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March 2008

2008.03.31

行動計画

 ダラムサラより、今後の行動計画。

 今日(3月31日)はまず、午前11時から情報省で「Tibet Solidarity Committee」(※)が記者会見。実はその時配られた資料を探しても見つからないので、覚えてるだけ報告します。主にこれからの行動計画についてでした。
 4月6日は祈祷日
 ダラムサラでは法王自らを導師としてツクラカンで午前8時から午後4時まで様々な真言、祈願のお経(ターラ21尊、観音、タムディン、プルバなどなど、最後に普賢祈願経)を唱える。この日はその他のそれそれのキャンプ地や外国の都市毎に、地区の導師のもとで、できるだけ大勢が集まり同時に行う。
 4月7日は「頭、丸める日」
 「頭丸める日」とは如何に? このところダラムサラでは頭を剃るのが流行ってるといいましたが、この流行は、どんどんここの男たちに広がっています。で、それにしてもその日にできるだけ多くのチベット人(この際サポーターの外国人も含めて)が頭を丸めるのだそうです。
 意味は服喪(インドの風習からの連想です)、抵抗の印でしょう。デモは僧侶が先導してることもあるのでしょう。会見した担当者は「チベット本土の人もこれをやるといい。さて、中国の法律に『頭を剃ってはいけない』というのがあったかな!?」と笑い飛ばしていました。
 4月10日から12日までの3日間は、デリー、ボンベイ、コルカタ、バンガロールのインド4都市、及び世界中の都市、地区にチベット人とそのサポーターが終結し、平和的デモを行う
 10日には142人の犠牲者(この人数は増加する可能性あり)の葬式を行う(模す)。それぞれの地区で工夫して、棺桶142基とか、死体(本物!?)とかを担いで、喪の行進を行う。
 11日にはこれまで判明している1500人以上の連行、拘留、逮捕されている人たちが拷問や虐待を受けないようにと訴える、人権の日。それぞれが工夫して中国の監獄を演出し、行進する。
 12日は、負傷者が適切な治療を受けられるよう訴える日。現在もデモなどで負傷した多くのチベット人たちが病院に行けずに苦しんでいる。病院側が受け入れないとの情報もあり、また、病院に行って逮捕されることを恐れて行けない人も多いとか。この人たちが適切な手当てを受けられるように訴える日。それぞれが工夫して、包帯、トイレットペーパー等を巻くとかして、負傷者の姿で行進する。
 4月17日、デリーにオリンピック公式トーチが来る日。チベット人はデリーのジャンタールマンタールに集まり、トーチリレー自体の妨害はせず、その中に留まって訴える。法王はじめチベット人はオリンピックの開催そのものには反対しない。しかし中国が自ら五輪誘致時に公約している、人権状況を改善するという約束を守ってほしい、と訴える。委員会としては、トーチには一切近付かない。「他の誰かかがそうすることもありえるが……」とも。
 飛んで4月25日はパンチェン・ラマ11世(ゲンドゥン・チュキ・ニマ青年)の誕生日に当たる。この日も、各地にそれぞれ集まり、パンチェンラマの解放を訴える。
 次いで4月26、27、28日の3日間、そのうち28日は、3月10日から数えて四十九日に当たる。そこで、チベット仏教の習慣に従い四十九日法要を行う。

 以上、覚えてる範囲ですが、これがこれからのこの委員会の行動計画です。日本のダライラマ法王事務所からもおそらく発表があると思います。確かめて下さい。報告はまだあるのですが、今長い停電なのでバッテリーが切れそうです。
 いったんここまでを送ります。

 (※)チベット武力制圧後、チベット亡命政府が主導して立ち上げた、グチュスムやSFTなどのチベット人グループを横断的にまとめた組織。コミッティーのチベット語名称を日本語に直訳すると「チベット政府民間緊急行政委員会」といったところ。

 チベットでもやっぱり四十九日があるんですね。大阪の友人たちが「ちょうど四十九日前後に当たるから」と、お経を上げられる人を探してチベット問題アピール行動を計画してるのは、正しかったんだなあ。

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2008.03.30

日本人頑張る

 月末および年度末および突発発生のオモテ仕事に追われ、ダメ人間状態。


 ダラムサラより。

019  今日午後2時から、日本人5人がチェーンハンガーストライキに加わりました。
 明日の2時までです。
 他の皆と、お経を唱え続けています。とりあえず現場から。

 プェーゲェールローー!(チベットに勝利を!) 日チベ連帯!
 31日午後2時(日本時間同午後5時半)までですね。応援の国際携帯電話を!
 直接の面識のない方だけど、北京五輪公式チベット選手団「チーム・チベット」のユニフォームの黒ジャージがカッコイイです。もらった画像、特にモザイクとかかけなかったけど……いいよね、“民主主義の国”“言論の自由のある国”日本からのメンバーだし……?


 過日、お世話になってるチベ界の大先輩から「大丈夫? やせてない?」と労っていただきました。
 今から1週間前くらい、半日ごとに事態が動いてわーっとなっていた数日間は、気付いたら昼食も夕食も食べ損ねて、眠れなくて結局朝までメールの応対に追われたなんて日もあって、あの日は自分でもびっくりしたけど一晩で体重が1kg減ってました。鏡見たら、目の周りがごっそり落ち窪んで目の下はどす黒く充血して、ちょっとした遺体みたいなかなりヤバイことになってましたが、
もしかしてこれがホントの「チベットでダイエット」……
とか一瞬思った(いやほら「チベット式体操で痩せる!」って流行ってたんではっはっはっ)わけですが、不謹慎で誰にも言えなかったり。
 んで飢餓状態にあるとリバウンドがくるわけで、翌日普通にご飯食べて一晩寝たら、すぐに1.5kg戻りました。人体の神秘。つーか増えてるし
 てな感じで壊れつつ元気です……大先生、ご心配ありがとうございました。


(4月1日追記)
 日本人ハンガーストライキの報告です。無事、終了したようです。ゴミ収集場の横だったんですか、あの写真。ううむ。犬も来るなあ……。お疲れ様でした。
 み……水も飲めなかったんですか! ゆっくり体を休めて下さい……。 

 さて、昨日(3月30日)はハンガーストライキでしたが……とにかく夜眠れなかった。
 チベット人たちは夜遅くまで、話したり、お経唱えたりでした。それが終わったころから、あたりの野犬たちが大勢集まり、お祭り騒ぎを始めました。場所はどこかはっきり判りますか? 寺(ツクラカン)の門の前下に向かう道との三叉路の上公衆トイレの上、塵収集場のすぐ横です。この野犬の喧嘩や遠吠えが朝まで続きました。
 そうそうあと一つ。仲間の日本人が水を飲もうとしたら「水はだめだよ」と言われました。「え! 水もだめなの! 飲むのもだめなの!」とその日本人は驚き、がっかりしたようでした。断食中は、体のためを思うなら水を沢山飲むべきと思うのですが……。まあ1日だし、いいかね。
 私は(午後2時の)終わりも近づいたころ、ダライラマ法王が来られるというので通信社の記者に付き合いその場を離れました。それがそのまま飲まず食わず午後4時まで。余計なハンスト延長でした。
 法王は、皆が集まって例の念誦会を続けてるところに自ら加わられ、1時間ほど、様々な祈願のお経を上げられました。道すがらに記者が話しかけましたが、その時は何も答えられませんでした。
 2日前、デリーから帰られた時は、大勢のチベット人が寺の前、ハンストをやってる場所で珍しく車から降りられ、ハンストをやってる人たちみんなを激励し、「これは抗議の仕方のうちいいやり方だ、金もかからないし ハハハ! 何より静かで平和的手段だ」とおっしゃいました。

 そりゃぁ盛り上がりますなハンストも。
 うん、やっぱり、ダラムサラにいるチベット人は、法王のもとで暮らしている、というだけで、本土チベタンより数段、なんというか言葉が見つからないけど、報われてる? 実感があるのかも知れないな、と思いました。
 アムドでチベット国旗を掲げていた青年や、ジョカンで涙を流していたお坊さんが、いつかギャワリンポチェから直接、一言でいい、「苦労したな、つらかったな」と言葉を掛けられる機会があってほしいな、とふと思います。
 ……ところで、「なにより静かだ」って。連日のデモのコールがパレスまで届いてて「またやってるなぁ」とか思ってたんでしょーか、法王は(笑)

 メールには、追伸も。

 そうだ、さっきのハンガーストライキの場所がひどかったことの話のついでに、眠れない夜に思い出したことの一つ。
 そういえばこの場所はかつて、リチャード・ギアに頼まれて“マクロード美化計画の一環”として私が図面を書いた場所だったな、と。このツクラカンに至る三叉路に「リチャードギア広場」(?)を作ろうと、測量して、楽しい広場を図面にまでしたのでした。が、結局、インドの営繕部がそれでは自分たちに入るはずのいつもの余剰金が無くなるというので、こんな汚らしい広場ができたのでした。

 はははは(^^;;;

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2008.03.29

情報消耗戦

 あとでもう一度補足します。


 ダラムサラから。

Img_200301 昨日から、町の壁新聞に貼られた写真です。
 もしかして、もう見られているならすみません。
カナダ発です。中国兵がそれぞれ僧衣を抱えている写真です。これは<僧侶の暴動>を中国が演出した証拠だとしています。

 メールからするに、ダラムサラはこの写真の話でもちきりのよう。

 (3月31日追記して公開)
 この写真を引用した記事は、その後、日本でも話題になりました。

 チベット僧になりすまそうとする中国警官の写真がイギリスのメディアでさらされてました。
http://buddhism.kalachakranet.org/chinese-orchestrating-riots-tibet.htm
(3/30)

 buddhism.kalachakranet.org/の発信元はよく分からなかったけど、サイトを見ると、記事を発信しているのは「Canada Free Press」。ただ、ダラムサラのチラシと同じ写真には、こっちはキャプション(説明文)がついていて、

This is not an uncommon 'tactical move' from the Chinese government, as could be seen on the back-cover of the 2003 annual TCHRD Report This photo was apparently made when monks refused to play as actors in a movie, so soldiers were ordered to put on robes.
(これは中国政府の珍しい“戦略的移動”ではなく、2003年発行のTCHRD Report(チベット人権民主センター年次報告書)の裏表紙にあるもので、映画撮影の際に僧侶が役者として演じることを拒否した際に軍人が僧衣を身に着けるよう命令された)←ひどい和訳ですいません

 となってます。

03111 ダラムサラから送られてきたチラシの英文、ちゃんと読んでないんだけど、上の説明と食い違っているようで、なんとなく不安。まち全体が、ざわざわとした雰囲気の中、テレビやラジオだけでは情報が不足していて、壁新聞への張り出しや、友人知人からの口コミで情報が広がっているんだなあ、と思います。(写真は、一緒にもらったダラムサラの街中の様子。いつもは「ボランティア募集」とかレストランの宣伝、イベント案内なんかが貼られている道沿いが、壁新聞コーナーになってます。ついでにXXちゃんも^^)
 本当の出来事や真実が公的メディアに決して載らないチベット本土では(いや、中国では、と言い換えてもいいかもしれない)、新聞やテレビなんてものよりも、人から聞いた話のほうが数倍正しくて詳しくて、野火のように、風のように広まっていくものなんですが、今はやっぱり状況が状況で、ネットもあるから情報源が錯綜して、いろんなものが入ってくるんだろうなあ。
 中国側にコントロールされた情報ばかりが先行しているせいで「今ある情報は信じられない」という雰囲気があって、ある意味チベット寄りの情報に飛びつきやすくなってるのだろうけど、何もかもが中国政府(と漢民族)のせいで仕組まれたことで、チベット人は絶対的に正しい(人を殴ったり焼き討ちをしたり略奪したりしない)と思い込むのは危険じゃないかと思う。まぁ、中国側は逆に、国内向けに「欧米メディアは事実をねじまげて報道し、中国の国威を貶めている」というキャンペーンを張りはじめたようで、なんかね、もう。

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2008.03.27

ネレンカン

 ダラムサラより。

 朝方、ネルレンカン(難民一時収容所)に行って来ました。屋上に小さな子供たちが集まって、みんな絵を描いていました。その後ろには獄中27年のあのアマアデさん(アデ・タポンツァン女史)が、じっと座って子供たちの様子を眺めていました。

08032703  壁に貼られていた子供たちの絵があまりに衝撃的だったので、全部写真に撮りました。一部を送ります。いつか全部送って、日本で見せられるとといいと思います。
 楽しい絵は残念ながら全くなくて、チベットでチベットの僧侶が殺される絵、デモでつかまり連れて行かれるところ、家族が泣いているところ、雪山を越える途中で撃たれるチベット人とかです。
 そこには10人ぐらいの子供たちがいました。中の2人に話を聞きました。一番年長と思われるソナム・ノルブ君はナクチュ(アムド)の出身、14歳。5日前にダラムサラに着いたそうです。
 去年の9月、一度ナンパラ経由で越境を試みたが途中で捕まり、2度目の今年はXX(うらるんた注:具体的地名を伏せます)経由で無事成功したそうです。
 去年つかまった時の話を少し詳しく聞きました。
 ラサに集まった越境グループは65人。うち子供は25~26人で、最年少は5歳、最年長は15歳だったそうです。ラサからティングリ(中国名定日)までは車で行き、そこから徒歩。歩くのは夜。暗がりで子供がはぐれたりしてなかなか進まない。5日目の昼、みんなで昼食をとっていた時、突然中国の警察隊が大勢現れ、全員逮捕されたそうです。
 ティングリの拘置所に5日入れられ、それからシガツェの監獄に送られた。そこに半月入れられたあと、子供たちはみんな解放された。でも大人たちはそのままだった。そのとき1000人ぐらいのチベット人が同じように捕まって監獄にいるのを見たそうです。その後村に返されたけど、何度も警察が来るし、嫌なことばかりされるので、両親はラサに移り、自分もまたインドに送られたのだ、と話していました。
 ラサの状況を知るすべはあまりないようで「今ラサが大変なことになっているとみんなが話してる。ラサにいる両親のことが心配だ」と話していました。

08032701  もう一人はカム出身のテンジン君(仮名)10歳。彼だけは僧衣を着ています。これから南のセラ僧院に行って勉強するのだそうです。彼も2度目でやっとここにたどり着いたのだそうです。
 去年の夏、両親と3人、家族だけで、カイラス山の近くからネパールに越えようとしたのですが、何日か歩いた後、途中道で会った外人の旅行者から、この先にはたくさんの中国軍がいるから行かないほうがいいと言われ、諦めて引き返したそうです。
 今年は自分だけがインドに行って僧になり、勉強するように言われて、また国境を越えようとした。今度は国境の近くまで車で行き、そこからは夜歩いた。途中大きな川に丸太が2本掛けてあるだけのとこを渡るときは怖かった。もっと小さい子は大人の背中に負われて渡った。中国の警察が追いかけて来るような気がして怖かった。お腹がすいた。外で寝るのは寒かった。とも話していました。
 今はダラムサラに着けてうれしい、早くダライラマ法王に会いたいそうです。
 お母さんに会いたくないか? 帰りたいとは思わないか? と聞くと、今帰ったら殴られるから帰らない。ちゃんと勉強するまでは帰るなと言われてる、とのことでした。
 今現在も、国境を越えてくる難民は、子供だけでも毎年1000人近いのです。
 写真1枚目は、僧侶がダライラマを非難するよう強制されているという絵です。中国の警官が法王の写真を踏みつけています。実際、この「ダライ・ラマを誹謗しないと僧でいられない」という制度に対する怒りが、今度の騒動の大きな原因のひとつと考えます。
08032702  もう1枚の絵は峠を越えるとき、チベット人が中国軍に打たれて倒れるという絵です。

 ダラムサラでは今日も今からデモが始まります。 ハンガーストライキや寺での夜通しの念誦会も続いています。

 「顔分からないように」とモザイクかけたけれど、なんとも言えない気持ちです。やや眉をひそめて口元をかみ締め、何かに耐えるような表情でカメラの向こうを突き刺すように見ている視線とか、ほとんどが隠されてしまいます。10歳のあどけない子供にこんな表情をさせてはいけない、と涙が出てくるような写真なのです。モザイクかけてしまうとほとんど伝わらないと思うのですが、それだけ書き添えておきます。

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2008.03.26

0326

 こう、なんかたまらないことが多い日々。


 ルンタ公式サイト「www.lung-ta.org」を管理している友人からはこんなメール。

この一時間の間に「lung-ta.org」ドメイン宛てのメールが700通以上も流れてきています。まさに垂れ流し状態。どれもこれも、似たようなmail failure notice の件名がついていて、ものすごいことになっています。なんだかなぁ。

 慌てて自分の「lung-ta.jp」ドメインのメールフォルダをチェックしてみたけど、こっちは1週間に300通くらいで、たいした量ではなかった。(もともとlung-ta.jpドメインのメールはフィルタ設定がうまくいかず、spamが多くなりすぎて収拾がつかなくて、今は対外的に公開しておらず、実質的に使っていないのですけど)
 チベット関連の呼びかけを装ったスパイウェア付きメールなんかが話題になる昨今。いやなご時世です。


 ダラムサラからは、チベット・フリーダム・トーチ出発、の様子。

024  先ほど午後2時半にTibetan Youth Congress(チベット青年会議)主催の「チベット独立トーチリレー2008」が、ダラムサラのTYCの建物の前から始まりました。
 例の統一委員会(※亡命政府主導で立ち上げられた、武力弾圧に抗議するためのチベット人の共同組織)の了承はとってあるようですが、ほぼ独自の企画のようです。もちろんスローガンとしては、激しく「チベットに自由を!」「チベットに完全独立を!」でした。
 命名(チベット・フリーダム・トーチ)からしてそうなのです。
 今日から5大陸を走り抜け、8月8日にラサに到着の予定だそうです。詳しい日程はTYCのページに乗ってるはずです。
 日本は7月12日となっていますが……。ロプサン(ワンギャル氏)の「チベタン・オリンピック・トーチ」をこの前やってますよね……ま、先の話ですが。
 それにしてもこのグループのはロプサンのとは違って相当過激なことを計画してるかもしれませんね。また一つ話題が(ともしびが)増えたと思えば、いくらトーチがあってもいいのかな?
 これから、午後5時からはツクラカンの前庭で、中国製品を燃やす派手な催しがあるそうです。

 3月10日にギリシャで採火しようとしてトラブルになった、ってニュースになってた聖火ね……って、へっ? 7月12日に日本!?
 念のためチベット青年会議のサイトチベット・フリーダム・トーチの特設サイトなどをチェックするも、それらしい記述はなし。どうなるんだ、気になる……。

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2008.03.25

ドイツより

Picture_313s ルンタ・プロジェクトを通じて、ダラムサラのチベット難民の子どもに学費を贈る里親になっていただいているドイツ在住の方から、メールいただきました。
 今回のチベット武力弾圧で、ヨーロッパ各地でも抗議集会が開かれているニュースは耳にしていますが、スイスとかベルギーとか英ロンドンとか、チベット難民の移民受け入れの多い都市が中心だと思っていました。デュッセルドルフってどんな町か想像もつかないんですけど(ごめんなさい)、チベット人が1人もいなくても、ドイツの人が集まって、チベットのためにキャンドルを灯す、ってすごいな、と思います。
 ――チベットを旅行したことがあるとか、知り合いの知り合いにチベット好きがいるとか、そういう縁なのでしょうか。それとも、そういうのが全然なくても、立ち上がってキャンドルに火を灯すのがヨーロッパの人なのかな(涙)。

 このところのチベット情勢、大変心を痛めています。私は里親以外、チベットに関して積極的に何かしているということはないのですが、今の状況にいてもたってもいられず、ドイツのチベット支援グループの主催するデモンステレーションに2回参加してきました。
 1度目は先週の月曜日、夜8時から、ケルン大堂前広場でのデモンストレーションでした。チベット人が10人くらい、支援者が30人くらいだったでしょうか。地元のテレビ局が来ていました。80人の犠牲者のために80個のキャンドルをともして、みんなで祈りました。
 風が強くて気温は零度くらい。火が消えないように手の平でキャンドルを覆うと、その炎が凍えた手を暖めてくれて、とても切なくなりました。

 2度目は土曜日のお昼、デュッセルドルフの繁華街の広場でした。写真を貼付します。チベット人はほとんどいなくて(デュッセルドルフにチベット人はほとんど住んでいないそうです)、支援者が100人弱。メディアはラジオが1局来ていました。ここでは、道行く人にアピールして、署名を集めました。何人かに、チベット人かと聞かれました。ドイツ人から見ると、チベット人も日本人も中国人も、全部同じに見えるんですよね。さすがに中国人かとは聞かれませんでした。

 このデモを主催したグループはTibet Initiative Deutschlande.Vといって、ドイツ各地で活動しているようです。私は今回初めて参加して、詳しいことはわかっていないのですが、ここデュッセルドルフでは月に一度集まって、これからの活動について話し合うそうです。ここ一週間くらいを見ても、ドイツの20都市くらいで、デモンストレーションを企画しています。
 3月10日に市庁舎でチベットの旗を掲揚してもらう運動もしていて、ものすごい数の市町村が賛同してチベット旗を掲揚しています。やっぱり人権問題はヨーロッパが活発なのかなあ、と思ったり。私のドイツ人の友達が、去年の秋にチベットを旅行したのですが、彼からもインターネットでの署名運動のメールが回ってきました。
 チベットの平和を祈りつつ。


 こちらはダラムサラからです。
 私が上京中でパソコンに触れず、23日にせっかく送っていただいたのをアップできないままでした。

0511  やっと写真が添付できました。
 12人の議員のうち、10人は民主党、2人は共和党だそうです。なかでもこのなかの1人でカリフォルニアのジョージ・ミラーとかいう人が特に人気があるとか。
 もう1枚は、手作りのプラカードを持って会場に来ていたTCV(難民学校:チベット子供村)の2人。

 昨日(22日)のアリ(「アリ」とはアメリカのことです。ここのチベット語です)から来たナンシー女史はアリでナンバー3、女性では最高の地位にある人だそうです。いっしょに12人もの議員が来たのです。ダラムサラの町中には、時ならぬアリの国旗が突然溢れました。

 実際アメリカの下院議員連盟が中国に対し何ができるか疑問ではありましょうが、まずはチベット人は大喜びした訳です。
 議員連のすぐ後ろにギャリ・リンポチェの姿がありました。この前のゴールデンメダルの授賞式の時も姿をお見かけしました。ロビイストとしては彼がチベット一でしょう。現在いるチベット人の中で一番頭の切れる、生まれつきの政治家だと思います。

05811  ナンシー関連の日本の報道をみていて、毎日新聞の記事はひとつ気になります。ダラムサラ発のようになっていますが、まだ毎日の人には会っていません。
 記事にナンシー女史の発言として 
「チベットの独立を信じる世界の人々が中国の鎮圧行動に対して声を上げなければ、(独立を達成する)力は失われる」と述べた。
 とありますが、これではまるで、ダライラマ法王が独立を主張していて、それを支持しようと呼びかけた、という意味になりますよね。私はその場にいましたが、ノートにはそんなことを言った箇所はどこにも見当たりません。「Free Tibetを」とも言ってません。不可解です。

 とにかく彼女は「チベット問題により、今世界の良心が試されているのだ」ということを強調してたようでした。
 チベット人の間では、彼女はこの後すぐに北京に行くそうだ、という噂が流れ、中国との対話のために具体的なことをしてくれるような期待が高まっていました。でも、実際は、「デリーに来たついでに、昔から一度来たいと思っていたので、今度来た」程度の話だったようです。

 また今デモが始まったようです。昨日(22日)は夕方まで静かで、暗くなってからキャンドルデモがありました。昨日今日とインドはホーリーです。それで今日もデモはないのかなと思っていました。毎回1000人ぐらいの参加者でしょうか。まだまだこちらは勢いを失ってはいないようです。
 ハンガーストライキには、昨日は40人ぐらいのまだ幼さの残るTCVの学生たちが加わっていました。夜になって冷え込んで、みんな毛布にくるまってくっついて寝ていました。

 記事はこれですね。
 チベット暴動:米下院議長、国際的な調査求める ダライ・ラマと会談

 チベット暴動:米下院議長、国際的な調査求める ダライ・ラマと会談
 【ダラムサラ(インド北部)栗XXX】米国のペロシ下院議長ら議員団が21日、インド・ダラムサラを訪れ、チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世らチベット亡命政府首脳と会談した。中国チベット自治区での暴動発生以降、外国要人がダライ・ラマと会談するのは初めて。会談後、共同会見に臨んだペロシ議長は、今回の暴動について国際的な調査を求める一方、中国と亡命政府の対話の必要性も訴えた。
 ペロシ議長は対中強硬派として知られ、チベット問題でも中国に厳しい態度を取っている。ペロシ議長がダライ・ラマと会談したことで、中国が米国への反発を強める可能性もある。
 ペロシ議長は会見で「国際調査では、ダライ・ラマと暴動との関連性がないことが分かるだろう」と亡命政府側を擁護した。
 さらに「中国は外国人ジャーナリストらがチベット自治区に入ることを認めるべきだ」と語った。議長のダラムサラ訪問は暴動発生前から計画されていたという。
 会談に先立ち、ペロシ議長は仏教寺院で亡命チベット人ら約5000人を前に演説し、「私たちはチベットの人々と悲しみを共有するためにここにいる」と強調。「チベットの独立を信じる世界の人々が中国の鎮圧行動に対して声を上げなければ、(独立を達成する)力は失われる」と述べた。 毎日新聞 2008年3月22日 東京朝刊

 「亡命チベット人ら5000人」のなかに日本人もいた訳すか。記事がなんでそうなったのかは私程度には分からないけど……とりあえずここで「違うってよ」って書いておこう。
 画像の手前にテレビカメラとかずらっと並んでいるのを見て、昨秋ジャーナリストとして日本に招かれて会ったプルブ君やダセル君やジグメさんたちはどうしているだろう、つらい仕事だろうな、と思い起こしました。

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2008.03.24

街中の張り紙/大阪から

写真は2枚とも街の張り紙です。

0210  ダラムサラからは、街中に張られているいろんな張り紙から、2枚選んで撮ってくれたものがメールで。
 1枚目は、下の引用にもあるけど、西北民族大のデモだそうです。顔! 顔出てる!! と焦ったけど、印刷された張り紙を撮った写真だからさすがに拡大してもディテールわかんなくなってたのでほっとしてこのままアップ。
 西北民族大はチベ友の1人(日本人)がかつて留学していたところ。その友人からは「もう信じられない」と泣き出しそうなメール届きました。うん、私も、もし、西南民族大(←私が留学してたところ)でデモ、とか聞いたら絶対泣く。もう考えただけで泣く。0231

 そんで、張り紙の写真みてまた涙。
 デモ、って、ただ並んで歩いてるだけじゃん。チベット国旗も、フリーチベットのなんかの意匠も、彼らには手に入れるすべさえなくて、Tシャツに手形で何か表現したりしてみたんだ、きっと。こんなのが「組織的国家反逆罪」?で逮捕されちゃう国って、どうよ、もう。

 もう1枚は日本語。
 チベット語か英語で張られた張り紙を、訳すことのできる日本人Yさんが、日本人に読めるように、打ち直して張り出したんだそうです。
 ああ、もったいない、ダラムサラの日本人にももちろん読んでほしいけど、データごと原本の張り紙と一緒に日本に送ってくれー、TSNJのサイトでもどこでも、上げて皆に読んでもらうから……。

  1枚は3月16日夕方、蘭州にある西北民族大学の1000人以上の学生がデモした時のものです。チベット語で彼らの叫んだスローガンが書かれています。
 <チベットに自由を!><チベットに民主主義を!>
 そしてもうひとつは<チェソクニラプチェンイン>とあります。
 訳せば、<この身一つが武器なのだ!>となりましょうか。つまり素手で命をかけて訴える、ということでしょう。
 彼らが今どうなっているかは考えるのも恐ろしいことなのです。
 多くのチベット人が命をかけて叫んでいます。まずは世界はこの声に耳を傾けるべきです。
 22日にも、カムやアムドの町や村で数百人規模のデモが起きているというニュースが入っています。アムドのマルクルタンでのデモでは、デモ隊と武装して待ち構える警備隊が衝突する直前、地元で尊敬を集める高僧が間に入り、衝突は免れた、というニュースも入っています。

 もう一枚はアムド5区の報告です。Y....さんが日本語にしたようです。転記するのが面倒なのでこのまま読んでみてください。自殺者の名簿とかね、、、


 一方で。
 自由の国であるはずの日本にいてさえ、表だって声を上げられず、ただ涙を流しているチベット人も多いのです。
 「家族に電話したら○○○と言っていた」――そう言うだけで、本土の家族は、外国の“反革命分裂主義者”に情報を提供したとして「国家分裂罪」に問われかねない、そもそも海外からの着信記録はすべてマークされ、通話はすべて録音される、という。
 先日会ったチベット人の友人たちも、「○○さんが『もう掛けてくるな』と言われたそうだ」「○○さんも『電話は危ない』と言われ、電話はすぐ切れたらしい」と不安そうに情報交換していました。
 友人から届いたメールに涙。

 チベット人が望む、そしてダライラマ法王のおっしゃる中道の道を貫き通し、一番いい形で終結することを心から願ってやみません。
 今日、故郷に連絡をしたところ、寺院と学校は軍に包囲されているということでした。
 そして、学校のチベット人の先生が急に亡くなったとの知らせもありました。
 昨日の夜まではとっても元気だったとのこと、心臓病(心不全?)だということですが、信じられません。
 そしてチベット人はどこへ行っても白い目で見られる、とも言っていたようです。
 チベット本土にいるチベット人が、これから先、かなりつらい状況に置かれることは、目に見えています。それを日本で活動している人にも伝えてください。
 ルンタの名のごとく、風の馬がチベットに本当に平和を運んでくれることを心から祈っています。

(うらるんた一部削除及び補足追記)

 どこにいっても白い目でみられる、というのは、差別や偏見を受けている、という意味ではなく、どこにいても何をしていても暴動を計画しているのではないかという疑いの目でみられ、何かそれらしいことがあったら通報して抑え込もうと考える漢人や当局側の人たちがいて、チベット人同士の会話に隣の人が耳をすませていたり、海外からの情報を集めているのではないか、法王の写真を持っていないか、監視されている状態にある――ということかもしれないと思う。
 海外に家族がいるチベット人や、海外に行った経験のあるチベット人は特に監視が厳しい、とか、自宅に家宅捜索が入った、とも聞きます。

 もうひとり、表立って声を上げられない――本土出身のチベット人男性と結婚した友人からも。

 旦那は「チベット人は死ぬ事を全く怖がってないから、これからも死者は増えると思う」と言ってます。目に涙いっぱいうかべて黙ってご飯食べてる旦那にかけてあげる言葉もみつからず、つらいです。

 いてもたってもいられない、何もしないと他のチベット人から「なんでだ」って言われるかもしれない、と言ってましたけど、出身とか境遇とか家族の仕事とか国籍とか日本のビザとか……状況は一人ひとり違うのだから、耐えること、待つことも「抵抗する」手段の一つだから。できる人ができることをします。SFTのツェリンドルジェ君とかはそういう気持ちで自分が名前と顔を公表したんだと思います。


080323_154901  大阪の知人から「先頭に立って行動できるチベット人、大阪で知りませんか?」と電話。
 チベット支援のイベントを何か起こしたいけど、東京の在日チベット人会のように、チベット人を代表して訴えてくれる人がいないと、日本人だけが浮き上がって何かしているようになってしまう。連帯しているんだ、ということを前面に出したい……という話。
 ……ううう、確かに、そう言われれば、関西のチベットの知り合いは皆、チベット本土に肉親がいる人ばかり。申し訳ないけど、ここは耐えていてほしい。 

 大阪の友人からも、23日の様子がメールで。画像ももらいました、ありがとう。行っちゃったんだ(と言ったら失礼だけど)、と思いつつ、そうかやっぱり何もしないわけにいかない気持ちなんだよね皆、とひたすら切なく。

 行進行ってやっぱりよかったわ。
 推定350人くらいかな? マスコミも1社か2社来てました。
 まぁめちゃ右翼ちっくのおっちゃんらがたくさん来てて、若者或いは純粋にチベットのために参加したとみえる人たちは半数弱かなー。受付のおばちゃんに「あのぅ、今回の主催はどなたですか?」て聞いたら、ニコッと笑って「素人です」! 怪しすぎる!……
 なんてったって集会の始まりは君が代で(-.-;)
 そしてスタイルはオリンピック辞退しろとかいろんな事書いてあるプラカードやチベット国旗持って、いくつかのシュプレヒーコールに拳訷(もちろん皆じゃないよ。それぞれのスタイルで)、そして フリーチベット! フリーチベット!
 マイクで先導してコールする人は若い女の人やったから、聞いた感じはとても柔らかかったけどね。
 靭公園から中国領事館の一角をぐるりと回って本町から御堂筋をまっすぐ心斎橋も通って 難波でゴール。4.5Kmの道のりをズラズラと練り歩きました。降ると予報されてた雨も幸い、終わるまで何とか持ちこたえてくれて更によかった!
 が! おっちゃんらがなんと、御堂筋にある韓国領事館の前で竹島のことを訴え出して、しらけきったチベット派から「チベット問題だけにせい!」「フリーチベット! フリーチベット!」となんかえらいややこしい事態にも(>_<)。
 更にゴールしてからは自前の凱旋旗持って参加のおっちゃんが主催のおっちゃんらに「深い知識も無い者が!」などと本気で怒ってちょいと小競り合いの場面も(>_<)
 なんか同じ右の人たちでもいろんなチームというか組(?)があるんやね
 けど まぁ 賑やかな繁華街を練り歩いたお陰で いろんな人たちの目に触れることができたし、東京が先にした翌日のアクションとしてはとても意味のあるアクションだったと思う。
 同時に たとえ直接的にはなにも変わらないのかもしれないけれど、それなりにちゃんとした行動をとれて良かったと思う。色の違う人たちが、ある問題のために協力して、(ある意味)融合できたのもまぁ良かった。なんせおっちゃんらはその道のプロなんで、段取りはすごいよね。まぁなんせ良かった、ありがとう!
 love & peace

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2008.03.23

ダージリンの祈り

Sscn1842 長くチベットを回っている友人から、ダージリン発の短いメール。
 (ダージリン:インド北西部の山間部の、旧イギリス植民地時代の避暑地。紅茶の「ダージリンティー」のダージリン。Sscn1843シッキムの入り口にあたる街でもあり、歴史的にチベットと交流深く、かつて西欧文化を学ぶためチベット人が留学したりしてました。その流れの上に現在も大きなチベット難民居住区があり、たくさんのチベット人が生活しています)
 写真もついてました。そのまま紹介します。

ダージリンでもデモやってます。もう泣きそうですよ。

Sscn1844  私自身は学生時代にガントク、シリグリ、ポドンを1度旅行で回ってダージリンは通過しただけで、シッキムはもろチベット文化圏だったし、その周辺も、チベットと歴史的につながりがあってもともとチベット人が多い地域だからか、チベット人がチベット人として穏やかに生活しているような(うまく書けなくてすいません)、ダラムサラとちょっと違い“我らチベット難民”的な雰囲気を前面に感じることはない印象だった。あの町が、そうか……。
 メールは追伸があって。

 自分が一からチベット語を教わった恩師が、ダージリンのチベット人代表のひとりになっていて。演説で、政府はともかく、民間レベルでは世界中にチベット人をサポートする人がいます。こうして日本からも、って、私を見て言ったんです。
 もう、涙出ました。
 (一部うらるんた補足追記)

 私は友人に、その場に、日本人として居合わせてくれてありがとう、って言いたいよ。ダージリンのチベット人に「チベタンだけじゃないよ」「日本からも心を寄せてるよ」と存在で示してくれてありがとう。


 こちらはダラムサラから。
 ハンスト、もう9日目になるのか……。

 9日目に入ったハンガーストライキの写真。
 今日は尼さんのグループとソガロプタ(transit School)のグループに分かれていました。

02711 写真には「チベットの雰囲気あるいい男だね」と添え書きつき。くっ、私の好みのタイプを見透かされているか……(と本音冗談はは置いといて)。
 ソガ・ロプタは、新しく整備された、義務教育年齢を超えて亡命してきた難民が3年間、英語とチベット語とヒンディー語を学ぶことができる学校。高等教育の機会というより、異郷インドで生活していくための最低限の知識と語学力を身につけることが最優先されている。「トランジット・スクール」という英語名なのはそのため。
 チベット人がチベット語を学ばなくてはならないのは、地方ごとの言葉(方言)の差異が強いのも一つの理由だけど、きちんとチベット語教育を受けられず、チベット文字の読み書きが苦手なチベット人も多いことが悲しい。
 チベット難民社会は「教育」整備を最優先政策にしてきたけれど、それはやはり15歳以下の義務教育年齢の子供たちが基礎教育を受ける機会を保障することが優先で、16歳以上の青年たちは長いこと、独学するか、授業料を払って私塾に通うか、とにかく自分でなんとかしなければならなかった。その点はソガ・ロプタができてかなりマシにはなったけど、この学校の環境が悪いことで有名で、宿舎が足りなくて1つのベッドで3人が寝てたり、夏には病気が蔓延したり。3年間通えるんだけど、1年とかそのへんで脱落して自分からやめてしまう青年も多い。あと、亡命してきたばかりの難民だから、行動も厳しく制限されて、自由に外出や外泊ができなかったり。
01130  とにかく、つまり、写真の、座り込みをしている青年たちは、ごくごく最近までチベット本土にいて、チベット本来の勉強をしたいとかダライラマ法王に会いたいとか外国にあこがれたとか、とにかく何らかの理由でチベットを逃れてきた人たちばかりなわけで。
 いま故郷はどうなっているのか、家族は無事か、自分が亡命したことが理由で取調べを受けたりしていないか――さまざまな心配が脳裏をよぎってのハンガーストライキ参加なんだ、と、彼らの心中を思うと切ない。

 もう一枚は昨日から始まったツクラカンのマニサガ(念誦会)の様子。
 法王と政府のイニシアティブではじめられた今回のマニサガ。一般の人は観音の真言であるオムマニペメフンを1億回、僧尼はターラ菩薩の長いバージョン、ドルマネルティックを同じく1億回。
 オムマニペメフンはまだしも、ドルマネルティックの方は1回がお経4枚分はあるのです。何人でやるか、何日でやるのかによる訳ですが、3週間の予定とか。もちろん夜寝てては時間が足りないので、夜中も交代制で24時間途切れなく唱え続けるのだそうです。
 プルブという降魔タイプのこわいのも唱えられています。般若心経のグループもいるとか。
 全員で唱える様は怒涛の如し、迫力がありますよ。よく見れば一般の参加者はほとんど年寄りです。デモに行けないお年寄りも参加できる抗議念誦会とも言えますかね。
 雪山の向こうのチベットには今、デモに参加し、連れて行かれた息子や親戚の安否を気遣う年寄りたちの祈りの声が満ちていることでしょう。
 心清いこの人たちの真実の祈りが世界中に届きますように。
 おやすみなさい。

 い、1億回! チベットの祈りは想像を絶するものがあるけれど、けど。
 あと、メールでは、ダラムサラ日本人決起集会と名付けて日本人会が開かれたというちょっとほのぼの報告も。長期滞在者、在住者、旅行者含めたら20人もいるんですか! うは。

 20人集まった。日本人グループのハンガーストライキ参加は来週日曜日の予定! 志願者は私入れてたった3人!(その日になればもっと増えるかも?)ついでに頭も剃るかも。
 最近、この抵抗坊主頭ファッションが流行ってます。みんな競って頭を丸めています。TCHRDの男全員が剃ったのが始まりでした。特にうけるのは国旗を顔と頭全体に描くことです!
 それとツクラカンのマニサガに行くと言っている日本人も数人いました。

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2008.03.22

ダラムサラ発

 昨日の話だけど、昼過ぎ、ダラムサラから突然国際電話。うわっ。
 「さっき関西テレビからインタビュー受けた。午後5時からのニュースで流れるって。どれくらいか分からないけど、20分くらいしゃべったから」
 ええぇぇ……ここ、仙台です。
 「東北地方はたぶん関西テレビ映らない」と言うと、すごく残念そうだった。私も残念! 誰か録画していないかなあ? といっても、ドキュメンタリーやドラマじゃなく、ニュースワイドみたいな番組を録ってる人はいないわなぁ。

 で、もっと驚いたのはその後。
 17時20分くらいに、Web公開している裏ルンタのアドレスにメールが。
 「読売テレビ『ウェークアップ!ぷらす』だが、関西テレビのニュースをみてメールした。インタビューをお願いしたい。明日朝8時の番組なので早急に連絡を」
 速攻か!! ……で、ほぉー確かに放映されたんだ、と妙なところに感心。
 しかし、ニュースでインタビュー流れてものの数分で検索でたどりついた人からメールが来るなんて、どんな話をしたんだろう? 了承取って電話番号伝える。

 今日朝8時からの番組だそう。
 自分はそのころ新幹線で東京に向かってるので見られませんが、「まだ家にいる」という人、「関西だから東京の集会は関係ない」という人、誰かDVDに撮ってほしいなあ、と。

 フライデーに、2月に新宿で会ったフォトジャーナリスト野田さんのクレジット。おー、無事掲載されてよかった。野田さんからは「26日発売のSAPIOに載ります」という連絡も。

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2008.03.21

上の空続く

 ありえねー失敗。
 外回りの仕事で相手先に着いて、さーぁ荷物持って車を降りようと思ったら、げっ、ショルダーバッグがない! このショルダーてのは、名刺、財布、手帳、デジカメ、資料、筆記具、メモリカードの予備、はてはパスポートまで、とにかく何から何でも入っているお仕事カバン。家を出るとき、すこーんと置いてきたみたい。ありえん! ランドセル忘れて家を出る小学生並み! どんだけ上の空なんだ、自分。

 カバン取りに家に戻り、……真っ昼間に改めて自分の部屋見て、うひゃあ荒れ放題。(いつも深夜に戻るから暗くて気づいてなかった←そんな訳ありません)
 だって仕事の日は仕事して、仕事してない日は東京行ってるんだもん。休みたんびに何かイベントがあるなんてハイペース、未知の世界。まずいよなあ、今週末くらいは本当に「休も」う、と思っていたけど、結局いろいろあって気になって、やっぱりまた明日22日も朝イチで東京に行くことに。
 それで割引の「土日きっぷ」を買いにJRへ。「指定は8時のはやてで」って言ったら「満席です」。ええ!? 「それより早いのは?」と聞くと「7時台、8時台はやまびこ、はやてこまちとも指定席は全部ありません。9時台のやまびこなら空いてます」。いやいやそれは遅すぎるから。泣く泣くはやての「立席特急券」を買う。そんなもんがあるのを初めて知った。要は「无座」かいな。
 しかしなんで週末の早朝が軒並み満席なんだ……。土曜の朝早くから上京しすぎだよ東北人! …あ、私もか。


 ダラムサラからのメール。
 ちょっと、忙中閑あり、みたいな、ざわざわした状態の中の日常……なのかな。

 また今、デモ隊が下の町まで降りて行きました。
 とにかく一日中歩きながら叫び続けていないと、じっとしてると心をコントロールできないのでしょう。
 実際出身の僧院や地方が立ち上がり、家族が逮捕されたり犠牲者となった人がいるわけですから、じっとしてられないはずです。

 余談に思うに、チベット人は元来叫ぶことに慣れてるし、それが無意識のトラスト快感になっているが如きにも思える。広大な土地で叫び合ったり歌い合ったりしてた人たちだから。
 だっていくらなんでも一日中叫び続けるのは、もう普通じゃない。何人も失神してる。ドーパミン過剰状態です。
 例えばうちのレストランでもだいたいマチェンは大声で歌い続けるじゃないですか。
 
 ところで、今日もレストランは閉店です。開けると石が飛んでくるとか。
 いつまで続くのかな? この稼ぎ時にね。朝は閉めるかどうか判らず、開ける頃になって、閉めろーーー!!! とさながら愚連隊状態の旗振り隊が街中を走り回ったりする。
 そのたびに朝用意したパンや食材がだいなしになるので、レストランのマネージャーやスタッフも困った顔になってます。普段温厚な1人でさえ、チベット人は馬鹿だ!ともいっております。

 マチェンって厨房の男性スタッフだっけ? そんな歌ってたか。はは。
 メールには、レストランは情報交換の場でもあるから、せっかく世界中からいろんな人が集まってきている時に、レストランが開いているだけで様々な情報を持った人が集まってくるのに、閉めていては出会いもないし情報も得られないし、もったいないなあ、とも書かれていました。ふむ。
 日本のメディアもずいぶん来ているようです。私もこっちで新聞広げて、【ダラムサラ(インド北部)=○○○○】なんてクレジットを見ると、あー記者が行ってるんだな、ルンタ・レストランやってたら間違いなく和定食を食べに来てくれたかもなー、などと思ってますもん。

 あと、こちらは、18日にいただいたまま、ちょうどその時の私が忙しすぎて、そのままになってしまった、ダラムサラからのもう1通のメール。
 チベット人が、「チベット人だ」ってことを再確認しているんだなあ、と思わされたり、そういうことができない「中の人」はいまどんな気持ちで日々いるんだろうか……と思ったり。

 昨日、図書館の私の先生の仏教クラスに行った時。
 珍しく先生も本気の顔して、クラスのみんなに紙を一枚配りました。
 それは亡命政府が「チベット人のアピール」として配っているものでした。
 以下に訳します。

 中国政府はダライラマ法王に対し以下の批判をしている。
 1.法王はチベットの真の自治を求めているにもかかわらず、中国はダライラマを分裂主義者と非難する。
 2.法王は民主主義を標榜するにもかかわらず、中国は法王が古い封建制度を復活しようとしていると非難する。
 3.法王は北京オリンピックを支持しているにもかかわらず、中国は法王がオリンピックに反対していると非難する。
 我々は国連、各人権擁護団体、ならびに世界中の自由を愛する国々に対し、真正な証人として行動することを、これらの中国政府の非難は根拠のない、嘘偽りであることを自ら確認することを要請する。
 チベット人の真理と正義のための戦いは、チベットと中国が相互平和条約を結ぶまで終わらないであろう。我々は非暴力のデモ、平和的行進を続ける。
 我々は世界中の国々に対し、我々の正義を支持し、平和的キャンペーンを妨害しないことを要請する。
 以上。
 ……つまり、やめる気は全くないということですかね? 
 法王はインタビューのなかで、「止めるなと中から電話が入ってる」「私に従わないのは民主主義が生きている証拠だ」とかおっしゃり、「止めることは私にはできない」ともおっしゃっていました。
 尤も他の質問の中では「沈静化することを望む」ともおっしゃっていましたけど。

 またデモの声が聞こえ始めたよ。

 

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2008.03.20

カンパ、草原を疾るデモ

March20080001 テンパラ!! パサンラ!
 ……ダラムサラから届いた写真に、うぉぅ、と変な声出る。知り合いが、まったく見たことのない表情で映ってた。
 普段はルンタ・レストランで働いている、グチュスム(9-10-3Movement of Tibet)のメンバーが、ダラムサラでのデモを先導した写真。グチュスムのオフィスの人たちももちろんいる。
 手首を手錠でつながれ、血の色に染まったぼろぼろのシャツを着るパフォーマンスで、武力行使への抗議を叫ぶテンパ君たちの表情は、興奮するとか、怒るとか、憤るとかいうよりも、悲しみや切なさに満ちているように見えるのは、彼ら自身が中国政府に投獄されて、拷問を受けて、故郷を離れざるを得なかった人たちだから、……かと。
 ラサ郊外に生まれた彼は、幼い頃に出家して、日本人にもなじみ深い地元の寺院で修行していて、1987年と1989年の反政府デモ――そう、今回、もののニュースとかで「89年以来20年ぶりの大きな暴動」とか言われる、あの当時のこと――に参加。まだ若くて、いったん逮捕されたら将来どうなるかとかまで考えず、正義感のままにデモに加わり、逮捕。糞尿の中で暮らすような、人間のプライドをずたずたにされる3年間の投獄生活を送り、釈放後、寺院に戻ることが許されず、1992年、ヒマラヤを越えたんだそう。
 彼自身は命は助かったけれど、尊敬する親戚のおじさんを失った。
March20080003 学校の教科書に漢字しかなかった当時(※今はもうちょっとマシではあるらしい)、チベット文字の読み書きや物語、歌や歴史など、チベットとは何か、を教えてくれた、周囲からも尊敬されている僧侶だったという。その人は89年、チベットの旗を持って隊列の先頭に立ち、逮捕され、自分で歩くこともできない状態で村に帰ってきて、そのまま苦しんで亡くなったんだという。
 そして、インドでの亡命生活だって、楽園というわけじゃない。先は見えないし、困った人を互いに助け合うチベットの良さは(故郷にに比べれば)薄れ、皆他人を出し抜いておいしい思いをすることにきゅうきゅうとしているし、どこかに出て行くことばかり考えてざわついているし……。
 「デモに、参加しなければよかった?」
 「いや、そうは……わからない」

 ……去年12月、ダラムサラでそんな会話をした時は、きっと私も彼も、本土で再び、チベットが銃火で蹂躙されるときが来るなんて想像していなかった。
 彼の脳裏には、自分の受けたつらい体験と、ニュース映像に映る、チベット国旗を掲げて僧衣をひるがえし、晴れやかな表情で大通りを突っ切る若いお坊さんたちの姿が重ね合わされているに違いない、と思うんだ。
 なんてつらいんだろう。

 ルンタ・レストランからのメールも切なく。

 ルンタも既に一週間、店を閉めています。
 地元、インドの人は無反応。
 チベット人のお店が閉まっているので、稼いでいるという様子。

 日中のデモ行進。夜の灯明行列。町中にあふれる惨殺されたお坊さん達の写真。
 さすがにドライで仕事を神聖視する日本人の私も、レストランの営業はできない感じです。何よりも、チベット人のスタッフにとって、この数日、仕事に時間を割かせるのは間違っている、そういう空気の毎日です。

 チベット本土で、今、そしてこれから流される血、苦痛を思うといてもたってもいられません。

 2枚目の画像、ダラムサラの人々が歩いているのは、ふだんは旅行者ばかりが目立つテンプルロード。後方に映っているカフェは、SFT日本のツェリンさんが以前、日本食レストラン「エミエミカフェ」を開いていた辺りですよ。
 見慣れた、見覚えのある風景に、撃ち殺された僧侶の写真を掲げて歩く人たち。
 もうなんといえばいいんだろう。
 ただ、死なないでほしい、としか考えられません。それが感傷的だとか情緒的でしかないと言われようとも。


 もう1通、ダラムサラから。
 いただいたメール、皆で読んでます、と報告したら、プレスカードを申請して、ダライ・ラマ法王のプレスカンファレンス(記者会見)にも入れる準備を整えたとのこと。うらやましい……とか思っている場合じゃない。
 日本でも、何もなくても官房長官は1日1回記者会見してるし、何か(例えば誘拐事件とか)起きたら捜査本部長はのべつ記者会見するものだけど、ダライ・ラマ法王も、そういう「責任者の責任」として、連日メディアの前に姿をさらしているわけで。
 法王からは、“中国政府のチベット批判に対するチベット亡命政府としての見解”なんか聞くより、人間の生きる意味について、とか、なぜ憎しみは生まれるのか、なんていう根本的な問いについて話してほしい、と思っちゃう私。

 4時からは亡命政府のプレコン。
 亡命政府は<Tibetan Solidarity Committee>と名付ける新しい緊急委員会のようなものを作るとか。これからのすべてのチベット人の政治活動はこの委員会の方針に従う、のだそうです。で、青年会議(TYC:チベタン・ユース・コングレス)とか、9-10-3(グチュスム)とかの団体は1日猶予を置いて政府に回答するとのことでした。分裂せず、一致団結してこの難治を乗り越えようとの提案ですが。さて明日どうなるでしょうか。
 記者から民主的でない。中国の法王批判のターゲットをつくるようなものじゃないのか?といろいろ質問がありました。
 要するに平和主義、中道路線に統一するということでしょう。
 デモのスローガンも変えるとか言ってました。
 明日は米下院の民主党の議長が来るのでまた1日中大変でしょう。彼女はこのあと北京に飛ぶとか? ダラムサラ中がアリの国旗で溢れることでしょう。話し合いの機会を作ろうというのでしょうかね?

 なんとなく、ざわついているダラムサラが思い浮かびます。
 ところで「アリの国旗」ってなんだろう。アメリカのことかな? ※ちなみチベット語でアメリカは「ユーエス」(英語由来)でも「メイゴー」(漢語由来)でもなく「アメリカ」で日本語と同じ^^)


 ところで夜、NHKつけっぱなしの職場のテレビで、「暴動 さらに広がり」というニュースの時に、ちらっと、チュバ姿の男たちが馬で草原を疾走する姿が! 
 思わず「うわぁー?」と変な声出た。何、あれ、「暴動」? なにそのチベット人。めちゃくちゃ格好イイよ!
 と思ったら、ダラムサラでも言ってた。

 それにしても今日BBCで見た、カムの男たちが馬で疾走するデモは最高でしたね! まさにこれぞチベットの男の戦い。
 ……ではありますが、素手で突撃する決死隊のようにも見えました。

 ……うん。
 しかしとにかくもう1回見たくて、ダラムサラで流れたというBBC映像が上がっていないかと、夜中、ホントはそれどころじゃないのにクソ忙しいのにYouTube検索して、出てこず。
 どこかにないのかなぁカンパデモ。(はっ、私、もしかしてカンパ萌え属性が……!? この非常時に萌えてる場合じゃないんだが……)

 でも、ダラムサラでも、気持ちは同じだったみたい。ははは。

 夜の集会のビデオで、カムでの馬でのデモの様子やチベット国旗が挙げられたシーンが映しだされると、会場全員が、雄たけびを上げて喜んでいました。

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2008.03.19

ハンスト、キャンドルデモ

0110  画像はダラムサラから。
 24時間交代でのハンガーストライキが続いているそうです。

 今日で5日目、24時間交代でやってるとのことでした。
 「明日は日本人グループ予約だよね」と主宰してるらしい友人
が言っておりました。

 ……って、それは、ダラムサラ在住の日本人も頑張ってる、ってことでしょーか? 「日本人も頑張れよ」っていうチベット人のユーモアかもしれないけど。

 メールの続きからも、チベット人のユーモアがしのばれます。

 さっき、TCHRD(チベット人権民主センター)と9-10-3(グチュスム)のメンバーでもあるジャンパ・モンラムと話をしていました。
 ところで彼は今じゃちょっとしたヒーローなのです。このところほぼ毎晩開かれるツクラカンでの集会で、チベットの最新情報を伝える係なのです。檀上に上がって、早口でまくしたてるその口調も良くて、力もこもっており、大いに受けてるのであります。
 昨晩も、最初にカムで新たに3人が殺されたという話をしたのに続いて、
 「今度はカムで始まった。もう止まらないだろう。どんどん続けるべきだ。もうここまで死人が出たのだ、どうせデモするのは死を覚悟しての話だ。死ぬことなど何とも思ってないチベット人はいくらでもいる。その場で殺されるなり、捕まって拷問され、5年、10年、20年の刑期あるいは死刑も今回はたくさんあるだろう。でもこんなにたくさんのチベット人が立ち上がってる。その勇気を見ろ! みんな最初はただ平和に僧侶が行進し主張を叫ぶだけだ、暴力の意図はまったくない。それに対して中国が発砲するなら、周りのチベット人が怒るのは自然じゃないかね!」――とたたみかけるのです。少々興奮気味です。
 それで今日、「ところで法王が止めに入ったことはどう影響する?」と聞くと、
 長い間ただ笑って、首を振りながら、
 「中は止まらないだろう」
 とだけ言いました。

 ユーモア……などというと不謹慎な表現になってしまうのですが、かつての日本の活動写真の弁士のような語り口の男性がいて、チベット語に抑揚をつけて、歯切れ良く早口でまくしたてて、おおおっと皆が盛り上がる様子が思い浮かんでしまいました。
 今度ダラムサラを訪ねたら、ジャンパさんを探してみたいな。グチュスムの人たちって、みんな本土出身の難民1世で、いろいろ苦労していて、ダラムサラでも“新参者”とか田舎者として苦労してるけど、この前行ったときは歌のうまいメンバーが2曲歌ってすごい声援だったし、意外に芸達者が多いんだよなあ。ダムニェン自慢の人もいたし。


047  左の画像は、そのキャンドルデモの様子。
 アムドで殺害された人の遺体の写真を掲げての、沈痛な行進が続いているようです。写真はTCHRD(Tibet Center of Human Rights Democracy:チベット人権民主センター)が現地から入手したものだそうです。

0231  その、ダラムサラの方々が掲げている痛々しい画像が、何枚か添付されて届きました。
 残虐な写真に、ためらいはあったのですが、命をもって「武力弾圧を受けた」と告発しているチベットの方々に合掌して、アップロードすることにします。はっきりと銃創が写っているからです……。一部にはモザイクをかけました。

 1人の銃弾の跡は、胸の真正面に当たってることがわかります。他にも同様の写真が何枚かありました。これは、スナイパーによる狙撃弾の可能性が高いと思われます。
 もう1人は、脇腹にある銃弾による傷口が大きく穴があいたようになっています。どんな武器を使ったのでしょう……。

 ……。


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2008.03.18

嘆きのダラムサラ

 仕事が長引き、気ばかり焦る。
 携帯がフル稼働、1本切るとまた1本掛かってくる状態。携帯がほかほか温かくなってる。夕方には電池切れ状態に! 
 上の空で夕方、仕事で東北大に行き、勤め先に戻る道を間違える。アホすぎる。


 というのも、朝届いたダラムサラからのメールがあまりに悲痛で。

 今夜も今まで、11時近くまでデモと集会がツクラカンを中心にありました。 広場は叫び続ける人で一杯でした。まずはBBCが法王の記者会見を流しました。
 それよりメインは、こちらの夜9時半がラサの真夜中12時にあたるということで。その時間に合わせて、全員で祈りを捧げることでした。オーマニペメフーンを全員で唱えながらすすり泣く声が混じりました。全員から緊張感が高まるのを感じました。
 何しろその間、キルティゴンパを中心にしたアムド5区で、殺害されたチベット人の生々しい写真が映されたからです。少しだけ送ります。すでにネットに載ってるとおもいます。
 その後、チベットの現状報告。
 例えば中国は今夜の12時が最後通知といっているが、本当は15日から始まっていること、すでに600人は逮捕されたこと、などです。
 ダラムサラのキルティゴンパの僧侶がアムド5区の現状を、激しく生々しく話していました。もっとも、アムド語で私にはよくわかりませんでしたが。
 最後にキャンドルデモで解散でした。

Dasala0317  言葉も出ません。
 アムド5区、というのは、チベットで「ンガワ」と呼ばれる、中国の行政区分では「四川省アバ(阿[貝覇])チベット族チァン族(蔵族羌族)自治州」とされる周辺。草原チベット文化が色濃い、デルゲ(中国名若爾蓋)、メワ(中国名紅原)など5つの村を「草原5村」「草原5区」などと呼びます。
 最後通知、というのはおそらく、中国当局が「暴動に加わったものは出頭するように、その期限までに出頭しなかったら後は知らない、知っていて匿った者、通告しなかった者も処罰する」という最後通牒のことで、市民同士に密告や告発を奨励する、恐ろしい恐怖政策でしょう。表向き、18日午前0時が期限だと言っているけれど、実際に、民家に踏み込んで強制捜索したり、容疑のある人を引きずって連れて行くという行為が既に15日から始まっている、ということなのでしょう。
 メールには、直視できないほどの写真がついていました。とても全部はアップロードできません……。


 午前4時24分、昨夏来日したチベット人フォトグラファーのダセル君から「Please help us!」のメール。やはりダラムサラから。

Dearest all,

At the moment I am just too saddened by the situation in Tibet. China claims only 10 lifes lost in Tibet but in reality it is more. When I see the poor response from UN and countries like Russia say it is a domestic problem or internal problems, I feel we are too helpless. I feel there is no human values or I feel the ideals of non-violent has no values.
I feel we are pathetic and desperate to have or gain strong International supports anyhow. Tell me what can we do more? We are really helpless. Everyday I am hearing the death tolls in Tibet is mounting up so rapidly. And on the other side these athiest China tells lie to the world. Today at the protest at the main temple in Mc'leod I saw atleast more than 10 people fainting while they are protesting. And after seeing some pictures of the death bodies from Kriti monastery in eastern Tibet I am pretty much disturbed.
With the great hope from you and your friends please try to tell the world that China is doing genocide in Tibet. They want to erase our ethnicity from the world.
Please visit phayul.com picture news, we have posted some pictures of some people killed in Tibet. I can't see it again and again.

God bless Tibet!

with much love,

(友人に訳してもらいました……ありがとうございます)

 チベットで起きていることに思いを馳せるとき、耐え難い悲しみに襲われます。
 中国は今回のデモで10人の命が失われたと公表していますが、実際には、それよりはるかに多い命が失われています。
 国連やロシアなどの国々が今回のデモを「内政問題」「国内問題」であると片付けてしまっているのをみるとき、我々チベット人がいかに無力であるかを思い知らされます。
 私たちには人間としての価値がないのでしょうか?
 それとも非暴力には価値がないのでしょうか?
 そうだとしても、こんな状況だからこそ、なんとしてでも国際社会からのサポートを味方につける必要があります。
 チベットでの死者数は日増しに驚くほどの速さで増えています。
 一方、中国政府は国際社会に嘘の情報を流し続けています。
 
 今日、ダラムサラのお寺で行われた抗議集会では、少なくとも10人のチベット人が気を失って倒れていました。私も、その集会で、アムド地方のキルティ寺で殺された同胞たちの遺体の写真をみてからというもの、気持ちが動転してしまいどうしていいのかわからなくなってしまいました。
 どうか、少しでも多くの人にチベットで虐殺が行われていることを伝えてほしいのです。中国政府は私たちチベット民族をこの世から消してしまおうとでもしているのでしょうか?
 phayul.com に殺されてしまったチベット人の写真をいくつかアップしておきました。私はもう辛すぎて見ることができない写真ですが、どうか、チベットで何が起きているかを見てください。
 
 チベットに仏のご加護のあらんことを。

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2008.03.17

「今また2人殺された!」

 日帰り上京で代々木公園。
 頭が朦朧としているのか、自動券売機で切符を買い間違え、自動改札でアラームが鳴り響く。どこの田舎もんだ私は……あ、宮城の田舎もんでしたか。
 作業、やってもやっても追いつかず。


2008_031605 「今日(16日)はルンタ・レストランのスタッフたちが追悼デモの先頭を務めました」とダラムサラからメール。私からも、代々木公園での様子を撮った写真を何枚か送りました。ダラムサラの人たちの親戚や顔見知りなど、共通の知人が写っていたので。2008_0316
 レストランのスタッフ、って、アジャ・ニマとかデキ姐さんとかドルマ嬢とか、あのいつもはにかんだように少し奥に引っ込んで笑ってるフロアの女の子たちも参加したの!? いや、厨房の、テンパ君とかガワン君とかトプギャルさんとかだよね? グチュスムのメンバーがデモ率いたんだよね? ……と思わず画像を探したり。

 メールでは、「ResistReturnMarch」に参加していたグチュスムのガワン代表は逮捕はされておらず、まとめ役、交渉役として逮捕された人たちと当局の間に立っているとのこと。ちょっとほっとして、同時に、大変だろうなあ、とまた心配。
 ラサ近郊の出身で、もともとはガンデン寺の僧侶だった人。87~89年のラサ民主化デモに参加して、グツァ刑務所に入っていた。去年12月、「中国の公安に逮捕されたらどういうことが起きるか、私は身をもって知っているけれど」と怖いことをさらっとつぶやいていた……


 ……ところが、その後、17日昼になって届いたメールは、様相が一変。

 昨日の夜のデモでみんなが集まっているとき、スピーカーで今、ラプランと繋がってるといって、マイクを通じて、生々しい声で「今また1人殺された、また2人殺された!」と叫んでいました。自動小銃を使っているとのことです。
 ラブランでは1万2000人がデモに参加したとか。
 政府の病院はデモの負傷者を手当てすることを拒否してるとのこと。グチュスムが確認しただけで、ラプランで14人死んだとのこと。
 キルティー僧院でも3000人のデモがあったそうです。
 ラサともまれに電話が通じるそうです。
 包囲されたラサのパルコルがどうなるか。今日は本当に私も心配で仕方ありません。非武装の城内に全面突入するのでしょうか。女性や子供もたくさんいるのに、チベット人みんなの不安はいかばかりでしょう。
 中国の軍隊の内部でチベット人と中国人の対立があるとの噂も流れています。

 アムドからの人も多い、ダラムサラの人たちの心痛はいかばかりか。
 ラブランはアムドの名刹、中国の行政区分では甘粛省夏河県。15日のAFP通信で、若い僧侶がチベット国旗を振っている写真が配信されて絶句した。
 どこから入手したかしらないけれど(亡命チベタンから送ってもらったのか、国境を越えてこっそり持ち込んだのか)、持っているだけで処罰されるのは、ダライラマ14世の写真の比じゃない。確信犯で国旗を手にして、報道されて顔も映って記録にも残ってしまって、彼にこの後何が待っているのか、想像するのも怖い。そして、なのに、その表情の、晴れやかで誇らしげなこと! 切ない。
 16日、一緒になったチベタンに「本土にいる時チベット国旗って知ってた?」と聞いてみた。「セブン・イヤーズ・チベット」をDVDでこっそり見たからね、とそのチベタン。タシキル(ラブランゴンパ)のお坊さんたちの気持ち分かる? 「分かるよ、あれは分かるよ」
 僧院内に公安局員が常駐し、週に1回は「思想教育」として鄧小平語録みたいのの丸暗記をしなきゃいけなくて、「三个代表、三个代表」「ダライラマは分裂主義の国家破壊反革命分子」とお題目みたいに言わされて。心に嘘をつかない、という仏教の教えの一方で、共産党教育は「建前」を強いる。

 私さあ、ラブランに行ったとき(89年と92年)は、なんて観光地化された寺なんだ、トゥルマ(バターとツァンパで作る供物。タシキルは美しいトルマで有名)で天安門広場作ってるぜ(あれ、クムブムだったかな……記憶があいまい)、仏の供物へのはずのトゥルマが一気に小学生の夏休みの工作みたいな物体に。境内に写真屋が店を開いてジュース売ってるよ、日本人旅行者を英語と中国語でナンパするなよ切符売りの坊さん、中国政府の観光化政策を受け入れて建物だけは立派になってるけど黙ってこんなんされて本当にいいのかチベット……と思いながら滞在した記憶が。外側だけ見て批判的な感想持っててゴメン。
 町全体が参道のような、すべてがタシキルを中心にうごいている、美しい町(1992年当時)だったのに。


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2008.03.16

追悼のダラムサラ

 行く予定じゃなかったけど日帰り上京を決意。地方在住者はつらい……が、状況が状況ななかでチベット五輪聖火リレーどうなるのか見届けたく。
 ダラムサラからは、沈んだ感じのメールが届く。

ここの皆は「もう既に700人殺された」とか。
亡命政府は確認されただけで30人、未確認は100人と言ってます。
今もまたキャンドルデモをやってます。今日からハンガーストライキに入りました。
今日は街のチベットレストランは全部閉店です。うちもです。

 ルンタレストランも臨時休業。
 ダラムサラは追悼ムードにつつまれ、重い雰囲気になっているようです。
 別の知人からも「XXXXさん生きててほしい」と悲鳴のようなメールをもらいました。
 政治活動をしたとみなされて中国政府に逮捕され、インドに亡命してグチュスムで活動していたけれど、故郷に帰ることを決めて再びヒマラヤを越えた元政治囚の顔が思い浮かんだとのこと。

 700人が殺害されたかどうかは分かりませんが、拘束されて消息がわからなくなった人、逮捕を怖れて自宅に戻れない人、巻き込まれてけがをして連絡が取れなくなった人……、有形無形の「行方不明者」が多数出ていることは間違いありません。1989年の天安門事件のときもそうでした。一方で89年当時の中国人(漢民族)は、その直前の87年や89年2月にチベットで何が起きていたかを知りません(知らされません)でした。
 あれから20年、情報通信網は発達したけれど、どうなんだろう、変わったんだろうか中国。

 ニュース配信されて流れる映像が、すべてチベット人が略奪収奪している“暴動”ばかりで、「その後」の鎮圧の様子が伝わってこないことも不安。「平和的抗議じゃないじゃん」とリアルで電話掛かってきたし。でも、あの人たち全員素手だよ。石ころすら投げてないよ……。うまくなったのは情報操作だけ、なんて結果にならないといいんですが。10年前の87年、89年、外国人ツーリストが撮影した写真が海外に広まって衝撃を与えたことを“反省”し、中国当局はチベットでの撮影に神経をとがらせ、非開放地区で外人を発見しても、まずフィルム没収とか(いまならデータ消去か?)をしていた人たちだからなぁ……。

 あー寝不足で何を書いてるか分からなくなってきた。

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2008.03.15

チベットで7人死亡を確認―新華社/日本政府への要請

 時事の携帯速報で「新華社通信は、抗議デモが起きたラサで7人の死亡が確認されたと報じた」とのこと。天安門事件(89年)で公式な死亡者数は何人よ。ぜったい10分の1縮小解釈だよ……

チベットで暴動、数人死亡―中国
http://www.jiji.com/jc/p?id=20080315101530-6026170
中国のチベット自治区ラサで、大規模な暴動が発生し、商店や車両が次々と火を付けられた。AFP通信によると数人が死亡し、多数が負傷。【EPA=時事】


 日本政府に対して、「中国政府に『チベット弾圧をやめろ』と働きかけなさいよ!」とアピールしようと呼びかけている人もいます。文面は、それぞれが思うように。

こういうのって結構見られてます。民意ってやつです。
激励はメールで、苦情はFAXで! が基本です

 いま動けなくて、情報回すことくらいしかできないくてすいませんが、役立ちそうなのでこちらに転載。ありがとう。


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署名活動

 あした16日午後1時から、代々木公園で実施される「チベタン・オリンピック」トーチリレーで、独自に嘆願書と要請書に署名を求めて提出する動きもあります。
 協力できる方は現地へ。
 →TSNJトップ

 ◆2008/3/16(日) 「チベタン・オリンピック」トーチリレー日本でも!at東京・代々木公園

  • 月日=2008/3/16(日)
  • 集合時間=13:00代々木公園 (明治神宮側入り口前)集合
  • リレー= 13:15~14:00 トーチリレー
  • 解散=14:15

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チベット急転/要請行動

 ルンタ、SFTJapan、TSNJとメールが飛び交い、一つレスポンスするたびに新たな情報が入ってきて対応が追いつかず気ばかり焦る。「こんな情報が入った」と連絡があってもアウトプットが間に合わず。もう。深夜からはオモテの仕事までチベットモードに……。CNN見ろとかBBC見ろとか言われてる場合じゃない。もう、どこから何をすれば。とりあえずFTPできない環境にいるので、SFTJapanのぶんだけSFTJapanの新着情報にぶちこむ。依頼と問い合わせばかり簡単にそんなに、……そんなにいっぺんに動けん!!

 ツェリンさんから「SFTのからReturnMarch拘束に抗議する呼び掛けが来た」と連絡、ITSNからもReturnMarch拘束に抗議する呼び掛けがメールで入ったと転送が届き、アムネスティ本部もチベット本土のデプン寺僧侶拘束に関する緊急呼び掛けが出ているから呼びかけるなら一緒に、転送メール。どこかで集約できればいいのだけど動けないしそもそも昼間はFTPできず。だいたい送られてきた文書が「.docx」てなんだよ、開かねぇよ! 在米チベタンIT環境先進的すぎ。Wordのアップデートから始めなきゃいけなかったりしてものすごくじたばた。げ。会社のファイヤーウォールで遮断されるし。これPDFにならないのかなあ、とか思うけど、まずPDFソフトのインストールから始めなきゃとかどこまで泥縄。
 とりあえずブログに送り込む。→インド政府宛書簡

 参考リンク→3月10日に拘束された15人の僧侶(TGHRD)


 ルンタからは泣けるメール。

 撮ったビデオと写真を夜ルンタ・レストランで皆で見ました。店の女の子たちは涙を流したりしてました。それほどリアルで激しいものでした。叫びすぎと抵抗しすぎで失神する人もいました。
 さっきもダラムサラではキャンドルデモをやっていました。

 レストランの人たち、ResistReturnMarchに参加せず残った人たちも、みな本土で過酷な経験をしたり、本土に家族や親戚を残している人たちばかり。警官に引き倒される光景に、フラッシュバックが出てしまったのかなあ。


 ReturnMarchには冷淡だった日本のメディアが、本土の状況にすごい反応で、――インドでチベット難民100人が拘束されるよりも、ラサで僧侶2人が重傷になるほうがニュースとしての扱いが大きくて、そりゃーそうだ、やっぱり、「出た人たち」が外から何を言うより、中にいて耐えている人が動く重みというのは大きいんだと改めて切なくなったり。
 「中の人たち」には、あんたら後が大変なんだよ、無理するなよ、と泣けてきたりもしてものすごく複雑。「もっとやれ」とか「今だ行け」とか言えるわけがない。でも、今の状況はたぶん、事態をより悪化させることでしか訴えを「外」に届けられなくて、たぶん。
 いやもちろん、中にいる人が立ち上がった背景には外の人たちに呼応したという側面もあって、どちらが意味がないというようなものではなくて……うまく言えなくてすいませんが。
 で、オモテ仕事。ああもうどうしろと。


 チベット本土関係者からは「14日には電話がつながったけど『車が燃えているのが見えて危険で外出を控えている』と言っていた。今日は電話がつながらない」。ラサにいるはずの知人はたまたま自治区外にいて戻れなくなったとのこと。ネットでは「14日午後10時ごろラサに電話したら停電だって言ってた」というつぶやきも見た。伝聞情報が風の速さで駆け巡り、不安だけが募る。


 以下、「ここを見てほしい」と飛び込んでくるメールから抜粋してとりあえずの覚書き。オモテの合間をみて整理できれば……とはいえ。むぅ。


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2008.03.14

News0314

 3月14日ニュースクリップ

チベット騒乱!僧侶が五輪開催に抗議 弾圧で死者も

2008.3.14 23:06
(産経Web)
 【北京=野口東秀】中国国営新華社通信は14日、チベット自治区のラサで同日、複数の店舗が燃やされ、暴動で負傷者がいると公式に伝えた。AP通信などは目撃者の話として、同日に数百人の抗議行動が発生、数台の公安車両などに火が放たれたほか、主要寺院が封鎖されたと伝えている。中国支配に抗議したチベット人らの騒乱は北京五輪開催に抗議する意味もあるとされ、当局が社会安定を理由に、相当な弾圧を加える可能性が出てきた。抗議行動が青海省など各地に飛び火する可能性もある。
 騒乱は1989年のラサ暴動以来、最大規模となりそうだ。新華社電は、店舗への放火で煙がもくもくと立ちのぼったとし、ジョカン寺など主要寺院に近い土産物販売の店舗は店を閉じたとしている。複数の車両が燃やされたとの情報もある。
 AP通信などによると、14日のデモ隊は僧侶と一般市民で、放火された車両には軍車両も含まれるほか、焼け落ちた建物もあるという。同日までに、ラサにあるセラ寺院など3大仏教寺院を含めた複数の寺院が数千人規模の武装警察部隊などにより封鎖されたほか、寺院では僧侶が、拘束された僧侶らの釈放や武装警察部隊の撤退を要求し、抗議のハンガーストライキに入っているとされる。
 観光客は主要な寺院に入れず、現地の当局者は、抗議行動に関する詳細な情報の提供を拒否している。
 米政府系放送局「ラジオ自由アジア」などは14日、チベット自治区のラサで、僧侶2人が武装警察の暴力などに抗議する形で手首を切るなど混乱が続いていると伝えた。手首を切った僧侶は腹も刺し重体となったが、病院への搬送を拒否したという。
 ラサでは1959年の「チベット動乱」から10日に49年を迎えた。チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世がインドのダラムサラに亡命して49年となるが、亡命チベット人住民がダラムサラ近郊で13日、中国政府への抗議デモを行い約130人が拘束されたと伝えられる。ダライ・ラマは最近、「想像を絶する人権抑圧」が続いていると述べ、極めて事態が緊迫していると訴えていた。
http://sankei.jp.msn.com/world/china/
080314/chn0803142305004-n1.htm


インド:亡命チベット人100人、警察が身柄拘束

(毎日新聞 2008年3月14日夕刊) 
本文  【ニューデリー支局】インド北部カングラ地区で13日、中国政府に対する抗議デモを行っていた亡命チベット人ら約100人がインド警察当局に身柄を拘束された=写真、AP。AP通信によると、デモ参加者はチベット亡命政府があるダラムサラから中国のチベット自治区に向かう途中で、北京五輪を控える中国のチベット政策への抗議が目的だった。

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ReturnMarch全員拘束

20080313noda_masaya_2  10日にダラムサラを出発したグチュスムやSFTのResistReturnMarchは12日早朝に全員が拘束。前日にデリー市内の中国大使館前でも大きな集会があり、突っ込もうとしたチベット人が数十人拘束されてたそうで。ガワン代表……。
 同行取材中のフォトジャーナリスト野田雅也さんから画像を借りたので紹介します。ダラムサラからもメールがあり

 今日の朝7時ごろ、インドの行進組は100人全員逮捕されました。はでに暴れながら逮捕されるところがあさ早くBBCで流されました。野田さんはちゃんとその場にいたとかで詳しく話を聞きました。外人も30人ぐらい捕まったそうですが彼らはすぐに開放され、そのグループが拘置所前でギターでボブの歌を歌い、中からはチベット人がFreeTibetと叫んでいたとか。2日後に釈放されたらまた続けるそうです。

とのことでした。ボブの歌ってボブ・マレーですかね。しかもギターで、って、ギター持って歩いていたのか外人。
 いやガワン代表もSFTのテンジンさんも心配ではあるんですが、インド警察なら殺されはしないだろうという気がちょっとしていて、むしろ拘束されたことでヒロイズムに酔ってヒートアップしないでほしいとか、そんないらんところに気を回してみたり。無事に帰ってきてほしいんですけど。
 それより気がかりなのは中国政府に拘束されたチベット本土のお坊さんたちで、こっちはめちゃめりゃシャレにならない事態じゃないかと、続報がないだけに不気味で仕方ありません。
 ReturnMarchの日本での報道はこんな感じ↓

2008/03/13-15:57 亡命チベット人100人を拘束
=「帰郷」行進を阻止-インド当局
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008031300699
 【ニューデリー13日時事】インド北部ヒマチャルプラデシュ州のダラムサラ近郊で13日、中国政府への抗議デモを行っていた亡命チベット人のグループ約100人が警察に身柄を拘束された。
 このグループは、今年がチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世のインド亡命から49周年を迎えたのに合わせ、首都ニューデリーなどを回り、北東部シッキム州のヒマラヤ山脈ナトゥラ峠から中国チベット自治区への「帰郷」行進を計画。10日に拠点のダラムサラを出発していた。
 警察によれば、グループは約50キロ進んだところで拘束された。


 SFTJapanのツェリンさん経由でも、インド政府に拘束を解くことと、非暴力のチベット人に言論の自由を認めることを求めるよう、各国のインド大使館に働きかけてほしい、という呼びかけに協力を依頼されました。
 SFTのメッセージとりあえずここ→「your_excellency.doc」
 後でSFT日本のサイトもなんとかします。(って、寝る時間が……仕事は……)


 ITSN(インターナショナル・チベット・サポートグループ・ネットワーク)からもチベット難民の活動を支援する呼びかけの訴えと、アムネスティからはチベット本土のラサで拘束されている僧侶らに拷問をしないよう呼びかけるアクションの依頼。
 ようやくなんとかSFT日本のサイトを更新して活動報告作ったと思ったのに……事態の進行が早すぎて追いつかない……


 (18日追記)
 現場を同行取材していたカメラマン野田さんが「実際のところを」連絡くださいました。忙しいのに、メールのやりとりもままならないのに、ありがとう野田さん。

  • 朝7時→朝6時半ごろ
  • 外人も30人ぐらい→外国人は3人が一時拘束されましたがすぐに釈放
  • ボブ→Get Up Stand Up / Bob Marley&The Wailers
  • 2日後に釈放→逮捕された13日時点では24時間以内の拘束とみられていましたが、その後全員が警察施設に移され、14日間以内(3月27日まで)の軟禁に

 予想に反して拘留が長期化したことで、逮捕された人たちの健康が懸念されること、「帰還行進」(オリンピックの始まる8月8日までにラサ到達を目指す)自体が時間切れで成立しなくなる可能性が出てきたことで、チベット人組織が「インド当局に、非暴力行進を続けさせるよう働きかけてほしい」と呼びかけているのでした。

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2008.03.12

アプライジング・デーinダラムサラ

068 ダラムサラの知人から、3月10日の現地の様子の写真をいただいたのでご紹介。
 あ、熱いー……。
 左の画像はたぶん、ダウン・ダラムサラに向かってジョギバラよりさらに坂を下ったあたりでしょうか(コルラ道にしては道幅が広いし)。巨大なチベット国旗のほかに「チベタン・オリンピック」の大プラカードも見えます。あれ、白いドレスシャツに長髪をポニーテールにしている兄さんはチベ五輪プロデューサーのロプサン・ワンギャル本人だったりして? ははは。076 
 右の画像はそのアップ。「チベタン・オリンピック」目立つなあ。そういえば、ダラムサラの3・10マーチは、チベタン・オリンピックのトーチリレーも兼ねていたのでした。どっかにトーチ持ったランナーもいるのではないかと思いますが、この熱気で埋もれているのでしょうか……。

メールによると、

昨日の夜も今日の朝もデモしていました。

とのこと。在住10年以上の知人が「これまでになく大きな規模のデモでした」と言うのですから、相当に大勢の人が集まったのだろうなあと思います。

123 右の画像は、よく分からないけど、すっかりダウン・ダラムサラに下りて、乗り合いバスが止まっていたりするあたり……でしょうか。普段はチベット人の姿の目立たない、インド人の街がこんな風になるとは……。
Adver 右の写真、印象的なのは、全身にペイントして雄叫びを上げる若いチベタンももちろんですが、その横で、やや暑そうにチベット国旗を日よけがわりにしてたり、男性の後ろで、ほんとに普通の普段着姿で歩きながら声を上げているふつーのおばさん・おねぇちゃんの姿です。
 難民の町は、およそ“政治活動”なんてものとは縁のなさそうな、できるならそんなことには関わりたくないよ、という市井の人たちが行進に加わらざるをえないほどの閉塞感に覆われているんだ、と思ったりするのです。
 ……そして、たぶん、それは本土も同じ状況なのかもしれない、と思ったりもするのでした。

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2008.03.11

風雲急、その2

 それから夜に見つけたYouTube映像。香港テレビ局のニュースを引用して紹介するコーナーのようです。歩き出して数時間で、インド警察が道路を封鎖してにらみあいになった、という内容。昨日の今日で、もうこんなニュースになってしまうとは。

 うっわーー、どこまで行けるかとは思ってたけど、ストップ掛けられるの早っ。
 そして、「国境まで歩く」と言っていたグチュスムのガワン代表とか、「自分はインド生まれの2世だから、国境越えが成功したら、初めて祖国を見ることになるんだ」と話していたSFTダラムサラ代表のテンジン君とか、今頃どうしているんだろう、とちょっと不安に。テンジン君とか血気盛んな青年だったしなあ。
 それから、1カ月間マーチ同行取材の予定で日本を発ったフォトジャーナリストのNさん。一緒に歩いているはずだけど、報道カメラマン的には多少の衝突は折り込み済みバッチコイなはずではあるけれど、どうしているだろう。

 http://www.march10.org/live/ は出発時の(?)集会のものらしい映像が繰り返されているだけだし……。

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風雲急

 3月10日を機にチベット関係のニュースが多くなって、なんだか風雲急。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080310-OYT1T00812.htm
北京五輪を機に「チベット問題喚起を」…ダライ・ラマ演説
2008年3月10日(月)23時46分配信 読売新聞
 【ニューデリー】チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は10日、インドに亡命して今年で49年となるのに合わせ本拠地ダラムサラで演説し、8月の北京五輪を機に国際社会が中国政府にチベット問題を積極的にただすよう訴えた。
 演説でダライ・ラマは、「チベットでは想像を絶するほどひどい人権抑圧が続いている」と述べ、チベット仏教徒への迫害が五輪を前にここ数年さらに悪化していると非難。「国際社会は五輪に選手を派遣するだけでなく、こうした問題を中国政府に対し喚起すべきだ」と呼びかけた。さらに、「中国は五輪の良きホストであろうとするなら(チベット問題について語る)自由をも提供すべきだ」と語り、チベット問題で各国の懸念表明にかたくなな態度を取る中国政府をけん制した。

 かと思ったら、チベット本土からはこんなニュースもありました。穏やかじゃないなあ。

http://www.rfa.org/english/news/breaking_news/
2008/03/10/tibet_protest/

China Detains Tibetan Monks Protesting on Key Anniversary
2008.03.10
KATHMANDU—Chinese authorities in Tibet today detained dozens of Tibetan monks staging a rare protest march into the regional capital, Lhasa, on a key anniversary.
An authoritative source who declined to be identified told RFA’s Tibetan service as many as 300 monks set out from Drepung monastery outside Lhasa on the roughly 10-km (5-mile) walk into the city center.
Sources said the monks were marching to the Potala Palace in the heart of Lhasa to demand the release of monks detained last October shortly after the exiled Tibetan leader, the Dalai Lama, received a Congressional Gold Medal in Washington.
(以下略)

 原文は長くてざっとしか読んでないんですが、「ラジオフリーアジア」(ボイス・オブ・アメリカみたいな米系放送)のカトマンズからの報道で、ラサで10日、パルコルを目指してデプン寺から歩き始めた僧侶ら約300人を当局の警官隊が制圧、数十人が拘束された、というもののようです。昨年10月にダライラマ14世が米下院議会の最高勲章「ゴールド・メダル」を授与された時に拘束されたままの僧侶の釈放を求め、ポタラ宮殿からパルコルまでをデモ行進する予定だったとみられる、とされてます。
 ラジオフリーアジアは未確認情報として「10台近い軍用車、10台近い警察車両、数台の救急車が目撃されている」「なぜ救急車が呼ばれたかは不明」「デプン寺への道は車で封鎖され、ラサ市内と周辺の僧院はすべて出入り禁止状態にさせられた」「セラ寺ほか主な寺院の僧侶計9人と民間人2人がツクラカン正面で抗議のスローガンを叫び、全員が逮捕、拘束されたという目撃情報もある」とも書いています。
 ……穏やかじゃないなあ……。


 (3月12日追記)
 共同通信配信の日本語ソース出ました。

 中国:ラサで僧侶、チベット政策に抗議デモ 70人拘束 
http://mainichi.jp/select/world/news/
20080312k0000m030121000c.html

 米政府系放送局「ラジオ自由アジア」によると、中国チベット自治区ラサで10日、チベット仏教の僧侶ら数百人が中国のチベット政策に抗議するデモを行い、警官隊が約70人を拘束した。
 外務省の秦剛副報道局長は11日の定例記者会見で「僧侶は、社会の安定を害する違法活動を行った」と述べ、僧侶の行動を批判した。(共同)
 毎日新聞 2008年3月11日 22時03分

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2008.03.10

インターネット中継マーチ

080310march  チベット人から「ネット中継があるよ」と教えられ、http://www.march10.org/live/ へ。
 専用チャンネルとはまたやるなあ、チベ人。

 何が映るはずかというと、ダラムサラを出発してラサを目指す、「Rise Up, Resist, Return March to TIBET」の様子。
 リポーターらしい女性が車に乗り込み、何か説明しながら、道ばたをとぼとぼと歩くチベット人の列を追い越したり、待機しているジャーナリストらしい人たちが映り込んだりしている……が、音声が入らなくてなんだかよう分からん。

 もう少し、時間に余裕があってブロードバンド環境のパソコンの前に座っているときに、こまめにチェックしつづけることにします。

 Rise Up, Resist, Return March to TIBETには、この前新宿で会ったフォトジャーナリストのNさんが同行してるはずだし、何より、グチュスムのガワン代表も先頭を歩いているはずだし。なるべくなら、国境までは、トラブルなく大雨や大風に見舞われず、たどりつくことができますように。

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2008.03.09

聖火って何本回ってるんだ!?

 北京オリンピックに対抗(?)して、「チベットは中国じゃないんだ」ってところを見せようと、チベット人プロデューサーのロブサン・ワンギャル氏が企画したのが「チベタン・オリンピック」。その聖火リレーは1月にダラムサラをスタートして、シドニー(豪)、台北(台湾)を回り、紆余曲折あったけど、今度16日に東京(日本)を通過する。

 「もうひとつ、ITSN(インターナショナル・チベット・サポート・ネットワーク)が支援している聖火リレーがあるはずなんだけど、あれは日本には来ないの?」
 友人のチベタンからそう聞かれたのが少し前。
 何それ? 検索すると「グローバル人権聖火リレー」というのがひっかかった。スローガンはやはり公式スローガン「同一箇世界、同一箇夢想(1つの世界、1つの夢:One World One Dream)」をもじって「同じ世界、同じ人権」。なかなかいいじゃん。主催は「法輪功迫害真相調査連盟」となっている。「法輪功」関係のようだ。ITSNがサポート……は違うんじゃないかなあ。

 そう言うと、友人は首を振った。
 「それじゃない。今度ギリシャで採火する予定になってるものがある」
 ええ?
 改めて探したら、あった。「チベット自由聖火(チベタン・フリーダム・トーチ)」というらしい。うわ、公式サイトまである。→「Tibetan Freedom Torch」

 ということで、現在、ホンモノの「北京オリンピック聖火リレー」(国際オリンピック委員会主催)、ロプサン・ワンギャル企画の「チベタン・オリンピック聖火リレー」、「グローバル人権聖火リレー」(法輪功迫害真相調査連盟主催)、「Tibetan Freedom Torch」(主催はどこ!?)と、少なくとも四つの聖火リレーが世界を回っていることに……。
 どうなってるんだか。


 (3月11日追記)
 こんなニュースが配信されました。本当だったんだ……。

 チベット人、抗議の「採火式」=北京五輪
 2008/03/11-00:23
 今月24日に予定されている北京五輪採火式より先に、古代五輪発祥の地で抗議の火がともされた。中国の支配に反発するチベット族ら10人のグループが10日、ギリシャ・オリンピアで「採火式」を実施。グループは競技場への立ち入りを許されなかったため、外の駐車場で行動を開始したという。止めに入った警察官と小競り合いになったが、逮捕者は出なかった。
 チベット人活動家の間には、5月に「チベット五輪」を開催する動きもある。(AFP時事)
http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2008031100009

 ※まあ細かい話だけど、「中国の支配に反発するチベット族ら10人」というと、まるでウーツァンやカムアムドから中国国籍のチベット人が国境を超えてギリシャまで行ったように読めて、えらいアクティブにやってんなぁ中国占領下のチベット人、と誤解を招くような気がします。ま、私だけかもしれませんが。(逆に言えば、中国国籍のチベット人がそんなことできるくらい自由だったら抗議活動もないような気がしますが、はっはっ)

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2008.03.05

[東京]渡辺一枝チベット写真展「風の馬」

001 おー……渡辺一枝さんからDMが……。おそれおおくも写真集「風の馬」も手元にあります。
 最近身辺が殺伐としていて、本を手にしたときは読んだらつらくなるのではなかろうか(今の自分が嫌になるとか現実を突きつけられるとかして)と思ったのですが、開いて、読むともなしにページを追ううちに、すっかり頭の中が草原になっていました。
 明日がある、写真の中で一枝さんに笑いかけるチベット人は皆そう言っている気がします。で、自分も、そう言われた気持ちになります。

 最近ふと、自分とチベットのかかわりってなんだろう、と思ってしまった一瞬があって、そんなときに本をいただいて、いやいやこりゃもう理屈じゃないし、などと思い返したのでした。

 渡辺一枝 チベット写真展
 「風の馬」(本の雑誌社)出版記念
 2008年3月19日(水)~3月26日(水)
 AM11:00~PM7:00(最終日はPM5:00まで)
 会場:セッションハウス・ガーデン2F
 ご希望の方にオリジナル・プリントを販売いたします。

 トークショーもあるようです。いいなあ。

 渡辺一枝講演会
 日時 2008年3月20日(木・祝)PM3:00 参加費1000円
 場所 セッションハウス地下スタジオ
 申し込み受付 3月10日AM10:00~ 電話03-3266-0461
 定員 先着150人

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2008.03.04

上海の(国際体操)中心で「チベット」を叫ぶ

 「中心」は「センター」の中国語訳で(まんまですな)、「国際体操中心」は日本ならさしずめ「国際アスレチックセンター」ってところ。「ビョークが上海のコンサートで『Declare Independence』の歌詞に『Tibet!』を織り込んだ」という話題の画像を拾ったので。

 もっとクリアな映像は「Bjork's Shanghai surprise」( Guardian News )に(直接リンクする方法が分からないので)。"Don't let them do that to you. "は聞き取れませんでしたが、ささやき声からやがてシャウトで"Tibet,Tibet! Raise your flag!"と振り絞ってます。
 Guardian Newsの記事「Björk's Tibet protest offends Chinese fans」 によると、ビョークはこの歌をビデオクリップではグリーンランドとフェロー諸島に捧げてグリーンランドの国旗を登場させ、先月の日本公演ではコソボに捧げて歌ったそうです。
   か、かっこええ……。

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