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2011.08.31

[チベット・アムド] 2011年8月ラブランで何が起きているのか(下)

 新華社の記事では、ギャパンチェンの甘粛訪問は「8月9日から21日(うち宗教施設訪問が8月11日~20日)」と示されているだけで、どの寺院を何日に訪れたかという細かい日程は不明です。記事そのものも、現地入りして10日以上も動き回っているにもかかわらず、日程をすべて終えて現地を離れた22日になってようやく配信されています。
 これは要人の政治動向を伝える際に中国当局がとるオーソドックスな手法で、ふーんギャパンチェンて情報操作上は金正日だの胡錦濤並みの扱いなのかへーえ、と参考になるわけですが、とりあえずその、彼が甘南のどっかでなにかやっていた8月19日前後、ラブランエリアでは、相次いでチベット人が姿を消しました。

 [チベットNOW@ルンタ] 2008年に拷問証言のビデオを制作した僧ジグメ・ギャンツォ、再び拘束される(2011年8月24日)
 [チベットNOW@ルンタ] 続報:拘束されたラプラン僧院僧侶ジグメ・ギャンツォ(2011年8月25日)
 翻訳元→TCHRD(チベット人権民主センター)More Details of Monk Jigme Guri’s Arrest
 翻訳元→Free Tibet: Guri Jigme detained

 中国語で出てる情報から「チベットNOW」既出以外の情報を補足……と思ったんですが見当たらなかったので、拘束前後の状況を少し再掲します。まず「FreeTibet」(本部ロンドン)のリリースから抜粋。

ジグメはラブラン寺院から72km離れたツォエ(合作市)のホテル「桃園酒店」で身柄拘束された。
ジグメは、著名なチベット人歌手数人も参加した文化人の晩餐会(a cultural evening party)に招待されていた。ジグメは8月19日にツォエに到着した。
信頼できる筋によると、ジグメは8月20日午後2時から少なくとも21日明け方まで、私服警察十数人と軍人2人によってホテルの自室に閉じ込められていた。21日以降は所在不明。(Free Tibet.org

 TCHRD(チベット人権民主センター)ではこんな経緯。

8月19日に、ジグメはツォエの催し(festival)に、歌手シェルテンのような他の著名なチベット人とともに招かれていた。
催しにジグメが現れないので、弟子2人が師を探しに行った。(19日)午後7時ごろホテルに着くと、大勢の警官がいて、ジグメのいるはずの部屋に2人が立ち入ることは許されなかった。警察官は2人に「ジグメは中にいない」と言ったが、2人は室内から師ジグメの声を聞いた。彼は彼ら双方に「これ以上問題が起きる前にここを離れなさい」と言ったという。またジグメの弟子2人は、部屋の窓越しに、ジグメがベッドに横たわっているのを見たという。(TCHRD

 ここで気になるのは「19日に拘束され、少なくとも21日明け方までホテルに閉じ込められ、その後の消息は不明」という時系列の符合。ギャパンチェンの甘粛滞在は21日まで。ギャパンチェンが甘粛を離れるまで、身柄を押さえたその場で監禁状態に置き、その後……という図が思い浮かんだりします。
 「チベットNOW」24日記事には、「ギャパンチェンの訪問中、ジグメは当局から僧院を離れるよう命じられていた」という記述がありますが、英語・中国語ソースでは発見できずじまいでした。「不服従の英雄」として地元の人望厚い僧侶ジグメの身が懸念されます。

 チベット本土から顔と名前を明らかにして中国当局の拷問の実態を告発したジグメ・ギャンツォ(ジグメ・グリ)を筆頭に、ラブラン・タシキルは、間違っているものは間違っている、とはっきり声を上げる人たちが際立っています。
 2007年末、トゥンドゥプ・ワンチェンに協力して「Jigdrel - LEAVING FEAR BEHIND」を撮影したゴロク・ジグメもラブラン寺院の僧侶でした。2008年3月15日、前日のラサの血の弾圧に抗議して数千人が街頭へ(YouTube)。同4月9日には、当局が徹底的抑圧と思想教育の成功をPRするはずだったプレスツアーで、なお数十人が捨て身でカメラの前に進み出たのです(YouTube)。このうちの数人にはダラムサラでじかに会いました。でも、この映像の中の1人ジャムヤン・ジンパはこの直訴のあと10日間の拷問を受け、3年寝たきりの後、今年4月亡くなりました。

 今回のギャパンチェンのラブラン訪問にどこまでの意味があるのかは分かりません。
 経師ゲシェ・ジャンヤン・ギャツォ(サムチャ・ツァン・リンポチェ、全国政協委員)がラブラン寺院の仏教学院研究所長であり、歴代パンチェン・ラマとラブラン寺院は歴史的にも深いつながりがあります。本来、師と一対一で修行することが重要なチベット仏教の修行階梯のなかで、ラブラン寺院の学堂に入って教えを受ける段階になるはずだったのではないか、とみる人もいました。
 他方、ギャパンチェンをパンチェン・ラマと認めることを拒んだ先代のラブラン座主グンタン・リンポチェの経緯からも、ラブラン寺院にギャパンチェンを受け入れさせること自体が、中国当局のチベット仏教政策の「成功」であり、当局のメンツにかけても「盛大に大成功」しなくてはならないものだった、と推測する人もいました。
 とにかく、強制的「愛国愛教」キャンペーンへの不満や反感、タギェ(夏の馬祭り)の中止や強制など場当たり的命令への反感、その他の火種を抱えたラブランのチベット人たちに、表面上だけ盛大にギャパンチェンを歓迎「させ」、祝福「させ」ることが、党中央の最高命令として、省や地方政府の党委員会や公安局や宗教局に対して、上意下達の強大な圧力でふりかかっていたんではないのかなあ、と想像しています。
 上から「お墨付き」があると、武警や公安などの末端は往々にして暴走します。省の公安局員より県の公安局員、県の公安より「城管」という半官半民の街頭パトロールみたいな都市管理員のほうが荒っぽいしめちゃくちゃやる、という図式があります。

 そして8月29日には、新たにもう一人、若い女性歌手も(20日時点で)行方不明になっていた、という情報が伝わりました。

 [チベットNOW@ルンタ] アムドの有名な女性歌手ラルン・ツォ 拘束(2011年8月29日)

 VOT(ボイス・オブ・チベット中国語)から抜粋します。

 【VOT(ボイス・オブ・チベット)8月27日】チベットのアムド・カンロの若い女性歌手ホルツァン・ラルン・ツォが8月20日、公安に突然身柄を拘束された後、行方不明となっている。
 インド南部デプン寺院の僧侶グンドゥン・プンツォクがVOT記者に明らかにしたところによれば、8月20日、中国共産党の公安がツォエで彼の経師ジグメ・ギャンツォを礼状なしで拘束したほか、チベット人女子学生で若手歌手のホルツァン・ラルン・ツォも拘束している。
 グンドゥン・プンツォクは次のように述べた。「今月20日、ツォエの『雪域歌劇院』で歌舞晩餐会が催され、主催組織は現地でよく知られた歌手を招いた。このうち、招待に応じて晩餐会参加のため来ていた若いチベット人歌手ホルツァン・ラロン・ツォは当日(の昼間)、中国共産党の公安に拘束され、晩会に参加することができなかった」
 拘束されたホルツァン・ラロン・ツォは今年二十数歳、チベットのアムド・カンロ、サンチュの人で、拘束前は成都市のある翻訳センターで実習していた。

 拘束時の詳細な経緯がやはり不明で、更に注意深く続報を待ちたいのですが、彼女の名のホルツァンはラブラン地域サンチュの村(郷)の名前。彼女は「ホルツァン出身のラルン・ツォ」と名乗って歌っていることになります。ふるさとへの深い愛と誇りを感じます。(もう1人同姓同名のラルン・ツォという歌手がいて、わかりやすく区別するために出身地の名前をつけてるって可能性が高いけど)
 それで、前後して同じ場所で同じように拘束されたジグメ・ギャンツォ(ジグメ・グリ)との共通点を考えるに、やはり気になるのは「サンチュの人」という点。サンチュの人が、8月19日に、サンチュを離れてツォエで晩餐会の招待を受けていた、ということが、何かそんなにも公安の逆鱗に触れる、もしくは、「党にそむく行為」の口実にされるようなことでもあったのでしょうか……?


以下資料保存のための記事本文コピー

西藏安多女歌手沃仓拉龙措被拘押
发布者:西藏之声 - 8月28日
西藏安多女歌手沃仓拉龙措被拘押
【西藏之声8月27日报导】西藏安多甘南州青年女歌手沃仓拉龙措于本月20日被中共公安人员突然拘捕后,目前下落不明。
印度南部哲蚌寺僧人更敦平措向本台驻地记者介绍说,本月20日,中共公安在甘南州合作市境内随意拘捕他的经师晋美嘉措之外,还拘押了西藏女学生、青年歌手沃仓拉龙措。
更敦平措表示,(录音)本月20日,在西藏安多甘南州合作市雪域歌剧院中举办了一个歌舞晚会,主办单位邀请当地部分知名歌手参与,但其中受邀参与晚会的西藏青年女歌手沃仓拉龙措在当天被中共公安拘押,未能参与晚会。
这位西藏青年女歌手遭捕后,家人陷入担忧。更敦平措说,(录音)沃仓拉龙措被拘捕后,她的家人非常担心她的处境,并希望她能早日获得释放。
被拘捕的西藏青年女歌手沃仓拉龙措,现年20多岁,是西藏安多甘南州夏河县人,被捕前曾在成都市一家翻译中心实习。
另据西藏流亡政府网站消息,去年4月14日,在西藏康区结古多(玉树)发生强烈地震,导致当地藏人遭到极大的灾难和损失后,中共政府以重建灾区为名,实施着违背藏人意愿的建筑工程,很多土地被当局强行没收或挪用,引发当地藏人的强烈抗议与不满。
消息指出,目前大量汉人已迁移到西藏结古多夏渠库(音译)等地,肆意占用当地藏人的农田,使当地藏人的生活处境陷入困境。此外,这些移民汉人正在发布广告招收种地员工,企图把汉人继续引进藏地,并兴建汉人长期居住区,导致千百年来土生土长的藏人开始失去家园和生活来源。
元リンク:http://www.vot.org/?p=371

【RFA普通話2011年8月29日】另据《西藏之声》星期六报道,甘肃省甘南州青年女歌手沃仓拉龙措于本月20日被公安拘捕,目前下落不明。报道称,甘南州合作市也拘捕了她的经师晋美嘉措。当天他们原计划参加该市雪域歌剧院举办的歌舞晚会。沃仓拉龙措被捕后,她的家人非常担心其处境,并希望能早日获释。20多岁的沃仓拉龙措是夏河县人,曾在成都市一家翻译中心实习。 格桑表示,在官方电视中出现的藏族歌手,均是在官方刻意安排下,唱的都是歌颂共产党的汉文歌曲,但这些歌曲不被多数藏民接受:“在藏族的民众当中并没有市场。反而唱藏族歌曲,有些真正弘扬藏族文化的深受藏族民众欢迎的受到打压。西藏有很多歌手,原来拉萨的歌手康区的或者青海的很多歌手,有些被判了10多年的都有,当局都归类为民族分裂的范畴里面来进行打压。” 以上是自由亚洲电台特约记者乔龙的采访报道
元リンク:http://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/p-08292011093638.html

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