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January 2011

2011.01.22

2/5(土)18:30東京「チベタン・カルチャー・ルネサンス」

SFTJapanよりイベントのお知らせです。(以下転載)


■「チベタン・カルチャー・ルネサンス」■

 Students for a Free Tibet(SFT)が昨年から欧米各地で開催しているチベット文化再発見プログラム「Tibetan Renaissance Series」(チベタン・ルネサンス・シリーズ)を日本にも紹介することになりました。チベットの文化と芸術に焦点をあて、文学や詩、うたや音楽などの 芸術を通じて、チベットのこころを伝え、「Tibetan Cultural Resistance」(文化的抵抗活動)につなげる試みです。
 日本初開催は、SFTの本部米NYからチベット人代表や前代表を迎える豪華な布陣での開催です。
 多くの方のお越しをお待ちしています。

【概要】

  • 日時:2011年2月5日(土)18:30~21:00
  • 場所:JICA地球ひろば(東京都渋谷区広尾4-2-24)
    地下鉄日比谷線「広尾」歩2分

    大きな地図で見る
  • 主催:SFTJapan

【ゲスト】

  • Tendor_smallSFT代表
    テンジン・ドルジェさん
    来日2回目


  • Lhadonsmall SFT前代表
    ラドン・テトンさん
    初来日

  • Kate_small SFT副代表(Deputy Director)
    ケイト・ウォズナーさん
    初来日

  • Choedup ITNアジア調整員
    ツェリン・チュドゥプさん(予定)
    来日2回目

【参加費】

  • 一般¥1000(※)
  • 学生¥500
  • SFTJapanメンバー無料
  • チベット人無料
  • メンバー同行者及び支援関係者¥500

【申し込み・問い合わせ】

※当日までにメンバー加入(年会費¥1000)して無料参加するも知り合い作って同行者になって割引入場するも大歓迎ですので、お気軽に問い合わせ先メールアドレスまでご連絡下さい。


 これまでに開催された「チベタン・ルネサンス・シリーズ」の様子はこんな感じ。YouTubeの「SFTチャンネル」にたくさんアップロードされています。

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2011.01.12

ウーセルさんビデオチャット謁見への反響

 ウーセルさんのネット謁見記を読んだ人たちとの、ツイッターでの何人かのやりとりが興味深かったので紹介。薄い色にした文字は訳注と補足です。

@MyYak[米ワシントン在住チベット人] (Radio Free Asiaを聴いた)本土のチベット人がネットにこんな書き込みをしていたよ。「インターネットによってパスポートがなくても拝謁できる可能性が現実味を帯びてきたんだって、と年老いた父親にその中の出来事を話して聞かせ終えた。父は堅焼きパンをかじりながら顔じゅうを涙でしわくしゃにして泣いていたよ」
http://twitter.com/MyYak/status/24703533718704128


@ウーセル その深夜、若いチベット人からうちに電話がありました。いわく『放送を聞いて感激のあまり声を上げて泣きました』『励みになります』って…
http://twitter.com/degewa/status/24755989467111424


@丁丁猫[中国人] 科学技術は専制独裁者の墓を掘るね
http://twitter.com/avb001/status/24764159879024640


@荒唐[中国人] ウーセルさん、チベット語にはいくつかの方言があると聞いたんだけど、ダライ・ラマ法王の話しているのはどの種類のチベット語ですか? ラサかな?
http://twitter.com/ArchNew/status/24624374250213376


@荒唐 ウーセルさん、今回がようやく初めてのダライ・ラマ法王との面会だったの?
http://twitter.com/ArchNew/status/24765718989905920


@ウーセル そうよ。ビデオチャットの映像の中でお目に掛かれたんです。いつか本当に法王に拝謁できる日が来ることを祈り続けます……。ダライ・ラマ法王がお話しになられているのは純粋なラサ口語で、とても美しい発音でした。お声も修行を積んだ人だけの持つ響きがあって、心に染み渡るパワーの強い声でした 
http://twitter.com/degewa/status/24768914630119424


@荒唐 そうですね、私も彼の声は深みがあり、聴く人を引きつけるすごくいい声だなあと思ったんです。それでさっきの質問をしてみたんです。あなたの書いたものを読んで、中国当局がチベット人の法王謁見を阻害していることを初めて知りました。パスポート発行政策上の何かの事情だったにせよ、恥知らずなことです!
http://twitter.com/ArchNew/status/24770317901635584


@ウーセル チベット人のパスポート取得の困難さは、青天に上るよりもなお難し(※李白の詩「蜀道難」の“蜀道之難、難于上青天”のもじり)。そのなかで起きる悲劇と辛酸は、語っても語り尽くせません。
http://twitter.com/degewa/status/24772045589970944


@tibet1987[本土チベット人] チベット自治区の普通のチベット人にはほとんどパスポート取得が認められない。いま一般的に広まりつつある方法は、大学進学時に戸口(戸籍兼住民票のようなもの)を大学の所在地に移して、それに便乗してパスポートを申請する方法だ。
http://twitter.com/tibet1987/status/24819520115843072


@tibet1987 (ウーセルさんへ)あなたはパスポート申請をあきらめたほうがいい ただ、もしラサのネパール大使館でビザの発給を受けていたら、それは無期限に延長できるらしい。友人の母親が2008年2月に無事ビザを受け取った。その後3月14日(のチベットでの抗議活動激化)が起きてしい、その後はずっとビザ発給されていない
http://twitter.com/tibet1987/status/24825665433899009


@tibet1987 四川・甘粛両地域のチベット人は、もし本籍が(省都の)成都か蘭州にあるなら、いくぶん相対的にはパスポート取得が楽だ。もし(チベット自治州、自治県など)チベットエリアに本籍がある場合、08年以降は同じように取得が難しくなっている。
http://twitter.com/tibet1987/status/24825957462315009


@tibet1987 国外から戻ってきたチベット人は 帰国後に調査と取り調べを受けなくてはならない。もし彼が国外にいる間に抗議活動をしたことが分かったり もしくは何らかの組織にかかわったことが分かったら 即ほとんどが監獄に送られる。3年以上の刑期だ
http://twitter.com/tibet1987/status/24826370626428930


@tibet1987 ここ数年、僧侶にはほとんどパスポートが発給されないので、多くの僧侶は密出国を選ぶしかない。しかし、いったん捕まればこれも刑期3年以上のシガツェ労教所だ。ここには多くのアニ(尼僧)とクショ(僧侶)が捕らえられている。全員がインドやネパールへの途上で捕まった人たちだ
http://twitter.com/tibet1987/status/24827097901965310
※@fallindaysさんの翻訳ツイート http://twitter.com/fallindays/status/24860776334368770 ここだと140字制限がないのでDaysさんの訳を基に字句を補いました


@FLYPIG[中国人] 現在もまだ山を越えてインドに行く人はたくさんいるの? とても危険?
http://twitter.com/FIYPIG/status/24827436302598144


@tibet1987 いずれにせよ立ち退き強制よりは危険度が高いだろうな。それでも、毎年このようにしていまだ多くの人が、かけがえのない人に拝謁し、親しい人に会いたいと山を登り峠を超えている
http://twitter.com/tibet1987/status/24827985383137280


@xiaoxiaom[チベット問題に関心のあるニューヨーク在住中国人] (年老いた父親が顔じゅう涙でくしゃくしゃにしていた)(若いチベット人が「励みになる」と電話してきた)に これ(ビデオチャット謁見)って本当にいい方法よね、もっと多くのチベット人にこういう機会があることを願うわ
http://twitter.com/xiaoxiaom/status/24845777339682816


@zhenghanqiu[中国人] ウーセルのブログの文章の中にある画像を見ると、彼女はインターネット中継のダライ・ラマを見ながら、パソコンの前にひざまずいてカターを捧げ持ち、両手を合わせて合掌している様子だ。最初びっくりしたけど、その後感動したよ。
http://twitter.com/zhenghanqiu/status/25027612355067904


 

 軽い調子で切実な問題を尋ねてくる中国人に李白の詩の本歌取りで切り返すウーセルさんの切れ味を感じたり。
 「@tibet1987」さんは昨年12月に「ツイッターできた! やっとファイアーウォールを乗り越えた!」と喜びの初ツイートをした人。その後、ラサ在住であること、最近刑期を終え釈放されたばかりだ、と元政治囚であることをうかがわせています。IDにしても、ツイッター上の中国人のなかには民主化支持を示す意味で「89」「64」など天安門事件を暗喩する番号を添える人がいますが、チベットの場合「1987」は、1959年以来初の蜂起が起きたのが1987年で、デプン寺院の僧侶たちがジョカンの前の広場で声を上げた9月27日は、今もグチュスム(チベット独立を求める僧侶らの組織)の記念日になっている「敏感」な数字です。見ず知らずの彼の身の安全を祈るばかりですが、その彼が直接「シガツェ労教は僧侶と尼僧でいっぱい」などと書き込むと、やはり生々しくてため息が出ます。

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2011.01.11

Woeser/画面越しの拝謁(訳)

 チベット人作家ウーセルさんのブログと「Radio Free Asia(中国語版)」サイトに1月10日アップされた、ウーセルさんのコラム。(ウーセルさんブログはこちらRFA中国語版サイトはこちら
 1月4日、ダライ・ラマ14世と中国知識人とのネット対談が行われた際、インターネットのビデオチャットで、画面越しに法王と対面した喜びを綴っています。

 パスポートのない私、ダライ・ラマ法王に謁見

 7年前、私はエッセー集「チベット・ノート」(西蔵筆記)で、1枚の記念写真に添えて、ラサからこっそりとダラムサラを訪ねたチベット人父子の物語を書いた。「左右は遠慮がちに恭しく待ち受ける人たちであふれ、その中心に囲まれているのが、まさにその人だった。敬虔なチベット人の誰もが一番よく知っていて、一番心に近い存在の、一番待ち焦がれている人――ダライ・ラマ法王」。
 この描写と、他のいくつかの章でチベットの現実に言及したことを、当局は“重大な政治的誤り”と認定した。『ダライ・ラマ14世、カルマパ17世の存在を賛美し、宗教信仰など重要な政治的立脚点及び観点の齟齬を広めた』。
 この後、私はすべての公職を解かれ、ラサを離れざるを得なくなった。

 もっと以前から――既に16年前に、私は1編の詩に含みを持たせて綴っている。
 私はこの世では成長しない花を胸に抱き
 枯れてしおれる前に、と急ぐ
 感激の涙があふれるまま
 はやく、はやくと 急いて走る
 ただ 深紅の衣の老人に捧げるために
 ただ 一縷の微笑み
 つぎの生と世 そのつぎの生と世でも
 つながりを得られるように

 のちに私はこの詩を歌詞に書き換え、「深紅の衣の老人」の部分を「我らがイシ・ノルブ、我らがクンドゥン、我らがゴンサチョ、我らがギャワ・リンポチェ……」*にかえた。すべてチベット人がダライ・ラマ法王を称える敬称である。

 数多くのチベット人とまったく同様に、なんとかダライ・ラマ法王にお目に掛かりたい、教えを受け、祝福を授かりたい、と思い焦がれる気持ちは、私自身にとっても最大の切実な願いだ。若いころから、ただひたすらその願いが実現するその日を待ち望んできた。しかし、私は他の多くのチベット人と同様、パスポートの発行が認められていない。あの政権に支配されている限り、たった1冊のパスポートという恩恵さえ永遠に与えられないかのようだ。そもそも(ある国民に対し国家間の移動を国が保証するパスポートの取得は)国民の基本的権利として一人ひとりに保障されているべきものだというのに。

 昨年、ラサで「60歳以上の高齢者にパスポートが発給される」という情報が流れた。しかし申請期間はたった1週間。パスポートセンターは髪も真っ白になった、足元もおぼつかない老人たちであふれかえった。実際には誰もが知っている――彼ら年寄り全員が、ヒマラヤ山麓のあの場所に長年会うことが叶わなかった人がいて、仏教の聖地を参拝することだけが願いなのだと。同時に、それは決して口に出して言ってはいけない、誰もが知っている願望だった。私は悲しく考えた。このままひたすら60歳まで待ち続ければ、そのときようやく私もパスポートを手にすることができるのかどうか……。

 しかし、インターネットは、パスポートを持たない私にとってのパスポートのようなものになった。新しい年を迎え、私の願いはほとんど実現した――インターネットを通じて。まるで夢を見ているような、しかし紛れもない現実――ダライ・ラマ法王にお目にかかっている!

 縁を結んだのはインターネットの映像を使ったビデオチャット(テレビ電話)システムだった。2011年1月4日、ダラムサラのダライ・ラマ法王と、中国の人権派弁護士滕彪、江天勇両氏と作家王力雄氏との間で、インターネット放送を通じた交流が行われた。私も当時、(夫の)王力雄の後ろに控え、一言一言に耳を傾けた。リアルタイム中継でダライ・ラマ法王が画面に姿を現した時には、信じられない思いで、ただ涙があふれ出るばかりだった。

 デジタル技術の革新は奇跡を起こした。距離も地形も超越し、人為的な垣根を飛び越えて、亡命して半世紀におよぶダライ・ラマ法王と中国の知識人との間に意思疎通の架け橋がわたされたのだ。大きな意義があることは疑いもない。

 ダライ・ラマ法王が3人の中国知識人に話しかけるのをこの耳で聞いた。「互いの息遣いや臭いが感じられないことを除けば、同じ場所に一緒にいるかのようですね」。
 70分以上の対話を終えて、法王は思いやり深く問いかけた。「そちらからはよく見えましたか?」 3人がうなずいて同意すると、法王はユーモアたっぷりに自らの眉毛を指差し、笑いながら言った。「じゃあ、眉毛が白くなってるのも見られちゃいましたかね?」

 私は泣けて泣けてしかたなかった。チベットの礼儀作法にのっとり3回ひざまずいて頭を地に着け、口の中で真言を唱えながら、両手にカターをささげ持ち、パソコンの前にひざまずいて献上した。涙でかすむ画面に、ダライラマ法王が、カタを受け取り、祝福を与えるしぐさと同じように、ゆったりと両腕を差し伸べてくださるのが見えた。そのときの気持ちを言葉で表すことはできない――。私はなんと福徳に報われたことだろう。チベットではたくさんのチベット人が、法王の写真を1枚持っていたというだけの理由でひどい目に遭っているのだ。

 実のところ、近年、決して少なくない中国の各界の人々がダライ・ラマ法王に面会している。しかし彼らがそのことによって自由を奪われることはなく、彼ら中国人は依然としてこの国家の公民である。チベット人が法王に拝謁して罪に問われるというのはまったく理不尽なことだ。

 ビデオチャットを見つめる私に、ダライ・ラマ法王は丁寧に仰られた。
 「決してあきらめず、努力を続けましょう。漢民族の知識人と私たちチベット人知識層のあいだで、いついかなるときも、こちら側とそちら側の真実の状況を伝えあい、相互理解と意思疎通につとめることは、非常に大切なものであることを、どうか常に心に置いてください。過去60年来、私たちチベット内のチベット人の勇気と敬虔さは山のようにゆるぎない。チベットの現実は国際社会の注目するところであり、世界各地からチベットの真実を見られるようになった。中国国内の知識人はこのことについても理解してきている。巨視的にみれば、強大な中国が現在変化のただ中にあるといえる。ですから、あなたがたは必ず信じ続け、更に努力を続けてください。いいですか?」

 この時に至って、私はようやく落ち着いてきて、法王の言葉をしっかりと心に刻みつけた。

2011年1月7日 北京 RFA特約コラム

注:このコラムは同時にRFAチベット語放送でも紹介された

*イシ・ノルブ(智慧の宝珠)、クンドゥン(御前)、ゴンサチョ(至高の存在)、ギャワ・リンポチェ(偉大な貴宝)……いずれも、チベット人がダライ・ラマ法王について話す時や呼び掛ける時に、法王に敬意を表し、名前を直接口にせず、婉曲的に象徴する時に用いられる比喩表現。

 「ウーセルさんの個人的な特別体験」ではなく、ひとりのごく普通の敬虔なチベット女性の心情を思いました。このコラムの向こう側に、一目お目にかかりたい、と思っている数限りない人たちがいるんだなあ、と。
 「私はなんと福徳に報われたことだろう(我是多么地有福报啊)」の「福報(福徳応報)」は、チベット仏教の因果(果報)や縁起の考え方を中国語で表そうとした表現です。今生で善行を少しでも積むことで来世で報われる、という確固としたチベットの世界観が背景にあります。
 ぴったりはまる日本語がないのでうまく訳せていませんが(仏教用語で超訳すれば「私は果報者です!」ってことになるんだろうけど、ちょっとニュアンスが消える気がする。それは日本の価値観がそれだけ仏教から離れてしまったということでもある)、チベット人同士の会話では、すぐに自分の得になるわけじゃないことを損得抜きで引き受けたりすることを(冗談で)「ソナム(福徳)を積んだよ」と言ったり、病気になったりして人から世話を焼いてもらった時などに「申し訳ない」と恐縮するかわりに(冗談で)「私のソナムがずいぶん減っちゃたわ」なんて言ってみるなど、「情けは人のためならず」がちゃんと原義通り生きているのがチベット世界です。
 それを思うと(ウーセルさんは漢語教育を受けてチベット語では文章の読み書きができないから厳密に純粋なチベット人とはいえない、とか、ウーセルさんは他のチベット人と違う、などと評論する向きもあるので思うんですけど)、チベット人だなあ、と。改めていろいろ考えたことでした。

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2011.01.04

2009年当時の「チベット語を守ろう」活動

 調べ物中、たまたま目に入った蔵人文化網の過去記事(09年12月7日)。
 (なぜ目に入ったかと言うと、「アクセス数の多いコンテンツ」としてサイドバーのアクセスランキングトップ10に入っていたから。1年以上前の記事が今も読まれていることで、この問題への関心の高さが分かる)

 「アムドのナンチェンで『チベット語新語彙自主テスト』」
 大きな社会問題になる(2010年10月)よりもずっと前からチベット人はチベットで頑張ってた。今もなにひとつあきらめてない。と思った。

記事も短いので(もともとがグラフ特集って感じ)、以下、粗訳です。

アムド・ナンチェンの民間組織が「チベット語新語彙自主テスト」
(2009年12月7日)

(写真1・自主テスト参加者が記念写真)
(写真2・年長者も自主テストに加わった)
※机が前後逆なのはカンニング防止のため学校でも一般的にやってることなんだろうなー。ほほえましい
(写真3・障害者も参加した自主テスト)
(写真4・青年たちも参加した自主テスト)
※2枚目の写真と合わせると、背後の壁に書いてある標語は「変命運、学未来」(運命を変えよう、未来を学ぼう:一生懸命勉強しようぜという趣旨の標語)みたいです。

(本文)
 アムドのナンチェン(青海省ナンチェン県)でこのほど、地元の僧侶や学識者が発案企画した「チベット語新語彙自主テスト」が滞りなく開催された。
 自主テストの会場には数多くの机が準備され、参加希望者は会場に来て空いている机を見つけて座るだけでテストに参加することができ、(自主テスト参加には)これ以外の何の決まりも条件もなかった。こうした目新しい方法は多くの人の関心をひきつけ、小中学生、教師、僧侶、公務員など、すべての人が進んで熱心に参加した。
 チベットでは、かなり多くの人が、チベット語を話す際に中国語やその他の言語の単語を混ぜはさんで使用している。完全にチベット語だけで表現できる語彙を身につける機会が少なく、訓練が不足しているために、より一層こうした現象が広がりつつある。ナンチェン地区の民間組織が開催した「チベット語新語彙自主テスト」は、参加者にチベット語の新しい語彙に触れて学べる機会をつくるとともに、純粋なチベット語(の継承)に関心を深めてもらうことが目的となっていた。
 今回のテストを通じ、広くチベット語の新しい語彙を学び知る機会が作られただけでなく、実態調査と(言語消滅に対し)警鐘を鳴らす効果も生まれたといえる。
(特約通信員 シャロン・タシペンツォ)

 翌10年4月、この地域をジェクンド震災が襲ったことを今の私は知っている。ジェクンド州(玉樹チベット自治州)に属するこの周辺も少なからぬ被害を受けたことを思うと胸がふさがれる。

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