2008.02.06
出勤したら、自分の机に、担当のもろもろの書類や連絡ファクスが積まれた上に、こんなものが。
(いや「こんなもの」呼ばわりは失礼ですがスミマセン)
スタジオジブリの小冊子「熱風」2008年1号 特集「チベット」
所属長からの「ご参考」付箋つき。
これはいったい……何かの暗喩? ご参考って!? などと思いつつあわあわして上司に声を掛けると、「いやぁチベットなら○○さんかと思って。でもなんでジブリがチベットなの?」
私も知りたいですー(なぜ「八王子講演全収録」が入ってるのかも! 「時輪塾」ってジブリとなにか関係が?)
うぁぁ石濱先生が巻頭だ、メインはやっぱり長田さんだ、しかし濃いなぁ、と思いつつ、有難くいただきました。
私って恵まれた職場……(なのか?)。
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2006.11.17
ダラムサラ行き直前の10月末のこと。
帰宅した深夜のポストに、ルンタ・プロジェクト宛の1冊の本が。事務局の看板上げてるとたまにこんな役得もありますふふふ……と中を開けると、「小さい母さん(アマ・チュンワ)と呼ばれて――チベット、私の故郷」(集英社、クンサン・ハモ著)。→bk-1
わぁすごい、とうとうチベット人が日本語で本を出せる日が来たんだ(いや、ペマ・ギャルポ氏とか先駆者はもちろんいるんだけど)、と感激して本を開く。クンサン・ハモさんって名前は記憶にないけどペンネームかな、そりゃそうだよな、ラサ出身で親類縁者がたくさん本土にいるのなら日本で本なんか出したら差し障りあるだろうしな――と、知っているチベット人の顔を思い浮かべながらぱらぱらと内容を確認するうち、止まらなくなった。翌日も早いのに、仕事山積みなのに、少しでも寝なきゃいけないのに、明け方4時読了。布団にもぐりこんで数時間、チベットの夢を見ました。
チベットが中国共産党統治に移っていく激動の時代に幼少を過ごし、難民としてインドに逃れ、縁あって日本へ渡ったチベット人女性(1959年ラサ生まれ、とプロフィルにはある)が、国籍を移し「外国人旅行者」としてチベット本土を再訪、長く離れ離れだった親類と再開する旅行記と随想。止まらなくなってしまったのは、故郷チベットを離れ、帰れないまま異郷で暮らすチベットの友人が私の周囲にもたくさんいるから。さまざまに複雑で揺れ動く気持ちを抱えていると思うんだけど、私の拙い英語や北京語では奥底の微妙なものまで言葉で分かち合うことはできず、ただ勝手に想像するしかなく、もしかしたら思い込みかもしれない、一方的な押し付けかもしれない、そんな自戒(自嘲かも)を抱えつつ、友人たちを思っているのでした。
だから、チベット人がチベット人としてチベットを旅した随想録――って、ものすごく画期的だったのですよ(私には)。チベット(本土)で暮らすチベット人と、本土を長く離れた著者とのやりとりで、小さなギャップやとまどいが生まれては消えていく一つ一つのエピソードが切なくて、××××先生が里帰りしたら何を見るのだろう、××××さんが日本国籍取れたら一緒にチベット行きたいなあ、と、友人知人の顔が具体的に思い浮かんできたのでした。
印象的だったのは、遠縁の夫婦を訪ねて食事中、外国からの来客である著者に向かって、「昔に比べたら今は生活が良くなった」と人民日報のコメントのような教科書的感想を口にした若い奥さんのエピソード。「本当にそう思っているの」とショックを受ける著者、「本心じゃないだろう」と冷静に指摘する夫、「相手がどんな人か信頼ができない間はきれいごとだけを言っておく習慣が自然に身について……」と恥じ入る若奥さん。そうなんですよこれこそチベットの(中国の)現実ですよ、私が中国に(チベット本土に)何回行ってどれだけ滞在しようと、本心をぶちまけて付き合える友人なんかできないんですよ、チベット人同士だって互いを信頼できないんですよ……といろいろ思い返していたら泣けてきて、涙が止まらなくなったのには自分でもびっくり。おい待てどうしたんだ自分。まあほら、ダラムサラ行き直前で仕事も山積みで、精神的に追い詰められていたんだと思うんだけど。
というわけで、「チベットのことを知りたい」という人だけでなく、「チベットのことならいろいろ知ってるよ」という人にこそ、読んでほしい本だな、と思ったのでした。
◇
ところでちょっとした後日談。
ダラムサラ滞在中、「こんな本が届いてね……」という話をしたら、友人が「そんな本が出たんだ、読みたいなあ、クンサン・ハモって××××さんのペンネームだよね」。
ええええええ
「うそー、プロフィルにはラサ生まれって書いてあるよー! 信じて読んで感動して泣いちゃったのにー!!」
「いや嘘はついてないんじゃない? ノンフィクションとは書いてないんでしょ?」
ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
「やっぱり信じらんない、すっごくリアルだったのにー」
「だから嘘は書いてなくて、本当のことなのかもよ」(←慰めてくれている)
いやぁ真偽は分からんぞ。何より読んで良かった、いろいろ考えさせられた。でも頭の中には瞬間的に「イザヤ・ベンダサン?」「ポール・ボネ?」とか浮かんじゃって(ふ、古っ!!)。泣き損だなんて思わないからいいもん!
◇
この本も、拾う神のSさんに託すことができて、来週中にはルンタ・レストランの本棚に入ることになりました。Sさんありがとうございます。ダラムサラを通り過ぎる旅人が、1人でも多く目を通してくれて、チベット人の心に触れてもらえれば、と思っています。お薦めです。
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2006.06.22
絵本はすっかり子どもだけのものではなくなったけど、いま「大人のぬり絵」が人気だそうで。
ジグソーパズルみたいに、細かい色塗り作業をこつこつと続けていって1枚を完成させて、終わった後は飾って楽しむんだそうです。癒されたり落ち着いたりするんだそうです。言われて本屋の店頭をみたら、特設コーナーもできていました。
……で、これはそんな1冊のチベット版。
編集者をしてるチベ友から、「こんな企画を暖めているんだけどどう思う?」とこっそり教えてもらったのがちょっと前のこと。その後、「企画が通ったよ」と連絡があり、ついこの前、「もうすぐできるよ!」と教えてもらったんだけど、「Webに書いていい?」と尋ねる前に完成してしまいました。は、早!! (というか私がトロいんだ……ごめんなさい。)
「癒しの塗り絵――美しい密教の仏とマンダラ」(扶桑社/監修=石濱裕美子早大助教授、タンカ=ロプサン・シャンパ絵師ほか)
bk1→癒しのぬり絵
チベット人は専門の訓練を受けた絵師以外、自分でてなぐさみにタンカを描く、とか、仏画をいたずら描きする、ということはしません(……と思う。自分の知る限りだけど)。
チベット人にとって、さまざまな仏教の決まりに則って描かれた仏は、それが壁画だろうがアクリル絵の具のポスターだろうが、その瞬間から信仰の対象そのものになって、敬うべき存在になります。(だからチベット人にとっては、タンカやマンダラやダライラマ14世の肖像をTシャツにプリントしてシワシワにして着るとかありえないし、トイレに飾るとか信じられない、ってことに。)
塗り絵の企画段階で、私が知り合いのチベット人タンカ絵師何人かに相談したのは、「線画だけのタンカはまだ“未完成品”? そういう完成度が低い状態で出版物にするのは、絵師として抵抗がある?」ってことでした。ところが意外なことに(いや、言われてみれば当たり前なんだけど)、絵師さんが一様に懸念したのはそんなことじゃなく、「塗り絵って子どもが遊ぶ遊びみたいなこと? そういう遊びで仏様を扱ってはいけない」ということでした。
ぐりぐり色を塗って遊んだらくしゃくしゃ丸めてぽいっと放り出す、そんな扱いは決してしてはいけないものだ、と。そういう企画だったら自分は仏教の教えに帰依して仏画を描く絵師として協力できないし良くないと思う、という意見で一致していました。
そうかそうだよなあ、とまた改めて感じ入ったことでした。
それで「これは、子どもがいたずらして遊ぶ塗り絵じゃなくて、大人が一枚一枚丁寧に作業して、塗り終わったら大切に保存したり飾って楽しむ特別な本です。日本には写経という文化があって、ワークブックが広く浸透しています」と企画意図を説明(したのは私じゃなくて編集者O嬢ですが)、「ちゅんちゅんタンカカフェ」のシャンパ絵師が、きちんと仏典に則った描き下ろしをしてくださいました(と聞いてます)。
(ちゅんちゅんタンカカフェさんからの案内はこちらに)
というわけで、この「癒しの塗り絵」。
「仏教モチーフのレプリカに色をつけて『あ~癒される~。仏像ってユルくてイイわ~』」……じゃなく、まぁ少なくともチベットやチベット仏教に関心があって手に取る方には、チベット文化にとってのタンカの重みを感じながら、1枚1枚が信仰の対象となる、生命のこもったものを手にしているのだと「癒されて」いただければなー、……などと思っているのでした。
うーまあ私がこんなことを書くまでもなく、絵師さんも製作側もきちんと分かって作っていますから、収録されているタンカと砂曼荼羅15作品はシャンパ絵師の作品はじめ典拠のきちんとした素晴らしい作品ぞろい。さらに石濱先生の解説や、その仏格に応じた真言なども添えられてます。カラー原画と、ミシン目入りで1枚ずつ切り離して彩色できる作業用ページに分かれていて、最後のカバー折り返しには「楽しみ方」や「裏面に祈願文を書いて寺院に納めることもできます」と広島のデプン・ゴマン学堂日本別院の連絡先が書いてあったりしてもう至れり尽くせり。癒されながらチベット仏教の仏の世界への基礎的知識も身につく、という、もったいなくも欲張りな1冊になっているのでした。
(石濱先生からの案内はこちらに)
ぐだぐだ書いてしまいましたが「編集者のチベ友が本を作りました」ってことで! 店頭に並ぶのは今月末くらいだそうです!
A4判変形56ページ・950円。問い合わせは扶桑社販売部(03-5403-8859)。
<追記>
月末まで実物は手に入らないだろうなと思ってたら、ここまで書いたところで裏口入手(持つべきは友)。ちょっ……うわー何これ! 綺麗! 本格的!! 千手観音菩薩とか砂曼荼羅とか、A4判型なのがもったいないよー。もっと大きな判型でじっくり眺めたり色塗ったりすれば……、って、それじゃ本物のタンカ飾ればいいじゃんってことか。なんか私の感覚ってズレてるようです。ごめんなさい。
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2006.05.28
「風の王国特集 チベット旅したつもりマップ」とあるのをみて、少女小説誌「Cobalt」衝動買い。
「特集」は、「旅したつもりマップ」のほか、作者インタビューにストーリーやキャラクターのダイジェスト紹介「翠蘭&リジム 愛の軌跡」、番外編の短編小説とコミック版(連載中)掲載など。6月と7月に短編集と本編の続きが連続刊行、ドラマCDも発売間近、だそうです。
巻数重ねて、新規読者取り込みに敷居が高くなったためのテコ入れ特集なのかもしれないけど、チベットって文字が表紙に躍ってるのはなんだかそれだけで嬉しい。
“チベット旅したつもりマップ”、オフィシャルでは初の小説世界地図かも!? ただ、現在の国境や都市の位置との対照がまったくないので、Cobalt読者層にはちょっと現実味が薄いかも(なぜかラサだけ記載されて、ポタラ宮の写真が載ってます。あとジョカンのジョウォの写真も)。「ほんとに行って歩いてみたい」なパッカー予備軍もいると思うんだけどなー。……国境や中国省境を書いちゃうと、現在の「西蔵自治区」をはみ出しちゃって何気にヤバイから自粛してるんでしょうか(←かんぐりすぎ)。ま、ラサを首都ならぬ「主都」と表記したり、「チベットとは」の説明文にわざわざ「平凡社辞典より」と出典明記して「文責はうちじゃないもん」な姿勢が透けてみえたりして、なかなか敏感になってる印象がありました集英社。
ところで新刊予告によると、7月刊の続編ではとうとうティツン王妃が出てくるんだそうです! どうなるんだ! ついに「チベット版大奥」の愛憎ドロドロ世界に突入かー!?(←たぶんありえません)
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2006.05.22
朝日新聞(東京本社発行)朝刊の社会面ミニニュースコラムにチベ関係の知り合いが。いや、知り合いってだけなら驚かないんだけど、中野駅前でメイド服着てるよ!
以前中国辺境を旅していたとかで、チベットにも何度か行きました、と、今はなき本屋「漂飄舎」で知り合いました(確か)。当時は西成に住み込んでドキュメンタリー写真を撮るかたわら、ミナミのお寺の境内でチベット本土の写真展を開いたりしてました。その後、南の島でフィールドワークするために奄美移住、本を出版したという消息を風の便りに聞いたりはしてましたが、メイド服ですか(>いや本題は共謀罪廃案PRだから)。
<29日追記>
これだけだと「単なる知り合いがこんなこと」って感じかなあ、チベ関連として書いちゃっていいのかなあ、と、テキスト書きかけのまま放置していたんですが、29日発売の週刊誌「サンデー毎日」をみたら、カラーグラビアにダライラマ法王の写真が。4月に開かれたカーラチャクラ法要の様子です。…って、署名をみたら西村さん!! アマラバティーに行ってたのか!
グラビアは、法王1枚、群集1枚、パンチェンラマのリリースキャンペーンPR1枚、青空床屋で剃髪する僧侶のスナップ1枚、など。
日本人がスポンサーになった初のカラチャクラ、などの細かいチベビアには触れずに記事と写真はごく普通。ま、そのほうがいいよね(^^; (ただ、群集写真の中央にけっこう目立って写っている人、どうも日本人のような気がしてならない^^;)
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2006.01.26
「週刊文春」(2月2日号)の巻末カラーグラビアにチベット。
「天空への階段――中国四川省甘孜県で春を待つ人々」(撮影・文 大塚雅貴)。
カンゼいいですな。カンパかっこいいですなー。
……にしてもちょっとだけ悲しいのは、「甘孜」に“カンゼ”とルビが振ってあった以外はすべて漢字表記(=中国語表記)。筆者の方、チベットそのものにはあんまり関心がないのかなあ。「東チベット」ではなく「中国四川省甘孜県」、「カンゼ・ゴンパ」ではなく「甘孜寺」、「チベット人」ではなく「チベット族」。週刊文春だというのに(笑)。で、
食事は主に小麦粉にバター茶を混ぜて作る「ザンパ」というスープのようなものを飲むだけ。
だそうです。「ザンパ」はツァンパのカムなまり(カムっぽくていいよね)、「スープのような」ってほどゆるゆるに粉をケチるような貧しく厳しい生活してるんだな、普通はカユ(椀)山盛りに粉盛るもんな、ってのはいいんですが、小麦粉は……聞かないなあ。小麦粉あったらゴレ(ぱん)にしないか?
検索したらサイトがありました→「写真家 大塚雅貴 OFFICIAL」。エジプト、雲南、サハラなど各地で撮影されてます。「チベット 天の大地」や「地球巡礼」で知られる写真家野町和嘉氏の助手出身の方だそうでした。
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2005.11.04
東京までの往復を利用して、チベ系ライトノベルのシリーズ第5巻「風の王国 月神の爪」。
ラノベって刊行ペース速いなあ! 7月末既刊だったらしいのを気付きませんでした。
古代チベット吐蕃を舞台にソンツェン・ガンポの息子クンソン・クンツェンと文成公主のラブラブ政略結婚カップル、結婚から約2年、いよいよ舞台はヤルルン渓谷、さらに西の領国ツァン・プーへ。
嘘も偽りもない私を受けとめて…。ヤルルンへの道中、翠蘭はソンツェン・ガムポ大王の使者に命じられ、大王の二人の妃を連れ戻しにオンの谷へ。二人を伴いヤルルンに入った翠蘭は、大王に本物の公主かと尋ねられ、事実を語るが…。
(コバルト文庫サイトの紹介文から)
詳しくは→ Amazon
bk1
<以下たぶんネタバレあり>
ソンツェン・ガンポ出た――! ティツン妃(名前だけ)出た――! シャンシュン王国との確執が語られ、キュンルンなんて地名が出てきたりして、うふふふ、という感じです。ソンツェン・ガンポの食えない爺さんぶりはなかなか。「助平爺」とか描写されてたりして今後が思いやられますが、シャンシュンから嫁いだ第一王妃「リティクメン」と実は密かにラブラブっぽいようなシーンもあって、基本的に作者さんは夫婦の情愛を大切に思ってるんだなぁ優しいなあと思ったり。
話のほうは、陰謀に謀反に大立ち回り、謀反制圧の裏にも思惑があって……な展開でなかなかスペクタクル。文成公主も殴られるわ吊るされるわ袋詰めにされるわの主役かつ王妃とは思えない被虐待っぷりです。ダンナより奥さんが手ひどくいたぶられてるのはジェンダー的にはどうなんだ(^^;)。ま、最初「舅に言い寄られるわ先妻に嫉妬されるわ宰相と不倫するわでチベット版『大奥』になるんじゃぁ…」なんて冗談が出てましたが、そういうドロドロより権力闘争のドロドロと国盗り物語のほうが楽しいよね。
それにしても、助平爺ソンツェン・ガンポと老獪なツァン・プー領主スツェの爺2人の存在感が大きくて(過去になにかあったことを暗示するような互いの回想シーンも示唆的)、若きクンソン・クンツェン王食われまくりです。偉大な父親を持つと苦労するねぃ。
ツァン・プー討伐が実際にあったかどうかは勉強不足にして知らんのですが(申し訳ない)、この流れでいくと史実どおりのシャンシュン遠征、吐谷渾との騒動、文成公主の妊娠出産にクンソン王の早世までありそう。どうするんだー。
ところでやはり位置関係や地図の問い合わせが多いのでしょう、「あとがき」では地理に触れられているんですが、
地理の話を…、と思っていたのですが、1ページしかありませんので、とりあえずシャンシュンの位置を。7世紀の吐蕃の地図を見るとき、向かって左側のヒマラヤ山脈沿いに(中略)詳しく自分の目で見たい! とお思いの方は、山口瑞鳳先生のご著書、『チベット・下』や『吐蕃王国成立史研究』をご覧くださいませ。(中略)ちなみにツァン・プーは現在のツァン地方、シガツェからラツェから北を含む地帯、と考えていただくと、チベットの地理を知っておられる方には分かりやすいかと思います。
と見事なまでの突き放しっぷり。読者層はたぶん中高生メインだと思うんだけど、いきなり山口瑞鳳「チベット」(←定番の専門書。上下で1冊3000円くらいする)薦められたら泣くんじゃないか(わはは)。もっとも、中高生は授業で「世界史図説」とか持ってて却って歴史地図に強いのかもしれないけど。
口絵に1枚地図をつけてくれればいいのになあ。多少脚色した「風の王国」版の架空吐蕃地図とかさ(そしたらいちいち現実のチベット想起してきゃあきゃあ騒ぐ私のよーなチベあほ読者は減ると思^^;)。いや待てよ、作者さんのその甘えを許さない姿勢に鍛えられ、中高生にして『チベット上下』読みこなした人たちが、明日のチベット研究を背負ってたつチベット学者として育つのかも。『キャプテン翼』から中田が生まれ『スラムダンク』で田伏が育ったように(真偽は知りまっせん)。
地図に関しては「ちべビア」にスキャンをあげてますが(あまりほめられた行為ではないっすね)、ダヤンウルスさんとこの素材とか資料元に自作で作っている方もいらっしゃいました(すごい! 見やすい! わかりやすい! トラックバックもいただいていました!)→中華歴史小説ファンブログ「小芙蓉城」
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2005.10.09
チベットがテーマの絵本「ワンダーガーデン ダライ・ラマの愛の心 ~老犬と仔ウサギの物語~」(藤田理麻文・絵)。
→詳細はbk1 Amazon
日本語、英語、チベット語3言語で書かれている絵本です。チベット語の勉強にもなるかも(なるのか?)。
藤田理麻さんは米ニューヨーク在住のアーティスト。スピリチュアル系の人で、チベット難民の子どもたちに自作の絵本を贈る「Books For Children」活動もしてる方です。私自身は名前を聞いたことがあるだけなんですが、先日「理麻さんの公式サイトに『ルンタ・プロジェクト』へのリンクがチベットサポートサイトの一番上にあるよ」と指摘されてびっくり。そうかルンタをご存知でらっしゃるのか(照)。(←あ、リンクしてあるのはもちろんダラムサラ発の公式サイトのほうです^^)
そんで、ちょっと書いちゃうと、絵本の最後、私の本名のクレジットがちっちゃく入ってます。以前にダラムサラで撮った写真を提供させていただきました。編集の友人O嬢に「クレジット入れとくね」って言われて、「え~いやぁそんなカメラマンでもないのに」と慌てたんですが、完成した本のクレジットを実際に見るとやっぱりじわじわと嬉しい(すいません単純ゲンキンで…)。えへへ。
いいものにしたいってO嬢はホント頑張って、編集と平行してチャリティイベントやサイン会も企画。絵本の原稿の最後の仕上げにどうしてもダラムサラへの直接コンタクトが必要になり、自分の夏休みを使って私費でダラムサラへ往復してまで完成させた絵本です。藤田理麻さんの絵と文が暖かいのはもちろんですけど、今回、形にするために見えないところで奮闘してる友人の話を聞いて、書籍なんて普段は完成したのを買って読むだけなんで作ってる人のことまで考えないだけに、素敵な作品になってよかったなあと思いました。(ところで絵本に出てくる女の子ってやっぱり作者自身の自画像なんですかね?)
チャリティイベント(11月11日)とサイン会(11月13日、11月19日)のお知らせはこちら。
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2005.06.29
タイトルと、著者自身が無国籍(だった)という紹介に興味を持って買った本。
しばらくそのままになってたのを、東京行きの新幹線に持ち込んでようやく読破。著者自身の体験や感情を自伝的に綴った前半部分は、引き込まれて一気に読んでしまった。
チベット人に「チベット」という国籍はない。それで、チベットやチベット人と接していると、思わぬところで普段自分が意識してない「国籍」だとか「○○人とは何か」……なんてことを考えさせられたりする。
「無国籍」の著者は日本生まれ。大陸出身の“外省人”だった父親が、1972年の日中国交回復(=台湾との外交断絶)の際、国籍を「中華人民共和国」と切り替えることに抵抗を感じ、「中華民国」にこだわって、家族全員で(日本政府への外国人登録上の)無国籍を選択した。まぁそれは日本の役所の書類上の扱いで、台湾って島と台湾の政府は実際に存在するわけだから、日本では日本政府が「中華民国政府」を認めないために書類上「無国籍」となるけど台湾へ行けば中華民国政府の国民として扱ってもらえる……はずが、日本で生まれて戸籍登録がなかったために、台湾入境にビザを要求される「どっちつかず」状態を強いられることに。実体験に基づくエピソードの数々を興味深く読みました。
で、私がチベットと関わる時、無国籍とはどういう状態か、無国籍者として保障される基本的権利とは――なんて概念上の議論とは別に、「日本国外にいる『無国籍』な人はどうやったら段取りよく日本に招くことができるか」とか、日本のビザを取得する上での注意、なんてことが欲しい情報としてあったりするんだけど、この本はそういう実用的な部分とは違いました(当然ですが)。そういうノウハウはどこで身に付けたり蓄積したりできるのかなあ。
ところでこの前、県の外国人登録者数の統計をみていたら、登録者総数約4万7000人くらいのうち、「無国籍」が確か300人くらいいたかと。「無国籍」にあるように、台湾籍の人が日本の書類の扱い上「無国籍」になっていたりするケースかもしれないし、国際結婚の非認知婚外子などもっと深刻なケースかも知れないんだけど、300人、多いのか少ないのかふうん、と考えました。
詳しくは→ Amazon
bk1
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2005.06.27
上京ついでに新宿「紀伊国屋」にて購入。
既にちべ者さんやiTibet@ryoheiさんが触れてますが、星泉先生とデキペマさんの「旅の指さし会話帳『チベット』」(情報センター出版局/¥1800税抜き)です。
随所にコダワリがあっていい感じ!
振り返れば私がチベットに関心を持った当時、一般書店で手に入るチベット語のテキストは「エキスプレス チベット語」(大学書林)のみ。いやもちろんあれはきちんとした敬語を学べるすごくいい本(とくにラサ語フェチにとって)なんだけど、まず最初の章がチベット語の子音の発音……50いくつだったか(いま手元にとっさに出てこなくて)……とそれに対応する発音表記の羅列だったかと……次が確かチベット文字の解説で…。ダイアログにたどり着く前にそこで挫折したヘタレな私…あ~。思えばあのテキストは星先生のお母様の手になるものでしたか。
指さし会話帳のすごい所は「現地に持って行って使う」ことを前提としている点。
だから、現地の人が読んで発音するためのチベット文字表記と、日本人が読むためのふりがな(カタカナ)のみ。チベット語の発音はチベット文字で書くしかない訳で、どんなにローマナイズしたところで「似せた音」にしかならない、だったらカタカナだって「似せた音」。って訳であとはイラストを指して意味を伝えて、耳で聞いて口に出して話せるようになりましょう、って画期的だし大切なことだよね! ああっ今チベットに向かう旅人はなんて幸せなんだろうー……あの当時にこの本があればー(←年寄りの愚痴)。
主にチベット本土でユースフルな単語がまたツボを心得てて…「バター茶(チャスマ)」の隣に「バターなしの茶(チャダン※1)」があったり、「水(チュ)」だけじゃなく「湯冷まし(チュ・クタン※2)」があったり、実際にチベットを旅行しないと出てこない語彙ですよ、もう。
さらにイラストがまたツボをおさえてて、眺めてるだけで楽しいです。「お寺の中で」なんつーマニアックな章もあるんですが(でもチベット旅行する時には必要になる)、「釈迦牟尼」「観音菩薩」「阿弥陀如来」から「パドマサンバヴァ」「ミラレパ」に至るマニアックな単語にイラストがついてて、これが眺めてるとそう見えてくる(笑)。なんでそんなことができるんだろー。かと思うと、「これはなんの像ですか(クティ・カレレ)」には指を広げて手の平を見せてる人の絵がついてて、つまり仏像なんかは指さすんじゃなくて手のひら全体で下からおしいだくように指し示すんだよ、というチベット流の礼儀も伝えてたり。唸りました。
※1 ちょっとしょっぱい塩入りのもあるのでストレートティーとは限らないから「バターなしの」に唸った。チャガモ(甘いミルルクティー)は茶館で買って飲むものだから、お招きされた家で、どうしてもチャスマがダメな人にとって必須な単語だと思う、たぶん。一般の会話本には「チャスマ」と「チャガモ」の2種類しか載ってなかったりするんだなこれが
※2 中国大陸では生水は飲めないので。チベットでも生水は飲まない方がいいと思う。硬水で腹を下すか、高原を流れるきれいそうな水でも上流に放牧地があったりするし
「チベット入境→宿」では「チベットへ行きたい」「飛行機に乗る」「私の荷物が出てきません」あたりまでは中国語で、「ラサ」は漢字とチベット語の2種類表記、「今晩泊まれますか」からいきなりチベット語になっている(しかもなんの説明も解説もない!)のが「おおっチベットに入ったんだ!」とドラマチックでさえあります(笑)。すごくイイです。
ちょっとアレンジしたら「国境の向こう側用」バージョンもできそう。
「ダライラマ法王に謁見したいのですが」なんかが基本文型に加わって、映画は(指さし会話帳では「チベットの女」だけだったけど)「クンドゥン」「ザ・カップ」、流行歌手の名前も変えて(詳しくないけど)。単語には「亡命」とか「難民」とか「ニューカマー」とか「監獄」とか……あ、だんだん怖いほうに行ってしまった。
詳しくは→ Amazon bk1
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2005.04.28
週刊新潮5月5・12日号モノクログラビアを眺めていて気になったモノ。
「street 日本を、いじめるな!」と題したモノクログラビアで特集された「『もう我慢できない中国の横暴!』東京大デモ」。4月23日に新宿で開かれて、約300人が参加したらしいんだけど、その遠景写真。…うん?
画面に対して垂直だったり風にはためいていたりしてよく分からないんだけど、このへん(マウスで印つけたら小汚くなりましたごめんなさい→)はもしかしたら雪山獅子旗(チベット旗)じゃーないですかー? ああっカラーで掲載されてれば見間違いようもないのに!
本文中にも
デモは「打倒・中華帝国主義」を掲げ、台湾独立やチベットの主権回復をも求めるという広がりを見せたのだった。
とあり、フリーチベットを掲げた人たちも確かにいたようです。チベット人が参加してたんでしょうか。それとも日本人のチベットサポーターかな?
ここはやっぱ、「反日デモが広がらないよう中国当局はもっとしっかり取り締まれ!」なんて言っちゃうよりも(※)、
チベ式にあるように、
「反日デモが許されるならチベット人のデモだっていいはず!」
「非暴力デモをしただけで拘束されてるチベット人“政治犯”の釈放を!」
「漢族こそ歴史を正しく認識しろ! チベットが歴史的に漢族王朝の領土内に入ったことはない! 日本の歴史教科書を正せというのもいいがまず自分トコの間違った歴史教科書の訂正を!」
と言ってほしいトコロかと。頑張れチベタン!
※ 23日のこのデモがそう主張してる訳じゃないです(週刊新潮にはそうは書いてないです)。町村会談含めあちこちで「(デモ自体を)取り締まれ」と要請しているかのような論調があって、中国当局がネット規制を強めたことも「中国政府が沈静化図る」などと好意的に報じられてるっぽいのも見かけて「およよよ?」と思ったので。実態はどうあれ日本が民主主義のセンパイを自称するんなら、「非暴力平和的示威活動は言論の自由として基本的に保証されている人権だ」って言ってあげなくちゃ、ね? そんで日本料理店打ち壊し日系コンビニ略奪とか日本大使館投石は、もちろん中国大使館脅迫も中華学校器物損壊も、れっきとした犯罪行為です…法治国家としてやってくなら日本人も中国人もそこんとこ肝要かと個人的には思ったり
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2005.04.26
チベ式とかちべ者で既に言及されているリチャード・ギア発言ですが「林真理子インタビュー リチャード・ギア」(週刊朝日)という広告をみかけたので読んでみました。
スティーブン・セガールがトゥルク認定されている、とか、ブラピ(セブンイヤーズ・イン・チベット主演)がフリーチベットコンサートに参加した、とか、ハリウッド関連のチベット話にもいろいろあるわけですが、リチャード・ギアは筋金入りのホンモノで、ダラムサラのルンタ・ハウスに客として訪れてイベント鑑賞してたりします(びっくりだ)。
そんで「週刊朝日」ですが、前半は「Shall We Dance?」(ハリウッドリメーク版)の宣伝をしてるんですが、
林 このあいだの記者会見では、映画の話が終わったあと、司会者のマイクを持って、中国のことをおっしゃってましたよね。
ギア 中国への武器の輸出解除を、EUが検討していることに対する批判ですね(止まらない)
うぉぅ林真理子から振ってるぞ!
林 中国とチベットの問題についても、いろいろ発言されてますよね。
うぉぅさらに振ってるぞ!
ギア チベットの人たちは何世紀にもわたってつらい目にあってきました。僕は彼らの味方です。彼らを守ります。
何世紀…? 清や明の時代に遡ってるのかしら。いや別にいいけど。その他印象に残ったのは
林 あら、手首にお数珠
ギア チベットのお数珠です。僕の仏教の先生はチベットの人なんです
(チベットの数珠を手首につけてるらしいです>ギア 108玉ある長ーい数珠を三重巻きしてるんでしょうか)
林 日本の奈良なんかも、精神世界はチベットと共通している部分もあるのでは。
ギア (前略)チベット仏教と日本の仏教は表現法とか視点は少し違いますが、根底に流れているのは同じ。そこはやはり仏教ですから。
林 日本には、チベットほどリチャードさんを惹きつけるものはないですか。京都にしても奈良にしても。
奈良とチベットが似ているか、というものすごい質問は「仏教の世界観は」とさらりとかわして回答。さすがギア。しかしそこを畳みかける林真理子女史。そんなに「奈良もチベットと似ていて好きだ」と言わせたいか(笑)。ギア、日本の禅から仏教に興味を持ったとリップサービス、話題は再びチベットへ。
ギア 仏教というのは2本のレールがあります。
林 2本のレール……。
ギア 知と慈愛です。
ここはひとつ「智慧と慈悲です」と訳してほしかったところ(英語の仏教用語なんて知らないけど、そう言いたいんだろうと推測して)。
そのほかは、「笑顔がステキ」とか「日本映画にも出演してて日本と縁が深い」とか「義母もファンです」とか、ツーショットねだったりサインもらったり、など他愛もない話題。ちなみに「日本と縁が深いし今回のリメークも運命的なのでは」という問いかけ(誘導尋問?)には
「僕はアジアのどこへ行っても受け入れられるんです」とか、「ほかにリメークして出演してみたい日本映画は」という質問も「(今回リメーク作に出演したのも)
たまたまやっただけ」と華麗にかわしまくっておりました。実はそんなに日本を好きでもないんじゃないか、リチャード・ギア(笑)。んで、1949年生まれの55歳の一人称が「僕」ってどうよ、週刊朝日。
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2005.04.10
というわけでチベ系ライトノベルシリーズ第4巻「風の王国 竜の棲む淵」。
いやぁこれが意外に(といっては失礼か)楽しめました。悲恋の伏線アリ誘拐アリ魔薬アリ記憶喪失アリ殺されかけアリのめまぐるしい展開で、女の子受け止め損ねて涙目のヘタレサンボータ萌え~…って、もももしかして私、ライトノベルの楽しみ方を習得してきてる!? なんかそれもヤだな(^^;;;)。
とにかくソンツェン・ガンポの息子クンソン・クンツェンと文成公主の政略結婚カップルが主人公の古代吐蕃ロマンシリーズ、結婚から2年経って、ようやくヤルルン渓谷へ……はまだたどり着かず(笑)、ヤルルンへ向かう途中のコンポ(現コンボ)が舞台。今の地図だったらニンティ(林芝)とかある辺りですか。
詳しくは→ Amazon
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<以下ネタバレもたぶんあり注意>
行ったことなくて詳しくない地域(つーかいまだに全面外国人未解放)で土地鑑もないし古代史も知らないのでするーっと読んじゃいました。ケサル王伝説の聖湖パソン・ツォ(タクスム・ラムツォ)みたいなのが登場したり、高い山が見えてナムチャバルワ峰がほのめかされたり……とかの小ネタがあるとチベ者には嬉しかったんですが、気付かず(スルーしちゃっただけかも)。
著者の方は専攻でもあって思い入れ深くすっごくいろいろ調べてるみたいなので、舞台装置に登場する(落ちたものは2度と浮かび上がらない)「竜の淵」とかそっから流れ落ちる滝とか、元ネタ(モデル)はあるのかもしれません。
とりあえず、松州遠征の背景設定が伏線としてちょっと生かされて、記憶飛ばすトンデモ魔薬とか出てきてちょっとハッチャケてくれて(その調子でもっとどんどん行ってほしい。ちなみにコンボと言えば毒を盛られる、ってのは基本らしい?)、悪役になりきれない悪役回り設定の女性なんかも出てきて、まーまーファンタジーっぽいかな。記憶喪失と「失われた自分(感情)を取り戻す」仕掛けはもっとお約束的に盛り上げてくれてもよかったなーとも思うけど。最後のほうだいぶ駆け足です。タイトルにもなってる「竜の淵」、クライマックスの山場として、主人公(吐蕃王でも公主でもどっちでも)が謎解きしてたどりついて何かするんかと思ってたら、敵役の女性が「こちらへ」とか簡単に案内して連れて行っちゃうんだもんなー。ちぇ。
後書きに「3月発売の『コバルト』で漫画化されます」とあったので、へーっそれは見てみなきゃ、と、帰宅後、地元のチェーン書店「ファミリーブック」へ。そしたら店頭に並んでる「風の王国」を初めて見ちゃったよ(しかも平積み)!! 第1巻とか6刷になってて、わぁホントに売れてるんだ、続編も出るはずだあ、と何か感慨に耽ってみたりして。
これまでの感想はそれぞれのリンク先へ→第1巻、第2巻、第3巻
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2005.01.30
チベ系ライトノベル(?)「風の王国」(04年8月30日)、「風の王国 天の玉座」(04年9月9日)に続く3作目。私も付き合いがいいです(^^)。
ソンツェン・ガンポの息子クンソン・クンツェンと文成公主の政略結婚カップルを主人公にした古代吐蕃ロマンシリーズ、今回はいよいよヤルルンへ……向かわず、舞台は東の小国「ゲルモロン」へ。
ゲルモロンって何処よ知らないよ、と思っていたら「香巴拉-SHAMBARA 」のBBS「聊天之間」に、非常に詳しく解説して下さっている人がいました(04年12月12日の「お帰りなさいまし。」から始まるツリー必見)。そうか、ゲルモロン=rgyal mo rong=rgyal rong=嘉絨(ギャロン)なのか、金川(現在の漢語の地名)あたりなのか! (←近くまで行ったことある地域と分かりがぜん元気になる私)
ストーリーは隣国の女王継承式をめぐり、今回も(?)宮廷ミステリっぽい陰謀と策略の話に。文成公主はストレートで裏表がなく、ひがんだりいじけたりしない性格に描かれていて、イイ子すぎるきらいもあるけど、好感持って読めます。ヤルモタンとかゲルモロンなど国がいろいろ出てくる割には異国情緒や世界観の違いがあまり際だたなくて、チベット離れて旅してる感じがあまりなくてちょっと残念。舞台がギャロン、ってところ以外は、チベ好きのツボにはまる描写はあんまりないかも。
まだ続くみたいです。次こそヤルルン渓谷くらいまでは行きますよーに。
……はやく「十二国記」の続きが出ないかなあ(←なぜか無性に読みたくなった、、、)
詳しくは→ Amazon
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(2月9日追記)ちんたら下書きのまま放置している間に、うらるんたBBS(伝言板)で「風の王国」の話題になってしまいました。よかったらそちらも覗いてください…
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2004.12.07
2004.10.12
チベット関連記事2つ。
「AERA」(10月18日号)巻末グラビア「世界の遺産」に「中国 東チベット」。写真と文は写真家の鎌澤久也さん。
9月中旬、索県(ソッシェン)郊外の青裸麦収穫風景。刈り取った麦の山から延びる影がきれいです。
索県(Sog/ソシェンとも)はアムドのナクチュ(那曲)からカムのチャムド(昌都)へ向かう川蔵公路上にある町で、いわゆる東チベット(カム東部)ではないです。
鎌澤さんはもともと雲南の少数民族がテーマで、雲南からメコンを遡ってチベットに入っていった方で、「雲南・カイラス 4000キロ」(平河出版社)などの旅行記や写真集「玄奘の道・シルクロード」(東方出版)などがあります。
ちなみに「索県 チベット」で検索かけると、こんなサイトが一番上に出てきました。2004年9月17日付のこんな記事(珠玲さんの「中国内外チベット関連消息」)もあります。豊かな実りや美しい風景の裏側にはいろいろな問題を孕んだ地域といえそうです。
「サンデー毎日」(10月24日号)のほうは、巻頭グラビアで「特集/建設進むチベット鉄道――世界の屋根を越えて運ぶものは 」。写真と文は小川康博さん。
小林さんも写真家で、2000年に平凡社の「太陽賞」を受賞した方のような(ちゃんと確認せず書いてます)。青蔵鉄路の工事現場で、出稼ぎの漢族労働者の話を紹介していました。給料は1カ月700元だそうです。
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2004.09.29
International Campaign for Tibet(ICT)からのメールが転送されてきたのでご紹介。
The Dalai Lama is one of 20 finalists in TIME Asia's 2004 Asian Heroes contest. He is currently in second place in the voting, behind Aung San Suu Kyi, but ahead of a number of Chinese "heroes" such as the first Chinese person in space and that guy who won a gold medal in track this summer.
Anyway, you can still vote for HH in the second and final round. Just go to:
http://www.time.com/time/asia/2004/heroes/
and click the little circle next to His name.
The finalist will be announced in TIME's 2004 Asian Heroes special website on October 4, 2004.
Thanks -
Kelley Currie
Director of Government Relations
International Campaign for Tibet
(訳文) ダライ・ラマ法王はTIMES誌アジア版2004のアジアのヒーローの20人のファイナルリスト(候補リスト)に入っています。アテネオリンピックの陸上競技で金メダルをとった中国人や中国人で始めて宇宙に行った人など複数の中国人のヒーローもリストに入っています。ダライ・ラマ法王は現在、アウン・サン・スーチー女史の次いで、2位になっています。
法王に投票したい方はこちらのサイトで法王の名前の所にマークをつけてvoteをクリックしてください。
http://www.time.com/time/asia/2004/heroes/
結果は10月4日にTIMES誌2004年アジアヒーロー特別サイトにて発表されます。(訳:ダライ・ラマ法王日本代表部事務所)
日本からは横田早紀江さんただ1人が候補に上がっています。金大中やコラソン・アキノ、シャウカット・アジズは入っているけど小泉純一郎は入らない。そしてイチローでも松井でもなく横田早紀江さん。なるほど、と思うような意外なような。
中国、インドからは4人ずつノミネートされていて、環境保全家、ナチュラリスト(Liang Congjie/中国)とか、やはり自然保護活動家らしい「Fighting to save the Narmada river valley(ナーマダ渓谷を守るために闘っている?てことだよね?)」(Medha Patkar/インド)とか、寡聞にして知らないヒーローがたくさんいるんだなあと思いました。イラクやアフガニスタンなど今年焦点となった紛争地からは1人も選出がないんですが…中東・中央アジアは枠外なのかな。アジア版とはいえ欧米の雑誌だから、「欧米人から見て『活躍した』と思う」という視線が入っているのかな、どうなんだろう。
2003年版を見たら、「SARSと対決した医療関係者たち」というのが選ばれていました。
(30日追記)
uzo(宇田有三)さんのblogで言及して頂いた(固定リンクはここでいいのかな?)のでTBしてみました。
uzoさんの記述によると、在日ビルマ人の間からも「Ms. Aung San Suu Kyiに投票しよう!」という呼び掛けが各方面に回っているそうです。
「TIME asia」のサイト、1票を投じると次の画面で集計結果が見えるようになっていて、私がクリックした時は、投票の47%くらいが女史、42%くらいが法王で両者がダントツ、後は0.7%とか0.5%の微々たる数字になっており、どうしてこんなに投票結果が偏るんだろう、それにしても女史すごい人気だな、と思ったのですが、やはり投票を呼び掛けるキャンペーンがあったのですね。
そして、「ビルマ」といい「チベット」といい、時としてその単語を口にするだけでさえ配慮が必要になる響き、というか、現地ではその言葉を堂々と口にできない響き、というか、……うまく書けませんけど、一生懸命に「投票して国際的にアピールしましょう」と呼び掛ける在日ビルマ人の心情と、チベットハウス(法王事務所)のチベット人の心情に、何かとてもよく似た切ないものを感じて、なんとも言えない気持ちになったりしております。
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2004.09.11
12日からの旅行でダラムサラの「ルンタ」に持っていった小説など。
「ヒマラヤの話かな?」と表紙買いした小説。02年に出版された作品の文庫化。とはいえ02年のハードカバーでは知りませんでした。
冒頭シーンがもういきなりチョモランマ頂上です。解説を、なんかうらやましそうに夢枕獏が書いています(夢枕獏は実際にチベットのどっかを登っていてチベットをモチーフにした小説も数作あったかと)。
アメリカの人工衛星がチョモランマに落下、プラマプトラ流域が放射能汚染の危険にさらされるかと思われた、実はその人工衛星は……というストーリー。チョモランマの両側が舞台になっていて(主人公はチベット側)、チベット人、ネパール人(シェルパ)、アメリカ人、ロシア人などバラエティ豊かな登場人物群のなかで、日本人主人公(本業はカトマンズ在住の山岳ガイド)がカッコ良く活躍します。人間とのアクションもありますが、最後は自然、高度と酸素と寒さとの闘いになります。
……とはいえ、私自身は感情移入できる人物がいなくて困りました。この主人公に共感できるのは、高くて白い山をみたら登りたくなるタイプの人間か、よほど自己陶酔型性格のヒトでは(言い過ぎか)。ヒロインがまた、女ってのはなー、そんな都合のいい生き物じゃねーんだよ! とドツいてやりたくなる描かれ方でしてね~。日本人女性という設定ならまだしも、これがアメリカ人(だったかな?)というんだから「嘘でしょ~」な感じで。
あ、ストーリーは冒頭からクライマックスまでまっすぐに突き進んでいく、勢いのある(悪く言えば一本調子な)物語で、旅の一気読みにはなかなか良かったです。ダラムサラで長逗留してるバックパッカーに旅への活力をくれる本かも。日本食レストラン「ルンタ」で見かけたら、ぜひ。
個人的には、観光で行ってしまったロンブクBCを思い出し、改めて、本当にあそこからチョモランマのてっぺんまで登っていく人たちがいるんだったなあ、などと思い返したり。あの時、ロンブクゴンパの宿坊前にはヤクがたくさんつながれていて、荷を積んで峠を越えてネパールへ交商に行くんだと言っていたっけ。そのネパールへの道筋のほうが私にはロマンチックに聞こえて、そーゆーヒトはやっぱりこの小説世界に向かないのかも知れんです。
それから、他のDVDやビデオと一緒にブック・オフの袋に入っていたために勢いでリュックに突っ込んでしまい、こんなん読んでいるのを見られたらなんかちょっと恥ずかしいから途中で忘れた振りして捨てようかとも思いながら、空港でも列車でも捨てるに捨てられずダラムサラまで持ってきてしまって、日本語そのものが希少価値に思えてつい置いてきてしまった……のがやおい一歩手前系コミック「最遊記」(エニックス)1~5。寝台車の友、"天竺"でのひまつぶしにはなってくれました。
「ほお」と思ったのは、主役の1人の必殺技のキメ台詞(発動呪文)、「噢・嘛・呢・叭・咪・吽!」。
オン・マ・ン・ハツ・マ・ウン! とルビが振ってあったけど、お~、こりゃどうみても「オム・マ・ニ・パー・メ・フム!(※チベットのものごっつポピュラーな真言。オムマニペメフム。"なむあみだぶつ"みたいな語感)」じゃん(←これを書いておきたかった)。
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2004.09.09
8月30日付で書いた「風の王国」の続編。
詳しくは→ Amazon
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政略結婚のはずだけど初恋が実り、吐蕃に暖かく迎えられたヒロインは、晴れて吐蕃の若王の正妻となる。前妻の息子にも慕われ、穏やかな新生活が始まる……はずだったが、何者かが飲み物に毒を! いったい誰が何のために、そして命を狙われているのは果たして……?
――というストーリー。
舞台はようやくチベット圏に入り、新婚の2人はツァシュー(ツァワロン渓谷)での新生活。父王ソンツェン・ガンポが居を構えるヤルルン渓谷のチョンギェ(その後ラサに遷都)よりずっと東、現在の地図でいうと雲南省との省境付近、カワ・カブ(梅里雪山)から西側のメコン川源流とサルウィン川源流の間に広がる肥沃な乾燥地域での新婚生活です。うわー、私は麗江の北「虎跳峡」までしか行ってないけど(当時デチェンは非解放だった)、想像しただけでも素敵な地域。行ってみたいなあ…。
物語も、盛りだくさんの人物が顔見せ的に登場した1作目から落ち着いて、それぞれのキャラクターが生き生きと……してるのは確かなんだけど、ううむ、なんだかなあ。
チベットの自然と未知の大国「吐蕃」、という感じはあまりしません。儀式の準備進行とともに謎が深まっていく筋運びは宮中ミステリっぽくて面白いんだけど、そしてこの作者はそういうのが得意みたいでとても生き生き描写しているんだけど、なんか「スタジオで撮影されたドラマを見ているような感じ」なんだよなあ。若王リジム(今分かった、リ<ri/山、峠>+シミ<simi/猫>でリジム=山猫なのか~)も"議会"には出るわ政治はするわ、1作目の野性的な魅力はどこへ……(ううっ)。いやいいんだけど。宮廷モノを書きたいなら、秦とか唐とか随とか宋とか、とにかく漢民族の王朝を舞台にしたほうがネタも山盛りだし陰謀深慮ふんぷんだし腹黒キャラにも困らないしで、わざわざ西戎北狄をモチーフに持ってくることもなかったんじゃないのかしら。チベットがもったいない。
(以下ちょっとだけしょーもないネタバレを含みます)
え~、物語のクライマックスは『大祭』の行なわれるツァワロンの『西の峰』山頂での戦闘アクション。『西の峰』てのがどの峰かは明言されてないけど、そのへんの丘とかじゃなくてツァワロン渓谷周辺のしっかりした山なんだったら、どれ登っても間違いなく6500mくらいはありそうで、山頂で跳んだり跳ねたりチャンバラしたりしてる場合じゃないよーな、気はする(笑)。
えーとそれから作中に登場する『赭面』。ラストでリジムが「あれ、止めるわ」みたいなことを言ってます。
あれ(赭面)はちゃんと文献に残る吐蕃の風俗習慣で、「文成公主が廃止させた」と記録されているんですねぇ。1作目に「赭面」という字句が出てきた時に(ライトノベルっぽくない語彙ですよね)、ヒロインが廃止させるんかな、と先が楽しみだったのでした。物語では「○○○○が嫌がっていたから、せめてもの弔いに」(リジム)とアレンジ。○○○○が嫌がっていた描写があんまりなかったので伏線が機能せず、知らない人には多少の唐突感があるかもですが、作者の史実へのこだわりが感じられるようで、芸の細かいことをするな~、と思いました。
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2004.09.07
←サイバラ先生、それは「chow min(チョウミンともチョウメンともチョウチョウとも)」ではっ!! チベット料理をお食べになったのではっ!!(^^)
西原理恵子好きな私ですが、毎週「SPA!」をチェックしてるわけじゃないので、シリーズ掲載に気付きませんでした。「最終回」と表紙にあるのに気付き、お~インドか、ヒジュラとはまたコアな、と立ち読みして、「ネパール人の作る焼きそばを食べた」の一コマに即お買い上げ。毒舌と人情のサイバラ節あふれる本編とまーったく関係ない、冒頭の小ネタに反応する情けない私がここに。
そうそう、インドの食堂でメニューに「Chinese」って書いてるところ、あるある。そんで思わず魚香肉絲だの宮爆鶏丁だの酸辣湯だの什錦炒菜だの期待しちゃうと(←するなよ)、「Chopsy」「Vegetable Chopsy」「Fried Vegetable」とか書いてあって、「そりゃ何だよ」と嬉しくなったり(*)。日本に「とんこつラーメン」や「タンメン」や「天津飯」があるように、チベット・ネパール経由の中華料理ってのが存在してるんだと思う。「チョプスィ」ってメニュー(汁なしあんかけ麺みたいな料理だった)は未だに元が何なのか謎。何語なのかも分からないし。
チョウミン(焼きそば)は、明らかに炒麺(chao mian)が語源だろうし、チベット人にとっては、ツァンパやトゥクパやモモやパレに比べたらずっと「中華料理」なのに違いない(日本人にとって寿司や天ぷらに比べたら天下一品のラーメンでも「中華料理」なのと同じように)。
というわけで、サイバラ女史が食べたチョウミン、ナカタのユニホームを着てにこにこしていたネパール人は本当にネパール人だったのか(チベット人ではないのか)、などと想像してみたりするのでありました。
(*)私の場合、ヒマーチャルプラディシュ(ダラムサラ)とラダック・シッキム以外にはデリーとコルカタしか知らない(インドの出入国スタンプ10回以上あるのにバラナシさえ行ったことない)インド初心者なので知識に偏りがあります。勘違いなどあってもご容赦。
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2004.08.30
電車移動の間にライトノベル「風の王国」(毛利志生子/集英社コバルト文庫)読了。
文成公主をヒロインに持ってきた古代中華ロマン。唐の皇帝に連なる複雑な生い立ちの少女が、政略結婚で吐蕃へ嫁ぐことに。謀略と活劇あり、剣と魔術あり、素性の分からぬ男と2人きりのサバイバルあり……なアクションと淡い恋愛ストーリーです。あとがきに「古代チベット(周辺)」とあるように、物語の舞台は長安から吐蕃へ至るいにしえの青蔵公路。ラサ出て来ないし。
作者は仏教系大学でチベット史やチベット語も学んだことがあるそうで、当時の歴史背景や人物もかなり調べ、史実から大きく外れないよう気を配った印象を受けました。李世民や李道宗など唐側の登場人物、トンミ・サンボータやクンソン・クンツェンなど吐蕃の有名人物だけでなく、ガル・ドンツェンとかディ・セル・ゴントゥンなどの脇役もすべて文献に残る実在の人物です。ま、マニアックだなあオイ。真面目すぎて冒頭部なんか“設定小説”になっちゃってる感もありますが、それも歴史小説っぽさがにじみ出て、好きな人には好きなテイストかもしれません。熱心なファンの多い作家さんのようです。
詳しくは→ Amazon
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……しか~し!! 宝鏡がない、日月山のエピソードがない! どうしてだあ!?
「日月山(ド・ニンデ・ラ/小説中では「赤嶺」「ドニデラ」)」というのは当時、唐と吐蕃の境界とされた峠(3520m)。文成公主はこの峠で、チベットくんだりへ嫁がねばならない運命を悲しみ、はるか長安を望んで故郷を思った後、唐から持参した守りがたみの宝鏡を投げ捨てて迷いを断ち切り、馬に乗って吐蕃へと下った――という伝承が残る。
現在は西寧から青海湖へのルート上にあり、青海湖観光とセットになった中国っぽさバリバリの観光名所。宝鏡が二つに割れて落ちたとされる場所に日亭、月亭というほこらが立てられ、観光客が山のように押し寄せてます。私も、チベットがどんな場所なのか、文成公主がどんな女性なのか知る前に、観光ツアーで行っちゃったくらいだからなぁ。ただ単なる観光客だった私でさえ、止むことなく吹きつける強風のなか、目の届く限り広がる荒涼とした山並みに、あの山をすべて越えた向こうにチベットがあるんだ、というわくわくした気持ちと、漢民族の世界はこのへんで終わりだろ、という寂寥感を同時に持った、そんな場所ではありました。
作者としては、長安を懐かしみめそめそ泣いてるエピソードが不要だったのかも知れないけど、そこは脚色次第。峠からの景色に世界の広さを感じ「吐蕃を気に入った」と叫ばせたっていいし、宝鏡が妖しであったことを覚り投げ捨てたってことにしてもいい。小説のように、峠で戦闘が起こり、脇役女性かヒーローの身を護るためにヒロインが宝鏡を使い投げつけたことにしてもいい。1200年前のことを現実に残る観光地とリンクさせる絶好の小道具だと思うんだがなぁ、もったいない。
それから仏教。
文成公主は“蛮国”チベットへ文明と仏教をもたらしたとされる女性。なんせラサの中心ジョカンの本尊のジョウォ(釈迦牟尼像)は文成公主由来とされ、ラモチェゴンパ(小昭寺)を建てたと伝わる。とすれば、小説のヒロインとしても、気丈で明るくおてんばなのと同時に、仏教哲学に裏打ちされた聡明さを持ち合わせ、時折みせる厚い信仰心と慈悲の心で吐蕃の王子に影響を与えるような設定があったら魅力的だったのではないでしょうかね。史実にも沿うし。史実では唐から後で取り寄せたことになっているジョウォだって、お輿入れの時に持参していることにしたっていいと思うんだよなぁ。旅の行列に護らなければならないお宝がある、しかもそれが秘められた力を持ってる、なんてのは定番でしょー(笑)。
それから“吐蕃の魔術”。
仏教の広まる前のチベット。山や湖に神が棲むと考える土着の精霊信仰が力を持ち、呪術師や占い師が活躍してたんだろうなー。う~ロマンだ。ここはひとつ、適当にありがちな人物造形(“黒ずくめの”とか)にせず、体系化される前のボン教を想定して、チベットならではの呪術をやってほしいです、ゼヒ(小説中ではなぜか、唐の魔術師が出てきて、吐蕃の魔術師は出てこなかったような気がする。伏線の持ち越しなのかしら)。
風俗習慣にしても同じ。「峠にオボを祀る」「峠を越えるとき神を称え道中の安全を祈る」な~んてことは、仏教伝来以前からチベットにあった風習だと考えられるわけで。酒杯に口をつける時に天と地に酒滴を指で蒔いて捧げる仕草をさせるだけで、長安と異なる異国情緒が出るのになあ。
あるいはもうリアリティにこだわらず、思いっきりぶっとんでほしい(空を飛ぶとか火を噴くとか)ところなんですが。つっても、ミラレパは空を飛ぶんだから、チベットでは「ありえる話」だったりするわけで(笑)。
と、最後まで読んで書名をネットで検索したら、第2巻が今月発売予定になっておりました。続くんだ!
…ってことは、どうなるんだろ?
(以下、ネタバレ……というか史実を含みます)
歴史では、文成公主の夫となったクンソン・クンツェンは新婚3年にして早世、一度王位を息子に譲っていた父ソンツェンガンポが再度即位して、文成公主は父王の后となるんだよね。さらにそのソンツェンガンポも数年で…。異国に嫁ぎ寡婦となった孤独な女性、といえばいえるんだけど、「風の王国」ではどう料理してくれるのか。歴史を無視してクンソン・クンツェンと2人で活躍してくれても素敵だし、悲劇の中、後ろ盾なくしても独りで生きる強い女性を描いてくれてもオッケーどんとこい。なんせ後世にわたり「白菩薩(ターラー)」として敬愛される女性だもん。ちょっと期待してみたり。
(9月29日追記) 続編を読んだ感想を9月9日付にアップしました。
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2004.04.19
週刊誌「サンデー毎日」(5/2増大号)に、グラビア『理想郷「シャングリラ」の聖なる山』(写真・文は小林尚礼氏)。
中国雲南省の「梅里雪山」=カワカブ(kawa karpo)=と、中甸(現・香格里拉)(ギェルタン)や徳欽(デチェン)の写真が載っています。印象的だったのは、共産党侵攻以前の1866年にキリスト教宣教師が建てたカトリック教会でしょうか。今も信者はいるのかなあ(誌上では触れられていませんが、博物館になっているそうです)。
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2004.04.12
「AERA」2004年4月19日号の裏表紙の連載、「世界の遺産」に「中国・カイラス山」。写真とテキストは02年夏にチベット入りした兵頭千夏さん。(留学から帰国後、千夏さんの出発前に1度会いました)
……あれ、いまヤンゴンのはずでは!?
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2004.04.01
「週刊文春」4月8日号(4月1日発売)のグラビアに「スペシャル特集 祈りの風景」(野町和嘉氏)。
モスクで祈る数え切れない人数の俯瞰写真と対比されるように、雪の吹き付けるなかで行われているラルン・ガル・ゴンパのモンラム大祭の様子を掲載。時節柄、話題の中心はイスラームになってもいいはずなのに、野町氏「『祈りの風景』のなかで最も印象強かったのはチベット」とチベットのことを語りまくっております。「2001年撮影」とわざわざ注釈がつけられているラルン・ガル・ゴンパの写真が、このモンラム後の6月、中国政府から非常な弾圧を受け、現在はこれほどの大規模な法要ができる状態ではないだろうことを思うと、イラク戦争が泥沼化する現在、モスクの「祈り」と対照させて掲載されたことに何か深い符合を思わずにいられません。
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2004.03.28
「チベットの秘宝」(檜山良昭/広済堂文庫)入手。
伝言板であさださんにご紹介いただいた小説です。あらすじからしてスゴイです。
チベット王家に古代から伝わった黄金の冠、黄金の剣、黄金の錫杖。この三つの秘宝を手にした者は、世界を統べること可なり。といわれ、世界制覇の野望に燃えるヒトラーは、冠と剣をすでに手中にしていた。そして古代文書の解読で黄金の錫杖がダライ・ラマの所有であるのを知り、ヒトラーはひそかに奪取を命じた。謀報部員竜造寺大介は、大戦前夜のインドで反英工作のあと、幼少のダライ・ラマ十四世をかかえ列強の思惑で貴族たちが対立するチベットへ。そこで竜造寺は、ドイツ学術探検隊の不審な行動を目撃する。構想十年、史実を基に描く冒険小説。
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2004.03.21
「霊峰の血」上下(エリオット・パティスン、ハヤカワミステリ文庫)購入。
2月末刊と聞いていたので、いつ並ぶかなあ、と書店に立ち寄るたびにハヤカワの棚や新刊コーナーをチェックしていたんだけどまったく見あたらず、ハヤカワのサイトを見たら既に刊行されていることが判明。なんだよダメじゃん群馬の本屋は!(*) と怒ってそのままネットで注文。深夜2時過ぎに注文したんだけど「首都圏近郊即日便」で夕方届いた。早~!! 今更ながら便利さ実感(つうか「文○堂」ダメすぎ)。
(*)老舗「煥乎堂」は駐車場がなく、郊外型の「ブックマンズアカデミー」は夜8時くらいで営業終了してしまう
数ページめくったら「ミク・ターダ(気をつけろ)!」という会話が出てきて、わぉそうだったこれかこれか、と大喜び。もう1冊ずつ買ってダラムサラにも送らなきゃ。
……説明すると長くなるけど、この小説のチベット関係監修を恩師I先生が務めていて、訳者から回ってきた意味不明なチベット語をMLに流したのが昨年9月。たまたま遅い夏休みでダラムサラ訪問中だった私が現地でそのメールをチェックしたので、せっかくだから、とルンタ関係の日本人留学生やチベット人に尋ねて、返ってきた回答を返信した――という経緯があるのでした。別に私自身が役に立った訳じゃないけど、メンツィカンのOさんには特にお礼を言っとかなくちゃ。
しばらく読む時間は取れなさそうだけど、休日に楽しみがあると思うだけで日々に張り合いが出るってもんです。
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