ではありますが)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.11.13

コンビニでタシデレ!

 宇都宮から埼玉に転戦してチベット行脚。
 以前に書いた、チベットの奥地から人づてに頼まれた尋ね人に決着をつけに行くのだ。
 その途中で電話が入る。
 「短期滞在ビザで来日したチベット人がこのまま日本で働きたいと考えているが何か方法はないだろうか」
 そんなところにチベット人が! そもそもどうやって来日したんだ? 今の滞在費はどうしてんだ? と何もかもびっくり。日本で難民申請は望み薄(*)だろうし、日本に移住して生活基盤を作るんだったら、就職先の前にまず日本語検定1級かも、などと思ったり。とにかく、いろいろ不条理に感じることはあっても、非合法状態(不法滞在とか不法就労とか)だけは避けてほしい、周囲にも迷惑がかかるし、何かチャンスがあってもすべてぱーになる可能性高いから、みたいな話をする。個人的には頑張ってほしいと思う。とりあえず来ちゃうチベット人の行動力と「なんとかなるだろう」感覚に脱帽。本人に会ってみたいけど、ダラムサラ旅行が控えてるし先方のビザ期限もあるし、難しいかなあ。

(*)本土(中国領)から来たチベット人について日本政府が「迫害を受けており帰国すると身の危険がある」と認めるかどうか。またそれを認めさせられるかどうか。一方で、他の国で既に難民認定されてる場合は「他の国で認められてるんだからいいでしょ」ってことになり、どうしてもって場合はそっちの権利を失ってしまうらしい

 尋ね人のほうは風来坊さんと一緒に在日チベット人宅へ。
 「この人を探しているそうです」と、はるばるチベット奥地から日本人旅行者に託されて山を越え海を渡ってきた写真を見せる。
 「ああ、○○○さん」
 一発で判明(笑)。
 色の褪せた、10年以上前のものらしい写真を「これは○○○さんの××の弟ですね」「この子はいまは大学生」と次々に判読。すごーい。
 チベットの小さな町で、「何か連絡はあったか」と知り合いの知り合いの家にたびたび顔を出してる(電話などないので、用事があるときは直接訪ねるのだ)らしいその写真の持ち主も喜ぶことでしょう。しかし見つかるもんだなあ(笑)。手がかりなんて「チベット人」ってことと名前くらいですよ。(笑)
 さてその後、同じ市内に住んでいる別のチベット人青年と会おうと思ったら、「バイト先から人手が足りないと急に電話があって、バイトに行っている」とのこと。なんの仕事を、と聞いたらコンビニエンスストアですって(えええっ)。
 おジャマとは知りつつそりゃあ行かなくちゃでしょうと客を装ってそのミニ・ストップへ。
 制帽とエプロン姿でカウンターでレジ打ってました!
 客が途切れたのを見計らって会釈したら「タシデレ!」だって。わはははは!
 日本広しといえども、チベット人がコンビニでレジ打ちしてる町はそうないんじゃないか! さすが埼玉、さすが風来坊さんの転居先。いいぞ、チベット語で買い物ができるコンビニ!(←普通はしません)
 「ゴルモカヅレ?」(いくらですか?)
 「ガンガチクトンレシャ」(全部で千円になります)
 「トジチェ」(どうも)
 「ヤンキャルペーローナン」(またお越しください)
 (チベ語間違ってたらすいません)

| | Comments (4) | TrackBack (0)

2005.11.12

ソナム

sonam01  家庭の事情と出身中学の集まりがあって宇都宮に。
 終了後、旧友が連れて行ってくれた韓国料理店でカムジャタン。豚の背骨を黙々と食べ続けました。カニ以外にも無口になっちゃう料理ってあるのね(笑)
 しかし悲しいかなチベ者としては一見した瞬間から気になって気になって仕方なかったのが店名。sonam02
 だって「ソナム」だよ?
 「なんて意味?」と聞いたら「松」という意味だそうです。この店は白沢街道沿いにあるんだけど(←宇都宮ローカルな話題)、このあたりに大きな松の木があって目印になってるんだそうで。看板にも松の絵が描いてありました。
 「ソラ耳」ならぬ「チベ耳」としては、コリアン料理のカタカナメニューって意外にチベットを想起させるものがありますね。チャプチェ(コリアン/はるさめと肉の炒め煮込み)→チャプチャ(チベットの地名)→ピンシャ(チベ語/はるさめと肉の炒め煮込み)とか。……「ありますね」ったって発想が局地的すぎて誰も聞いてくれなくて、ちょっとさみしいんだけどさ。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

2005.11.11

北京五輪マスコット 5分の2がチベットじゃん

20051111 えーと、北京五輪のマスコット決定、パンダなど史上最多5種類(読売新聞Web)とか北京五輪あと1000日、マスコット「熱烈歓迎」(朝日新聞Web)とか。(画像もどっかから貰ってきました)

パンダ、チベットカモシカ、魚、ツバメと聖火を基にしたキャラクター5種類で、1大会では史上最多となる。

そうで、 

世界中から公募した計662作品から選考、より親しまれるように改変された。数を5としたのは、五輪(五大陸)と中国古来の五行説(木、火、土、金、水の五元素が、万物の根源とする考え)にならった。五輪組織委では「環境、人文、科技という大会理念と五輪精神、そして中国文化の伝統を表現した」と説明している。

んだそうです。
 チベットカモシカってのはなんだかいきなりマイナー(ってゆうか絶滅危惧種?)な動物を出してきたものですが、チベット北部から西部の高原地帯に生息するチベットレイヨウともチルーとも呼ばれる野生のカモシカ(「チルー」が現地語ないしチベット語かな?)。
 毛皮めあての密猟で乱獲され、去年「可可西里(ココシリ)/マウンテン・パトロール」というドキュメンタリーが公開されるなど、水面下で注目されてました(中国政府のプッシュがあった、ともゆう)。風来坊さんによるとカム語がばりばり飛び交うらしいこの映画(にもかかわらずこのへんの紹介では頑張って中国語の教材にしようとしてくれてます^^)、私はまだ機会がなくて見てません。
 そんでこのへんの記事(「パンダ、悟空…北京五輪マスコット、ご当地から応募殺到」)によると、ドラゴン(龍)、孫悟空(金絲猴?)、タンチョウヅルなどかなりのマスコット争奪戦があった風にかかれてますが、そうだよなあ、やっぱ中国のイメージって龍とか亀とか麒麟とかなんじゃないかー…(待てよ、それは中国ってより風水のイメージか)?
 何か政治的配慮が働いた印象が拭えないんですが。
 だってパンダもチルーもチベットに生息する動物で中国(中原)の動物じゃないじゃんー。
 5体1組のマスコットで5分の2がチベット由来って。マスコット売り込んでチベット圏内でもオリンピック熱を盛り上げよう(*)という算段かもしれないけど、別にあんまりチベット巻き込まなくていいから、中国は中国で粛々とオリンピックやってくれ、などとちょっと思ってみたりもしたのでした。

(*)北京開催が決まった2001年6月の決定当日、ラサの繁華街にいましたが、まぁなんだ、ほとんど関心は払われていませんでした。北京では王府井あたりに人が繰り出して大騒ぎしてたらしいけどね。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

2005.11.04

「風の王国 月神の爪」

kaze 東京までの往復を利用して、チベ系ライトノベルのシリーズ第5巻「風の王国 月神の爪」。
 ラノベって刊行ペース速いなあ! 7月末既刊だったらしいのを気付きませんでした。
 古代チベット吐蕃を舞台にソンツェン・ガンポの息子クンソン・クンツェンと文成公主のラブラブ政略結婚カップル、結婚から約2年、いよいよ舞台はヤルルン渓谷、さらに西の領国ツァン・プーへ。

嘘も偽りもない私を受けとめて…。ヤルルンへの道中、翠蘭はソンツェン・ガムポ大王の使者に命じられ、大王の二人の妃を連れ戻しにオンの谷へ。二人を伴いヤルルンに入った翠蘭は、大王に本物の公主かと尋ねられ、事実を語るが…。
コバルト文庫サイトの紹介文から)
詳しくは→ Amazon bk1

 <以下たぶんネタバレあり>
 ソンツェン・ガンポ出た――! ティツン妃(名前だけ)出た――! シャンシュン王国との確執が語られ、キュンルンなんて地名が出てきたりして、うふふふ、という感じです。ソンツェン・ガンポの食えない爺さんぶりはなかなか。「助平爺」とか描写されてたりして今後が思いやられますが、シャンシュンから嫁いだ第一王妃「リティクメン」と実は密かにラブラブっぽいようなシーンもあって、基本的に作者さんは夫婦の情愛を大切に思ってるんだなぁ優しいなあと思ったり。
 話のほうは、陰謀に謀反に大立ち回り、謀反制圧の裏にも思惑があって……な展開でなかなかスペクタクル。文成公主も殴られるわ吊るされるわ袋詰めにされるわの主役かつ王妃とは思えない被虐待っぷりです。ダンナより奥さんが手ひどくいたぶられてるのはジェンダー的にはどうなんだ(^^;)。ま、最初「舅に言い寄られるわ先妻に嫉妬されるわ宰相と不倫するわでチベット版『大奥』になるんじゃぁ…」なんて冗談が出てましたが、そういうドロドロより権力闘争のドロドロと国盗り物語のほうが楽しいよね。
 それにしても、助平爺ソンツェン・ガンポと老獪なツァン・プー領主スツェの爺2人の存在感が大きくて(過去になにかあったことを暗示するような互いの回想シーンも示唆的)、若きクンソン・クンツェン王食われまくりです。偉大な父親を持つと苦労するねぃ。
 ツァン・プー討伐が実際にあったかどうかは勉強不足にして知らんのですが(申し訳ない)、この流れでいくと史実どおりのシャンシュン遠征、吐谷渾との騒動、文成公主の妊娠出産にクンソン王の早世までありそう。どうするんだー。
 ところでやはり位置関係や地図の問い合わせが多いのでしょう、「あとがき」では地理に触れられているんですが、

地理の話を…、と思っていたのですが、1ページしかありませんので、とりあえずシャンシュンの位置を。7世紀の吐蕃の地図を見るとき、向かって左側のヒマラヤ山脈沿いに(中略)詳しく自分の目で見たい! とお思いの方は、山口瑞鳳先生のご著書、『チベット・下』や『吐蕃王国成立史研究』をご覧くださいませ。(中略)ちなみにツァン・プーは現在のツァン地方、シガツェからラツェから北を含む地帯、と考えていただくと、チベットの地理を知っておられる方には分かりやすいかと思います。

と見事なまでの突き放しっぷり。読者層はたぶん中高生メインだと思うんだけど、いきなり山口瑞鳳「チベット」(←定番の専門書。上下で1冊3000円くらいする)薦められたら泣くんじゃないか(わはは)。もっとも、中高生は授業で「世界史図説」とか持ってて却って歴史地図に強いのかもしれないけど。
 口絵に1枚地図をつけてくれればいいのになあ。多少脚色した「風の王国」版の架空吐蕃地図とかさ(そしたらいちいち現実のチベット想起してきゃあきゃあ騒ぐ私のよーなチベあほ読者は減ると思^^;)。いや待てよ、作者さんのその甘えを許さない姿勢に鍛えられ、中高生にして『チベット上下』読みこなした人たちが、明日のチベット研究を背負ってたつチベット学者として育つのかも。『キャプテン翼』から中田が生まれ『スラムダンク』で田伏が育ったように(真偽は知りまっせん)。
 地図に関しては「ちべビア」にスキャンをあげてますが(あまりほめられた行為ではないっすね)、ダヤンウルスさんとこの素材とか資料元に自作で作っている方もいらっしゃいました(すごい! 見やすい! わかりやすい! トラックバックもいただいていました!)→中華歴史小説ファンブログ「小芙蓉城」

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2005.11.03

チベ系ブロガー秘密集会(!?)

110301 所用で上京。
 ついでに都内某所で、転勤で引っ越した風来坊さんの首都圏進出を歓迎する火鍋 秘密集会 歓迎会へ。すごかった(笑)。
 何がすごいってメンバー。
 主賓「あほケツな日々」の風来坊さん、「ちべ者」のあさださん、「iTibet」のryoheiさん、んでついでに私(ちべログ@うらるんた)。当初は「チベット式」の長田さんも参加予定で、「実現してたらチベット系ブロガー(*1)サミットでしたねー」なんて冗談も。
 チベ系ブログも今やたくさんあるので、数人集まったくらいでサミットゆうな、と厳しい指摘もされそうですが、まぁ最近ブロガー集まる(集める)のってトレンド(*2)らしいですし、時流に乗ってってことでひとつ(笑)。サミットっても頂上(←もちろん長田さん)欠いてるので、チベ系ブロガーふもと会議ってところですか(^^)

*1 ブロガー(Blogger)=[和製英語]Blog(Weblog)管理者
*2 自民党とか民主党とか。

110303 しかし私ときたら、少し遅れて到着して、テーブルの上に、ちょっと叩き潰したみたいな切り方の涼伴黄瓜を見てあまりの嬉しさに舞い上がり、そのあと鴛鴦鍋に煮えた火鍋から立ち上る匂いに何か完全に飛んでいった、ような……。
 サイトの濃さ深さに比べると意外に普通、と思わせて実はもっと濃く深…なあさださん、びっくりするくらいイケメンのゲーンryoheiラ(チベット界のバイムーツォンと呼ぼうかとひそかに思ったぞー。バイムーツォンとは「柏木崇」、01年当時の西南民族学院チベット人学生に一番人気だった日本人男性だ^^)、見かけ国籍も年齢も民族も職業も経歴も不詳、明白なのは性別くらい(冗談です)の風来坊さん、風来坊さんがラサで一緒になったチベ友さん……というメンバーでチベ話チベ話チベ話。いやぁ楽しかった。
 ところで写真ですが、皆さん匿名匿顔必須で、ほんとはテーブル後方から小さく後姿でも記念に撮ろうかと考えていたところ、壁際の席だったので後ろに回るも何もスペースが全然ない。とりあえず料理とか撮ってたら
「撮るの?」
「いや後ろ姿ならどうかと思ってたんだけど無理そうで」
「後ろ姿~? じゃあ皆で後ろ向こう、ほら」110302
 ←……と撮らせていただいたのがこの写真。なんだかよくわからないぃー。後ろ姿ってよりうなじ姿だし(^^;)、はみ出しちゃった人もいるし(^^;)。関係ないお客さんがたくさん映っちゃったので、関係ない人にもモザイク加工したらよけいに怪しくなったし(すいません)。
 機会があればまたぜひいつか。頂上迎えて再度、とか、茶館のなかむらさんとかkikulog(kiku日記)のkikuさんとかも交えて拡大ふもと会議とか。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

« October 2005 | Main | December 2005 »