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July 2007

2007.07.30

RUN for TIBET(2007年8月4日/東京)

2007.8.4 Sat.  RUN FOR TIBET !
   ~チベットチームを北京オリンピックに~
2007/08/04(土) 15:00-16:00
代々木公園(東京・原宿)

 告知が遅れました。TSNJの案内です。

 今から一年後の2008年8月8日、北京オリンピックが開催されます。
発展が目覚しい中国ですが、このままだとチベットはどうなるのでしょう?
国としてスポーツにも参加できないチベットチームを応援するために、全世界で開催する、同時イベント Run for TIBET.
 オリンピックに出たくても出られないチベット人のために、あなたも、一緒に走ってみませんか。
●開催時間:2007/08/04(土) 15:00-16:00
●集合日時:2007/08/04(土) 15:00
●集合場所:明治神宮入り口の鳥居前(JR原宿駅 表参道口徒歩1分) http://www.meijijingu.or.jp/access/index.html
●参加申し込み: 予約は不要です。 ただ、呼びかけ側として事前にある程度の人数把握をしたいので、 ぜひTSNJ代表(久保:090-3317-0011)までご連絡ください。
●RUN FOR TIBETとは?8/4(土)に全世界で行う同時イベント。 東京では、チベットを応援する有志達で、代々木公園内を30-40分ほど走ります。走るのが体力的に難しい方は、ゴールや給水所での応援もウェルカムです!チベットを応援したい人はどうぞお集まり下さい。
●その他: 走りやすい服装でお越しください。  先着20名には、チームチベットTシャツをプレゼント!
●お問い合わせ TSNJ代表 久保隆 090-3317-0011
 メールでの問い合わせは  TSNJ: tsnj2001@gmail.com 
●詳しくは:http://www.geocities.jp/t_s_n_j/action070804/index.html

 とりいそぎ引用のみですみません。

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2007.07.29

チベット人の選挙演説

 (この項は7月30日以降に公開しています)
 7月23日に市内であったペマギャルポさんの街頭演説です。せっかく真面目に聞いてメモも取ったので、あと、「こんなことを話すんだ面白いなあ」と感じた部分もあったので、記録がてらに。

Dsc_0087  3人寄れば文殊の知恵、といいます。国民新党は24人の仲間たちで、それこそ千手の観音様のように、それぞれの専門分野を持って、日本をもう一回再生しようと決意しております。
 先ほどお話し頂きました綿貫先生
(注:綿貫民輔・国民新党代表。隣にいた。この日のメインゲスト)、今日いらっしゃる小林興起先生、そして長谷川先生(長谷川憲正・党副幹事長。同席してた)は国会の中心にいた方。自分たちの権力の座より、リスクをとって、この国を守るために立ち上がった、正義感の強い人たちの集まりであります。
 国民新党は「ぶれない」政治を約束します。「ぶれない政治」とは、国民の、国民による、国民のための政治をし、国益を考える政治。だからこそ、あの郵政問題のように、自国の利益を、他国の圧力や他国の都合に売り渡すことは決してしません。
 国民新党は「こびない政治」を約束します。「こびない」政治とは何か。日本はアメリカの属国ではありません。いかなる国に対しても、あくまでも自主独立の姿勢をきちんと守り、日本の国益のためにやっていくのが「こびない政治」であります。もう一つは「おごらない政治」。残念ながら、戦後、戦争に負けてからこの国をふたたび再建し、今の豊かさと便利さを作った、吉田茂先生、岸信介先生のお孫さんたちは今、温室育ちで、数だけそろえるような、傲慢な政治をしている。私たちは、あくまでも謙虚な気持ちで国民のためにサービスします。

 文殊菩薩の話をマクラに持ってくるとはさっすがチベタン(違うか)。
 今回の参院選で、異なる民族からの視点を視座に入れて(※)立候補しているのは、ペマさんのほか、民主党のツルネン・マルテイさん(フィンランド出身)と金政玉(キム・ジョンオク)さん(在日コリアン2世。車椅子の障害者でもあるそう)、新党大地の多原香里さん(アイヌ民族)、あとこれはちょっと特殊例だと思うけど国民新党のアルベルト・フジモリ氏(元ペルー大統領)。ペマさん、ツルネイさんがいわゆる“外国人”、金さんと多原さんが日本のなかの少数民族や先住民にあたります。
 個人的には少数者の声を代弁する人にどんどん国会で発言してほしいと思っていて、党派関係なく全員当選くらいの勢いでいってほしかったんですが(ツルネンさんは民主比例6位で当選、金さんは比例35人中最下位で落選。多原さんは北海道選挙区で次点でした)。

 ※「日本人」という言葉、日本国籍保持者を指すのか、日本的な価値観や生活習慣(=文化)をバックに持つ文化的集団を指すのか(『日本民族』とは言わないし大和民族ってのが定義されてるんだかなんだかなので「日本人」としか言いようがない)あいまいなので、こういうこと書くときちょっと困ります。うまくぴしっと書けずにまだるっこしい文になってますがご容赦。あと、「あの人は元からの日本人じゃないんだって」的な排他的な感覚で誰かの出自を云々するつもりはなく、文化意識ってのは多分に自己認識や自己規定(=アイデンティティ)だと思ってるので、仮に、少数者であることをあえて明らかにせず日本のマジョリティグループとして立候補している人がもしいたとしても、有権者としてはそこに関心はありません。

 国会で超党派の「チベット問題を考える議員連盟」の事務局したり、ダラムサラを訪ねてダライラマ14世と面会したり、毎年3月10日のチベット民族蜂起ピースマーチに実際に参加して、「チベット問題に積極的」というイメージになってるのは民主党なので(というより関心があって実際に動いてくれる人が民主党にいた、というほうが適切か……)、ペマさんの出馬が、今回追い風が吹いている民主党からだったら、あるいは、という妄想も、なくはありません。(民主比例の20位当選者は7万票足らずでの滑り込みでしたし。ま、ペマさんの個人票は2万3254票でいずれにしろ届いてませんが……)。
 ま、このとき集まってた人は、「大樹」などの郵便局関係者がほとんどで、地元東北の津島恭一、綿貫民輔目当て。ペマさんの話に、「日本語がうまいねえ」と感心し、「岸信介の孫」をくさしたくだりでは大ウケでした。(言わずもがなですが、吉田茂の孫は麻生太郎外務大臣、岸信介の孫は安倍晋三首相です)

Dsc_0066  私は42年前に、共産党しか存在しない独裁国家から逃れて、インド経由で日本に来ました。そのときの日本は、これから先進国になろう、これから豊かになろうと一生懸命頑張っていました。あのころは、日本人は非常に謙虚だったんです。日本の方に「商売はどうですか」と聞くと「おかげさまで」でした。「健康はどうですか」と聞くと「おかげさまで」でした。「勉強は進んでますか」と尋ねると「おかげさまで」と言いました。どんなことを聞いても「おかげさまで」と答えました。つまり、自分だけを気にするのではなく、自分は大自然をはじめ、多くの方のおかげで生かされているということをきちんと意識していたのです。
 いまの政治に足りないのは、そういう「生かされている」という意識ではないでしょうか。国際社会のなかでも、家庭でも、「生かされている」という意識が足りないのではないでしょうか。42年前の日本人はすばらしい精神文化を持っていたのです。
 私は埼玉でお世話になりました。埼玉では「こんにちは」といえば必ず笑顔で「こんにちは」とあいさつしてくださった。外出するときも家にはロックを掛けず、「ちょっとお願い」と頼んで外出できたんです。おいしいものをもらったら、近所で分けて食べたんです。それが、今はどうでしょうか皆さん。家には二重三重にロックを掛けて、さらに防犯カメラをつけて、それでも安心して暮らせないような社会になりました。
 私が日本に来たころは、日本には「上を向いて歩こう」という歌がありました。「あしたがあるさ」という歌もありました。皆さんは夢を持っていました。マイカーを持とう、マイホームを持とうという、それなりに、自分の人生の設計ができたのであります。しかし、今は規制緩和の名の下で、無計画な秩序。東京においては、私や、私より若い人が残飯をあさって生活しています。これは決して、世界第2位の経済大国の姿としてふさわしくないと思います。あの世で吉田茂先生も、岸信介先生もきっと泣いているだろうと思います。

 「あの世で泣いている」のくだりでは、聴衆から「そうだ!」の合いの手も。……チベット仏教の輪廻転生には「あの世」はないので、吉田茂や岸信介は別に見てないのでは、つうかそのへんの鳩や猫になっているかもしれないのでは、とも思うわけですが、まあそれは置いておいて。さすがテレビコメンテーター、うまいこと話すなあ、と感心させられました。聴衆の心ガッチリだもん。

 私は、42年間この国で生活をし、大学まで出してくださった日本の多くの方々のおかげで今の私があると思っています。ですから、40年間無国籍で来ましたが、1年2カ月前に国籍を取りました。今回こうして選挙に出ることで、私なりの恩返しをしたいと思ったからです。
 私は日本で大学を卒業し、その後15年間、ダライラマ法王の代表として、外交官としての生活をしてきました。法王がノーベル平和賞を受賞した時に、これで一段落ついたと思い、再び大学に戻り、大学では国際政治を研究してきました。ですから私は日本の15年間の大学での研究、外交官としての経験を生かして、まず何よりも、日本が国際社会において正しく理解され、感謝されるような行為を行い、日本と外国の架け橋になりたいと思って立候補いたしました。
 皆さん。皆さんの先輩たちはこの国を再建しただけではありません。この地球上に、今まで例のない、すばらしい国を作ったんです。日本は、地獄を体験したのみならず、アジア各国の今日の経済発展に多大な貢献をしました。しかし残念ながら、日本が国連の常任理事国になりたいと言った時に、一歩前に出て日本を支持したのはたった3カ国です。モンゴル、モルジブ、ブータンであります。アジアだけでも47カ国あるのに、たった3カ国が日本に感謝をして1歩前に出ました。これは日本の外交の失敗だと思います。私は外交官としての経験を生かして、日本の自主独立の外交と防衛を
(確立させます)。今、中国や北朝鮮は(どうでしょう)。中国は毎年2ケタの軍事費を増強し、中国も北朝鮮もミサイルの照準を日本に合わせている。そのような状況において、自主独立の防衛をやりたいのです。

 ううむ、このあたりはちょっと難しいなぁ。「皆さん」(「私たちは」ではなく。しょうがないんだけどさ)という呼びかけ、「皆さんの先輩方は」という表現からは、一般聴衆との間に線を引いて一歩外側に立ってる風な、あるいは一段高いところに立って啓蒙教示する風な上から視線が感じられて、日本風の土下座選挙が当たり前なおじさんおばさんはちょっと引いてしまったかもしれません。コメンテーターや評論家であれば当然な言い方ものの見方であるのですが、政治家、選挙に強い政治家となると別だからなあ……。

 何よりも、私は難民として日本に来ました。私は難民として、あたたかさ、やさしさを受けて生活してきました。だから私は日本に来たとき、この国は天国みたいだったんです。
 しかしその私にとって天国みたいで、42年間住んでしまった国が、いつのまにか、気がついたら、この国のために一生懸命働いて汗水垂らして働いた人たちが、老後の生活に不安を感じなければいけなくなってるんです。日本国憲法は、すべての国民に、文化的な最低限度の生活を保障しているはずです。だけど6万6000円でどうやって文化的な生活ができるんですか。今の年金が6万6000円。国会におられる温室育ちの人たちが一晩で飲み食いする程度のお金です。
 しかも、日本では今、公共事業を無視し、なんでもかんでも民営化です。民営化は合法的などろぼうだと私は思います。ガス、水道、電気、全部株式化されています。そして、ガス代払えない人、電気代払えない人、水道代払えない人は、元から切られたら、これは死ねということと同じです。なぜ国民は怒らないのでしょうか。これは政治による構造的暴力だと思います。
 私は最低限度、ガス水道電気、――もちろん日本には社会に甘えて自分がパチンコに行きたいから子供の給食代を払わないなんておかしな人もいますが――そうでなくて、今まで一生懸命この国の基礎を作ってきて、この国のために一生懸命働いてきた方々に対して、ガス水道電気を切るということは、まさに死ねということと同じだと思います。憲法で保障する文化的生活に対しても憲法違反だと思います。
 消費税も同じです。少なくとも、食料に対しては消費税を掛けるべきでないと思います。もっとぜいたくなものに税金をかけ、大企業、多国籍企業、いまのITや銀行など取れるところから税金を取るべきだと思います。けっして私たちは、税金を払うのに反対して、国を飢え死にさせようとは思っていません。しかし、取れるところと取るべきでないところ
(があると思います)。税金を取るということは、財政、国の豊かさをもう1回再分配するということです。

 「公共事業を無視」「民営化は合法的などろぼう」のあたりで拍手が起こっていました。そういう層が国民新党支持者に多いってことだなあと感じたり。このへんからペマさん、すごい早口になって、これまで聞いたことのある話し方に戻ってきてます。

 最後に私の分野の話をさせてください。
 私たちは国会議員半減を掲げています。私の研究対象は中国とインドです。いずれの国もあと7年から13年で日本を追い越して、世界第2位と3位の経済大国になる国です。この中国は日本の13倍、13億5000万人の人口を持っています。しかし国会議員は、いわゆる衆院議員に相当する全人代(全国人民代表大会)の評議員たった190人です。参議院に相当する政治協商会議の常務委員は、現段階では179人です。インドは日本の10倍の人口を持っております。今非常に注目されているインドも、上院議員は243人、下院議員は545人で日本とほぼ同じ数です。日本の国会議員の数はあまりにも多すぎます。日本の同盟国アメリカは、日本の3倍の人口を持っていて、上院議員はたった100人です。下院議員は443人です。
 日本の国会議員は多すぎるのと、いつのまにか、ただの操り人形ばっかり集めています。操り人形を集めて、一部の政治家がいうことに「賛成」「反対」すればいい。皆さんが1人の国会議員を維持するために毎年1億円使っているんですよ。これは無駄遣いです。皆さんの税金で、ちょっと美人だからといって誰かが1年間、国会議員のバッジをつけて1億円もらうのは、いいんですか皆さん。許していいんですか。一方で日本では、一生懸命今までこの国のために働き、老後のためにこつこつためたお金はどんどん外国に流れるということをやってるんです。
 日本の国会議員を半減すると、長谷川先生はじめ私たちも選ばれる確率が低くなります。だけど、やらなければならないことです。
 皆さん、7月29日は皆さんが主権在民です。あくまでも、この国の主体性を持っているのは国民です。今の法律では、政治を変えるのは政治家ではありません。政治を変えるのは、皆さんの1票1票の結果です。
 間違ってあの小泉ブームの時にああいう問題を起こした人も、皆さんが1票の使い方を間違ったんです。そのために今、毎年3万人が自殺している。その大部分は経済的理由ですよ。今度の7月29日は皆さんが無血のクーデターを起こす時期です。皆さんが立ち上がる時期です。
Dsc_0005  わが国民新党は、唯一健全な野党として、唯一健全な理論を持ち、唯一健全な大衆政党として皆さんの期待に応えられる政党です。
 
今、マスコミは国民新党が伸び悩んでいると言っています。もう時間ですから、日本に来たら時間を守ることが一つの勉強ですから、これ以上ヘマしないように、ここで終わりにしますが、どうか、今度の7月29日は無血クーデターを起こし、日本のマスコミが間違っていることを示してください。
 私たちは14人です。14人全員当選をお願いします。私が日本に来た時のサカタ××××
(聞き取れず)先生は「人を先に、私は後に」と言いましたので、ここで「ペマをよろしく」と言うとサカタ先生に叱られますので、全員の当選をどうかよろしくお願いします。(了)

 「ヘマしないように」のところで、私の横にいた人が、「ねぇねぇ、今のギャグだよ、名前がペマだからさ、ヘマしないように、って言ったんだろうね」と解説しながら笑ってました。や、やさしいなあ東北人(笑)。
 個人的には、「無血のクーデターを」「皆さんが立ち上がる時期」あたりに、どこかチベット的な言い回しの名残の熱さを感じて「さすがチベタンの街宣だ」とちょっと嬉しくなってたり。1959年のラサの風、というか(違うか)。聴衆はぽかんとしてたけど(ははは)。まぁそりゃ、私含めそのへんの日本人は、仮に安倍政権に辟易してたとしても、無血だろうが有血だろうがクーデター(政府転覆)まではちょっと、という感じかと。60年安保の時代じゃないからなあ。民主党だって「政権交代(=今の国会の枠組みの中で多数派となって主導権を握る)」としか言ってないし、共産党ときたら最初から政権奪取はあきらめて「確かな野党」だし(笑)。
Dsc_0121  あとは、他の比例候補2人が「私の大叔父は太宰治です。比例候補の中で最も文化的なのは私津島です」(津島恭一)、「今日は家内も、若い塾生も駆けつけてくれました。平成の坂本龍馬、小林興起。2枚目の投票用紙には小林こうきとお願いします」(小林興起。奥さんは本当に美人だったなあ)と懸命に自分を売り込んでいたのに対して、名前の連呼がなかったのが印象的でした。チベット人らしく奥ゆかしさを発揮したのか、建前はともかく実態は浮動票狙いの有名人候補として政党票の積み上げをはかるって役割を割り切って任じちゃっているのか。
 個人的には、ペマギャルポさんの政治的スタンスも分かったところで、ぜひ(もしかしたらもう勤めあげて任期満了なのかもしれないけど)、チベット亡命政府の国会議員選挙に出て当選して亡命政府大臣を目指してもらいたい(フジモリ元大統領の出馬がアリなら、チベット亡命政府大臣との兼任だって可能なんじゃん!?)などと考えたりもしたのでした。 

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2007.07.26

1票

Rimg0584 権利を行使してきました、という話。
 「期日前投票」がすっかり有名になって、もうなくなったと思われてるんじゃないかという「不在者投票」ですが、「本来投票すべき場所に行けないためにあらかじめまたは別の場所で投票する」って制度はまだ残ってたりします。
 今回、私は5月に転居して住民票を移動したので、住所移動後3ヶ月たつと載る「選挙人名簿」には12日(公示日)時点でまだ名前がなく、仙台での選挙資格がありません(「立候補しておいて自分に投票できない」と騒ぎになっていた候補者と同じ状況ですな)。じゃあ私の選挙権はどこにあるのかというと、引っ越した後も3ヶ月は抹消されずに前の住所地にあるので、前橋にあるってことに。
 引っ越したのになんで引越し前の場所に? と言いたくもなりますが、これは衆院選、参院選の投票だけ。「国の選挙」なんだから、国民(日本国籍者)であればどこに住んでいようと引越ししたばかりだろうと投票できる制度を作ってますよ、ってことなんでしょうな。
 知事選とか市長選などの地方選挙は引越しと同時に権利抹消されてますので、転出3ヶ月以内でも、例えば22日に投開票のあった群馬県知事選には投票できません。逆に、仮に例えば29日にダブル選挙で仙台市長選があったとしても、それにも投票できません。
 今年3月末~4月には統一地方選があって、全国各地で首長や議員の地方選挙がわらわらあったけど、3月4月っていえば卒業、就職、転勤その他で人が移動する時期。選挙権の空白に落ち込んだ人は多かったんだろうなあと推測してみたり。

 究極の不在者投票といえば海外在住者・出張者の「在外投票」。先日みたドキュメンタリー「選挙」の想田和弘監督は、自ら在外投票した様子をブログで紹介してました。

Rimg0579 さて不在者投票ですが、まず前橋の選管から投票券(投票所入場券)が送られてきて、「あなたは転居されましたが、前橋市立第3中学校で投票できますよ」なことが書いてあります。前橋までわざわざそのために行けるワケもないので、「現住所で投票します、私は本人です」な宣誓書を入れて入場券を封筒で送り返します。すると、折り返し、遠隔地で投票できる投票用紙のセットが送られてくるというわけです。速達+簡易書留でものものしいのが届いたので驚きました。

Rimg0580 中身はこんな。投票用紙が2枚、封筒が4枚、「勝手に開けるな」と書かれて封をされた透明の袋に入ってます。そのほか、群馬選挙区の立候補者名一覧が印刷された紙も。うーんこっちは結果が見えてて、投票の面白みには欠けるんだけど。

 それを不在者投票所(期日前投票所の一角にある)に持っていくと、市の選管の人が封を切って中の封筒と投票用紙を出してチェック。投票用紙1枚と封筒2枚のセットを渡されて、「書いたら封筒に入れて、さらにこっちの封筒に入れてください」と言われるので、記入して終わり。
 封筒2重はめんどくさいけど、最初に投票用紙を入れる封筒には何も書かれておらず、その封筒を入れる外側の封筒には私の名前や受理番号がでかでかと書かれていて、投票用紙を交付した誰からの投票なのかを向こうの選管が確認できるようになってます。外側の封筒だけ開封して中身を混ぜれば、開票作業中に私が誰に投票したかの秘密は守られるという仕組みなんでしょう。
 不在者投票コーナーは閑散としてましたが1人先客の若い男性がいて、まったくの無人ではありませんでした。
 しかしこの投票用紙、仙台の選管が送り返すのもたぶん速達+簡易書留で、私の1票に都合1400円の税金が郵送料に使われる計算に(私も最初の80円は負担してるから、総計では1480円かかってます)。コストばか高というか、1票はそれくらい重いってことなのか。黄色と白の投票用紙は全国一律なんだし、わざわざ前橋から送ってもらわずとも、選管同士が宣誓書や交付番号を電子メールでやりとりして、不在者投票所で直接交付してくれれば郵送費は片道だけですむんじゃないか、とか、つい考えました。

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2007.07.25

ルンタ振替口座、危うし!?

 ルンタ事務で中央郵便局から電話で呼び出され、郵便局へ。

 というのも、引っ越してきてまもない5月、ルンタの郵便振替口座の指定郵便局と住所変更のためにこっちの中央郵便局に行ったんだけど、「規約を添えていただかないと」「代表者の方の現住所確認も」(その時はまだ運転免許証の住所変更もしていなくて、現住所を証明するとしたら住民票を取ってくるくらいの方法しかなかった)とか書類をいろいろ要求されて、出直しを命じられたのでした。
 その後、変更届を受け付けてもらえたグチュスムあて寄付用の振替口座の指定局変更届についても電話が掛かってきて、「使用目的が確認できる印刷物を提出してください」と追加の提出書類を要求。「じゃあ規約と一緒に持って行きます」と答えたまま、忙しくて放置状態に。ここまでの話が6月下旬だったかな。

 だって規約って作ったのが1999年で(ルンタにも規約あるんだよ^^;)、あるにはあるけどちょっと古すぎ。その後ルンタハウスも完成したし活動内容も変わったしで、印刷したのは大量に残ってるけど当時は「OASIS」なんてワープロを使っていたからテキストデータとしてすぐに引っぱりだして加工できる保存ファイルはナイ。ただまあ「公式サイトもあるんだし、規約くらいWebでも公開しないといけないなあ」とずっと思っていたので、どうせならWeb公開もできるように体裁整えて、きれいに打ち直したいよなあ、などと思ってはいたのでした。

 思ってはいたんだけど、とりあえず目先の仕事がどんどん忙しくなってきて(合間に私用モバイルのHDDが立ち上がらなくなったし←これもまだリカバリしてない…)、落ち着いて書類そろえる余裕もなかったところに昨日の電話。「書類を」というので「わかりました、なるべく早く行きます(内心の声:選挙が終わった週明けかなあ)」と答えて切ったら、15分後くらいにもう1度電話が掛かってきて、「明日来て下さい」という。はぁ。「そんなに緊急なんですか?」「すみませんがだいぶ時間が経っているので」。月末〆のノルマでもあるんだろうか。「仕事の合間をみて時間を作らなければいけないので、確約できませんが行けたら行きます」と返事した。

 そんなわけで今日。
 夕方6時前、ルンタの三つ折パンフレット持って滑り込み。担当者を呼んでもらい、「グチュスム支援」の寄付用口座番号が印刷された会報とパンフレットを提出。「ちょっと古いですがこれがそもそもの設立趣旨と規約です」と規約も出した。窓口の女性、「この書類で大丈夫かどうか、確認してきますのでお待ちください」と奥に消える。
 ややあって戻ってきた女性が言うには「パンフレットに印刷されている住所が現在のものと違っています」。
 そりゃそうだよ、引っ越したからこそ郵便振替口座の指定局やら住所やらを変更しにここに来てるんだし、既に作ってあるパンフレットや過去に発行した会報の住所が古いのは当たり前じゃん。引っ越してからどんだけ経って変更届出せっていうんだよ。そもそもグチュスム用の振替口座は団体名義で作ってもらえなくて、私の名義の「別名使用」って形で開設してるんだもん、私の本人確認ができたらそれで必要十分だと思わん? 印刷物に書かれているかどうかとか、郵便局が何をどこまで調べたいんだ?
 「引っ越す前に作ったパンフレットなので住所が古いのは当然です。新しいパンフレットを印刷するのはまだ先のことなので、それが必要ならまた数ヵ月後になります」というと、「わかりました、とりあえずこの書類を本局に送ります。必ずしも受け付けてもらえるかどうかは分かりませんが、そのときはまたご連絡します」だって。

 さらに驚かされたのは、ルンタの郵便振替口座。
 「この規約では住所が……」というので、「規約の確認は団体がきちんと存在することを確認するためのものではないんですか?」というと、「現住所の確認も兼ねるので、合致していないとダメです」という。そりゃそうか。分かりました、事務局移転の改訂をしたものを持ってきます、と答えると、「それでもダメです」という。
 は?
 「そちらの団体は、事務局としてインドの住所が書かれていて……」
 「もちろんです、支援活動の拠点がインドなので。で、日本の住所がここです」
 「日本の住所は日本事務局ということになるんですか?」
 「私の自宅ですから日本事務局ってほど大層なものじゃないですが、まあそうともいえますね」
 「そうなりますと、振替口座を作ることはできないんです」
 は?
 「外国の団体は郵便振替口座を作れないんです」
 「ですから、外国の住所だけでは、銀行口座も郵便口座も開けませんから、日本での窓口としてここに私がいるんですけど」
 ちょっと受付に確認しますのでお待ちいただけますか、と担当者が消える。思わぬ展開に私は呆然。なんだ?
 「こちらで確認したのですが、『ルンタ・プロジェクト日本事務局』として、日本の住所で郵便振替口座を開くことはできます」
 「いや別に新たな口座は要りませんし。名義を変える必要がある、ってことなんですか?」
 「名義を変えるというか、作り直すというか……。名義を変えることはできないんです」
 「この口座番号は99年からずっと使ってきて、古い資料にも載っていますし、口座番号が変わると不便ですから、このままで構いません。99年にこの規約でこの振替口座を開設して、それを8年間ずっと使ってきたんですけど」
 「それがこちらの手違いで、この規約では本来できないものだったというか、当時は適当なところが多少ありましたけれどだんだんきちんとするようになってきたというか、変更などがある際に確認をさせていただく方向になっていまして、……」
 歯切れが悪い。何なんだー。
 「あの、今この郵便振替口座に届け出ている住所はもう私が引っ越していて実際と異なる住所地になってますし、そのうち転送されている郵便物も転送期間が過ぎると差し戻しになって、その場合、大阪の事務センターも作業が滞ったりして問題が生じると思うんですけど、それでも、このまま前橋の住所のまま前橋中央郵便局を指定取扱局として使い続けるのは構わなくて、住所変更はできない、ということなんですか?」
 「そうです…このまま使っていただくのは構わないんですけど…」
 「……まあとりあえず、規約を最新の形に改訂してもう一度もってくることにします」
 「あのすみません、事務局がインドにある規約では受付が……」
 「その『受付に確認して』というのは、大阪の貯金事務センターが言ってるんですか、仙台中央の誰かが言ってるのでしょうか」
 「仙台です」
 「……事務局の住所がインドになっているのがだめなら、2事務局併設制にして、一つが日本の住所、という形に整えたらいいですか。会報見ていただいても分かるとおり、会計報告も日本の事務局からとインドからと両方出していますし、いまやっていることを書類上どうとらえるかという体裁の問題だったらそのように規約を直してきますけど」
 「あっ!! それでしたら、たぶん、ええとちょっと聞いてきますので……」
 「いえ、今日はいいです、時間もないので改めて来ますから」

 ルンタの郵便振替口座については、草津郵便局、大津中央郵便局、前橋中央郵便局とあちこちお世話になってきたけど、だんだんと場所が変わるに従って、お役所的というか官僚的というか形式主義的になってるのはどういうわけなんだろう? 大津中央局の貯金課の人なんて、書類の書式を一緒に整えてくれたり、ボランティア貯金交付申請の書類の書き方の相談にも乗ってくれたのに。小泉郵政民営化を支持するつもりもないけど、株式会社化も目前だというのに、何をえらく小役人みたいなことを言うのか。
 住所変更のために書類持って窓口に行くのは都合3回目。おエラいとこですなぁ仙台の中央郵便局って。仮にも民間なら、書類出させて「これじゃダメ」、別の書類出させて「これもダメ」じゃなくて、「これこれこういう形のものをそろえてください」くらい説明しろっての。こっちは利息もつかない郵便振替口座を8年も使ってる顧客だよ? 仙台中央様には年間百数十万なんて「たかがはした金」で、「そんなはした金に口座をひとつ使わせてやってるんだからありがたく思え」なのかもしれないけどさ。
 「明日来い」っていう女性担当者からの2回目の電話にしても、何か上からの指示っぽかったし、私が何か尋ねるたびに女性担当者は「ちょっと待ってください」って奥に引っ込んで、だったらその指示を下してる詳しい係官様が直接対応すればいいのにそれもしない。実態のない架空口座が振り込め詐欺とかに使われて問題になってるから自衛ってことなのか、単に大都市の大きな郵便局ほど形式主義で書類の書式にうるさい、ってことなのか。

 ほんともう最近疲れてるんで、窓口で不毛なやりとりしているうちに、だんだん、「中国公安か何かに目をつけられて、活動妨害のために裏から手を回されているんじゃないか」とか「ルンタの資金源を絶つために絡め手が弄されているのかもしれない。北京オリンピックも近いし」とか、ぶわーっと妄想入って小説でも書きそうになったもん、私。ああいかん、疲れとる。

 そうだ、そういえば振替口座への振替手数料も値上がりしたんだよねえ。
 銀行の口座振替よりずっと安いし郵便局は全国にあるから、ってずっと郵便振替口座を使ってきたけど、海外在住の里親さんから「東京三菱だとネット送金できるんですが」とか相談されてるし、自分自身、通販や家賃の支払いでは数百円の振替手数料も惜しんで新生銀行やらイーバンク銀行やら使っているわけで。
 そろそろ、郵便振替一本やりじゃなく、ネット決済できる口座も併用するとか、利便性を考える必要もあるかもなあ。

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2007.07.24

ITOI Jun 廓寥 ―― Empty Sky

Junitoi チベット難民のドキュメンタリーなども撮っている知人の写真家糸井潤さんから、個展の案内をいただいたのでご紹介。
 本当はもっと早くにいただいていたのですが、ブログ更新が滞っていてご紹介できていませんでした(ごめんなさい)。
 7月19日から、すでに始まっています。

廓寥 ―― Empty Sky
ITOI Jun
CORRESPONDENCE/LANDSCAPE 07
2007 7.19(Thu) ~8.3(Fri)
12:00~19:00(最終日18:00)日月曜定休
Gallery 工房“親(ちか)”
http://www.kobochika.com
〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿2-21-3
TEL/FAX: 03-3449-9271
地下鉄日比谷線広尾駅 出口2徒歩2分
●初日 7.19(木)18:00~20:00 オープニングパーティ
CHIKA 2007 VISION - 2

 久しぶりにお目に掛かれるかとも思ったんですが、8月4日は準備中のチベットアピールイベントで上京予定なものの、それ以前には仙台を離れられないな……。1日違いか……すみません。
 もう始まっておりますが、ご成功をお祈りしてます。

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2007.07.23

チベット高僧と邂逅

 オモテの仕事で仙台フォーラス前。
 えーと、先に書いておきますが、以下の文章は、特定政党や特定候補への投票を呼びかけるものでもまた阻害するものでもありません。念の為。

Pema_1  ただ、いやぁ~、私ってば地方の田舎者なので、ここでお目にかかれるとは思っておりませんでした。東京では芸能界人脈を生かし、ケント・ギルバートさんやアントン・ウィッキーさんの応援をもらって街頭演説と聞いてましたが、こっちには関係ないよね選挙区候補もいないし、と。
 それが偶然巡り合わせでラッキー。街宣に立ったらどんなこと言うのかなぁと思っていたので、ナマで聴けて大満足す。

 失礼ながら驚いたのが、陣営の運動員がちゃんと(すみません)いらしたこと。蓮の花(=ペマ)の上で白ターラー菩薩が手を合わせたトレードマークに「おかげさまの心で 日本再生」のキャッチフレーズをプリントした揃いのTシャツ姿の支持者が集まり、法定ビラなど配っておられました。さりげなくチベットなトレードマーク(しかも候補者名と掛けたダジャレちっくな)、なかなか気が利いてます。一般的には「仏教っぽい」って印象しか残らなくて、ダジャレだなんて気付いてもらえないんだろうけど(わっはっは)。

 しかしソレより何より! 驚いたのは、交差点に集まった聴衆の中にですよ!Pema1
 待ってください、なぜお坊さんが!
 ええもう思わず駆け寄って話しかけてしまいましたよ。日本語通じません!(喜) 「いんじげ、いんじげ?」とかもうめちゃめちゃ(恥)。英語も通じません!(悲)
 うかがうと、南インド・バイラクッペのタシルンポ寺院からいらっしゃったNgagchen Rinpocheとおっしゃる高僧でいらっしゃるそうです。えええええ。大変失礼をいたしました。1カ月の予定で仙台に滞在されていらっさるそうです。えええええっ。
 

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2007.07.21

One World, One Dream, Free Tibet 2008

 2007年8月4日はチベット問題をアピールするための国際デー(International Day of Action)。今年5月のチベット支援NGOの国際会議で決まりました。

Imgbeg 2008年8月に開催される北京五輪を「チベット問題への注目を集める絶好の機会ととらえて活動しよう」というテーマで話し合い、1年前にあたる2007年8月4日、世界各地で一斉にアクションを起こそう、という呼びかけがありまして。
 日本でのアクションも詰めの作業に入っているので、まず海外の状況も知ろうと思って検索したら、なんか既に本格的にいろいろ始まっております。
 海外のキャッチは「ONE WORLD ONE DREAM FREE TIBET 2008」。北京オリンピックのキャッチコピー「ONE WORLD ONE DREAM(同一個世界 同一個夢想)」をもじってるんだそうです(もじってる、というか、そのままつなげただけやん、という気もしますが)。ちなみに、日本では北京五輪のキャッチ自体知名度がないので、テーマはストレートに「北京オリンピックにチベットチームを!」。

Yinyin で、検索して出てきたSFT(Student for TIBET)のサイトには、北京五輪のマスコット(全員そろったものが上の画像)に入れられちゃったチベットカモシカのチルー「YingYing(迎迎)」(右の画像ですな)をもじったマスコットキャラ「Yingsel」(↓)まで登場していました。
Yingsel_sticker うははは、これ傑作だわ。思わずもらってきちゃった(すみません)。Yingselてチベット語でしょうかね。こういうブラックユーモアは好きだなあ。まぁそもそも「同一個世界、同一個夢想(おなじ世界、おなじ夢)」ってキャッチ自体、「56民族は中華民族という傘の下の大家族」と同じような印象を感じて、取りようによっちゃ皮肉だなーという感じではあります。
 SFTではYingselちゃん、ひとりラサのネットカフェからこっそりとブログをアップしたりしております。わはは。

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2007.07.20

チベ映画「ブラインド・サイト~小さな登山者たち」

Blindsight  週刊新潮の映画評コーナーで知りました。
 映画「ブラインド・サイト ~小さな登山者たち~」(ルーシー・ウォーカー監督、2006年イギリス)。おやチベットが舞台だ、えええドキュメンタリー、ええ、出演者サブリエ・テンバーゲンんんん!!

 サブリエさんはチベットを愛し、ラサに盲学校を建て、運営してるすごい人。
 すこし以前の話になりますが、ラサの、彼女の盲学校を訪ねたことがあります。突然電話して押しかけたんですが、サブリエさんは、連れ合いのポールさんとともに快く歓迎してくださり、貴重な話を聞かせていただきました。
 その時、既に出版されていた自伝の日本語訳出版が準備中で、「今企業メセナの社会貢献顕彰者に推薦されていて、もしそこで選ばれて賞金が出たら、日本語訳の出版に合わせて訪日するから」と聞いて、楽しみにしていたのですが、結局選ばれなかったようで来日の連絡はなく、残念に思っていたのでした。(自伝の日本語訳は出版されました。「わが道はチベットに通ず―盲目のドイツ人女子学生とラサの子供たち」<風雲舎、2001年>。自身も目の不自由なサブリエさんが、音や匂いや明暗で描写するチベットの様子がすごく新鮮で、チベットの一面を知るという以上の発見をもらいました)
 それが映画! 標高7000mを登る! ひえええ。

02  週刊新潮では、

 で、検索して2度ビックリ。
 偉大なる盲目の挑戦者に大きな拍手! 紀子さまもご出席の『ブラインドサイト』試写会(yahoo! ニュース)
 映画『ブラインドサイト』舞台挨拶レポ(INTRO movie magazine)
 試写会やってる! 紀子様とか見てる(まぁこれはどうでもいいけど)! サブリエ女史が来日してる!! (そしてたぶんもう離日してる!) くはー、知らなかった…。(ま、参院選公示中のこの時期では、知っていても何をどうすることもできなかたとは思いますが…)

 週刊新潮の映画評への細かいツッコミとか、吹っ飛んじゃったじゃんよ、もう。
 しかしとにかく、この映画は必ず見るぞ、と心に誓うのでした。

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2007.07.16

極私的グチ(すみません)

 チベットとは関係ない愚痴ですが、回りのモノが壊れまくってる話。

 2日前の朝、麦茶飲もうと冷蔵庫を開けたらなぜか麦茶が室温。
 うっかり半ドアにしてしまったか、とよく確認して冷蔵庫の扉を閉め直し、出勤。そのまま忙しくて1日半ほど冷蔵庫を使わず、昨日夜、もっかい麦茶出そうとしたら、やっぱり室温。なんで?
 改めて見たら、紙パックの野菜ジュースは醗酵したみたいでパックがぱんぱんにふくらんでるし、トマトは色が白っぽくなってるし、ニラは輪郭が溶けてるし……。なんで??
 いや待て、とはっとして冷凍庫の扉を開けると、あああああ…………(絶句)
 最近買い込んでた温野菜ミックスとか冷凍ほうれん草とか、もう既に全部室温に。どわあ。そのうえコンビニのクジで当たってもらったアイスが……。アイス冷凍室に入れてたのさえ忘れてたよ……。
 93年に就職したときに大阪の日本橋で買った冷蔵庫だからなあ。その後省エネや静音化も進んでるし、修理考えるより新製品買っちゃったほうがいいんだろうなあ。しかしなんで、引っ越したばかりなのに突然。この忙しい時期に。

 とぶつぶつ言いつつ、数週間前に群馬県のディーラーから車の点検の案内が転送されてきて、念のため引越し先でもディーラーに連絡入れといたほうがいいだろう(リコールとかあったら直接連絡もらえるようにしとこう、だって三菱だし)な考えで点検の予約を入れておいた経緯があって、昼に車を持ち込んで点検してもらい、職場に戻って夜中まで仕事して、さあ帰ろうと思ったら、……エンジンがかからない。動かなくなるってどんな点検だよと。それよりこの真夜中にどうやって家に帰れと。

 以前パソコンが壊れた時、動かないパソコンほど最悪なものはない、何の役にも立たない上に重たくてジャマ、などと知り合いに言いふらしたことがあるんだけど、……冷えない冷蔵庫も、エンジンかからない車も、始末におえないことこの上ないなあ、と思ったりしたものでした。

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2007.07.15

懺悔と近況報告

 更新が長期間止まってしまい、知り合いから「どうしたの」なメールもいただいてしまいました。すみません。便りのないのはいい便り、というわけではなく、いろいろありすぎて、どうにもこうにも。

 オモテの仕事が忙しくなってるのもあるうえに(でもそれを言い出すとヒマな時間は永遠に来そうにないんですが)、ルンタのあれこれもいろいろ滞ってしまってて、いただいたお知らせや案内をWebやMLに載せられずじまいになってしまった不義理もたくさんあって、申し訳なくてへらへら更新できない心理状態だったり、実家のほうでアクシデントがあって急遽帰省してヨレヨレになったり、私生活では回りのモノが壊れまくって、どうもツイてなく。

 一方で、チベット関係では、8月のactionの企画が進んでます。世界同時進行で実施される国際キャンペーンの一環なので、Webのトップで告知したいし、せめてブログ再開させて出来る範囲の情報提供を……と。
 書き出すと愚痴になっちゃう日常のつれづれもままあるかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします。

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2007.07.14

映画「選挙」

Senkyo  オモテの仕事で、映画「選挙(英題:CAMPAIGN)」仙台公開の舞台挨拶へ。
 2005年9月にあった実際の川崎市議補選を舞台に、告示期間の9日間を候補者に密着したドキュメンタリー。映画の登場人物(というか主役というか)で、今年5月に任期満了で元市議となった「山さん」こと山内和彦さんが、選挙活動をパロディ化したたすき姿で登場、観客を沸かせてました。

 「選挙」って映画については、「ベルリン国際映画祭に招待されて海外で話題に」などというニュースで聞いて知っていた程度。仕事で絡んで、改めてどんな人が撮ったのか、想田和弘監督のプロフィルを探したら、へぇ、と思うような記述が。


ダライ・ラマ法王14世の大ファンで、94年にはインド・ダラムサラで雑誌用のインタビューを行った。
http://www.laboratoryx.us/campaignjp/bio.html

 結局反応するのはそういうトコかよ、って、しょうがないじゃん! 目に飛び込んできちゃうんだから(^^;

 ただ何だ、紙幅に限りのある公式パンフのプロフィル欄で、わざわざ、というかあえて、「ダライラマ法王14世のファン」って書き添えるのって、かなりその部分アピールしたいって意図マンマンだよね? (少なくとも、自らは触れてない「○○大学文学部宗教学研究室出身」よりアピールしたいポイントなんだとみた)

 個人的なことをいえば、へぇー、と思ったのはそこだけじゃなくて、「栃木県生まれ」(同郷だ)とか「93年からニューヨーク在住」(93年ごろ大学卒業したいわゆる氷河期世代=つまり同世代かも)なんかも。別のプロフィル見たら誕生日がまるっきり一緒の1歳違いでした。まぁ、つまりは単なる赤の他人ってだけだし、「それが何か?」と言われればそれだけなんですけど。
 でも、もし機会があるんなら話してみたいじゃん。ついでにチベット話も(結局ソレが目的かい)。

 あれこれ見たらこの数ヶ月、「選挙」日本公開のPRのため、監督さんは一時帰国してあちこちの映画館で舞台挨拶に駆け回っていたようで、神戸、京都、金沢、横浜と地方巡業状態。おおこれは仙台も期待できるのでは、とその先のスケジュールを見ると、東北地方の予定はなく、既にアメリカに帰国した後でした。ありゃ、残念。

 「山さん」は気さくでいい方、かつ面白い人でした(「選挙」も面白かったし、裏話はもっと面白かった)。とりわけ、ドキュメンタリーについて「撮られた立場」の人から解説を受けるというのもあまりない話で、いろいろ示唆的で勉強にもなりました(チベットとは関係ないけど)。夏頃には新書の出版も予定しているそうです。
 機会があったら監督の話も聞いてみたい、とも改めて思うのでした。

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