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2012.02.09

ウーセルブログ訳「『ラカル』の日、カム地方ナンチェンでチベット人がラカル活動」

2月9日付ウーセルブログ「“拉嘎”之日,康囊谦藏人开展“拉嘎”活动」を翻訳

「ラカル」の日、カムのナンチェンのチベット人たちが「ラカル」アクション

昨日(2012年2月8日)の水曜、「ラカル(Lhakar:聖なる白い水曜日)」、チベット本土のチベット人たちの間では携帯電話のSMSで、チベット服を着て寺院に参り灯明を灯して民族の英雄をたたえよう、という呼びかけが次々に転送された。このため各地の地方政府当局は非常に警戒を強め、軍人、武装警察がチベットエリアに進駐し、通りの各交差点には検問を設け厳しく取り締まった。すなわち、各チベットエリアのすべての単位(企業、学校、官公庁機関などすべての事業所)が主要道路を区間ごとに分担し、「ラカル」期間中はそれぞれの区間で当直に当たった。聞くところによれば、どこかの区間でなにかが起こったら、担当単位(機関、事業所)の職員は誰であろうと懲罰は免れないのだという。

カム地方ナンチェン(青海省玉樹州嚢謙)では、既に進駐した軍隊と警察によって可能な限り厳密に封鎖された状態になっていた。しかし2月8日午前、400~500人のチベット人が町の中心にある運動場に集まった。ほとんどは俗人で、男性も女性も老いも若きも、住民に商店主に店員に牧畜民すべており、なかでも多かったのは若い世代の人たちだった。彼らは全員チベット服を身につけ、ツァンパと持ちサン(チベットの香)を焚き、運動場内にあぐらをかいて座って読経した。同時に彼らは乾いたツァンパを丸呑みした。このことによって、何一つないということと内心の苦痛を表現し、またダライ・ラマ法王の長寿を祈る真言を口にし、またあるいは「ダライ・ラマ法王に永遠の世よあれ」、「チベットには自由が必要だ」と高らかに叫び、またある者はその他の経文を唱えた。

銃を持った軍人と武装警察が運動場を取り囲んだが、チベット人は「キーヒヒヒヒ」という叫び声を上げたため、軍隊と警察は退いたものの、そう遠くない場所で見張った。また公安と現地の地方当局幹部が運動場の外までやってきた。しかし運動場内のチベット人は解散することなく、ひたすら読経し祈り続けた。

これと同じころ、別に数百人のチベット人がナンチェン町内の大寺院本堂(カギュ派に属する)に集まった。彼らもチベット服を身につけ、ツァンパを口にしながら寺院の周囲をコルラ(右回りに参拝)した。数多くのチベット人が、さらに伝統的な習わしに従ってツァンパを空中に投げ上げて撒き、また香を焚きながら真言を唱えた。一部のチベット人はマスクをしていたが、多くのチベット人は隠れはばかる様子はなく堂々とふるまった。

町内中心部の大寺院本堂や付近の寺院は、公安や軍隊と警察により厳しく封鎖され、僧侶が体育館や大本堂に行ってこの「ラカル」活動に参加することは禁じられた。また平服のスパイも民衆の中に紛れ込んでおり、参加者の写真を撮っていた。

聞くところによるとナンチェンのチベット人の「ラカル」アクションは、ジェクンド(ケグド)州と青海省に即座に報告され、州と省政府は既に、さらなる大規模抗議活動が起こらないようにしろ、そうでなければナンチェン現地の政府職員を罰することになる、という指示を通達した。

北京時間午後7時半の頃、空がすっかり暗くなり、極めて寒く冷え込むまで、ナンチェン民衆の「ラカル」は続き、ようやく終了した。軍隊と警察はその間ずっと周辺を緊張した状態で封鎖し、一触即発の状態が続いて心配されたが、幸いなことに最終的に衝突は発生しなかった。これは「秋後算帳(秋が過ぎてから帳簿を計算する:あることが一段落した時期をはかって[ほとぼりがさめた頃に]報復する)」なのでしょうか。どうみるべきか、これはまだ難しい。

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ラカル(Lhakar):
「神聖な曜日」「純白の曜日」として、ダライ・ラマ法王の誕生日である水曜日を賛美する形容詞。毎週水曜日に、チベット人はチベットの服装、言語、習慣を丁寧に実践することでチベットの文化伝統を守ろうという行為。なかには「純粋なチベット語を話そう、伝統的なチベット服を着よう、伝統的なチベット料理を食べよう」などが含まれる。
「ラカル」(Lhakar)はチベットの非暴力・非協力抵抗運動である。言語、服装、食品などの角度から、チベット人の立場と民族精神を高めようとしている。
このように言えば、「ラカル」(Lhakar)はチベット人が人為的に社会、経済、文化などの各方面で権利の実践を試みる場である。ラカルの日、すなわち毎週水曜日は、すでに国境内外のチベット人たちが「チベットの日」だと認識している。


“拉嘎”之日,康囊谦藏人开展“拉嘎”活动
http://woeser.middle-way.net/2012/02/blog-post_09.html
2012年2月9日
昨天星期三,“拉嘎”(Lhakar)之日,境内藏地的藏人纷传手机短信,呼吁穿藏装、去寺院点灯以纪念民族英雄,为此各地当局高度戒备,军人、武警进驻各藏地,在各路口设卡、严查;各藏地各单位分段包干路段,于“拉嘎”期间在各路段值班。据悉哪个单位负责路段有事发生,哪个单位的官员会受惩罚。

在康囊谦(青海省玉树州囊谦县),尽管已进入被军警和干部严密防守的状态,但在2月8日上午,有四五百名藏人来到县城中心的体育场,基本上都是俗人,男女老少,居民商贩和牧民,更多的是年轻人。他们全都穿着藏装,并携带干糌粑和藏香,盘坐在体育场内念经祈祷。同时他们吞咽干糌粑,以表示一无所有、内心痛苦,或念诵达赖喇嘛长寿祈请文,或呼喊“祈愿达赖喇嘛永久住世”、“西藏需要自由”,或念诵其他佛经。

有持枪军人和武警围拢体育场,但藏人发出“咯嗨嗨”的喊声,之后军警退去,但在不远处观望。又有公安和当地干部来到体育场周围。但体育场内的藏人并没有散去,一直在念经祈祷。

与此同时,还有数百名藏人来到囊谦县城内的大经堂(属于噶举派),也是穿着藏装,一边吃干糌粑,一边环绕大经堂转经。许多藏人还依习俗向空中抛撒糌粑,并燃香祝祷。少数藏人戴口罩,多数藏人无遮无拦,充满勇气。

县城内的大经堂和附近寺院,都被公安和军警严密防范,禁止僧侣去体育场、大经堂参与这次“拉嘎”活动。也有便衣混入民众中,对民众进行拍照。

据悉囊谦藏人的“拉喀”活动当即被报告玉树州和青海省,州和省的指示已经下达,要求严防出现更大抗议,否则将会责成处理囊谦当地官员。

直到北京时间下午7点半左右,天黑了,而且极度寒冷,囊谦民众的“拉喀”活动方才结束。军警一直在周边紧张防范,一触即发的紧张气氛令人担忧,值得庆幸的是最终没有发生冲突,但之后会不会“秋后算账”呢?这很难说。

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拉嘎(Lhakar):神圣的、洁白的,是对尊者达赖喇嘛诞生之日的赞美。在每个星期三,藏人要从服装、语言、食物、习俗等细节来践行属于西藏的文化与传统。内容包括“讲纯正藏语、穿传统藏装、吃传统藏食”等。

“拉嘎”(Lhakar)是属于西藏的非暴力不合作运动。从语言、服装、食物等方面来凝聚藏人的身份认同与民族精神。 总而言之,“拉嘎”(Lhakar)是指藏人为争取在社会、经济、文化等方面的各项权利而实践的一种运动。

“拉嘎”之日,即每周星期三,已被境内外藏人认为是西藏日。

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