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2010.09.21

ドキュメンタリー「TIBET IN SONG」とガワン・チュペル

 Music Tibet comより、ガワン・チュペルさんの略歴

 ガワン・チュペル(Ngawang Choephel)
 ガワン・チュペルは1966年チベット生まれ。1968年、母親のソナム・デキの背に背負われてヒマラヤを越え、中国占領下のチベットからインドに逃れる。インド南部ムンゴットのチベット難民セツルメントで育つなかで、ガワンは故郷の音楽の響きに魅せられるようになる。難民として異郷で育つ彼にとって、伝統音楽の響きだけが唯一、故郷と直接の結びつきを感じられるよすがであった。10代のころ、彼はダムニェンを弾けるようになりたくて、ひょうたんと釣り糸で自作のダムニェンを作って練習した。
 1992年にインド北部ダラムサラのTIPA(チベット伝統歌舞団:Tibetan Institute for Performing Arts)を卒業後、フルブライト奨学金を得て、米バーモント州のミドルバリー大学(Middlebury College)で数年間、民族音楽と映画制作について学んだ。
 その後ガワンは、チベットの伝統的歌や踊りを継承するため、チベット本土へ戻って後継者を育てようと計画した。10代の若いチベット人は伝統音楽より流行りのポップミュージックに興味を持ち、チベット本土では中国当局がチベット文化を抹消するための構造的なキャンペーンを展開し、チベットの伝統音楽の担い手は消滅の危機にさらされていた。
 しかし、故郷チベットに帰還したガワンに、事態は悪い方に進み始める。
 1995年8月、チベットに戻りやっと1カ月が経ち、伝統音楽と舞踊のドキュメンタリー制作の準備に入ろうとしたときに、ガワンは中国当局に身柄を拘束され、監禁状態に置かれ、外部との連絡手段を絶たれてしまう。翌1996年12月まで、彼が法的にどんな状態に置かれているのかさえも公にされず、生死も不明な状態が続いた。最終的に、ガワンは非公開での密室裁判で、「スパイ行為及び反革命的活動を行った」という罪をきせられ、懲役18年の判決を受けた。この判決は、その当時までチベット人政治犯に下された刑期のうちで最も重いものの1人だった。
 6年後の2002年、ガワンは健康上の理由で釈放された。現在はニューヨークに住み、映画製作の仕事に携わっている。

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