[2人展]巴絵 - Pictures Swirl
チベ友の糸井さんからお知らせいただきました。
行けそうにないのが申し訳なく。(しかも告知アップも遅れてしまいました。申し訳なさ自乗)
11月20日までの開催です。展示会は非チベ。
巴絵 - Pictures Swirl |
|---|
会期:2007.11.7 - 20 |
会場:ギャラリー・ユイット |
チベ友の糸井さんからお知らせいただきました。
行けそうにないのが申し訳なく。(しかも告知アップも遅れてしまいました。申し訳なさ自乗)
11月20日までの開催です。展示会は非チベ。
巴絵 - Pictures Swirl |
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会期:2007.11.7 - 20 |
会場:ギャラリー・ユイット |
チベット難民のドキュメンタリーなども撮っている知人の写真家糸井潤さんから、個展の案内をいただいたのでご紹介。
本当はもっと早くにいただいていたのですが、ブログ更新が滞っていてご紹介できていませんでした(ごめんなさい)。
7月19日から、すでに始まっています。
| 廓寥 ―― Empty Sky ITOI Jun CORRESPONDENCE/LANDSCAPE 07 |
| 2007 7.19(Thu) ~8.3(Fri) 12:00~19:00(最終日18:00)日月曜定休 |
| Gallery 工房“親(ちか)” http://www.kobochika.com 〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿2-21-3 TEL/FAX: 03-3449-9271 地下鉄日比谷線広尾駅 出口2徒歩2分 |
| ●初日 7.19(木)18:00~20:00 オープニングパーティ |
| CHIKA 2007 VISION - 2 |
久しぶりにお目に掛かれるかとも思ったんですが、8月4日は準備中のチベットアピールイベントで上京予定なものの、それ以前には仙台を離れられないな……。1日違いか……すみません。
もう始まっておりますが、ご成功をお祈りしてます。
「チベットをモチーフにした」って文字が飛び込んできてついまじまじと見てしまった記事。
パリコレ:パリコレ開幕 07~08秋冬コレクション
07・08年秋冬ものプレタポルテ(高級既製服)コレクションが25日、パリで始まった。(中略)
◇好きな服を無頓着に着る~ミナ・ペルホネン
ミナ・ペルホネン(皆川明)は色をさまざまにミックスした服を重ね着して見せ、どこか東欧の民族的服を連想させた。テーマは「好きな服を無頓着に着る」。「娘さんたちが村祭りで、好きな服を引っ張り出して重ね着するイメージ」で、無頓着に着ることが、逆に着る人のパーソナリティーを浮き彫りにする点を見せたかったと皆川は言う。また「流行とは離れて、伝統文化を大事にしていく必要性をモードを通して表現したかった」と指摘する。鮮やかな色合いはチベットの民族衣装に想を得たといい、手の込んだプリントや刺繍を縫いこんだスカート、スパッツ、ケープ、頭巾のような帽子など、どこか素朴さと温かみのこもった服だった。
本文読むと違うんだけど、写真には「チベットの民族衣装をテーマにしたミナ・ペルホネンの新作コレクション」って書いてあったんだよー。ち、ちべっとぉぉぉぉ~? と思ってまじまじ見直したのでした。どこだろ。ヒョウ皮みたいな上着をはおってるあたりか?(^^;)
4週連続チベット・イベントの最終週(!)。
THF(チベット・ヘリテージ・ファンド)の講演会「チベットの歴史建築物の紹介――10年にわたる研究と保護活動を通じて」。代表の1人ピンピンさんはTHFの仕事のため16日に離日しており、アンドレさんと平子さん2人から報告がありました。
「協力者」なんて肩書き(?)だけもらってたものの、Webに案内をアップしたのみでほとんど手伝えず申し訳なく。が、会場には約30人が集まり、熱心に耳を傾けました。
THF代表アンドレ・アレクサンダーさん=写真左=の話はまず、チベットの建築の歴史から。
「7世紀の終わり、ソンツェンガンポ王が勢力を拡大し、ネパールから妃ブリクティを迎え、初めての寺院が建築された。当初はインドの影響が強かった建築物は、次第にチベット独自の様式を持つようになり、独特の町並みを形成していった」「ノルブリンカに残された壁画に描かれる中世以前のラサの様子と、1956年以前に撮影されたラサの古い写真はほとんど変わっていない」
「歴史的に大きな転換点となるのは1965年に正式に中国政府が『チベット自治区』を成立させてから。1966年から1977年ごろまで、文化大革命に巻き込まれ、10年間に多くの寺院が破壊された。寺院の建物だけではなく、壁画や仏像も失われた」「一方で都市化が進み、1948年にはジョカンを中心とする1Km四方に限られ、あとはポタラ、セラ、ノルブリンカなどに集落が点在する状態だったラサの市街地は、2000年には十数Km四方、人口50万人規模に広がり、その50%以上が漢民族の移住者となっている」
百貨商店の看板や企業広告、飲食店のネオン看板が並ぶ商店街(たぶんジョカンの前からポタラ方面に伸びる道だと思う)の様子を「背景にポタラ宮殿が写っていなければラサとは分からなくなってしまった」。参加者からチチチ、と舌打ちが(チベット人がいる!? と驚いた^^)。
アンドレさんは1987年に初めてラサを訪問。「当時は(寺院は破壊された後だったものの)古い一般家屋はほとんどそのまま残っており、平屋根に厚い白壁、窓飾りのチベット建築の町並みが美しかった」と振り返り、「ラサの都市そのものが巡礼路を中心として発展してきた歴史をもつ。露店が立ち並び、一見して市中心の商業道路のように見えるパルコルは、雨が降って店がすべて閉まっていても人通りが減らない。巡礼者にとってパルコルは回ることに意義がある場所だから」と、ラサ市街の文化的、歴史的成り立ちの特徴を説明していました。
「町並みが急激に変わるのは、1990年代初め、中国政府がラサ市街地の再開発を始めてから。厚い土壁のチベット建築を壊し、壁の薄い、質の低いコンクリートの建物が建てられた。一説には、この時期の建物は15年ほどしか寿命がないという。一方で上下水道の設備や暖房などインフラ整備は行われず、都市計画としても非常に低レベルな再開発だった」
ふむ。中国では確かに、黄河流域以北(東北・華北・西北地域)の都市に限って暖房インフラを整備(ビルを建てるときにボイラー管を通してビル全体を暖める集中暖気システムをつける)してるようです。80年代の話ですが、当時から北京なんか一歩ビル内に入れば半袖で生活できるくらいあったかかったもんなあ。もちろん、ホテルとか留学生宿舎とか友諠商場とか、外国人が出入りするようなレベルの場所に限ってだけど。内陸の盆地で冷え込む成都とか重慶とかは逆になんの設備もなくてひどいもので(今もない! 韓国人は内装段階で注文建築してオンドルつけてたよ)、笑えることに、チベットは中国政府的には“西南地域”(=暖かいところ)なんだよね。華麗なる標高無視。ラサときたら真冬でも日中は10度くらいまで気温が上がり、夜中は零下15度近くまで下がる、真夏でも1日の寒暖差は20度くらいはある、という日本人の常識からも外れている気候なので、そりゃアンドレ代表の言うとおり、「ラサの気候と条件に合った都市開発をしなくては意味がない」のは当然だ(ほんとは、チベットに限らず、中国の各都市も、日本の市町村もそうなんだけどさ)。こういう、中央集権的行政施策のなりたちを思うときは「あ~『チベット政府』が存在してればねぇ」とは思うな。 閑話休題、アンドレさんの話を続けます。
アンドレさんたちは1993年から、せめて壊される前に、とラサ旧市街の古い建物を記録し、何が壊されたかをチェックする作業を始めたんだそう。「この写真で壊されている建物は、1700年前後に建てられたダライラマ法王の宮殿の一部」「3年間、ただ壊されていくのを見ているのはつらかった」。
1996年、アンドレさんらは、チベットに関心のある有志を募り、古い町並みの修復と保存を目的とする「チベット・ヘリテージ・ファンド(THF)」を組織化したそうです。この行動力はすごいよ。なんたって相手は中国、場所はチベットだもん。
「1996年、THFはラサ市政府と5年間の協定締結に成功しました。モデル保存地区を設定し、(1)その中の古い建物は壊さないこと。(2)建物を修復する費用は100%THFが出資すること。(3)ラサ市政府もプロジェクトに参加して、残すべき建物にサインボード(重点歴史文物、と書いてあった)を掛けること――の3点を約束しました」
政府職人ではなく、民間の技術者を募って修復チームをつくり、居住する住民も参加する形で、建物修復保存プロジェクトを立ち上げたのだそうです。(すごい!)
モデルケースの実現例として、パルコル内にあった元貴族の住宅「Rongda House」の修復と、やはりパルコル内で9世紀から歴史のある寺院「Meru Nyingpa」の修復活動を報告。いま使われている建材のうち再利用可能なものは再利用し、それ以外も伝統的な建材(土、木、石など)を使い、オリジナルな形を守りながら、トイレなど上下水道を整備する形で、現在の都市機能に合わせ改修したとのことでした。
Meru Nyingpaはネチュンに属し、1959年にネチュンがダライラマ法王とともに亡命して以降メンテナンスされていなかったそうです。寺院自体も、主がいなくなったため、中国政府が数世帯の住居として割り当て、民間人が住んでいたとのことでした(1990年当時のサムイェも境内に民家がたくさんありました。「人民公社でここに来た」と言ってた。11年後に再訪したら、寺院の再建はある程度進んでいて、民間人は追い出されたらしくどっかにいなくなってましたが…)。
チベット寺院の特徴である壁の赤い装飾「ペンデ」のため、伝統的な塗料を作ってる様子も紹介。大きな鍋を火にかけて何かをぐつぐつ煮込んでいました(怪し~^^)。ふつう塗料として使われる発色材料のほかに、「ミルク」「バター」「ブラウンシュガー」などを入れるのが伝統的な製法、と話していました(そんなもんを混ぜて壁に塗って平気とは、さすが高地の乾燥気候、さすが紫外線の殺菌効果だ)。
このほか面白かったのは、チベットの伝統的な屋根の防水工事「アルガ」。
カルシウムを含む石材を山から運び下ろし、細かい破片にしてつき固め、最後に油を塗って、チベット独特の平屋根を雨風から守り、雨漏りを防ぐのだそうです。完成した後は舗装したようにつるつるになるとか。ジョカンやポタラの屋上でよくみかける、丸い長い棒を持った女性たちがたくさん列を作り、歌を歌って調子を合わせながら前後に足踏みしている光景、アレです。よく見かける光景ということは、1回「アルガ」をしたら数年ほっといていい、という性質の防水加工ではなく、ひんぱんに歌を歌って屋根を固めて、建物を大切に守り続けていく、という工事なんだろうなあ。
ラサ市内での事業は成功し、2000年までにTHFのプロジェクト関係者や協力者は約300人に。参加メンバーも、ドイツ、オランダ、イギリス、香港、チベット、そして日本人と、各国からの協力者を迎えたものに広がったとのことでした。
しかし2000年、5年間の協定が期限を迎えたのを機に、ラサ市政府からは「十分にやった」と契約更新を断られます。協定の期限が切れたラサ旧市街は、再び古い建物が取り壊され、コンクリートのビルが建てられはじめたそうです。アンドレさんは、2002年夏に撮影したラサ旧市街の写真を示しました。ジョカンの一部が取り壊され、集合住宅の建設が始まっていました。 「中国の民間の建設業者が作っている、ただセメントを流し込んだだけの、集中暖房設備もない、壁の薄い質の悪い建物。利益主義で、儲けを出すために建設費を安く上げようとする結果、こういうものばかり作られる。これではチベットの冬の寒さにも適さないし、地震が来れば倒壊するだろう」とアンドレさんは悔しそうでした。
講演ではアンドレさんも平子さんもあまり(あえて?)詳しく触れていませんでしたが、翌2001年、THFはチベット自治区内での活動に政府からストップがかかり、それまでラサ市内に置いていた事務所の立ち退き、メンバーの自治区外退去を命じられたのでした。最後の質疑応答で、「活動の成功例を見せてもらいましたが、失敗したケースはありますか」という質問に、アンドレさんは「……ラサの旧市街が壊されるのを防ぐことができませんでした」と応えていました。
……とまぁ濃い話が続くんですがこれで講演内容のまだ半分以下!
全部書ききれないので後ははしょりますが▽アムド地方の寺院再建▽青海省南部カム地域でのチョルテン(仏塔)修復▽モンゴルのゴビ砂漠地方の寺院修復再現▽北インドのラダックの都市レーの町並み保全▽ラダックのアルチ僧院の修復――など、チベット文化圏の広い地域に活動を広げ、技術を提供している報告がありました。
質疑応答では上記のほか「チベット自治区内の活動について、中国政府との交渉はどのように成功させたのか。今は認められていないのではないか」「旅行者のほうがフットワーク軽くあちこちに行くので『この建物はもうすぐ壊されるらしい』などの情報を入手しやすい面がある。そういう情報はTHFに提供したほうがいいのか」「チベットの伝統的建築は現代的な生活にも対応できるものか」「ジョカンの建築の内部調査はかなり貴重なものだと思うが記録は公表しているか」――などの質問や意見が交わされました。(質疑応答の詳しいやり取りは「ちべ者」さんで)
(参加者もゲストも立ち働いてのお片付け。お疲れ様でした→)
終了後は飲み物とお菓子で軽い交流会。その後、少人数で和食風居酒屋へ(役得。ありがとうございました)。じっくり突っ込んだ話……をするには私の英語が壊滅的で(号泣)。聞きたいことあるのにどう言ったらいいか分からない、とか、質問に熱い答えを返してくれてるのによく意味が飲み込めないとか、ああもうほんと情けない。
ひとり考えていたことは、ピンピンさんアンドレさんたちが考え、やろうとしていることは、日本のあちこちで今盛んに唱えられている地域活性化や町並み保存と、決して無縁ではないしかけ離れたものではないんだろうな、ということでした。
群馬県がやってる近代化遺産の保存活用(「世界遺産にする」とか言っちゃってるし)は民間からの動きじゃなくて行政主導型だけど、イギリスから学識者連れてきて県庁で講演会開くとか、「外国人もスバラシイと言ってる!」てのがハクづけに利用されてる例。逆に、詳しくは知らないけど広島県福山市の鞆の浦地区は、架橋工事をめぐって景観保全活動が起き、住民団体がアメリカの世界文化遺産財団に働きかける形で「ワールド・モニュメント・ウォッチ」の指定を受けました。こっちは、外国人からの価値付けを得て行政に影響を与えようという民間の活動のケース。いずれにせよ「外国人が高く評価してるんだ」っていうのは一定の圧力になりうると日本でも思われているわけで、チベットでも中国政府を動かすための力になりえたのかな、など思ったり、……一方で、日本での景観保全活動や地域運動を思うに、利害関係やしがらみのある地元住民を巻き込んだ形での地域活動の難しさはチベットでも同じなのだろうか、とか。
なーんてことはとてもじゃないが話せないまま、漠然とあれこれ考えて楽しい一夜になりました。もっと精進しようと思います。ありがとうございました。
THF(チベット・ヘリテッジ・ファンド)講演会、京都に続いて東京も決定。
→チベット・ヘリテッジ・ファンド東京講演会のお知らせ
日時 2006年3月19日(日) 午後3:00~午後5:00
(開場は午後2:50)講演会場 唯称寺(東急目黒線 武蔵小山駅下車徒歩4分)
地図はこちら。講師 アンドレ・アレクサンダーさん
ピンピン・デ・アゼベードさん(Tibet Heritage Fund 代表)
平子 豊さん(THF 中国プロジェクト責任者)主催 チベット ヘリテッジ ファンド(Tibet Heritage Fund) 定員 100人(先着順、定員になり次第締め切り) 参加要領 メールでの申し込みが必要。
参加希望の方はメールでお名前をtibemono@yahoo.co.jpにご連絡ください(個人情報保護の世の中ですから、住所や電話番号等は不要です)。折り返し確認の返事を差し上げます。参加費 無料
メールで連絡いただき、深夜帰宅後、朦朧としつつとりあえず裏ルンタのWeb更新。バックスキップキーとディレートキーを押し間違ったらしく、途中で一度全部消えたり。何をしたのかもうよく覚えてません。
チベットの歴史的建造物の保全と文化的記録をしているNGO「チベット・ヘリテージ・ファンド」の代表が来日、講演会が開かれます。
とりあえず京都での講演が決まり、関東地方(東京)では会場調整中とのこと。
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「チベットの歴史建築物の紹介――10年にわたる研究と保護活動を通じて」
日時 2006年3月14日(火) 午後4:30~6:30
会場 大谷大学「響流館」3階メディア・ホール
京都市北区小山上総町(地下鉄北大路下車出口6番左すぐ)
講師 アンドレ・アレクサンダーさん
ピンピン・デ・アゼベードさん(Tibet Heritage Fund 代表)
平子 豊さん(THF 中国プロジェクト責任者)
主催 大谷大学真宗総合研究所 西蔵文献研究班
【講演内容】
チベット建築文化の概観と「チベット・ヘリテイジ・ファウンド(THF)」の10年間の活動を、スライドやデジタルイメージと使いながら紹介します。英語、日本語2カ国語。
【開催趣旨抜粋】
チベットの建築は、高原の厳しい気候の変化に堪えうる厚い石壁、土壁と陸屋根のどっしりとした外観、チベット仏教文化の育んだモチーフを基調とした手の込んだ彫刻、多様な色彩で飾られた美しい木製内部構造など、チベット独自の文化を代表するものです。しかし、中国の文化大革命や近年の開発政策下で、貴重な歴史的建築物が大きな危機にさらされています。「チベット・ヘリテイジ・ファウンド(THF)」は、こうしたチベット建築文化の保護に率先して貢献しようと、ドイツ、ポルトガル、日本、中国、チベット・ラサの有志により1996年に発足しました。
THF はシステム化された方法で多様なチベット建築物を記録すると同時に、海外から募った基金を元にチベット建築の修復、保護をしています。さらに、実際の修復工事を通じ、失われつつあるチベット伝統建築工法の活用の場を提供し、若いチベット人に伝統技術を継承、技術者の育成もはかっています。
これまで、チベットのラサ旧市街地、北インドのラダック地方レー旧市街地、中央チベット、東チベット(カム地方)、チベット北部(アムド地方)及びモンゴルのチベット仏教寺院の修復など、広範囲に活動を展開してきました。
【書籍の販売】
講演当日は、THFの最新の出版物2冊が紹介、販売される予定です。国内の一般書店では手に入りにくい貴重な書物です。興味のある方はこの機会にお求めください。
■《Temple of Lhasa, Tibetan Buddhist Architecture from the 7th to the 21st Centuries》(ラサの寺院―7世紀から21世紀のチベット仏教建築)
■《A Manual of Traditional Mongolian Architecture》(モンゴル伝統建築マニュアル)
THFの詳しい情報はこちらで→www.tibetheritagefund.org
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2001年の留学当時、北京のTHFオフィスを訪ねたことがあります。胡同の四合院(北京市街地伝統の昔ながらの伝統建築)を借りていてさすがでした(笑)。
平日午後の時間帯ですが、興味のある方はぜひ。
東京での滞在日程では3月17~20日あたりになりそうとのこと。休日に開催してもらえるといいのですが。現在、講演できる場所その他を選定中だそうで、東京は場所代もかかってなかなかいい場所が見つからず困っているようです。
メンツィカンで学ぶ小川さんより講演会のお知らせがありました。
おお、この前ダラムサラで会った人が今度は日本で講演会とは大忙しです。今は学期末の最終試験真っ最中だそうで、試験直前の多忙な中「チベット医学や東洋医学に関心のある人にPRして」とわざわざメールいただいてしまい恐縮。面白そうです。少人数の集まりだし。平日夜かぁ、仕事じゃなければなあー。
■「ライブJ」~聴いて、話して、考えるイベント~ 第5回 ヒマラヤの宝探し
チベット医学の魅力をわかりやすく紹介。医薬の未来を考える。
話題提供者:小川康さん(チベット医学暦法学大学学生)
日時:2006年1月12日(木)19:00~21:00
会場:国立オリンピック記念青少年総合センター センター棟404号室
参加費:500円(学生・JYVA会員300円)
定員:20名(要事前申込み。当日参加可能)
問い合わせ・申し込みはリンク先へ
チベットをテーマに制作されている日本画家の竹内淳子さんから案内いただきました。年に一度は現地をスケッチ旅行されて、土の匂いや風の音も聞こえてきそうな作品を描かれる方です。実物みて迫力にびっくりした。なんとダヤン・ハーンのミニライブもあり!
「竹内淳子展 ~チベットの愛した歌~」
2005年12月13日(火)~19日(月)
12:00~19:00(最終日は17:00まで)
柴田悦子画廊(東京都中央区銀座1-5-1 第3太陽ビル2F)
電話 03-3563-1660(fax兼)
(案内より) チベットの僧侶であり歌人でもあったダライ・ラマ6世(ツァンヤン・ギャンツォ、17世紀後半)は、僧侶でありながら酒と女に溺れ、たくさんの恋歌を残した。政治の大きな波に翻弄され、若くして客死した彼の歌は、チベットの民に今も歌い継がれている。彼の絶唱と言われている「鳥よ」をテーマに、私なりに連作を試みてみた。公式サイト「ある日チベットで」
チベット古歌ライヴ
2005年12月18日(日) 17時~
柴田淳子画廊 竹内淳子展にて
出演:ユカ(唄) ダヤンハーン(ダムニェン)
出演者紹介
ユカ 「却来花」ボーカルなどで活躍する川辺ゆかさん。チベット音楽はもとより、沖縄音楽からアイリッシュミュージックまで原語で歌いこなす。関西を中心に国際色豊かなセッションを展開。
ダヤンハーン 本職は謎の(?)チベット学者。若き日に音楽家を目指したこともあり、ダムニェンはチベット人師匠について修行を重ねる。詳しくはダヤンウルスで
行けるよう(仕事の調整)がんばります! 楽しみ!
県庁1階で「草原を駆け抜ける~モンゴル民族音楽の夕べ」。
国立舞踊団の馬頭琴奏者らそうそうたるメンバーだそうで、木更津(千葉)と亀戸(東京)ではチケット3000~4000円のコンサートを開く人たちが、県庁ロビーで無料コンサートってんだから太っ腹。ものすごく残念なことに私はこの日内勤当番で、しかも開催時間(午後7時~)はちょうど仕事が佳境にさしかかってる時間帯。それでも「ちょっとえーとそこまで、トイレと自販機!」とか言ってムリヤリ職場を脱出、県庁まで走って往復して写真だけ撮ってきた訳さ。
県庁ロビーにびっちりと人が詰まってるのを見て2度びっくり。プログラムも全部配り終わっちゃってもうないという。あんな大量の人、繁華街でさえそう見かけない。「ふらっとコンサート」って年に10回くらいやってる官製イベントで、いつもは椅子並べて身内のお遊戯会っぽいのんびりムードなのに。知らないところですごい宣伝が行われてたのか、なにげにモンゴルブームがきてるのか。
会場には5分いたかいなかったか。なにかちょっと大正琴ちっくな民族楽器で「さくら」を独奏してるところと質問コーナーしか見られなかった。うわーん、プロのホーミーの響きは、馬頭琴は(泣)。うろちょろしてたら、業務用エレベーター前の通路で、仮面をつけた民族服姿の踊り子さんがステップのおさらいをしていた。わーっ踊りもある(あった)んだ、見たいよー、と思いながらまた走って職場に帰った。
そんなモンゴルの人たちがなぜ群馬に、というと、仲立ちしたのはモンゴル大好き県教委幹部職員だとか。「国民文化祭ぐんま」ってイベントでモンゴルの子どもたちの舞踏団を担当した職員がモンゴル好きになって個人的にモンゴル旅行。その際に知り合った旅行ガイド兼プロモーターと親しくなり、「今度すばらしい音楽家が来日しますから、公演の機会を作ってくれませんか」と依頼があったらしい。
話があったのは来日まであと5カ月、って時期。プロモーター氏が思い描いていたのはもちろん、コンサートホールを使った本格的な有料公演だったと想像する。招く以上、日本滞在中になるべく数多くのコンサートをこなして収入を上げなきゃだろうし。で、県教委幹部氏は(公務員だし)自分が主催するわけにいかないから知り合いの音楽NPO関係者に話を持っていったところ、「500席以上の大きなホールでの有料コンサートは1年前くらいから予約入れて宣伝して前売りさばかないとペイしない、もう遅い」って言われたらしい。それで結局、手近な県庁ロビーと小学校への訪問コンサート(県教委だからね)になった、という話。
県庁ロビーってコンサート用に作ったわけじゃないから、音がうぉんうぉん反響しちゃって、演奏を聴くのには最悪な場所。ホールのほうがいいよ演奏者がもったいないよ、まだ外の芝生広場のほうがいいくらいだよ、なんても思うんだけど(まあ「ふらっとコンサート」年10回やってるんだけどね)。
県教委幹部くらいになると個人的コネでモンゴル音楽団も連れて来れちゃう、と思うべきか、個人的縁やつながりを大切にするモンゴルの人たちだからこそ旅行で会っただけの小さな縁も大切にされて地道に日本の各地でコンサート活動するんだな、と思うべきか。知り合ったのが公務員じゃなくてもっとがんがん行動力のある民間人だったら市民会館か生涯学習センタークラスの公共ホールは確保できてそれなりの有料コンサートになってモンゴルの人たちの来日収入アップになったんじゃないか、とか、県内にもモンゴル好きはなんだかんだ言ってたくさんいそうだけど(群大の留学生を講師にモンゴル語勉強したり旅行行ったりしてるサークルとか…面識はないけどミニコミに仲間募集掛けてる)、幹部氏は自身に多少の行政執行力があるだけに却って孤軍奮闘しちゃったんだろうか、とか、いやそれが普通のオジサンオバサンだったらロビーコンサートだって実現できなかっただろうしやっぱり役人はスゴイ、って思うべきか、とか、なんだかいろいろ考えたりしたのでした。
騎馬オペラ「ジンガロ」感想です。舞台芸術にもフランス芸術にもまったく縁がなく、馬が好きという訳でもなく、ただ「チベットが出てくるらしい」というちょっとズレた興味で見に行ったので、感想もズレまくってることをご承知おき下さい。また、ねたばれ(内容の詳細についての言及)を含みます。上演は5月8日までだし、いいかな~、と(すいません)。ねたばれ以外の部分は前後の日付のテキストをご覧下さい。
◇
さて開演10分前、「11列…11列…あれ?」。最後列が10から始まってて席がないー、と思ったら、さらに後ろの通路と壁にはさまれた三角形のデッドスペースに椅子が2個! 当日券出すためにムリヤリ椅子置きました、という感じで主催者さんに感謝(笑)。壁から身を乗り出して右側を見ると、僧侶の読経するスペースが遠くに見えました。
(←画像はDVDからちょろっともらってみたり)照明を落とした場内は、僧侶の座る席を覆うようにパタ(チベットのタシタゲ<八吉祥>のひとつで「終わりのない紐」。無限、永遠、調和などを象徴する)が染め抜かれた幕が下がり、赤土むき出しの丸いステージの上部にはチベットのお寺の柱に巻かれる飾り布のような装飾布がぴらぴらと下がり、「おっチベットっぽい!」とそれだけで嬉しくなる単純な私。
低音の読経が響くなか、円形の蚊帳のような幕の周囲を何人もの男性がキャンチャ(五体投地)で回っています。宗教的行為が単なるモチーフとして扱われるのがちょっと気になって、あれはあの幕をチョルテン(仏塔)となぞらえてることになるんだろうか、それともいまお坊さんが詠んでる読経に対して礼拝してるってことになるんだろうか、などくだらないことを考えたり。読経も、高野山の声明だって「仏教音楽」としてCD出てるんだしダラムサラ行けば“チャントもの”があふれてるわけで堅苦しく考えることはないよなーんーでもーなどと思っていたら、僧侶の座る席の上方にちゃあんとタンカ(仏画※)が掛かっていました。おーそーじゃなくちゃなあ、本職の坊さんだもんな、と一人納得。(※私の席からは遠くて何なのかは分かんなかったんですが、DVDだと白緑一対のドルマ<ターラー菩薩>のようでした)
「難解だ」とか「訳が分からない」という前評判も聞いてたんですが、その通り、ストーリーもセリフもなくて、「自由に解釈して下さい」というアートパフォーマンス。ゆったりとしたリズムの眠くなる心地よい読経が響くなか、公演は淡々と進行。特に私は最後列ですり鉢の一番フチにいたので、よくもわるくも馬の臭いや足音や小さな鼻息までは聞こえてこず、身じろぎしない満席の観客も含め、すべてが夢の中のような、現実味のない不思議な感覚を味わっていました。
(←画像は公式サイトからもらいました)僧衣のような服を着た男性がステップを踏みます。コスプレなのかほんとに僧侶なのか気になったり、しげしげとみると僧衣とはちょっと違う服のような気もしたり。髪長いし……ンガッパ(行者)?(笑)
それにしても、「拍手をしないで下さい」というのはなかなか難しいもの。舞台とか演技とかって「いいぞ」と感じたタイミングで拍手や歓声を送ることで、1対多数であっても一体感を得たり客席同士がつながったりするものだと思うんだけど、それができないから、役者がコミカルな動きをしても客席はシーンと静まりかえって咳払い一つない。見ていても、今のが笑う所なのか感心する所なのかピンとこないし、最後まで置いてかれてる感じがしてました。
(画像はDVDからです)へーと思ったのは、僧侶が途中で帽子を被り替えたこと。最初はゲルク派のお寺でよく見かけるモヒカンっぽいデザインの帽子(「トサカ」とか「ダスキンのモップ」とかこっそり勝手に形容してたり)をかぶってて、途中それを脱いで、
別の一幕では、丸い黒いとんがり帽子の回りをチベットの真言の彫り込まれた金属板でぐるりと囲んだちょっと偉そうな帽子に替えてました。よく知らないけど、きっと詠むお経に合わせて被るべき帽子を被ってるんだろうなあ。芸が細かい。
全身を青く塗った半裸の女性が長髪を振り乱しロバに乗って出てくる一幕は、最初「シヴァ? (…は男だからその奥さん?)」と思ったんだけど、なんだっけチベットの青い女神青い女神、とさちらもさんの観劇記にも書いてあったことを思い出し、チベットの守護母神パンデン・ラモかぁ、と。元設定が「馬に乗ってる」なのに、どうしてロバなんでしょ(*1)。日本では吉祥天にあたる神様です。演技(入場→男性2人追い出す→ロバ寝る→女神寝る→ロバ起きる→走り回る→出て行く)が何を表現してるのかとかはサッパリ分からないので考えるのをやめました。ロバ君起きあがる時に何度も寝返り打って体中土まみれになってたな。
擬人化の後はチベットの護法神か守護尊そのもの(の、ちょっと装飾過多でゴージャスなバージョン?)も登場。チャムを馬と一緒にやってみました、って感じかな? さっきのパンデン・ラモ(画像はタンカの通販サイトから借りました。それにしても顔怖い)なのか、馬つながりで馬頭観音なのか。詳しい人にいつか聞いてみよう。
その他、狂言回しのように何度も登場してユニークな動きをしてくれるチティ・パティなど、チベット風の登場人物数えきれず。客席の後方から役者が舞台へ降り立ち、洋服を脱ぎすて、遊牧民となるシーンでも、チベット服っぽい意匠が使われてました(でも私のブロックの前にいた兄さん! チベット風にチュバを片袖脱ぎにしてタトゥーの入ったたくましい上腕を見せてくれてましたが、それ左肩です! 逆!)。1人1人が馬芸を披露する場面では、チベットのホースレース定番のカター拾い(カターじゃなく帽子でしたが)もありました!
ところで後半盛り上がった場面。チティ・パティに扮した演者が走る馬と一緒に雑伎団ばりのアクロバティックな演技をする一幕ではアボリジニの楽器デジュリドゥが舞台上で演奏されていたし、男たちが洋服を脱ぎ捨てる時もインドの民族打楽器タブラーのリズムが刻まれていて、チベットじゃなくなってました。やっぱ読経じゃ盛り上がんねえ、ってことでしょーか(笑)。
個人的に何より印象に残ったのは、実は、「チベット風の芸術」よりも、カムのチュバに身を包んだチベット人歌手が、ステップを踏みながら朗々と歌い上げた……つまりホンモノの1曲でした(ごめんなさい)。喉を鳴らし時に声を裏返すチベット民謡がすばらしかった。
後でパンフレットを見たら、この人はテンジン・クンシャップというパリ在住の亡命チベタンで、既にプロ歌手として活動している人らしいです。「今回唯一バルタバスがキャスティングをして決めたプロのダンサーだ。当初ダンサーとして採用されたもののバルタバスにその歌唱力を買われ、急遽、フィナーレでその声を披露することになった」(公式パンフ)。キャスティングをした、という日本語がよく分からないんだけど、役が先にあってジンガロ劇団以外の役者にオファーをかけた、という意味でいいんでしょうか。
余談ですが公式パンフ、「ルンタとはチベット語で『魔よけと祈りの旗』を意味する」とかスゴイ記述がありやす。(注・『魔よけと祈りの旗』はルンタや教文、菩薩などを描いた旗「タルチョ」のことか。ルンタを印刷して峠でまく紙も「ルンタ」だから、まったく違ってるわけでもないんだろうけど)
閑話休題。チベットの歌の後、遊牧民たちが床に寝転がった上にドーム型の幕が下り、それをスクリーンにして浮かび上がったのはポタラ宮殿(「あっポタラ」とつぶやいたら前の人に睨まれてしまったごめんなさい)。眠りについて夢を見ている、という設定なんでしょうか。スクリーンにはさらに、強い風が吹きすさぶ効果音に合わせ、チベットの草原、ヤクを追う女性たち、馬に乗る男たち、大タンカ開帳で斜面に布を転がす男たち、タンカに向け焚かれるサン、タンカに向け投げ上げられるルンタ……などが次々に映し出され、映像の中で投げ上げられたルンタ(のつもりだろう白い紙切れ)が幕から降ってくる――という演出でエンディングを迎えるのでした。
ええーっ最後の最後で映像かよ、とこれにはビックリ。チベットのようでチベットではない架空の幻想世界を堪能してるつもりだったのに、リアルなチベットを映してどう解釈しろっての? 馬と人のパフォーマンスで「チベット」を表現し尽くす舞台に挑戦してるんだと思ったのに、映像使ったらミもフタもないじゃないですか?? なんかそのへんはよく分からないまま、とりあえず満足して帰ってきました。
◇
(*1 コメント欄でご指摘いただきました。「馬に乗っている」のが私の思い込みで、ロバに乗っているのが正しい設定だそうです。すいません。/5月8日追記)
連休の1日、行ってきました~ギュトー寺院の声明おフランスの舞台芸術「ジンガロ」!
場所は木場公園の木立の中に設けられた特設ステージ(→)。天気も良くていい感じです。このときは思い至らなかったんだけど、帰路、この裏手にプレハブがあって、お馬さんも
お坊さん出演者も皆ここで生活してることに気付きました。そりゃそうですよね、トラックで競走馬が運ばれてくる競馬場じゃない訳で、どこか近くで生活させとかないと(もっと裏まで回り込んで観察しておくんだった)。
朝はやく群馬を出て東京在住の知人と合流、当日券窓口へ。午前11時で既に10人くらい来ていたそうで、お昼過ぎでこんな感じ(←)。「当日券は5枚~15枚」という話だったので、10番目ってのは微妙な順番だけど「とにかく並ぼう」と決意。途中の商店街で買ってきた寿司折りなどつまみつつ、午後3時半のチケット販売をのんびり待つ。
怖いのはチケットの値段。物見遊山で来てるんだしA席(¥8,000)で十分、と思ったら、A席なんぞ数ブロックの最後列の3列にしか設定されておらず、席数からいえば「プレミアムシート」(¥24,000、1~4列目)のほうがずっと多い!!
「このA席ってさー、要は温泉旅館のチラシの『平日¥6,800~』みたいなもん?」
「予約しようとすると『その部屋はいっぱいですが1万8000円のお部屋ならあります』とか言われて。実際には1部屋だけ窓のないいかにもな部屋が6800円で」
「しかもそこも休前日は5000円増しだったりして…。あんまよく知らないけどコンサートとか演劇ホールでも常識なのかも知れん」
午後3時20分、行列はついにこんな感じ(→)。
ちなみに中央のあずまやみたいな喫煙所を回り込んでさらに続いております(←)。ここまでくると「せっかく来てここまで並んで前の方にいるんだから、席があるならS(¥14,000)でもSS(¥18,000)でも買うべきでは」と思えてきました。
そんで3時半、A席は残席1だったので、連番でS席(¥14,000)入手! 2人で2万8000円ですよ! 買い物は勢いだ!
既に開場してるけど、どうせ席に着けないならちょっと休もう、ってことで、一度外に出て、公園の外にある小さな喫茶店でコーヒーを飲みました。
←店名がちょっとチベットっぽかったし(←むちゃくちゃなこじつけ)。ヒーリング系(?)の店らしく、メニューには青汁や黒豆コーヒーなどが。玄米・黒豆ブレンドコーヒーを飲みました。んでニューエイジ系(?)でもあるらしく、「本当のあなたを見いだすためのカード」とか勧められて1枚引きました。「変容」(新しいものを受け入れて大きく変化する)が出ました。
「結婚しろってことじゃないの」
「いやインド行けってことかもしれん」
「転職とか」
「いずれにしても全部もう遅い気がするな」
「まあね」
しょーもない話をしつつ、改めて会場へ。
仮設とはいえ「えるめす」協賛のゴージャスな待合室(カフェ?)で、絨毯敷きにソファが置かれ、天井の高い空間が。ピザロール700円とかバゲットサンド800円とかグラスワインとかの、高級ムードの軽食カウンターもあります。肩を大きく出したイブニングドレス姿の若い女性とか、和服姿の年配の女性とかもおられました。
しかしなんにせよかなりの人数が他に行き場もなく詰め込まれているので、売店はバーゲンセールのような押し合いへし合いぶりだし、みんな通路でもどこでも立ち食い・立ち飲み状態。飲食物のパックゴミもゴミ箱に入りきらず床にうずたかく積もってるし、キャパを超えちゃうとしょーがないですよね。
←一番奥のすみっこにカワチェン発見! パンフレット3000円、Tシャツ5000円、携帯ストラップ3000円、エルメスの限定スカーフ2万8650円――なんて値段のグッズが並ぶなかチベット仏教の声明CD2500円、は妙にお値打ち感があったりして、それでショバ代出せるのか、と勝手に心配したり(^^)。店主の姿も見かけたのですが、すごい人混みで近づけませんでした(お疲れ様です)。次に会う機会があったら、お坊さんが普段何してたか、とか教えて貰おうっと。
◇
会場に着いただけで既に達成感に溢れてます(^^)。感想書き始めると激しいねたばれの嵐になりそうなので、いったんテキストを分けることにします。
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