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November 2010

2010.11.24

[メモ]シンボル

 ここまでの流れは以下を参照。
 http://togetter.com/li/72300

 140字で端的に言うのは難しいので、ここをメモ代わりにして申し訳ないのですけど個人的な感想を書いておきます。システム開発の技術的分野は完全に門外漢なので、部外者の感想ってことでお願いします。


 パソコンやウェブサイト上にチベット語の環境をつくろうという努力は、汎用OSが誕生した当時から20年以上にわたっていろんな方が努力して来られたことだと思います。特に、使用しているパソコン環境にとらわれず、異なるシステム間でもやりとりできるチベット語データを待ち望んでいた人は多いのではないでしょうか。

大谷大学チベットランゲージキット
http://web.otani.ac.jp/cri/twrp/outlk/jp/features.html

チベット語入力ソフト(サンボーダ)
http://www.nitartha.net/

カワチェン チベット語入力(上記ソフト日本語互換バージョン)
http://www.kawachen.org/sambhota.htm

たけださんのチベット語エディター
http://www.h5.dion.ne.jp/~pema/mwtib/index.html

 ずぶの素人の感想ですが、十数年前は、パソコン上でチベット語を自由に読み書きできることは「学術研究者など特殊な技能を持った人が特殊な用途で使うために必要なこと」であって、一般人からの需要はない、一般人はできなくてもいい(=手書きでいい)、と考えられていた状況じゃなかったか、と思うんです。

 その後パソコンとインターネット環境のすごい普及があって、でもチベット語はパソコンでも読み書き(表示と入力)がまだ不十分で互換性がなかったから、5年ほど前までは(つまり、Windows VistaとMac Leopardが出るまでは)チベット人同士でも英語でメールを書いたり中国語でメールを書いたりしなければいけない状況だったと思います。
 さらにVistaとLeopardが出てきてPC上ではUnicodeによるチベット語環境が整った後も、携帯電話にはチベット文字が組み込まれていない(iPhoneのこれまでのバージョンでやや崩れた形で表示されるのを除く)状況は現在も続いていて、中国の携帯は漢字と英語だけが表示されるし、インドの携帯はディーバナーガリーと英語だけ、日本の携帯は日本語と英語しか表示できません。携帯電話のショートメールが普及しているインドや本土では、せっかくPCでの環境が整ってきただけに、携帯でもチベット文字の入力や表記ができる日を待ち望んでいる人も多かったと思うし、だから、24日リリースされたiPhoneの新OS「iOS4.2」に喝采を叫んだ関係者が多かったんだと思います。

 (素人視点による経緯、ここまで。)


 さて、チベット人自身が開発した、というふれこみのチベット語入力支援システム&フォント「モンラム・プェイ」をまとめているのは、南インド・セラ寺院の僧侶ロサン・モンラムさんです。
 本土出身の亡命1世であるモンラムさんは、幼いころから機械いじりが好きで、ワイヤレスマイクをばらばらに分解してまた組み立てて遊んだりするような子どもだったそうで、本業の仏教の修行の傍ら、ITにも興味を持ちます。
 お寺にパソコンが配備され、前を離れようとしないモンラムさんに「そんなに興味があるならやってみろ」ということでパソコンに触る機会を得たそうですが、モンラムさん、本土で育ってますので英語を勉強した経験がありません。画面に出てくるコマンドの意味も分からないし、どこを押せばどんな動作をするのかも分からず、お寺は市街地から離れていて、近くにパソコンショップがあるわけでもない。とにかく最初はありとあらゆるところを触って動かし、「なぜさっきはこう動き、今はこう動作したのだろうか」とチベット仏教の弁証法で論理立てて考えていくことで、まったくのゼロから約2年でパソコンの使い方を修得したんだそうです。(信じらんないけど、本人がそう言ったんだもん)

 インターネットにつながったパソコンで世界をかいまみたモンラムさんが抱いた夢は「パソコンで全世界のチベット人が一つにつながり、チベット語で会話し、国境も山脈も超えてチベット語を次世代に伝えていくこと」。このへんは想像ですが、パソコンオタクのモンラムさんが、インターネットの凄さやウェブで知りえた情報を周囲のお坊さんたちに熱く語る様子が目に浮かぶし、セラ寺の伝統的な生活共同体の中で、モンラムさんがパソコンオタクとして局地的な有名人になったことは想像に難くありません。

 その後、局地的有名パソコンオタク・モンラムさんは、チベット語入力システムの開発に携わってきたその分野の第一人者である外国人と知り合う機会を得たり、言語システム開発分野のプロジェクトからインフォーマントとして招かれたり、などの縁を得て、パソコンでチベット語の読み書きが自由自在にできるようになるべきだと考えているのは自分1人ではないのだ、という連帯感を得ました。「パソコンを使えるチベット人全員がチベット語も打てるように」と考えて、システムの無料ダウンロードサイトを作り、チベット政府がバックアップして盛大なお披露目もできました。今は、彼の弱みである英語力と総合的なIT技術の知識を充実させるために、興味ある分野を貪欲に吸収している最中だと思います。(確か現在はカナダだったかアメリカだったかで英語とITを学んでいるのではなかったかな)

 彼が1人で最初から全部を作り上げたなんてことはあり得ないです。でも、素人目から見たときに、チベット人にとって、シンボルとしての彼の登場はとても大きな衝撃があったように思います。
 パソコンなんて触ったこともないのに、本土出身でちゃんとした教育を受けてきていない(と難民社会の人たちは考える)のに、チベット人が、たった2年でパソコンを使えるようになり、「チベット語でメールが書けるよ、チベット人なんだからチベット語を使おうよ」と呼び掛けたのです。「自分たちにもやればできるはずだ」という意識と自覚と自信が生まれたんじゃないかと思います。

 私はモンラムさんに会ったのはごくわずかな時間だけですが、それ以上に、モンラムさんを尊敬して「彼はすごいなあ」と感心し褒める人の話を聞きました。知り合いは「モンラムさんが呼び掛けてから、海外在住のチベット人たちがツイッターやメールでチベット語を使うことが流行している。ツイッターの自己紹介やスカイプのIDもチベット語表記にしはじめている」と教えてくれました。
 実際に開発したかどうかではなく、その存在が周囲のチベット人に及ぼした影響をみるなら、決して小さいものではないと感じます。ライブドアの象徴がホリエモンだったみたいに(皆ホリエモンが1人でライブドアを作って運営してる訳じゃないことは知っていて、それでも象徴的存在として見ていたわけだし)、実態とは違うかもしれないけど、「PCシステムにチベット語環境を普遍化させよう」というキャンペーンにシンボル的な人物の存在がある、というのはそんなに敵視しなくてはいけないことかな、とも思ったのでした。

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2010.11.20

ドキュメンタリー「THE SUN BEHIND THE CLOUDS」上映会(12/19)

 2008年3月にチベット全土で起きた中国当局への抵抗活動と流血を伴う武力弾圧とをチベット人自身の視線で追ったドキュメンタリーの日本初公開です。限定数ですがDVDの販売もあります。

THE SUN BEHIND THE CLOUDS上映会
日時:12月19日(日)開場18:30、開始19:00
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター
   (東京都渋谷区代々木神園町3-1)
    センター棟4F セミナールーム(417)
    http://nyc.niye.go.jp/facilities/d6-1-38.html
料金:1000円(予定)
定員:300人(予約不要)
主催:SFTJapan

 なんだか最近チベット関係のドキュメンタリーってたくさんあるよね、どれも似たようなもんでしょ、もう飽きたよ、とお考えの向きに、映画のご紹介など。  とはいえ、私も作品自体を見たわけではなく、19日の初上映を楽しみにしている1人なので、映画レビューはできませんがご容赦下さい。
 あと、その映画なら知ってるよ! という方もご容赦下さい(新しい内容はありませんので…)。


 『The Sun Behind the Clouds: Tibet's Struggle for Freedom』(2009年/印・英/79分)は、チベット難民2世の映像作家テンジン・ソナム&インド女性リトゥ・サリン共同監督の、初の本格ドキュメンタリー作品です。
 テンジン・ソナム&リトゥ監督夫妻はこれまで、アーティスティックな映像作品や、歴史的事実をストーリーにうまく融合させた作品「ドリーミング・ラサ」(2005年)などで知られています。

 2009年に六本木ヒルズ森美術館で開かれた美術展「万華鏡の視覚~ティッセン・ボルネミッサ現代美術財団コレクションより」でも収蔵コレクションの一つとして監督夫妻の映像作品が紹介され、出展作家の1人として招聘され来日したこともあります。アートレビューはこちら(後半にあります)。
 ドリーミング・ラサのレビューはこの辺り(movie memo)を参考にして下さい。

 私は監督ご本人と面識はありませんが、会った人から聞いた話を総合すると、アート志向が強い芸術家肌の作家だ、という印象を受けています。2008年までは、正面からの(=ベタな)取り上げ方でチベット問題をテーマとするよりも、芸術や人間ドラマを通じてチベットを描き出していくアーティストなのだろうと感じていました。
 それが今回のドキュメンタリー制作に至ったのは、ひとえに、2008年3月の蜂起があり、1959年から半世紀という時期を迎えて、「チベット人として今自分がやらなければいつ誰がやるのか」という気持ちに駆られたのだろうと想像しました。
 その意味で、「THE SUN BEHIND THE CLOUDS」は、監督にとって、満を持してのドキュメンタリー制作だったのではないか――と思うのです。

 そのこともあり、製作中から「あのテンジン&リトゥ監督がついにチベット問題のドキュメンタリーを作り始めた」という報道を、チベット関係のニュースサイトでたびたび目にしました。
Dalailama_2  ダライ・ラマ法王へのインタビュー風景(顔の50センチくらい手前まで接近してカメラ回してたような……)や、Tenzinginterviewingwoeser 北京在住のチベット人女性作家ツェリンウーセルさんを訪ねてインタビュー撮影をしたことも、ウーセルさんご本人がブログで紹介しています。
(ブログ本文はこちら→被中国导演抵制的西藏纪录片拍摄花絮

 そして完成した作品は、2009年8月の韓国DMZドキュメンタリー映画祭(DMZは南北分断非武装地帯の意)出品を皮切りに、欧米アジア各地の映画祭に招待されました。2010年1月パームスプリングス国際映画祭で「Best of the Fest」授賞、同2月ムンバイ国際フィルムフェスティバルで「Silver Conch Award」授賞、同3月プラハ「ワンワールド国際フィルムフェスティバル」で最高賞の「Vaclav Havel Award and the Rudolf Vrba Award for Best Film in the Right to Know category」など、数多くの賞を受賞しています。

 このうち、パームスプリングス映画祭では、このTHE SUN BEHIND THE CLOUDSの正式招待に抗議して、中国の映画監督・陸川(チベットの自然保護活動を描いた『ココシリ』の監督)が参加をボイコットするなど、国際問題にもなりました。
http://www.chinanews.com.cn/yl/yl-yrfc/news/2010/01-07/2059588.shtml
(↑元ソースですが中国語)
http://blog.goo.ne.jp/dashu_2005/e/655ba95d302bcd73d0cdcc4b858889f1
(↑上記記事を受けた日本の方の個人ブログ)
 当時日本では、(陸川は有名な監督なので)中国の監督が国際映画祭をボイコットとは短く伝えられましたが、要因が「THE SUN BEHIND THE CLOUDS」であることまでは伝えられていなくて、残念だった記憶があります。


 と、まあ、こんな感じにけっこうな逸話のある話題作です。

 これまでチベット問題に関するドキュメンタリーは、BBC製作や、「チベット難民 世代を超えた闘い」(日本)など、チベット人以外の手で撮影されることが多かったので、「チベット人自身が表現を始めた/声を上げ始めた」という点からもぜひたくさんの人に見てもらいたいですし、ごくふつうの一般人が市井の1人の視点で撮影した「Leaving Fear Behind」とはまた違った、プロフェッショナルでガチンコのドキュメンタリーが観られるはずです。

 そして出演者は皆チベットの当事者たち。ブログ「チベットNow@ルンタ」(2010年3月30日)によると、タイトルの「The Sun Behind the Clouds」はガワン・サンドル(囚われのチベットの少女)ら、ラサ・ダプチ刑務所の獄中で抵抗歌をうたい拷問を受けた尼僧たちの歌のリンジン・チュキ(チベット@ルンタより) 一節からとったもので、映画のラストシーンで歌を歌う元政治囚の女性リンジン・チュキは、撮影当時はダラムサラのルンタハウスの奨学生寮に住み、英語とコンピュータの職業訓練コースで学ぶ学生だったそうです。
リンジン・チュキの証言
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51101231.html

 19日に映画を観た後で、もう一度、上記ブログを読んでいただければ、映画に登場する一人ひとりがそれぞれのつらい経験を背負っていることが実感できるし、それから、日本からの支援と顔が見える形で直接につながっていることも実感できて、身近に思えるのではないかと思います。ぜひ。

 以上、「The Sun Behind the Clouds」上映会が成功しますように、映画を見てなるほどこれがそうかとにやにやできそうな豆知識のご紹介でした。
 また、まだ時期は未定ですが、監督ご夫妻の来日計画も浮上中とのこと。つまり、実際に映画を見てみて、これはいい、ぜひ監督から直接話を聞く機会を持ちたい、という気持ちになったら、そのチャンスが巡ってこないわけでもない、ということです。そのためにも、実際に映画を一度見なくては。
 当日を楽しみにしています。

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2010.11.15

「困惑」(訳)

「困惑」

 たくさんの友達から「チベット人っぽくなくなったね」って言われます……これにはとても困惑しています。教えてください、私のどこに問題があるのでしょうか?? ほかにも、「漢人との混血でしょ?」と聞いてくる人もいるし、外国人からもたくさん「クオーターじゃないの?」って聞かれます。
 今回ここで説明させてください。……えへん……、

 まずはじめに、私はチベット人です。正統なカンパチベット人です(18代祖先を遡っても全員です。純血で、異民族婚はしてません)。ただし、私はいわゆる伝統的意味合いでいうずっと高原で生活し続けてきたチベット人というわけでもなく、ダルツェンド(康定)――ロンダク(美人谷:丹巴)――ダルツェンド――成都――北京――東京……と、感覚としては私はずっと「漂って」います。幼いころから一カ所にとどまることなく育っていて、またそのために、私は多くの地域の文化や習慣に触れる機会を得ることができました。
 チベット人は生まれつき全員が色黒だなんて誰が言ったんでしょうか。銅褐色のあかいほっぺた(*1)のためにそんな印象があるのでしょうが、実際は誤解です。標高が高いため、チベット高原では空気が乾燥して薄く、太陽光線は強く、気温は低いのです。地形は複雑で変化に富むため、チベット高原では気候も地域によって異なるし、変化も激しいのです。おおまかに言って高原では比較的降雨が少なく、そうした各種条件のもとで年間を通じて暮らしている人は、お肌も当然ボロボロになるんです。つまり、すべて後天的な影響なんです。
 私も幼いころは真っ赤なほっぺたをしていました。その後成都に来て中学校に通っていた時もまだ(頬の赤みは)うっすら残っていて、その後だんだんとなくなって消えました……。
 確かに、私が学んだ漢文化はチベット文化よりも多かったし、必要だったと言わなくてはなりません。私は漢字が書けますが、チベット語の文章は綴れません。私は故郷の言葉(チベット語の方言*2)は話せますが、ラサ口語(チベット語のなかでいう標準語)は話せません。
 けれど、例えどんな場所に行ったとしても、私は自分自身の誇りを忘れることなどありません。同時に、さらにたくさんの同胞たちが私たち自身の民族文化や民族の言語を努力して学ぶことも願っています。私たちのチベット文化を世界に伝えましょう~! みんなに、私たちの民族への理解をさらに広げて、もっと好きになってもらいましょう、イェ~!
 ……だいたいこんな感じですかね……、ちゃんと伝えたいことが表現できているか分からないけど……。

原文:alan 阿蘭的部落格
http://blog.sina.com.cn/s/blog_48ec5ebd0100mn5t.html

*1 原文は「高原紅」。高原紅って花の名前かと思ってた。りんごのほっぺのことだったのか。
*2 ご出身のエリアからして、カム語の一つのギャロン語と思われます。

 アムドでの状況もあっていろいろ考えているのかもしれず、心が痛みました。すいません私alanファンなんで。このブログは中国国内向けに解説された中国語ブログです。記事がアップされた13日から3日間に、中国人ファンのコメントがたくさんついていました。興味深かったので訳してみます。ネット中国語はよく分からないので、間違って訳しているものがあったらご指摘ありがたいです。
 もともとが中国語なので、「藏族(チベット族)」という表現が頻出します。ブログ本文では「チベット人」としましたが、コメントのほうでは「族」をそのまま「族」で訳しました。

哈哈 alan酱这算吐槽咩?
「はは、alanちゃん突っ込みは諦めたの~?」


绝对 藏族 啊
「絶対チベット族だぁ~」


頂,排上第一页啦,哈哈
(イイネ!)「1ページにコメントできた、はは」


哈哈  兰兰好可爱   这次好靠前啊     挺你!
「はっはっ ランラン可愛いよ 今回は落ち込んじゃったね 頑張って!」


兰兰姐,不用在乎的,我觉得长相这个东西并不是说哪里人就一定应该长什么样,谁也没有对这个有着严格的规定,而且我觉得兰兰姐长的怎么不想藏族人了,我给我同学看你的图片他们都说你真的很像藏族人,尤其是兰兰姐穿着藏族袍的时候,不像才有问题呢,而且,我觉得那些人说你并不是因为你的这个问题吧,出名了难免会招一些没有根据的非议,兰兰姐不用在乎这个的,做自己就好了,阿兰姐,加油,支持你两年多了,挺你到永远!
「ランラン姉、どうか気にしないで。私が思うに、容貌なんて東西どこの人だって個人差があるものだし、誰かが厳格な決まりを作れるものでもない。それに私にはランラン姉がチベット族じゃないなんてどうして思えるのか分からないし、同級生にランラン姉の写真を見せた時も皆本当にチベット族に似てるって言ってた。特にランラン姉がチベット族のチュパを着ている時は。何が問題なのか想像もつかない。それに、そんなことを言ってくる人たちは、あなたに問題があるわけじゃなくて、根拠のない非難をして騒いで目立ちたいだけの人だと思います。ランラン姉はそんな人たちに構わず、自分を大切にして下さい。alan姉がんばって。2年来のファンです。永遠についていきます!」


陪陪家人吧!兰兰姐,他们一定比我们还想你。
ご家族を大切にして! ランラン姉、家族は絶対私たちファンよりあなたを心配してるよ。


(alan)
谢谢。。。
ありがとう。。。


阿兰姐 我是阿坝的 我公司通事和领导他们都说我不像阿坝州那边的人 话和语言都不像 原因是在外面上班久了的原因吧
alan姉 私はンガワ(四川省アバ自治州)の人間です。私の会社でも、同僚や上司たちは皆私のことを「ンガワのほうの人には見えない」と言います。話し言葉も言語もみな似ていないと。原因は私が(州の)外で長く仕事をしていたのが理由だと思いますね


我觉得不管在哪里,创作也好,表演展示也好,有自己家乡的风格味道在里面,就是一个标志,一个血性的标志,也是永远吸引别人的标志。
希望回家时候好好放松,好好玩,家是我们最可爱可亲的地方咯。

どこであろうと関係なく、創作活動でもいいし、パフォーマンスでもいいし、自分の故郷の風格や味わいがあれば、それがすなわち一つの標識、一つの血統の標識であり、永遠に人を惹きつけ続けると感じてます。
実家に帰ったらリラックスして、たくさん遊んでください。故郷は私たちに一番優しく親しめる場所ですよね。


啦啦啦~~~
ららら~~~


别管他们,一群没见实的人,藏族要长什么样??? 兰兰永远是最美的,加油哦。。
会ったこともない人たちなど気にしないで。チベット族にどんな特徴が必要だっていうんだろ???
ランランはずーっと一番きれいだよ、頑張って。。


a  i  xi  te  ru    alan
(あ・い・し・て・る alan)


(alan)
我也困惑,你说藏族应该。。大概是啥样儿的呀?
私も困ってるの。チベット族って。。。だいたいどうじゃなくちゃいけないってのよ?


前排留名,说实话,我看你也不像藏族……尤其是康巴藏族,头发上都缠红绳
既に書き込んだ者だけど、私から見てもあなたはチベット族には見えない……特にカンパ・チベット族は、髪の毛の上に皆赤いひもを巻き付けているよ。


哈哈,反正就是特别~
あはは、いずれにしても特別ってことだね~


(alan)
我就这么大白天头上缠着红绳游走东京街头。。。???
じゃあ私は真っ昼間から頭の上にダシェーを乗せて東京の街頭をうろつかなくてはならないと。。???


支持阿兰!
alanに味方する!


知道啦,咱们的兰兰姐是纯种的藏族
わかったよ、僕たちのランラン姉は純粋なチベット族なんだね


(絵文字)阿兰要常回国表演呀
(そうなんだ!)alanもっとちょいちょい帰国してコンサートしてね


是啦你是,在很多时候在外生活的同时也是民族混合的过程...
そうなのね、あなたは、長い期間外地で生活すると同時に民族混合の過程……


慌了慌了。站位。
阿兰家族支持你,永远爱你~~~

ほらほら、立って。
alanファンはあなたを支持して、永遠に愛するよ~~~


第一次这么靠前,好嗨皮,好嗨皮。。。。
兰兰加油咯,demon永远支持兰兰,藏族的兰兰,美美的达瓦卓玛。。。。。

はじめてこんな落ち込んでる、ハッピーがいいよ、ハッピーがいいよ。
lanlan頑張って、demonは永遠にlanlanの味方だよ、チベット族のlanlan、美人さんのダワドルマ。。。。


我爱你alan
alan愛してる


无论你是什么名族、什么职业/总之你在我心中有特别意义/是你的笑容,重叠我的梦多回国吧~~~
阿兰家族想死你了
あなたが何族だろうと、どんな職業だろうと、あなたのすべてが私の心の中に特別な意味があるのです。それはあなたのほほえみ、重ねて言うなら私の願いは、もっとたくさん帰国してください~~~
alanファンはあなたを思って死にそうです


看来大家把你说的很郁闷。。。
你已经站在女神级的位置,感觉不到这样的信仰。
因为你是ALAN。。。

見たところ、あなたのブログを読んでみんなめいっちゃってますよ。。。
あなたは既にアイドル女神様になっているから、こんな迷いは感じなくてもいいのですよ。なぜならあなたはalanだから。。


(alan)
有你们在我幸福死了
あなたたちファンの方々がいてくれてとっっても幸せです


支持啦!  其实没怎么看出混血 不过很漂亮了  加油 兰姐姐.
応援します! 実際、どう見たって混血には見えません。でもとっても可愛くなったよ~~ 頑張れ、ランお姉さん


漂亮就好啦~~
何必在乎别人怎么说呢~~

可愛いいんだからそれでいいよ~
誰が何を言っても気にする必要なんかないよ~~


那啥不是汉藏同源么?所以长得像汉人并不奇怪吧...
なら漢族とチベット族は同源ってことじゃ? それなら成長して漢人に似てくるのも別に不思議じゃないし……


凹凹 那 那那你的下一代也会纯下去么
ペコペコ なら ならなら、あなたの次世代も純粋でいてね


(alan)
这个问题。。。。。
その問題は。。。。(ふらふら、ばったり倒れる絵文字)。。

 コメントはまだまだ続くんですが、疲れたのでこのへんで。
 政治的な問題に触れる話題は削除されてるのかもしれませんが、明らかに煽って傷つけるコメントはついてなくてalanファンとしては幸せ、ではありますが、それでも「まごうことなき善意で」こう言われてもな、というコメントがあると、ついなんともいえないもの(うまく表現できない…)を感じてしまったり。alan自身はそういう取りざたをされるのが一番厭だろうとは分かってるんですが、ごめんなさい。

兰兰是中国人;中国藏族人,这是一个永远改变不了的事实!!!
lanlanは中国人;中国チベット族人、これは一つの永遠に変わり得ない事実!


恩~阿兰博客的音乐也变了,第一首是天女不错。。仿佛到了雪域天堂~至于是不是藏族人,我觉得这个问题很幼稚?我们五千年前都是一家,炎黄子孙,都是中国人,亚洲人,地球人,太阳系人,银河系人,宇宙人。。。。。。。。阿兰我永远支持你!不过我有个悲剧的问题,我在你日本博客评论文章总是会被删除,是不是自动被删除的啊?我写的中文。。。。
う~んalanブログの音楽また変ったね、1曲目の「天女」いいね! 巡礼して雪国の天国に至る~だいたいチベット族人ってそんなじゃない? 私が感じるこの問題はちょっと未熟かな? 私たちは5000年前は誰もが一家族で、炎帝と黄帝の子孫で、どちらも中国人で、アジア人で、地球人で、太陽系人で、銀河系人で、宇宙人で。。。。alanずっと応援するよ! ただ私には悲劇的問題がある…私があなたの日本語ブログに書いたコメントが全部削除されちゃったの。もしかして自動的に削除されるのかなあ? 中国語で書いたから。。。。


嘛,兰酱的生活方式差不多都汉化了嘛,有偏差也正常~要是兰酱唱中文的时候咬字再准确一点就更完美了,加油喔~
ま、lanちゃんの生活スタイルはほとんど漢化されてるんだよ、すこし誤差があってもそれが普通だよ~もしlanちゃんが中国語で歌う時、もうちょっと発音が正確になればさらに完璧だよ、がんばってね~

 印象に残った書き込みをあと一つ二つ。

我是嘉绒藏族,在成都住了很久,现在是汉族同胞看我不想汉族,家乡藏族同胞看我不像藏族= =
私はギャロンのチベット族で、成都に住んでもう長いです。今では、漢族同胞は私のことを見て漢族には見えない、といい、故郷のチベット族は私を見てチベット族には見えない、といいます(- -)

藏族并不是单纯意义的在血缘上追寻,让我们从传承上真正地践行吧。我也是纯藏民,但由于种种原因学藏文的时间少于学英语的时间,但我们都要从现在开始学习,加油吧。
チベット族とは決して血統上の単純な生い立ちを指すものではなく、私たちが伝統を受け継いで実践することで真の意味でチベット族になるのです。私も純粋なチベット族ですが、さまざまな原因でチベット語を学ぶ時間は英語を学ぶ時間より少なくなっています。だけど私たちはみんな今から学び始めます。がんばりましょう。

阿兰姐姐你好,和你一样我也叫卓玛,同样,我也是康定人,妈妈是丹巴东谷人,觉得非常荣幸。关注你好几年了,第一次给你留言,真不好意思,你是家乡的骄傲,也是我不断奋斗的一种动力吧。呵呵,我还知道你的汉名哦,呵呵。离家那么远,一定照顾好自己,唱出更美的歌,为家乡,为康巴人!
alanお姉さんこんにちは、私もあなたと同じドルマといいます。ダルツェンドの人間です。お母さんはロンダク東渓谷の出身で、とても近しく光栄に思っています。ファンになって数年、恥ずかしいけど初めてコメント書きます。あなたは故郷の誇りです。そして私にとってはがんばり続けられるパワーの源です。えへへ、実は私はあなたの漢名も知ってます、えへへ。ふるさとはとても遠いので、どうか体調に気をつけて、さらに歌に磨きをかけてください。故郷のために、カムパのために!

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